見えているのに今まで気がつかなかった新しいものを。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストはファッションデザイナーの堀畑裕之さんと関口真希子さんです。おふたりは、matohu(まとふ)というファッションブランドをされています。

matohu(まとふ)
デザイナーの堀畑裕之と関口真希子によるファッションブランド。堀畑は大学で哲学を、関口は法律を学んだ後、文化服装学院で出会う。企業のパタンナーとしてパリコレクションに携わった後、ともに渡英。ロンドンコレクションに携わる。帰国後、2005年にブランド・matohu(「まとふ」と書いて”まとう”と読む)を設立。パターンを大切にする「服作り」と、綿密に組み立てられた「言葉」を大切にし、オリジナルテキスタイルを用いた芯のぶれないクリエーションを続けている。
きっかけは着物を着たときの発見

水野:お会いできて光栄です。僕はHIROBAで哲学者の鷲田清一さんと対談させていただいたのですが、鷲田さんがおふたりとファッションについて、matohuというブランドについて、話されている動画を拝見して。ぜひお話を伺ってみたいと思っていました。まず、おふたりはどのような経緯でファッションの道に入っていかれたのでしょうか。もともと大学で堀畑さんは哲学を、関口さんは法律を学ばれていたんですよね。
堀畑:大学時代、僕はファッションにあまり興味がなく、パリコレなど遠い世界の話だと思っていたのですが、変化のきっかけが2つあって、1つはまさに鷲田清一さんの存在です。鷲田さんは、ファッションについて非常に斬新な哲学的アプローチをされていて。ファッションとは単に表層の話ではなく、人間の深い営みのなか、あるいは哲学的に探究できる意識の世界と繋がっているのだということに気がついたんです。
水野:はい。
堀畑:もう1つは、同時期に観た『モードのジャポニスム展』の影響です。京都服飾文化研究財団が主催している、世界中を巡回した素晴らしい展覧会で。日本のモードが世界のいろんなファッションに、どれだけ深い影響を持続的に与えてきたのか検証されていたんです。そういう流れの先端に、山本耀司さんや三宅一生さん、川久保玲さんという方がいらっしゃった。その仕事を観たとき、雷に打たれたように痺れてしまいまして。
水野:おおー。
堀畑:「この世界に自分も飛び込んで仕事をしたら、どれだけ人生が豊かになるだろう」と。一応、大学院の修士まで出たのですが、思い切って哲学からファッションの世界に飛び込んでいった感じです。針1本も持ったことのない人間が。雑巾をチクチク並縫いすることすらできなかった人間が。めちゃくちゃですよね(笑)。
水野:その行動力の源泉は何ですかね。
堀畑:根拠のない自信があったんですよ。多分、“若い”とは“根拠のない自信を持てること”だと思うんですけど。クリエイターを目指しているリスナーのみなさんも、そういう直感は信じてもいいんじゃないですかね。
水野:当時、関口さんは堀畑さんに出会われて、驚きだったのではないですか?
関口:かなり衝撃でした。文化服装学院という専門学校で出会ったんですけど。もともと私はものづくりが好きで、自分で服を作れるぐらいではあった状態で入学したのに、「針に糸を通すのが初めてみたいなひともいるんだ!」と思って(笑)。しかも大学院まで出ているのに、ものづくりの素養がまったくないまま飛び込んでくるってすごいなと。
水野:そこからmatohuのブランドコンセプトを共有するに至るまで、おふたりはどういうコミュニケーションをされてきたのでしょうか。

