『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』道尾秀介

重要なことでも行間に泳がせたままにして、読者に想像してもらう。

水野:今回のゲストは、作家の道尾秀介さんです。

道尾秀介 (みちおしゅうすけ)
1975年5月19日生まれ。19歳で小説家を志す。大学卒業後、2004年、『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、デビュー。2007年、『シャドウ』で本格ミステリ大賞、2009年、『カラスの親指』で日本推理作家協会賞、2010年、『龍神の雨』で大藪春彦賞、『光媒の花』で山本周五郎賞、2011年、『月と蟹』で直木賞を受賞。他の作品に、『向日葵の咲かない夏』『片眼の猿』『ノエル』『貘の檻』『透明カメレオン』『いけない』『N』『きこえる』、犯罪捜査ゲーム『DETECTIVE X』などがある。

どこにも売ってないから自分で書く

水野:文章を書いたり、物語を作ったりという方向に興味を持ち始めたのはいつ頃ですか?

道尾:高校2年生のときに付き合っていた子が、純文学マニアみたいなひとで。それで「彼女に負けたくない。俺も読んでやろう」と、本屋さんに行きました。とはいえ、それまでまったく読んでこなかったから、何を買えばいいのかわからない。そんなとき、1冊だけそれほど厚くなくて、著者もタイトルも知っている本があって。それが太宰治の『人間失格』でした。読んでみて、頭をガンッと殴られた感覚になりましたね。

水野:それを読んで、ご自身も「作ろう」と思ったのですか?

道尾:作ろうと思うまでには少し段階があって。僕はそれまで文庫本を見ても、“薄くて四角い紙でできたもののなかに物語が入っている”と思っていたんですよね。物語なんて、テレビでも映画でも観られるじゃないかと。でも、初めてちゃんと小説を読んだときに、「ああ、本のなかに入っていたのはただの物語ではなかったんだ」と気づきました。もっと質量の大きい、人間の感情の塊。しかも、こちらが敏感であればあるほど、その質量は大きくなる、とんでもないメディアだった。それから、漁るように本を読み始めたんです。

水野:書くという行為には、ハードルはありませんでしたか?

道尾:ハードルはありませんでしたね。なんせ元手がかかりませんから。それに、誰かに読ませるというよりは、どちらかというと自給自足的な考えで、「こういう物語が読んでみたい。でもどこにも売ってないから自分で書く」という感じで。その感覚はいまだに変わらないと思います。

水野:小説家という職業を意識して、そこに向かっていこうと思ったのはいつ頃ですか?

道尾:小説を書き始めた頃から、もちろん夢は見ていました。小説家になる手段って、今はひとつしかなくて、新人賞を受賞することなんです。だから、短編が書けるようになったら短編賞に、長編が書けるようになったら長編賞に応募して、何度かやっているうちに新人賞を受賞してデビューできたんですよね。それが29歳でした。

水野:途中で、「なれないかも」みたいな気持ちになることはありませんでしたか?

道尾:ありました、ありました。10年間なれなかったので。19歳のときに小説家を目指して習作を書き始めて、そのときに「10年間やってダメだったらやめよう」と決めたんですよ。どんな職業でも10年間目指してなれなかったら、才能がないんだろうなという思いがあって。そうしたら、きっかり10年目にデビューできたんですよね。

水野:自信はありましたか?

道尾:もちろん僕自身が読んだら世の中のどんな小説よりおもしろいので、そういう意味での自信はありました。あと、僕はもともと、「小説は全員に向けて書かれるものではない。必ず理解されなければいけないものではない」と思っていて。でも、それだと受賞はできないんですよね。だからデビュー作は、「もう今年で最後だな。デビューできる小説を書こう」という思いで、わりとエンタメ色の強いわかりやすいものを書きました。

水野:読者の“読む力”はどれくらい想定して書かれますか?

道尾:出すごとに読者の読解力を信用するようになっています。「よくこんなことまで気づいてくれたな」という感想をたくさんいただくので。重要なことでも行間に泳がせたままにして、読者に想像してもらう。そこから「なるほど、こういうことだったのか」というアハ体験が生まれるのが、いちばんの醍醐味だと思うんですよね。最近は、深く読めば読むほど真相がわかるけれど、表面を読んでもひとつのストーリーとして完結しているものが書けるようになって。ミステリーマニアから、そうじゃないひとまで楽しんでもらえるのが嬉しいですね。

水野:様々な読解力を想定して、どうして成立させることができるのですか?

道尾:たとえば、乗り物や建物を作る場合、どうしても地球には物理の法則があるので、それに則ったことしかできないんですけど、文章は本当に何でもできますから。重力も何もないですし、いくらでも仕掛けを施したり、伏線を埋め込んだりできる。どこまで伏線に気づくかによって、真相の形が変わってくるということが成立するんですよね。

圧倒的に自分が作る快楽

水野:作品を書かれる際、どのようにスタートされることが多いですか?

