対談Q 渡辺明(将棋棋士) 第2回

どんなに内容が悪くても
勝ったほうが嬉しい

音楽の世界で、努力、才能、運の割合は…。

渡辺:音楽の世界だと、努力、才能、運の割合ってどうなんですか?

水野:着想する部分は才能でしかないですね。「こういうものを作りたい」というイメージができるかどうかで、80~90%ぐらい勝負は決まっていて。でも、それを形にしていく段階に入っていくと、そこでは99%、技術の問題になってくるんです。棋士の方のインタビューを見ていて、おこがましくも共通するなと思ったのが、プロの方は一手を選んだら、そのあとにいくつも次の戦法があって、さらにその先の一手にもいくつかの戦法があってと、枝分かれのように読んでいかれる。

渡辺:はい。

水野:僕らも曲を作るとき、1フレーズを書いたらそのあとのフレーズって、実は5つぐらいに狭まっているんです。その選択にセンスや才能が出るんですけど、選択肢を増やすのは技術で。そこを毎回、問われるというか。

渡辺:どれが正しいというか、「これでいこう」みたいなジャッジは最終的にはご自身なんですか?

水野:自分でしないといけないですね。そこをひとりで判断できるかどうかが、曲をつくる才能のあるひとか、無いひとかの分かれ目とも言えて。難しい。

渡辺:最終的に2択で迷ったりみたいなことも生じますよね。たとえば、実際には①を出していたとして、もし②を出していたら大きく変わるのか。それとも大して変わらないのか。

水野:大きく変わると思います。ひとつのフレーズの選択によって、何でもないような曲が名曲になる可能性もあるし。逆に名曲になるはずだったものが、非常につまらなくもなる。だからフレーズが浮かんだとき、「このフレーズがもっと技術があるひとのもとに浮かんでいたら、大名曲になったのになぁ…」みたいなことを思って、反省する瞬間もあります。

渡辺:作詞と作曲の組み合わせパターンなんて、どんな天文学的数字になるのか僕にはわからないですけど。そういったなかで、みなさんがわかるようなアーティストにのぼりつめていくのは、どういう才能とか技術とか運なのか、すごく興味があるんです。

水野:運が左右する部分の大きい分野ではあると思いますね。勝ち負けもないので。そのときの世間の潮流があって、それとうまく合致したり。僕の場合、吉岡聖恵というボーカリストに出会えたので、そういう相性もありますし。でも将棋って、先ほども対局を拝見しましたけど、運が左右するのは振り駒の瞬間だけなんじゃないかなって。そのあとはもう論理の世界。

渡辺:完全にそうですね。

水野:それって苦しくないのかなって。

単純に負けるのが不愉快だから

渡辺:まぁ個人競技なので、自分のなかで勝ち負けが完結処理できるというか。誰のせいでもないじゃないですか。逆にチームスポーツのほうが酷だなと思います。だって野球とかサッカーって、表向きは責めないけど、当人もみんなも誰のせいで負けたかわかるわけじゃないですか。それはちょっと自分だったら処理できない。

水野:将棋の勝ち負けのほうがご自身の性分としては合っているんですね。

渡辺:すごく楽ですよ。自分のせいでしかないし、負けても誰にも迷惑かけないし。もちろん応援してくれているひとには「残念だ」という思いはあるでしょうけど。だから普段の勉強も、別にサボろうがちゃんとやろうが、結局そこには自分しか乗っていないんですよね。

水野:逆に自分のために頑張るって、限界がある気もしていて。それでもずっとモチベーションを保ちながら、トップの戦いを繰り返していけるのはなぜでしょう。

渡辺:やっぱりある程度プロとして成績を出して、上のほうまで行ったひとが落ちていくのって目立つじゃないですか。それもイヤだし、単純に負けるのが不愉快だからですね。あと、子どもの頃からの習慣もあると思います。試合に向かって練習して行くのは当たり前だという。

水野:日常になっているというか。

渡辺:はい。対局があるとわかっているのに、やらないというのはちょっと気持ち悪い。それで2週間とか3週間かけて練習して対局に向かうので、負けたときはその分キツいんですけど。でも、またやる……という繰り返しですね。

水野:何がいちばん楽しいですか? 勝った瞬間がいちばん?

渡辺:基本的にはそうですね。そのためにみんなやっているんじゃないですかね。

水野:そのシンプルさがすごく眩しく見えます。音楽は何が勝ちなのかわからないから。

渡辺:出したものが評価されたら嬉しい、みたいなことはありますよね?

水野:その評価が本当に正しいのか、信じていいのかわからないところもあって。

渡辺:では、ライブでファンの方々が喜んでいるのを見ると、嬉しいとか楽しいとかはあるんですか?

