いいこと、いいものを作り続ける“いいひと”で在りたい。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは、音楽プロデューサーの亀田誠治さんです。

亀田誠治(かめだせいじ)
1964年生まれ 音楽プロデューサー・ベーシスト。これまでに椎名林檎、スピッツ、GLAY、いきものがかり、平井堅、JUJU、石川さゆり、アイナ・ジ・エンドなど、数多くのサウンドプロデュース、アレンジを手がける。東京事変のベーシスト。他、舞台音楽や、ブロードウェイミュージカルの日本公演総合プロデューサーを担当。2019年より『日比谷音楽祭』の実行委員長を務めるなど様々な形で音楽の魅力を伝えている。
母のひたすら褒め教育

水野:いきものがかりは大変お世話になっていますし、ラジオなどでも何度もお話を伺っているのですが、改めて亀田さんのルーツをお伺いしたいと思います。最初に音楽に触れたのはいつ頃ですか?
亀田:家で母がラジオやレコードを流していて、物心ついた頃から音楽が日常にありました。邦楽も洋楽も、クラシックも歌謡曲も、本当にオールジャンル。「みんなのうた」のレコード集や、「クラシックこれだけ聴いておけばいい名曲百選」みたいな、いちばんポップなものまで家に転がっていて、自分でもレコードやラジオをつけて聴いていました。そういえば今思い出したけれど、3歳の頃には2年ほどピアノも習っていました。
水野:ピアノを習っていたことは、どれくらいご自身に影響していますか?
亀田:ものすごく影響しています。なぜならば、僕にとってのファーストラブだから。まず、ピアノの先生が僕の姉にピアノを教えるために、週に1度、我が家に来ていたんですね。それが綺麗な先生なのよ。
水野:音楽への愛かと思ったら、本当のファーストラブ!
亀田:そう。その先生と一緒にいたくて、「僕もピアノを習いたい」と言ったら、教育熱心な家庭だったので許可をもらえて。週に1度、先生に会えるのがすごく楽しみでした。当時、習っていたハノンやバイエルはちゃんと取ってあって。先生の赤鉛筆の字で「弱く」とか「指を丸く」とか書いてあるのを見て、今でもときめく(笑)。それぐらい自分の人格形成には影響があったと思います。鍵盤に触れて、基礎を学んだことで、音楽の授業でもなんとなく音符が入ってきたし。すごく音楽に近いところに引き寄せられたきっかけでしたね。
水野:人格形成の面でいうと、お母さまが子ども時代の亀田さんをすごく褒めていたということの影響も大きいそうですね。

亀田:母は本当にひたすら褒める教育をしてくれました。僕がどんな悪さをしても、「誠治はいい子。自慢の息子だ」って。たとえば、大学生くらいの頃、自宅録音をするためにマルチトラックの録音ができる機材を買ってもらったんですよ。
水野:当時、かなり高価なものじゃないですか。
亀田:卒業祝いということで、僕に投資してくれました。ただ、機材の置き場がなくて。ふと、自分の部屋を見渡したらクローゼットがあったんですね。僕はそのクローゼットの扉を外して、自分の机とベッドの上に架け橋のように置いてDJ台のようにして、そこに機材を置いて、楽曲制作に勤しんだわけ。つまり家を壊したの。でも、そんな僕に対しても、「すごいアイデア! こんなことママたちは思いつかないわ」って徹底的に褒めてくれて。
水野:「この音楽はイヤだ」みたいなことはないのですか?
亀田:あります、あります。自分のなかのキラキラしたものと、一致しないことはある。でも、どんなに攻撃的な音楽や、内省的な音楽でも、やっぱりひとの心をつかむ瞬間はあるので、そこをキャッチしていく感じです。すると、どんな音楽に対してもワクワクします。耳障り的には最初は苦手でも、「でも、この部分を多くのひとに聴いてもらえれば、みんなもこういう音楽の在り方を知れるかもしれない」というヒントが見つかるから。
水野:その“いいところ”を、他の方に言葉でちゃんと伝えられるのはなぜでしょうか。
亀田:いいこと、いいものを作り続ける“いいひと”で在りたいという気持ちがあるからかな。「ちょい悪でいきたい」とか、「やさぐれていたい」とか、まったくないわけ。優しく親切でいたい。だから、たとえば、スタジオで音楽を作っていて、「これはしょっぱいアイデアだな」と感じるものが仮に出てきた場合でも、信じるというか、受け入れられる。一度受け入れると、またそのなかでいいものを見つけられる。あと、大体のアイデアは試しますね。
水野:たしかに、そうですね。亀田さんの現場はそうだと思います。
亀田:リクエストが出たら、自分の思っているものとまったく違っても、「OK!OK!」ってやってみます。そうすれば、自然と答えも出てくるんです。あと、アーティストやミュージシャンのほうからも、「亀ちゃんが言うのであれば」というお互いの信頼関係ができていく。好きなひとたちと信頼し合えるからこそ、いい音楽を作り続けられるんだと思う。
自分が持っているものはすべて持って行ってほしい

