対談Q COFFEE BOY × 水野良樹

自分の持っている技術で、誰かの役に立ちたい。

水野:COFFEE BOYさんには、僕のエッセイ『犬は歌わないけれど』表紙イラスト、そしてHIROBAマガジンのイラストも描いていただきました。改めて、本当にありがとうございます。

COFFEE BOY
イラストレーター。コーヒーをテーマにしたシンプルなドローイングでグッズ、書籍イラスト、ロゴイラストなどを制作している。近年ではLEGO×adidas、ブレンディ®、象印、PILOTとのコラボなど国内外でイラストを手掛ける。その他、フェルメールと17世紀オランダ絵画展の公式グッズ、『犬は歌わないけれど』(いきものがかり 水野良樹著)カバーイラスト、MBS毎日放送『かまいたちの知らんけど』ロゴイラストなど。

『犬は歌わないけれど』/水野良樹 https://www.shinchosha.co.jp/book/354341

線が好きで、線を際立たせたい

COFFEE BOY:こちらこそありがとうございます。水野さんのことは昔から存じ上げていますが、まずいきものがかりの楽曲が素晴らしい。伝えるメッセージのシンプルさも、歌になったときの届き方もスピードも。また、こうした機会やラジオでいろんな方とお話しするとき、ものすごく謙虚だなと。

水野:いやいやいや。

COFFEE BOY:あんなに素晴らしい楽曲を作ってきて、もう十分にキャリアもある方なのに、それでもなお誰かに教えを乞うというか。あらゆる方法を探られていて。「どうしてそうなるのですか?」とか「どういう感情でしたか?」とか常に訊く姿勢であることにとても驚きます。

水野:まさに今回もいろいろお伺いしたいです。COFFEE BOYさんのシンプルなデザインは、多くの要素を削ぎ落としていないとあのようにならないと思うんです。どのように線を選んでいくのでしょうか。

COFFEE BOY:「簡単そう」とか「時間がかからなそう」とよく言われるのですが、実はものすごく迷いながら、線を探して選んでいます。下書きではとにかくたくさん線を描いて、「ああ、この線だな」と感覚で見つけたものを落とし込む。本の表紙画であれば、ゲラもすべて読ませていただいて、その核となる部分の温度感、距離感を掴むようにしていますね。

水野:頭のなかである程度、構図が浮かんでから、描いていくものですか?

COFFEE BOY:バッと出るときと、出ないときがありますね。すごく悩んで、「違うな。1回やめて、違う仕事をしよう」ということも多々あります。

水野:また、色によっても与える印象がかなり変わりますよね。

COFFEE BOY:たくさんの色のイメージが浮かんだときは、そのまま形にするのですが、僕は線が好きで、線を際立たせたいので、なるべく色数は減らしたいなと思っていて。その都度、どの色がふさわしいかを考えます。そして、指定がない場合は赤を選ぶことが多いですね。あとはバランスを大切に。頭のなかで、「ここが黒なら、ここに赤を置いて」といろんな足し算や引き算をしながら、線を引いている感覚です。

水野:ずっと描かれているなかで、「ここは上手くなったな」と感じる瞬間などもありますか?

COFFEE BOY:単純に自分の昔の絵を見たとき、「ここを修正したいな」とか「今ならこう描けるな」とか感じるということは、上手くなっているのだろうなと思います。自分のなかでリブートして描いてみる、ということもよくやりますね。

水野:僕も10代で作った曲などを聴くと、「今だったらもっとシンプルにしているな」とか考えるんです。それは、技術も上がっていると思いますが、聴く“耳”や物事を捉える“目”が培われているところも大きい気がして。逆にあまり分別がつかなかったときのほうが、出せていた味もある。それはどちらがいいとも言えなくて。

COFFEE BOY:若いときのほうが無垢で、経験を重ねるとよくも悪くも巧みになってしまいますよね。

水野:余計なものがあるからこそよい、という瞬間もありますし。難しいですよね。

COFFEE BOY:そうですね。自分もいろんなものの影響を受けているところがありますね。たとえば、音楽を聴いたり、おいしいものを食べたり、楽しいイベントがあったり、悲しい出来事があったり。「こんな世の中になっている」みたいなことも、すべて反映されて、描く線に出ていきます。だから、普遍的というより時代性を帯びているというか。「昔は違ったけれど、今は少し力強い線のほうが心地よい」などの判断を、その時々の自分がしているんです。

水野:あらゆるご自身の変化が、イラストにも反映されていくんですね。

COFFEE BOY:そうだと思います。あと、“飽きてしまう”というところもあって、「今回は色をたくさんつけてみようかな」というチャレンジをしたり。それがファンの方にどう捉えられているのかわかりませんが、「新しいタッチですね」という声や評価をいただくのは、すごくありがたいです。水野さんもアルバムで、攻めた曲を出されたりしますよね。それはどういった発露の仕方なのでしょうか。

