自分にしか残せないものがあるなら、ひとつでも多く残そうと決めた。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは、映画監督の野口雄大さんです。2026年7月24日に、野口監督の新作『Return to My Blue』というドキュメンタリー映画が公開されます。実は僕、お仕事のつながりでこの作品を観させていただいて、コメントをする機会がありまして。そのご縁もありまして、ゲストに来ていただきました。

野口雄大(のぐちゆうた)
ドラマ・映画監督。埼玉県出身。日本大学芸術学部放送学科卒業。2008年よりドラマ制作を開始し、数多くの作品を手がける。NHK連続テレビ小説『エール』のオープニング映像および本編、NHK大河ドラマ『どうする家康』の演出を担当。そのほか、ドラマ『恋せぬふたり』でも演出を手がけた。文化庁VIPO主催「ndjc若手映画作家育成プロジェクト2020」のワークショップに参加し、映画制作を開始。映画監督・落合賢のもとで映像制作を学び、短編映画『さまよえ記憶』で映画監督デビュー。
全員を“アーティスト”だと思っている

水野:野口さんが最初に映像作品に興味を持たれたのはいつ頃ですか?
野口:父が映画好きで、レンタルショップで『グーニーズ』や『ロボコップ』、『ジュラシック・パーク』などのいわゆるハリウッド映画をよく借りていて、僕も触れていたんです。一方、母はドラマっ子だったので、その影響でドラマのほうも日常的に観ていました。そういうところが始まりだったように思います。
水野:出演する側ではなく、制作する側に進んだのはなぜでしょうか。
野口:紆余曲折ありました。漠然と「テレビの仕事がしたい」と思って、日本大学芸術学部に行ったんですけど、迷走しまして。一時期はなぜか役者に憧れていた時期もあったんです。でも、「生半可な気持ちでやってはいけない職業だ」と途中で気づいたんですよね。そして4年間でいろんなことをしました。ドラマや映画を浴びるほど観たり、世界中へ旅に出たり、写真を撮ったり。実は、自分がやりたいことが定まったのは、働き始めてからでした。
水野:定まったきっかけは何だったのですか?
野口:ひとつのターニングポイントになったのは、授業で『北の国から』のドキュメンタリーを観たことです。五郎さんを演じる田中邦衛さんやスタッフなどの、撮影に密着した内容で。それまでは、テレビ局でバイトなどもしていたのですが、業界の裏側を目の当たりにしてげんなりしていたところもあって。とくにテレビって、お客さんの顔が見えないので、「本当にひとに届くのかな」という不安もあり、向き合うことから逃げていた時期がありました。
水野:なるほど。
野口:でも、そのドキュメンタリーで、田中邦衛さんが富良野の地に降り立ったとき、車いすの女性に話しかけられる場面があって。その方は終末期のがん患者の方で。「自分はもう余命わずかだから、大好きな『北の国から』の地に最後の旅行をしに来たんです。『北の国から』が生きがいでした」と泣きながら伝えていたんです。それを見たときに、「ああ、ドラマって他者の人生を支えるものになるんだ。ドラマをやろう」と心が決まったんですよね。
水野:物語を作るとき、あるいはそれを演出するとき、何から始めますか?
野口:自分で脚本を書く場合とそうじゃない場合で、まったくステップが違います。ただ、共通して言えるのは、「ひとつの物語のなかで、自分は何をメッセージとして届けたいか」ということを決めてから、組み立てていくことが多いということですね。それは明確なものに限らず、自分が裏に隠した“体感してほしいもの”も含めて。
水野:その届けたいメッセージは、作品から出てくるものですか? それともご自身の考えから出てくるものですか? 別の方が脚本を書いていた場合、どういう調整をなさるのか気になります。

野口:作品からも、自身の考えからも、両方から届けたいメッセージは出てきます。自分で脚本を書くとき、とくに映画では、自分の経験をそのまま描くことはほとんどありません。でも、あるときに自分が感じたことや心の動きは、必ずどこかに入っています。フィクションという形に置き換えながら、自分にしかわからない感情を届けたいと思うんです。だから、登場人物を考えるときは、できるだけ自分の気持ちに素直でいるようにしています。他者が書いた脚本の場合、やはりそのひとにとっての、「こういうことを感じてほしい」というメッセージがあるじゃないですか。それを僕なりに解釈しながら、映像表現で返していく。おそらく解釈の違いも出てくるけれど、それがいい方向に行けば、自分だけで書いているものの何十倍にも膨れ上がるような化学反応が起きる。だから、自分の表現だけに固執するのではなく、他者が発信するところとクロスするものを探している感覚があります。
水野:ひとつの作品に対して、いろんな方のイメージがぶつかり合いますよね。どのようなコミュニケーションを取っていますか?
野口:まず、役者やスタッフの意見を聞くところからスタートします。もちろん自分の大きな方針を伝えてからスタートする場合もあるんですけど、基本は全員を“アーティスト”だと思っているので。それぞれのアーティストが、どういう発想でその現場に集まってくるのかということを楽しんで制作したいんですよね。