水野:いきものがかりの自分としてもお話を伺いたいのですが、最初の僕らはどう見えていましたか? 出会ったのはもう21~22年前ですね。
亀田:まず、聖恵ちゃんの存在!いい歌だと思った。一点の曇りもないというか。僕が“いいひと”で在りたいと思う、その“いい”の集大成みたいなものを目指している努力の痕跡を、声や聖恵ちゃん自身から感じました。そして、全方向でクリエイトスペクトラムを出している類まれな水野良樹さん。でも、ギラギラしていなくて、とっつきやすい。
水野:ありがとうございます(笑)。
亀田:よく「国民的アーティスト」とか言われてきたと思うけれど、その看板を背負うことや掲げることを厭わない。そこが、実は僕とちょっと似ているなと思いました。とにかくいいものはいい。そうやってたくさんのひとの心や日常に溶け込んで、そのひとたちを豊かにするものを作っている。そういう匂いを感じていました。
水野:出会ったアーティストの変化はどう見えていますか? そこに合わせていくのでしょうか。
亀田:今のいきものがかりを大事にしたい、と思うかな。こだわるポイントも変わってくるでしょう。聖恵ちゃんは昔よりもっと、自分の歌に対する責任感が増しているし、そのための工夫もケアもされている。水野くんも、いい音楽を作るための環境やHIROBAのような場をクリエイトしている。あと、小田和正さんの『クリスマスの約束』にも積極的に参加されていて。僕はああいう作品に出続けられるひとって、信頼できるなと思うの。常に誰かの人生に役立つ音楽を作っている。不思議なことに、そういう方々とは長いお付き合いになるんです。
水野:はい、はい。

亀田:そう考えると、僕といきものがかりはもう20年近い関係になります。でも、すべての作品を一緒に作っているわけではない。この距離感ってすごく大事かもしれません。
水野:大事ですね。
亀田:亀田誠治にアレンジプロデュースのオファーが来るときは、必ずいきものがかりさんのほうで、「この曲は亀田さんがいいんじゃないか」と思ってもらえているという自覚があるんですね。だから、“今この曲”に全力投球する。僕は、すべてのアーティストさんとそういう距離感、感覚で在りたいという気持ちが強いです。
水野:今、僕の活動のことも褒めていただいたんですけど、それは亀田さんの影響も大きいんです。音楽プロデューサーであり、プレイヤーでもありながら、『亀の恩返し』や『日比谷音楽祭』といった場を作られていて。いろんな分野のいろんなスタンスのアーティストとやり取りをして、どの方とも信頼関係を結んで、素敵な音楽を作り続けている。この外にひらかれた亀田さんの在り方に、ずっと憧れていたわけです。
亀田:ありがとうございます。