水野:嬉しいんですけど、どこか冷静な部分もあります。タレント的な部分もあるので「目の前に自分がいることで喜んでくれているなぁ」とか。そういうのは純粋な曲の評価ではないかもしれないですね。

渡辺:曲を評価されるほうが、水野さんは嬉しいんですね。

水野:僕はそういうタイプですね。曲がいちばん価値を持ってほしいと思っていて。

渡辺:その感覚はたとえば同じバンドのなかでも、ボーカルの方、楽器の方、作詞作曲されている方、みなさんそれぞれ違うのかもしれないですね。

水野:違いますね。とくにボーカリストは、自身が声援を受けることに素直に喜びを感じる方も多いし。あと、楽器専業のひとは演奏している瞬間こそが大好きだったり。お客さんがどうとか関係なくて、自分が納得する演奏ができたときがいちばん、みたいな。

渡辺:そこをわかる技術が客にないですもんね。僕なんか絶対にわからないですもん(笑)

水野:将棋でも、素人が見てもわからないけど、棋士の方からすると、「すごい、この手筋は思いつかなかった」みたいなことってたくさんあるんじゃないですか?

渡辺:ありますね。同業者間で評価されるみたいな。「こいつ、ここまで研究しているのか。すげーな」とか。でも別にそれを本人に言うわけでもなく。

水野:言わないんですか!

渡辺:言わなくても、思われていることは向こうもわかるから(笑)。

水野:ああ、やっぱり、わかるものなんですね。

渡辺:一般の方にもわかりやすいのは、やっぱり今だとAIの勝率表ですね。将棋というゲームの性質上、あれの99%と1%が終盤の一手でひっくり返ったりするんですよ。そういうときにみんな、「うおー、すげー」ってリアクションする。

水野:プロが褒めるプロになるより、やっぱり勝っているほうが嬉しいですか?

渡辺:棋士はどんなに内容が悪くても、勝ったほうが嬉しい人種です。たとえ内容の良いゲームでも、最後に負けちゃったらものすごく気分が悪い。引き分けがなく、勝ちか負けか、ですから。棋士は勝ち負けでそこから何日間かの機嫌が変わりますね。だから業界では、勝った棋士に次の日、ちょっと無理な仕事を仕向けてくる可能性が高い(笑)。

水野:受けてくれやすいんですね(笑)

渡辺:ええ。勝った次の日とかは気分がいいから。

勝ち負けのある世界が眩しく思える。

水野:音楽の世界だと売れる売れないよりも、ミュージシャンが褒めるミュージシャンが圧倒的に評価は高いですね。「お前はわかってる!」みたいな。

渡辺:それは売れ行きに直結するんですか?

水野:直結しない場合のほうが多いと思います。売れることに対しても、ポジティブなひとばかりじゃなくて。わかりやすいことをやってしまったことをネガティブに思う方も多いんです。

渡辺:「わかりやすい」っていうのは?

水野:音楽に詳しくない方が聴いても、「良い」と言ってもらえるものを作ることですね。

渡辺:でも物を売る場合、基本的にはそっちに合わせていきますよね?

水野:そうですね。でも、音楽に対して知識がない方も「良い」って思う曲は、本質的なところを捉えているんじゃないか、みたいな考え方もあって。一概には言えなくて、難しいですね。だからこそスポーツの世界だったり、将棋の世界だったり、勝ち負けのある世界が眩しく思える。

渡辺:なるほど。たしかに最近、映画とかもわかりやすいほうに寄せていると本で読みました。「これはこうなんだ」っていちいち説明してくれないと、観る側がわからないと。本来、表情とか動きとかいろんなもので伝えようとすれば伝えられるじゃないですか。だけどそれをセリフにしないといけない。

水野:説明口調になっていきますよね。

渡辺:やっぱり今のひとたちは説明を求めるんだって。あと、倍速再生で観るとかも今の文化じゃないですか。そっちに迎合していくのって映画の作り手さんからすると、もちろんイヤだと思うんですよ。だけど、そうじゃないものをやってもお金にはならないという葛藤。音楽もそんな感じなんですかね。

水野:おっしゃるとおりだと思います。サブスクが増えてきたので……。

渡辺:それによって作るものはどう変わるんですか?

水野:すぐスライドされてしまう。だから、たとえば、頭にいちばんおいしいところを持ってくるようになるんです。それでイントロがなくなったり、頭サビが多くなったり、そういう曲ばかりになっていく。5分くらいの曲だともう持たない。みんな3分くらいのなかで展開をたくさん作って、短く聴いても飽きないようにするみたいな。そんな傾向が生まれていくんですね。

渡辺:水野さんより上の世代のアーティストさんとかは、それに対応するんですか? それとも無視ですか?

水野:これが音楽の難しいところで。昔のものを聴きたい方もたくさんいるので、スタイルを変えなくても、商売としては成立しちゃうんですよ。僕らより上の世代の方は、すでにある程度のファンを獲得して、その方たちも一緒に年齢を経ているから、同じようなタイプの曲をやり続けていたとしてもちゃんとついてきてくれる場合もある。でも、僕らは渡辺さんと同じで、前の世代と新世代の真ん中ぐらいにいるので、どっちに行っていいかわからない。まさに過渡期ですね。

文・編集: 井出美緒、水野良樹
撮影:軍司拓実
メイク:内藤歩  スタイリング:作山直紀
監修:HIROBA
協力:公益社団法人日本将棋連盟

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