水野:チームとしての答えを出さなければいけないとき、OKかどうかのジャッジは明確にできるものでしょうか。
野口:ジャッジはできますが、当然グレーな部分もあります。ものづくりには正解がないじゃないですか。だから、「物語をこう伝えたい」という自分の根本のビジョンが崩れない限りは、採用したい。そうじゃないと、やっている意味がないなと思ってしまうんです。そのひとにしかないものを、どれだけ出してもらえるか、それをどう束ねるか、そこが僕の仕事で。逆に自分が想像している範囲内だけで終わるとストレスを感じます(笑)。
水野:自分を持ちながらも、他者を受け入れるという考えにたどり着けたのはなぜでしょう。
野口:若いとき、それこそ自分に固執してしまって、大失敗をやらかしてきたからですね。たとえば、監督になったばかりの頃、雪を降らせるシーンがあって。でも、自分のイメージと合わず、3時間くらい雪待ちになったんです。当然、深夜の撮影になりまして、「時間、かかっちゃいましたね」と言ったら、当時のプロデューサーから大激怒されました。「自分のビジョンが大事なんだ」という思いが強すぎて、スタッフの話を取り入れるしなやかさがなかった。そういう経験があったから、「このままだと行き詰まるな」と気づいた感覚です。
「泣きながらカメラを回していたよ」と言われ

水野:改めて、野口さんの最新作『Return to My Blue』はどういう作品でしょうか。
野口:障がいを持った子どもと親御さん7組が、沖縄の無人島へ冒険に出かけるツアーに密着した作品です。主人公は人工呼吸器をつけている壮眞(そうま)くん。人工呼吸器には当然、電気が必要なんですよ。でも、電気のない無人島へ行く。もしかしたら命に関わるリスクがあるかもしれない。それでも、「冒険に行きたい」という気持ちを大切にして参加を決めた親子を追ったドキュメンタリーです。
水野:これを作品化することに、どこで踏み切れましたか?
野口:そもそも、僕も“いつの間にか撮ることになっていた”という形だったんです。だから正直、映画にするという考えではなくて。事の初めは、そのツアーを主催した旅人であり作家である高橋歩さんから、「障がいを持った子どもと親御さん7組で無人島に冒険しに行くんだけど、一緒に来て映像を撮ってよ」と言われたことでした。

水野:作品づくりということではなく、もう少し個人的なことだったのですね。
野口:「無人島? 行きたいです!」みたいな(笑)。その期間、仕事が休みだったので、旅行を兼ねているくらいの感覚でした。映像を撮るための自分のカメラもなかったので、カメラを買うところからスタートしまして。最初は覚悟とかそういうことではなかったんですよね。
水野:でも、勇気のいる決断が目の前でいくつもなされていくわけじゃないですか。それを「誰かに伝えよう」と思ったとき、どこかストーリーにしてしまうことの難しさがありますよね。

野口:おっしゃるとおり。僕は最初に、「絶対に消費をしてはいけない」と思いました。だからこそ、なるべくツアーを追体験するような形にしたくて。実際に同行してみると、僕自身も途中から「このツアーは想像以上にリスクが高いんだ」と気づいて。「本当に大丈夫なのかな」と、不安になる瞬間もありました。そんななかで強く心に残っているのが、この作品のメインビジュアルやポスターにもなっている、壮眞くんの笑顔です。無人島で、お母さんに抱っこされて海に入った瞬間、とんでもない笑顔が生まれたんですよ。僕はその瞬間を夢中で撮っていたんですけど、あとから「泣きながらカメラを回していたよ」と言われて。自分ではまったく気づいていませんでした。なぜあの笑顔に涙したのかわからない。でも、「とんでもないものを撮ってしまった」という感覚だけはたしかにあって。そのとき初めて、「この体験を作品にしたい」と思いました。
水野:なるほど。
野口:つまり、この壮眞くんの笑顔をひとりでも多くのひとに見てもらいたいと思ったんです。その瞬間を撮っていたのは僕だけだったので、「これを届けることが、自分に託された使命なのかもしれない」と感じました。一方で、なぜ自分があの笑顔に涙したのか、そのときはまったく言語化できなかったんです。その理由を知りたいという思いもあって、映画をつくるプロセスを通して考えていきたいと思いました。それが、この映画をつくりたいというモチベーションになっていったんです。
いちばん身近な家族の物語を残せなかった後悔