水野:僕は亀田さんにはなれないけれど、自分に亀田さんのような在り方を適用するなら、何ができるかすごく考えました。そのアウトプットが、HIROBAだったり、他の分野の方にお話を伺うような機会だったりするのかもしれません。亀田さんから学ばせてもらったことは非常に多いです。
亀田:僕も、いろんなひとに出会うことによって学びます。あと、僕らは別れもあるじゃないですか。そういうことを人生のなかで重ねてきたから、本当にひとつひとつ大事にしていきたいと思う。僕、本当に音楽を作ることが好きなの。スタジオ大好き。で、こんなに元気そうで、喋り倒しているけれど、家に帰るとぐったり。妻にいつも、「うちにいるこの干からびた亀の姿を見せてやりたいわ」と笑われるんですけど(笑)。
水野:その姿はもうご家族だけが見られる宝ものですね(笑)。
亀田:ところが、スタジオに行ってレコーディングしたり、曲ができたりすると、意気揚々として家に帰るの。音楽を作る仲間と出会って、自分だけではできなかったことが、いろんな形で実を結んでいく。それがいろんな方向に広がっていったというのが、僕の音楽家としての道のりだと思います。
水野:アーティストからたくさんのデモなどが届くと思いますが、まずはどこにフォーカスしていますか?

亀田:自分にオファーが来て、一緒に作品づくりをするという時点で、もうそのひとの声や才能を信じて愛している状態になっています。だから、あとは曲のチャームポイントを探して、そこを伸ばす感じかな。いいところはすべて残します。足りないところだけ補う。さらに閃いたこと、良かれと思ったことは全部トライする。でも、100曲あったら100曲分、100人いたら100人分の向き合い方があって。毎回、オーダーメイドの注文建築で対応していきますね。相手に合わせていくのは楽しいです。

水野:たくさんのアーティストとの物語が、亀田さんのなかに蓄積されていて。さらに、その体験をどんどんみんなに喋ろうという意識がお強いですよね。
亀田:全部、持って行ってほしいと思うんです。自分が体験した音楽も、人生も、喜びも悲しみも。壮大な話になってしまうけれど、世界中の誰もに本当に世界中が幸せになってほしいんですよ。そのためなら、自分が持っているものはすべて持って行ってほしい。マネしてもらっていい。だから、最近のAIの動きは自分の思いに沿ってくれていますね。AIが亀田誠治の欠片に気づいて、持って行ってくれるのもあり。ひとつの出口ができているような感覚です。
水野:すべてに対して、ポジティブにひらかれているんですね。
亀田:「いいじゃん」と「大丈夫」があれば、大体のことはうまくいくよ(笑)。ダメだった場合も、「これはたまたまダメだった」と思うことが大事。音楽のテイクを取っていくとき、プロジェクトを進めていくとき、うまくいかないこともあるじゃないですか。そういうとき“たまたま作戦”はかなり効くので。みなさんの日常やお仕事でも応用できると思います。
才能に惚れる、距離感は取る

