対談Q 塩田武士 (小説家) 第1回

ひとから言葉を拾っていくとき、何を意識するのか。

意識することは三段階ある

塩田:昨日はいきものがかりさんのライブを観させていただき、ありがとうございました。圧巻でした。楽曲は幅広いですし、吉岡さんは全身バネのようでずっと走り回っていますし、水野さんはギターもピアノも演奏されるし。さらにトークも素晴らしくて。

水野:ありがとうございます。今回はライブツアーで関西公演に来させていただいたんですけど、塩田さんが観に来てくださるということで、ぜひゆっくりお話もできたらと、機会をいただきました。お忙しいところ、ありがとうございます。

塩田武士(しおたたけし)
1979年兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒業後、神戸新聞社に入社。2010年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞し、小説家としてデビュー。同作は第23回将棋ペンクラブ大賞文芸部門大賞も受賞した。2012年神戸新聞社を退社し、専業作家に。2016年『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞、2017年本屋大賞3位に輝く。俳優・大泉洋に当て書きした最新長編『騙し絵の牙』は、2018年本屋大賞6位に。その他の著作に『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』『崩壊』『盤上に散る』『雪の香り』などがある。

水野:前回の対談では、作品のお話を中心に伺いました。そして、改めて作品を読ませていただくなかで、やっぱり塩田さんは本当にたくさんの取材をされて、現地に行かれて、いろんなひとに会って話を聞かれて、情報を掴んでいらっしゃるんだなと。先ほどもこの対談場所のホテルの成り立ちについて、ホテルスタッフの方にいろいろ伺っていましたけれど、塩田さんはひとつひとつのお話にもう純粋に驚いていらっしゃいましたね。

塩田:そうなんですよねぇ(笑)。

水野:そういうリアクションの大きさも、ひとの話を引き出す秘訣なのかな、と。だから今回は「ひとに話を“きく”とはどういうことか」をテーマに、塩田さんがひとから言葉を拾っていくとき、どんなことを気にかけていらっしゃるのか、というところからお話を伺えたらと思います。

塩田:改めて「きく」というテーマをいただいたとき、意外と真面目に考えたことがなかったなと。根本的なことなのに言語化していなかった。なので、ありがたい機会ですね。まず、小説家の僕が「きく」ということを考えたとき、意識することは三段階あるんじゃないかなと思います。

水野:はい。

「曲を流す」というワンクッション

塩田:まず、第一段階は「話してもらわなきゃいけない」というところ。ここからもう勝負が始まっているんです。まさに昨日、いきものがかりさんのライブが終わって会場から出て、タクシーに乗ろうとしたら、目の前に空車が1台あったんですよ。で、ラッキー!と思って乗ろうとしたら、車内からいきものがかりさんの曲が聴こえてきて。え!?と思って。

水野:おお(笑)。

塩田:そして乗ったら、タクシーの運転手さんが開口一番に、「楽しかったですか?」って。

水野:うまい!

塩田:これは大阪やなぁと。ライブ会場前でいきものがかりさんの曲を流してお客さんを待っている。その「曲を流す」というワンクッションに僕は自分と似たところを感じました。

水野:ああー。

塩田:僕の10年の新聞記者生活でも、「話してもらわなきゃいけない」というところが極めて大事で。たとえば、いわゆる“サツ回り(警察回り)”をして、刑事さんに話を聞かなきゃいけないんですけど、もちろん簡単には話してくれないわけです。だからワンクッションを考える。今の時代はそんなものないんですけれど、2002年の当時って、警察署の1階にタバコの自販機があって。刑事部屋は大体2階にあるから、刑事さんはそこから1階に降りてきて、タバコを買うんです。

水野:はい。

塩田:だから僕は、1階のタバコ自販機前のベンチに張って、誰が何のタバコを吸うかメモしていました。そのとき、顔の特徴だけ捉えて書くんです。そうしたら次は刑事部屋。今はダメなんですけど、当時は「立ち入り禁止」と書いてある刑事部屋のドアをバン!と開けて、なかに入っていかなきゃいけなくて(笑)

水野:はい、はい。

塩田:入っていくと、もちろん怒られます。関西の警察署ですから、「ダメやろ!出ていかんかい!」みたいなことを言われるわけです。それを「いやいやいや…」って言いながらお話する。で、毎日行っていると少しずつ話してくれるひとが出てくる。そのとき、刑事さんのデスクにある座席表を見るんですよ。話しながらそれを暗記して、トイレに行って書き写して、タバコの情報と合致させる。そして刑事さんの住所をなんとか割る。

すると、刑事さんにお話を聞きに行って、「帰れ帰れ!」って言われたとき、「そこをなんとか」と言うだけか、「まぁちょっと1本…」っていつもそのひとが吸っているタバコをスッと差し出すかで大きな違いが出てくる。これが「きく」というところの前提として始まっているんですよね。

水野:感覚的なものではなく、かなり具体的な行動なんですね。

「聞く」はすなわち「準備」

塩田:もう「きく」はすなわち「準備」なんですよね。そして門構えの「聞く」というのは、「訊ねる」ということで、耳へんの「聴く」に行くまでには時間がかかる。この「聞く」から「聴く」への移行がすごく大事。たとえば、今回の作品『存在のすべてを』では、写実画家の野田弘志先生にお話を伺う機会を得まして。そこからさらに、北海道にある先生のアトリエに行きたくて。1回の取材でどう繋げるかというのが勝負だったんですね。

水野:はい。

塩田:で、僕の「リアリズム小説をどう書くか」というのは、野田先生の「リアリズム絵画をどう描くか」というところに通じているので、取材のとき、自分でまとめた創作論の話から入っていくわけです。自らの小説の話に加え、いかに先生の作品をリスペクトしているかお伝えしていく。

そして、頃合いを見計らって、「北海道、いい季節で気持ちいいでしょうね…」みたいな。お酒の力も手伝って、「すみません…ちょっとアトリエにもぜひ…」って。すると、「あぁ、もう来てください」とおっしゃってくださって。行かせていただくことができたんですよね。それが小説の重要なシーンに繋がっていった。つまり「きく」ことは「準備」なんですよね。

水野:その「準備」が外れることはないですか? 断られるとか。

塩田:もちろんあります。今、週刊文春で連載をしていて。お話を伺いたい方には最初に手紙を書くんですけど、断られることもある。ただ、その断った方を介した取材はできたりするんです。つまり、「私は答えないけれど、このひとなら答えてくれるかもしれない」という場合がある。それもまた、単に「取材させてください」と言うか、「なぜ今、あなたにこの話を聞きたいか」と手紙を書くかで、まったく変わってきます。

水野:なるほど。


●撮影協力:ザ・ホテル青龍 京都清水

1933年に建てられた近代モダン建築の元小学校の瀟洒な建物を保存活用したホテル。世界遺産・清水寺の参道に立地しながらも、周辺の喧騒から離れた静謐な空間が拡がります。

文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:濱田英明
ヘアメイク:枝村香織
監修:HIROBA
協力:ザ・ホテル青龍 京都清水
https://www.princehotels.co.jp/seiryu-kiyomizu/

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