道尾:大体は、すごく小さなものからスタートします。雪の結晶って、何もないところにはできなくて、空気中の小さな粒子や塵、埃みたいなものを中心に、だんだんと一重、二重にできていくそうです。それと同じで、たとえば大切な家族を亡くして涙をこらえている少年の気持ちとか、全体の流れのなかで小さな核となるものがあって。そこからだんだん広がっていくイメージですね。それは作品によってまったく違います。

水野:ものすごく複雑な物語構成ですが、それをいちばん楽しんでいるのは道尾さんご自身である気がしますね。

道尾:自給自足的な気持ちでやっていることが大きくて。外でイベントを楽しんだり、ひとの本を読んだりするより、作っているほうが楽しいんです。ここのところ作り続けている犯罪捜査ゲーム『DETECTIVE X』シリーズもそうで。あらゆる海外ゲームを取り寄せて遊んでいたんですけど、ずっとどこか不満で。おもしろいけれど、犯罪捜査をして犯人を捕まえて終わり。そこに物語がなかった。「じゃあ、自分で作ればいいじゃないか」と作り始めました。

水野:作ることと、ユーザーや読者が喜んでくれること、どちらの快楽がより強いですか?

道尾:圧倒的に自分が作る快楽ですね。というのも、音楽のライブとかと違って、目の前で本を読んでもらっているのを見れないんですよね。想像しきれないですし、そもそもいろんな読者がいますから。全員の好みに合わせようとすると、どんどん足し算になって、いびつな形になっていく。じゃあ逆に「残酷なシーンは苦手」「直裁な性描写は苦手」と嫌がられるものを削っていくと、それはそれで特徴のないものになってしまう。だったら、自分の好み100%を入れ込んで、「合わないひとはごめんなさい」というスタンスがいちばんいいと思っています。

水野:“理想の作品”というものはありますか?

道尾:毎回、理想の作品を作り上げていますが、書き終わると、もう次の理想の作品ができています。以前、“到着の誤謬(アライバル・ファラシー)”という現象を知ったんですけど、ゴールを目指して努力して、そこに行き着くと、もう脳が勝手に次のゴールを定めるらしいんです。満足感は永遠に感じられないようになっている。その感覚がよくわかって。脳がいつまでも満足しないから、ものを作るひとってずっと作るんですよね。

水野:小説に出てくる“音”はどれくらい意識されていますか?

道尾:小説のなかの音は、どうしてもオノマトペで表現せざるを得ないんですよ。だから、なるべく音そのものは書かないようにしています。たとえば、「かなかなかなとひぐらしが鳴いた」と書かなくても、「ひぐらしが鳴いた」と書けば、読者の頭のなかで「かなかなかな」と鳴ってくれる。“どんな音だったか”を、別の表現で描くようにしていますね。

水野:たとえば、登場人物が殺されてしまうようなシーンで、どんな音が鳴っているかなどはどれくらい見えていますか?

道尾:具体的な音のひとつひとつよりも、全体の流れを意識して書いています。たとえば、親しいひとが殺された現場に足を踏み入れて、床に転がっている何かを見た瞬間、それまで聞こえていた蝉の声がすっと遠のいていく。おそらく一瞬、無音になる。そして、気がついたらそこにいた刑事に何かを話しかけられている。そういう、音の全体的な流れを書くことのほうが多いですね。

水野:まさに小説のワンシーンが浮かぶような説明をしていただきました。そういった技術はどうやって得るのでしょう。

道尾:登場人物そのひとになりきると、完全にそのシーンが頭に浮かぶので、音も勝手に聞こえてくるんです。それをスケッチしている感覚に近いですね。

努力は“タイムマシンの乗車賃”

水野:先ほどもお話しいただきましたが、道尾さんは犯罪捜査ゲーム『DETECTIVE X』シリーズの制作に関わっていらっしゃいます。改めて、どういったゲームですか?

道尾:主人公(プレイヤー)が箱を開けると、「ある未解決事件をあなたにどうしても解決してほしい」という依頼者からの手紙と、警察の捜査資料が入っています。検視調書や現場写真、容疑者の供述調書などがあって、QRコードから録音された音声や監視カメラの映像も見られる。そういったいろんな資料から、本当は何が起きたのか、誰が犯人なのかを推理していく犯罪捜査ゲームですね。

水野:ゲーム制作の方々とはどのようにつながっていったのでしょう。

道尾:これは僕の持ち込み企画なんです。SCRAPというリアル脱出ゲームで有名な会社から出しているんですけど、もともとSCRAPの社長の加藤隆生さんとは飲み友だちで、一緒にスナックに行ってチェッカーズを歌ったりしていて。飲むたびに、「いつか何かやりましょうね」と話していたんですよ。僕はどうしても犯罪捜査ゲームを作りたくて、普通の出版社では難しいだろうと思い、「一緒にやりませんか」とSCRAPに持ち込みました。

水野:小説家が犯罪捜査ゲームを作るのと、ゲームクリエイターが作るのでは、どんな違いがありますか?