水野:とくにいきものがかりは、老若男女、考え方が異なるひとも含め、幅広く聴かれることを大前提としているグループで。もちろんそんなことは簡単にできないんですけどね。とはいえ、誰かに媚びる・おもねるような曲を作るのは、僕たちが考えているポップスとは異なる。だから、まったく趣味の違う方に合わせるのではなく、僕らは僕らで好きなものをやりながらも、その中間、“あいだ”で出会えたらいいなと思うんですよ。

COFFEE BOY:なるほど。

水野:お互いに別個のものがひらけているイメージというか。たとえば、たまたま何かの悲劇があって、音楽を聴く力もない方が、もし聴いてしまっても大丈夫な曲。とにかく距離が遠いひととの“あいだ“に置く曲。多分、そういう曲のことを、「攻めた曲」や「これまでとトーンの違った曲」と言っていただくことが多いのかもしれません。COFFEE BOYさんは、絵を見るひとの存在に対して、どのように思われていますか?

ポストイットにメッセージを書くように

COFFEE BOY:僕はアーティストというよりイラストレーターだと思っていて。自分の持っている技術で、誰かの役に立ちたいという気持ちが強いんですよね。だから、お題に答える大喜利的な仕事が好きで。ご要望に対して、想像を超えるようなものを出したい。そもそも僕はインスタで絵を公開し始めたんですけど、最初は見ているだけだったんですよ。すると、急に自分の思考にはないものがポンッと流れてくるじゃないですか。

水野:イレギュラーなものが。

COFFEE BOY:はい。怖いものとか、ドキッとするようなものとか。それが苦手で。せめて、僕を知っているひとのところには、ほっこりするようなもの、心安らぐようなものが届くように、という思いで、イラストを描いて載せ始めました。感覚としては、机に貼るポストイットにメッセージを書くように。お仕事で失敗して怒られちゃったひとがいたとき、「元気を出しなよ」って、チョコレートを一緒に置いたりするじゃないですか。

水野:なるほど、ものすごくしっくりきます。

COFFEE BOY:ポストイットを貼ってくれたひとはもうその場にはいないけれど、見たひとは「あ!」ってなる。だから、「万人に届け」というより、「あなた」に向けての投稿ですね。それを毎日スマホに届けるようなイメージで、インスタに載せることを繰り返していたら、みなさんが見てくださるようになったんです。

水野:ポストイットというのが、また腑に落ちました。押しつけがましくないというか。誰かを励ますメッセージって、世の中に溢れていて、それはそれで素敵だと思うんですけど。その力強さがしんどくなってしまう瞬間が僕はわりとあるんです。どうしても穿った見方をしてしまうタイプで。

COFFEE BOY:僕も同じかもしれません。しかも、今ってなんでも白か黒かにしがちじゃないですか。ああいうイラストを描いていると、すごくいいひとだと思われるんです。でも、僕はそんなにいいひとではない。正義の代弁者でもない。だから、照れ隠しで、誠実さに少し毒にも薬にもならないようなユーモアを加えているんですよね。大上段に構えた感じにはならないよう、気をつけているかもしれません。

水野:軽やかさと優しい距離感がありますよね。

COFFEE BOY:ああ、それ嬉しいです。

水野:ポストイットを貼ってくれたひとは、その場にはいないけれど、「あのひとは私のことを見てくれていたんだ」とか、「このツラい気持ちを感じ取ってくれるひとがいるんだ」とか、感じられる。そういう投稿の姿勢や塩梅がすごいなと思います。

COFFEE BOY:軽やかさでいうと、音楽って、人生がドーンと揺さぶられるぐらいに刺さるものじゃないですか。しかも、いきものがかりさんは老若男女に聴かれているからこそ、水野さんもリスナーの方から勝手に抱かれるイメージ像も大きいと思うんです。「この曲を作っているひとは、100%いいひとだ」みたいな。そういう印象は、「そういうものだ」と背負っていらっしゃいますか? それとも何か対処されていますか?

水野:そこは悩むというか、背負えないんですよね。だから、「あなたの曲で救われました」とか、「あなたが神様です」みたいなことを言ってくださるファンの方に、“その期待には応えられないよ”という対応を、ついしてしまうというか。「そうは思わないでください。僕らがヒーローになることは、むしろ不幸な気がします。自分でその曲の楽しみ方を見つけられたほうが、個人にとって幸せだから」みたいなことを言ってしまう。

COFFEE BOY:それはファンの方が求めている答えではないかもしれませんが、本音であり、真理ですよね。

水野:ある意味で、タレントとしては、表に出る人間としては、あまり適切な対応ではないと思うんですけれどね。でも、曲を作った人間としては、それがいちばん誠実だと感じています。COFFEE BOYさんもおっしゃったように、音楽はものすごく刺さる。だからこそひとの心を奪いすぎてしまう瞬間があって、危ないんですよ。「歌がないと生きていけません」という状態はあまりよいものだとは僕は思えない。究極的には、歌がなくても元気な状態に持っていくのが、歌の役目なのかなと。