堀畑:関口の着物好きがきっかけですね。彼女はかなりいろいろ買いに行っていて。あるとき、「一緒に着ようよ」という話になり、僕も着てみたんです。そうやって何でもない普通の日に着物を着たとき、大きな発見が2つあって、それがmatohuにも繋がっています。1つは身体感覚の違い。服の構成要素が、今まで習ってきた洋服のパターンとまったく違う。身体に巻き付けて、帯をグッと締めて歩くと、風が抜けていくような感覚で。
関口:男性はワンピースを着ているみたいな感覚に近いかもしれません。
堀畑:みなさん、夏の夕暮れどきに浴衣で歩いたら感じると思うんですけど、「ああ、こんなに心地いい服があるんだな」ということに気がついて。どうして今までこういう構成原理だと考えなかったのか、洋服一辺倒だったなと。あともう1つの発見は、まわりを見渡したら、誰も着物を着ていないこと。
水野:今、洋服が当たり前になってしまっているから。
堀畑:そうなんです。だから自分が着物で歩くと浮いていて、ある意味、街の異物になるんですよね。100年ほど前の銀座の写真を見ると、ほぼ9割の方は着物なんですけど。今、着ているひとはほぼいない。
関口:あっという間に状況が変わっているんだなって。
堀畑:この100年で何が起こったのか。こうして失われていったものがたくさんあるんじゃないか。単に着物の着方や布の話ではなく、ものの見方や感受性もどんどん置き忘れているところがあるんじゃないか。たまたま着物を着たとき、そういうことにハッと気がついたんですよね。
関口:あと、着物と洋服では色の感性が真逆と言えるほど違う。たとえば、赤と紫を組み合わせたコーディネートは普段なかなかしないと思いますが、着物だと自然にできるんですよ。それは着物を着てきた日本人が持っていた感性だと思うんですけど。そういう着物の感性を日常的に活かせる洋服がなくてもったいない、という話を堀畑とよくしていましたね。
「わび・さび」じゃない言葉で

水野:ブランドや作品のコンセプトになる言葉は、どのように見つけていかれるのでしょうか。
堀畑:たとえば、日本の美意識をテーマにするとき、「わび・さび」や「粋」という言葉が思い浮かびやすいかと思うのですが、それらは手垢がついた言い方でもあって。僕たちはちょっと天邪鬼なので、「わび・さび」とは絶対に言いたくない。もっと今のひとたちが、ハッと気づいて共感するような新しい表現、別の角度の表現があるだろうといつもふたりでいろいろ考えるんですよ。
関口:「わび・さび」という言葉で話すと盛り上がらないけれど、美意識そのものに入り込んでいくと新鮮でおもしろい。だから、「こういうことってあるよね。それを“わび・さび”じゃない言葉でなんと言おうか」という話を日常的にしています。大体、言葉を探して見つけるのは堀畑ですね。「あ、これだ!」って降ってくる。
堀畑:たとえば、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』という話が日本美のなかで出てくるのですが、他の日本語で考えてみたとき、僕たちが選んだ言葉は「ほのか」でした。ほのかな灯り、つまり“わずかな火”がぽっとついたとき、そこに見えている薄闇の世界。そういうものをテーマに服を作ってみたらどうなるだろうと。
水野:それをどう服に落とし込み、デザインされていくのですか?
堀畑:「ほのか」のときは、ほのかな灯りで美しく見えるテキスタイルを開発していきました。光沢感やラメ、生地屋さんにいろんなものを織り込んでもらって出来上がってきたテストピースは、必ず部屋を真っ暗にして。

関口:ロウソクをつけてその灯りで見てみるんです。
堀畑:ファッションショーのときも、普通ならものすごい明かりがつくじゃないですか。でも「ほのか」のときは、まわりを真っ暗にして、モデルがほの灯りのなかにぽっと入ってきて。
関口:光のなかに入ったときだけ、浮かび上がる。
堀畑:そしてまた闇に消えていくという演出をしたり。「ほのか」という言葉ひとつでいろんな演出が生まれてきます。
水野:おふたりが作ろうとされているのは、服だけではなく、そのまわりの空気感やそこにたどり着く時間軸も含めた立体的なものなんですね。それを作品として、商品として、世に届けるときには受け手に説明も必要な気がするのですが、どのようにユーザーの方とコミュニケーションを取られていくのでしょう。
関口:私たちは、お店に来ていただいたお客さまと直接お話をするということをわりと積極的にやっていますね。それが楽しいですし、いちばん伝えられる場所です。ブランドを始めてから、なんとなくそういうスタイルができていきました。
堀畑:あと、コレクションをご案内する冊子もかなりこだわっています。たとえば、「ほのか」というテーマを自分たちはどう考えているのか、長文で書いて。それを読んで、共感して来てくださる方が多いですね。実際に商品を買われて、「今夜、食事でいいムードのところに行くから“ほのか”の服を着よう」と楽しんでくださったり。コンセプトが一貫していると、「自分はこの服をこう活かしたい」とお客さまも大事にしてくださるんです。