水野:亀田さんは、ある種のマナーとして、他のアーティストの話をあまり現場に持ち込まれません。だからこそ、僕もあらためて聞く機会がなくて。一度、お伺いしてみたかったのですが、椎名林檎さんとの出会いは亀田さんの音楽家人生に、どのような影響を与えましたか?
亀田:自分の思い描いているものを表現する、アーティストの熱い魂に初めて触れたきっかけが林檎さんでした。あと、自由であるために、自分の持っている引き出しをどんどん奔放に使っていく方。いちばん最初に感動したのは、林檎さんが僕のスタジオに来てくれたときです。僕のCDラックを見て、「マライア・キャリー好きなんです」って感嘆のホイッスルボイスを出してくれたり、ザ・ピーナッツや美空ひばりを歌ってくれたり。
水野:はい、はい。
亀田:『サウンド・オブ・ミュージック』のサントラを手に取って、「マリア(ジュリー・アンドリュース)になりたかったの」って映画の歌を歌ってくれたり、「The Beatlesのなかでは『ホワイト・アルバム』がいちばん好き」と言っていたり。まるで音楽に境目がなく、曲単位で自分の愛情や魂を振動させている。本当にオリジナルな個性を持たれていたんです。そして、一緒にアルバム『無罪モラトリアム』と『勝訴ストリップ』を作ったのですが、その2枚の収録曲のうち9割は、17~18歳の林檎さんのカセットデモテープにあった楽曲でした。
水野:その2枚は我々世代にとってのマスターピースでもありますね。でも、あの当時のまだ周囲が向き合いきれていない頃の林檎さんの才能を、他のプロデューサーだったら受け止めきれなかった気もします。なぜ、亀田さんは受けとめられたのでしょうか。
亀田:「とにかくコントロールができない、今までにいなかったアーティストを、亀ちゃんの人柄だったら受け入れてくれるだろう」と周りから言われて、人柄説がまずあります(笑)。小さいときから母に教えてもらった、たくさんの音楽が自分のなかに蓄積されていることも大きいですし。あと、これも母の影響だと思いますが、僕は自己肯定感が高いというか揺るがないんですよ。だから、強い個性が来ても、自分が占領されてしまうことがない。その個性と一緒にダンスを楽しむことができる、という心持ちがありますね。

水野:それが本当にすごいと思います。おっしゃるとおり、自分というものが確立できていないと、凄まじいものに出会ったとき、飲み込まれてしまうんですよね。アーティストやすごい才能と向き合うときの怖さってそこにあると思います。
亀田:そう。その飲み込む力があるからこそ、スーパーアーティストになっていくから、仕方ないんだけれどね。あと、林檎さんと出会うまでの僕は、自分より上の世代のスタジオミュージシャンと一緒に音楽を作っていて、自分を高めていこうと思っていたんです。でも、自分の横の世代で音楽を作っていきたい気持ちが芽生えてきた頃で。それを林檎さんと試してみたいという気持ちもありましたね。
水野:亀田さんは、まったく違う個性や才能を持ったアーティストの方と、確立した個として、亀田誠治として、向き合っていいものを作り続けている。それはとてつもないことだなと。
亀田:才能を信じて、才能に惚れる。だけど、ひととしての距離感は必ず取ることが大事かもしれません。僕、水野くんとごはんを食べに行ったことがほとんどないし、林檎さんとも2回くらいです。みんなで行くライブ終わりの打ち上げとかは別ですけどね。近づきすぎてしまうと、音楽を通じての軸がブレ始めるから。すべてのアーティストさんとこういう距離感を取るようにしていますね。
水野:最後に亀田さんのこれからについて伺っていきたいと思います。
亀田:まだまだできないことがいっぱいある。できないこと、やってないことって、“伸びしろ”だと思っているんですよ。新たに出会うアーティストもいるだろうし。あと、最近いろんな方からまた、「亀ちゃんベースを弾いてよ」と声がかかるようになって。ミュージシャンとして、ベースを弾くことも楽しくなってきているんです。もっといいベースが弾けるようになりたいし、プレイは生涯、続けていきたいですね。
水野:何か理想を設定することはありますか?

亀田:ないない。“今ここ”に集中していると、また次に何かいいこともわるいこともやってきて、それを乗り越える。そうやってアップデートし続けている感じですね。でも、いい音楽やアーティストを広く数多(あまた)に伝えていきたいという気持ちは一貫しています。J-POPもクラシック音楽のように100年、200年と愛される音楽になってほしい。そういう道筋を作れる人間になりたいですね。あと、僕たちはすぐに“次世代”と言うけれど、先輩方からもらっているものもたくさんある。それを届けていく役割も果たしていきたいかな。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
亀田:相手を信じることかな。ひとを信じること。僕も今でもトライ中です。でも、信じることによって、実を結ぶことがたくさんあったし、自分も助けられてきました。信じるって、結局それが返ってくるんですよね。もちろん、思いどおりにならないこともあるけれど。それでも自分の信じる気持ちは、いろんなものをクリエイトしていくのだと思います。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
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