COFFEE BOY:大きすぎてしまうんですよね。自分も救われてきたから、気持ちはわかります。そして、ちょっと音楽が羨ましいです。絵とは届く深度が違うというか。歌にはストーリーやメロディーがあるから、より深くまで染み込みやすいですし。それは僕の絵ではなかなか達成できないなと思います。

水野:一方で、絵は桜の花と同じように“ただそこに在る”ということができるのが羨ましいです。たとえば、文学フリマでそれこそCOFFEE BOYさんにイラストを描いていただいたマガジンを、テーブルに並べているんですけど、パッと目を引くんです。「かわいい!」って立ち止まってくださる方が結構いらっしゃる。その距離感がいいなと。音楽は攻撃的なんですよ。耳に“攻め”に行かないと届かないから、攻めるしかない。絵はそこに“在る”ということができるでしょう?音楽はどうしても訴えかけてしまうから。

COFFEE BOY:たしかに、音楽は攻めに行くのか。そのお話、僕もすごく腑に落ちました。絵は、ただそこに在って、対象者が手を伸ばすかどうかという距離感が生じる。僕は音楽を羨ましがって、水野さんは絵を羨ましがって、それぞれに伝え方の違いやおもしろさがあることに気づかせていただきました。

正しくありたい

水野:これからどういう描き手になっていきたいですか?

COFFEE BOY:ひとつひとつに応えていきたいですね。昔は、「個展を開きたい」とか「こういうグッズを作って、こういうところから出させてもらいたい」とか、無邪気な目標がありました。でも今は、先ほどもお話しましたが、その都度、お仕事を頼んでくださった方の期待や想像を超えるものを出していきたいなと思っています。どこにつながっているかわからないけれど、それを繰り返していきたいですね。

水野:それを繰り返していくって、とても難しいですよね。

COFFEE BOY:知られれば知られるほど、「このひとはこういうものを描く」という予想の範疇を超えないようになっていきますからね。だから、ひっくり返したり、混ぜ返したり、意表をついたり。でも、変な手は使いたくない。正しくありたい。怖がらせたくない。そのバランスが難しいですけれど、少しずつでも、「ああ、頼んでよかったな」と思ってもらえるお仕事を続けていきたいと思います。

水野:「正しくありたい」という言葉がかっこいいですね。奇をてらうような簡単な逃げ方ではなく、真正面から正しく考え続ける。ただ、シンプルななかでも、COFFEE BOYさんのグッズに愛着を持つ方の“愛着の秘密”は何かある気がします。「かわいい」という一面だけではなく、もうひとさじがある気がする。

COFFEE BOY:そのひとさじの正体がわかれば、もっと描けるんでしょうけれど(笑)。曲の“らしさ”はやっぱり人柄だったりするのでしょうか。

水野:自分がそばにいさせてもらっている先輩のなかでは、やっぱり小田和正さんとかになると、人間が出てきますよね。ご本人もおっしゃっていたけれど、「なんでもないようにさらっと見えて、それだけで十分というものを目指している」って。

COFFEE BOY:小田さんと水野さんのお付き合いはどのくらい長いですか? 

水野:デビューした年に初めてお会いしたので、約20年ですね。

COFFEE BOY:小田さんはその頃からお変わりない?

水野:いや、怖いのが、あの方、常に変化されているんですよ。小田さんが70代のとき、「必要があって、60代前半のライブ映像をチェックしなくちゃいけなくて、観たんだよ。俺、幼かったんだよ」っておっしゃったんです(笑)。70代の小田さんからすると、60代の小田さんは、自分をよく見せようとしてMCで喋っているように見えたんですって。

COFFEE BOY:怖いですねー(笑)。

水野:ずっと工夫され続けているあの姿勢が、小田さんの人間性だろうなと思います。そして、僕は小田さんを見てきたからこそ、常にいろんなことを考える力をいただきましたし、今日のように他分野の方にお話を伺って、「これってどうでしょうか?」と実際に訊くことができるのかもしれません。

COFFEE BOY:ちなみに、僕と水野さんはほぼ同年代なんですよね。また機会があれば、「どんなマンガ読んでた?」とか「携帯電話はいつ持った?」とかいろんな話もしたいです(笑)。どこか同じ匂いを感じるので。

水野:不思議なもので、お仕事でたまたまご一緒した方とお話してみると、リンクするところがたくさんあったという経験が多くて。「分野は違うけれど、考え方は同じだね」みたいな。今日もまさにそんなことを感じました。ぜひ、またお会いできればと思います。

文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:園田和彦
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:そふ珈琲
https://www.instagram.com/sofucoffee

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