水野:単純に服を買うのではなく、もうちょっと深い物語を買っているような気持ちになりますね。
関口:お客さまのなかには最初、「私にはこういうものは着こなせないわ」とおっしゃる方もいらっしゃるんです。そして、なるべくさりげないデザインを選ばれる。でもそういう方が、「この服を着ていたら褒められた」とか、「なんだか気持ちがよかった」とか、そう言ってまた来てくださって、だんだん変化していって。「もうちょっと冒険したいわ」と積極的に楽しんでくださるようになったりすることも、私たちにとって嬉しい瞬間ですね。
堀畑:お客さんにはよく、「おしゃれはチャレンジですよ」とお話しています。セルフイメージはあるけれど、今まで着ていなかったような色や形に挑戦してみることで、自分自身が拡張されていく体験ができるんです。ファッションも世界の限界を広げていくことができるんじゃないかなと思いますね。
水野:おふたりは、変化できないとか飽きてしまうとか、そういう瞬間はありませんか?
関口:自分たちのなかだけから絞り出していると、飽きていると思うんですけど、今までのいろんなテーマは外からもらっているものなので、どんどん豊かになっている感覚ですね。本を読んでみたり、お庭を見に行ったり、そういうなかで毎回、「ああ、こんなことがあるんだ」という新鮮な気づきや驚きがあって。
堀畑:外からいただくというのは大事なことだと思います。そのなかでも、自分のお気に入りだけではなく、苦手なものにチャレンジしてみたりすると、より自分自身が広がっていくんじゃないかなと。
僕たちは時間のエッジにいる

水野:matohuでは、日本の美意識を具体的にどのように作品に落とし込んでいるのでしょうか。
堀畑:実は日本の服飾文化が最初にオリジナリティを出したのは、平安時代の重ね色目なんですね。たとえば、十二単。あれは色の重ね方で季節を表現し、同時に言葉で名づけている。「桜の重ね」だったり、「梅の重ね」だったり。非常に高度なテクニックなのですが、そうやって季節をまとうのが日本のファッションの原点で。その「重ね」をブランドのテーマにしたことがあり、今日はそれを水野さんにプレゼントとして持ってきました。
水野:ええ! ありがとうございます!
堀畑:重ね色目の靴下です。履き口のゴムのところが4色ぐらい重なっています。シリーズが春夏秋冬でいろいろあるのですが、これは「月時雨」という名前。月時雨とは、月が照っているのに急にさーっと降るにわか雨で。
関口:夜のお天気雨みたいな。
堀畑:十二単を着なくても、こういうものをまとうことで、季節ごとのおしゃれを楽しんでもらえたらなと。
関口:風景を思い描きながら、自分のなかでコーディネートをすることができますから。
堀畑:見たことのない新しいものを、というより、見えているのに今まで気がつかなかった新しいものを、ということが僕たちの変わらぬ姿勢ですね。
水野:作られた作品はどのように残ってほしいと考えられていますか?

堀畑:多分、服は長い時間のなかで消えていくと思うのですが、技術やコンセプトは次の誰かに手渡すことができるんじゃないかなと。僕が着ているこのシャツは、藍染なんですけど、300~400年続いている技術で。このボタンも江戸切り子という、何百年という時間の流れのなかでできていて。そういう意味では、僕たちは時間のエッジにいるわけで、これをやらないとまた次の新しいものに繋がっていかないわけです。
水野:「時間のエッジにいる」とはすごく強い言葉ですね。おふたりはこれからどのようなテーマに向かわれていきますか?
堀畑:歴史や工芸に学ぶだけではなく、自分たちなりの新しい表現を作っていこうと。それは何にもないところからというより、「季節の言葉」というものを手がかりにもっと繊細で奥ゆきのある表現をしていきたいと思っています。
関口:今までいろんな美意識を辿ってきましたが、季節に対する美意識は通じているんだなと感じたので。自分たちが考える季節のなかでできる表現をやっていきたいですね。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
堀畑:クリエーションとは、キリスト教で言えば、世界創造のことなんですよね。神が何もないところから作り出した。そういう意味では、人間に無から何かを創造するクリエーションはできない。でも、今まで自分たちが見てきたもの、あるいは先人がやってきたことのなかにたくさん宝物が落ちていて。そういうものをひとつひとつ喜びをもって発見し、相手に伝えていくということが、クリエーションの根幹なのではないかなと思います。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
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