道尾:いちばん大きいのは、僕がすべて作っているというところですね。『DETECTIVE X』は物語だけじゃなく、映像や音楽、デモの新聞記事や週刊誌記事、証拠物件まで作っています。仮ラフ動画を自分で撮影して、音声もひとり7役ぐらいやって、コンピューターで声を変えたり、物音を入れたりして、ゲームの素材になるものはすべて、ほぼ完パケの状態でSCRAPに持ち込んでいるんですよ。全部をそれぞれに依頼して1から作っていたら、こんな金額では出せないので。

水野:あと、確実に統一性が保たれますね。ご自身が作ったストーリーのなかに矛盾が生まれない。でも、どうしてすべてができてしまうのでしょうか。

道尾:もともとずっと音楽をやっていたので音源編集もできますし、映像編集も好きでやっていたからできる。持っているスキルを使わない手はないので、できることは全部使ってやりたいんですよね。ただ、聞いた話では、鳥って飛ぶために羽を手に入れたのではなく、羽があるから飛べるだけらしくて。恐竜から鳥に進化するとき、最初は羽を茂みの前でバサッと広げると虫がびっくりして出てきて、それを食べていたと。

水野:捕食のための羽だったんですね。

道尾:そのうちに、「あれ、これ飛べるんじゃない?」とバサバサやっていたら飛べるようになった。だから、飛ぶために羽を手に入れたんじゃなくて、羽があるから飛べるらしいんですよ。僕も犯罪捜査ゲームを作るために音源編集を勉強したわけではなくて、ただ好きで一生懸命やっていただけで。結果、スキルが身について、犯罪捜査ゲームに使えるようになったという流れで、鳥の話と似ている気がしますね。

水野:また、シンガーソングライター・Gakuさんとゲストボーカルの早希さんが歌う、DETECTIVE X CASE FILE #3『地図にない島』のテーマソング「夢の口笛」の作詞作曲もされています。

道尾:『DETECTIVE X』のテーマソングは、事件を解決した主人公がエンディングムービーを再生したときに必ず流れるので、作品の一部なんですよね。「夢の口笛」はすでに配信されていて、聴いてくださっている方もいると思いますが、事件を解き明かして最後に流れたとき、歌詞がまったく違って聴こえると思います。

水野:道尾さんだからこそ、できることですね。

道尾:ここを外部に委託していたら、望み通りのものはできないと思います。もうやりたい放題できますから。実はある作品では、テーマソングを聴かないと絶対に解決しないんですよ。そういう仕組みも作ることができるので、楽しいです。

水野:技術的な面に限らず、何かご自身の変化はありますか?

道尾:ありますね。僕はもともと飽きっぽいので、同じものは作りません。それがいいのか悪いのかわからずにいたんですけど、ハンマー投げの室伏広治さんのインタビューを読んだとき、安心したんですよ。反復練習は上達しているように見えても、その動作に慣れているだけで、逆に癖になってしまう。だから、室伏さんは“いかに反復しないで練習するか”を目指しているそうなんです。僕もいろんなことをやっていると、全体的にスキルがアップしていくのを実感しています。今はもう何も気にせず、“飽きたことはやらない”という形にしていますね。

水野:お話を伺っていると、出てくるたとえやご紹介していただけるものの広さを感じます。なぜ、ずっと興味を持っていられるのでしょう。

道尾:それはもう世の中がおもしろすぎるから。どこを見てもおもしろいものばかりです。

水野:ひとに会うのは好きですか? 

道尾:はい。一緒に遊びに行ったりするひとは、90%以上が飲み屋で知り合っていますし。ひとと何かをすることが好きです。自分のなかから出てくるものって、たかが知れていますから。あんまり取材みたいな感じでは会いたくないんですけど、常に“ものを作りたい”という気持ちがあるから、話しているとどこか頭のなかにメモしているところはあるかもしれません。

水野:その場では楽しくお話ししていて、「ああ、それおもしろいね」って思っていたことが、ふと蘇ってきて、「あのシーンに使えるな」となることが多いんですかね。

道尾:そうなんですよ。歩んできた人生がまるっきり違うので。たとえば、飲み屋の大将と話していて、「今、高校球児の話を書いているんですよね」と話したら、彼は昔、高校球児だったそうで。「フォークボールって投げ続けると〇〇なんですよね」と教えてくれて。「マジですか?」ってその場でメモを取って、翌日にはそのシーンを書きました。僕はフォークボールを投げ続けたことなんてないですからね。頼りになります。

水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。

道尾:クリエイターは、基本的には努力を重ねてなるもの。そして、努力は“タイムマシンの乗車賃”みたいなものです。たとえば、資本主義は、投資によって本来なら何十年もかかることを実現できる仕組みですよね。ローンで家を買うときには、利子がつく。その投資やローンの利子が“タイムマシンの乗車賃”なんです。それとまったく同じで、クリエイターになるためには“タイムマシンの乗車賃”としての努力が必要だと思います。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
https://www.j-wave.co.jp/

コメント

この記事へのコメントはありません。

他の記事を読んでみる

最近の記事
おすすめ記事
  1. 『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』YUKARI

  2. 『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』亀田誠治

  3. 『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』道尾秀介

  4. 『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』紫 今

  1. 『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』YUKARI

  2. 『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』亀田誠治

  3. 『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』道尾秀介

  4. 『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』紫 今

カテゴリー

アーカイブ

検索

TOP