水野:ひとが生きるということを、どうして僕らは作品化したくなるのでしょう。
野口:わからないです。永遠のテーマですね。でも、無理やり答えを探すとしたら、「何も遺せないまま死ぬのが怖い」からなのかもしれません。僕にとって映画は、その恐れに抗うための行為なのかもしれないです。そしてそれは、僕が映画を作り続けている理由の原点なのだと思います。僕の祖父は94歳で亡くなったんですけど、戦後、シベリアに抑留されていたんです。でも、生きて帰ってきてくれたからこそ、母親が生まれて、そして僕が生まれて、命がつながってきたんですよね。おじいちゃんは俳句が大好きで、栃木県の宇都宮に住んでいたんですけど、自転車で宇都宮から日光まで行って、俳句を詠んで帰ってくるようなひとでした。
水野:それはすごいパワーですね。
野口:俳句を愛していて、ユーモアもあって。でも、94歳のときに癌になってしまって。お見舞いに行くと、抗がん剤治療の影響でとても痩せてしまっていて、話すことも歩くこともできないような状態でした。枕元には俳句の手帳が置いてあったんですけど、見てみると、あんなに大好きだった俳句が、途中から真っ白になっていたんですよ。それを見て、「ああ、もう大好きだった俳句が詠めないんだ」と、ものすごくショックを受けました。その日はちょうど七夕で、病院のなかを車椅子で散歩していたとき、七夕の短冊が飾られていたんです。僕は、「もう書けないだろうな」と思いながらも、「何か一句詠んでよ」と、おじいちゃんに短冊を渡してみました。すると、ペンを持ってサラサラと書き始めて。「えっ、そんな力がまだ残っていたんだ」と驚いて。なんて書いたんだろうと見てみたら、「なあにを書こうかな!!」って書いてあったんですよ。
水野:わあー。
野口:それを見たとき、震えました。ひとつは、「おじいちゃんは最期までおじいちゃんなんだ」ということに。ユーモアや茶目っ気を忘れていなかったことに感動したんですよね。もうひとつは、死の淵でもまだ何かを作ろうとしていることに。「何を書こうかな」と、次の句を詠もうとしていることに胸を打たれて。結局、それがおじいちゃんの最期になってしまったのですが、見送ったあとに、激しい後悔が生まれたんです。それは、仕事ではひとの物語を映像として残しているのに、いちばん身近な家族の物語を何ひとつ遺せなかったという後悔でした。戦争のこと、俳句を始めた理由、駄菓子屋を営んでいた理由、そうした話も写真も残らないまま見送ってしまった。そのとき、自分にしか遺せないものがあるなら、ひとつでも多く遺そうと決めたんです。それがおじいちゃんとの約束でした。だから『Return to My Blue』で壮眞くんの笑顔を見た瞬間、「これは僕しか残せない。自分が遺すべきものだ」と覚悟が決まったのだと思います。
水野:今後どういう作品を作っていかれるんですか?

野口:わからないですね。でも、その「わからなさ」が結構モチベーションになるんです。わからないものが少しずつ形を帯びてきたときに、初めて意味が見えてくる。正直、後付けなんですよね。今は長編映画を準備していて、もともとやってきたフィクションのフィールドでも、しっかり作品を作り続けたいと思っています。一方で、自分もまだやったことがなくて、純粋にワクワクできることなら何でも挑戦したい。そんな気持ちです。
水野:なぜ、わからないことに惹かれるんですかね。
野口:なんでなんですかね。でも、自分に飽きているのかもしれないです。同じことの繰り返しだと、もともと飽きっぽい性格なので、どうしても惹かれなくなってしまうんですよね。だから、自分がまだやったことのないことに向き合うと、不安よりも「無人島? 行ってみたい!」みたいな気持ちが勝つんです。僕はすごく単純なので、純粋にワクワクすることに出会ったら、「やってみたい」と思うようになっています。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
野口:まだ一歩を踏み出せずにいるひともいると思うんです。チャレンジと言うと、すごくハードルが高く感じますよね。でも、そんな大それたことじゃなくて、「こうなったらワクワクするな」と想像したり妄想したりする時間を大切にしてほしい。その時間こそが、僕は人生を豊かにしてくれると思っています。「映画を作りたいから脚本を書かなきゃ」と始めるよりも、まずは自分が心からワクワクするものに目を向けてみる。そこから自然と楽しく向き合えるようになった先に、作品づくりがあるんじゃないかなと最近は思っています。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
https://www.j-wave.co.jp/
コメント