何かがなくても成り立つ。雅楽は“生命”ではなく“生態系”
水野:石田さんにはラジオでもいろいろと伺ったのですが、今回は「“音”と“音楽”をわけるものはなにか」という問いを立てて、お話をしていけたらと思います。

石田多朗(いしだたろう) ボストン生まれ。幼少期をサンフランシスコで過ごす。23歳から音楽を学び、東京藝術大学音楽学部に合格。大学院を卒業後、2014年に雅楽作曲に挑戦し、オリジナル楽曲「骨歌」が坂本龍一氏に評価される。総合音楽編曲を手がけたハリウッドドラマ『SHOGUN』のサウンドトラックは、世界最高峰の音楽賞「グラミー賞」にノミネートされるなど高い評価を受ける。以降も雅楽と現代音楽、西洋音楽を融合させた作品で国内外から高い評価を受け、文化イベントの音楽監督やプロデュースにも活躍の場を広げている。
自然のなかに人間がちょこんといる

水野:たとえば、ガラスについた水滴のような、自然に生まれるランダムなものの美しさを音で表現する、みたいなお話をラジオでもしました。なぜ、人間は自然にある音をかたちどって、音楽にしていくのか。
石田:以前、水野さんとラジオでお話ししてから、考えたことがあります。“創造する=クリエイション”と“模倣する=イミテーション”という、一見するとまったく異なる行為がありますよね。でも、もしかしたら日本人には、0から1を生み出すという意味でのクリエイションの概念は、あまり根付いていないのかもしれません。
水野:なるほど。
石田:折口信夫さんなど、日本の源流を研究されていた方のお話を読むと、「もともとは“まれびと(稀人)”という、遠方から来た幽霊や神様のような存在を出迎えることが、すべての芸能の根本だ」と言い切っているんです。能も歌舞伎も雅楽もすべて。雅楽のことを考えると、もう目の前のこの世界にすでにすごいものがあって。多分、そこに気づかせようとしているだけではないかと。
折口信夫:日本の民俗学者、国文学者。柳田國男とならぶ民俗学の巨人で、他界から来訪する霊的、神的存在を「まれびと」と定義する「折口学」とも称される独自の概念を提唱し、のちの日本の民俗学、宗教学、文化人類学に影響を与えた。
水野:はい、はい。
石田:建築物を造るときなんかも“借景”という考え方があって、建物の向こうの月や森が綺麗に見えるようにと考えて、その景色を前提にしてつくっていく。盆栽も、もともとあるものを少し整えるくらい。もっと簡単に言うと日本人の根本には、自然のなかに人間がちょこんといるイメージがあるんですよね。嵐が来たら騒ぐし、地震が起きたら逃げるし、冬は寒がるし、春になれば桜を愛でる。自然を克服しようとはせず、その大いなるものを感じ取ることを芸術としてきた。だから、音と音楽の境目も薄くなってくるのかなと思います。
水野:おもしろいですね。僕は“まれびと”という言葉を知ったとき、「自分たちの“外部”を設定しようとする考え方はどこで生まれたんだろう?」と思ったんですよ。たとえば、今日はちょうど明治神宮の森が目の前にあって。スタッフたちとも「すごいね」と話していたのですが、そう口にした瞬間、自然は対象物となって、外部になる。自分たちとは違う存在である。そういう考えを持ち始めたのはどこからなのか。それに意味はあったのか。

石田:最近、笠間稲荷神社の神事の音楽を作る機会があったんですけど、神事のなかで唯一、絶対に顔を下に向けていなければいけない瞬間があるんですよ。それが扉を開ける“開扉”のときで。神様が出てくるその瞬間だけは、決して見てはいけない。
水野:そうなんですね。
石田:ひとが「おー」って、神様の声の代わりを出したりはするんですけどね。それは、たしかに“自分たちの外部”を作っているということですよね。ちなみに、折口信夫が言う“まれびと”にはいろんなパターンがあって。たとえば、遠方から楽器を持って村に来て、演奏をするひとも“まれびと”です。失礼な話、そのひとは家がなくて日銭を稼いでいるわけですから、ホームレスのような存在なんですよ。でも、“まれびと”として丁重に出迎えられる。遠方から来たものに対して、異常に丁寧に接するところがあったみたいですね。
水野:それは村の安全性を高めるためでもあったのでしょうか。おそらく服装も、喋る言葉も少し異なる存在がやって来て、「このひとが何を起こすかわからない」という恐怖感があるから。
石田:なるほど。考えたことがなかったけれど、そういう理由で丁寧に扱っていたのかもしれませんね。
どう切っても「越天楽」になる

水野:でも、なぜ“歓待”には必ず踊りや音楽があるんですかね。どこの文化も。我々の世代だと『世界ウルルン滞在記』のような番組を思い出しますが、知らない部族のところに行くと、必ず踊ったり、太鼓を叩いてくれたりして。
石田:他にはごはんを出したりしますよね。
水野:僕、欲望を共有すると、異質な存在と共同感を得られるんじゃないかなと思っていて。たとえば、仕事で会った方と、さらにお話をしたくなって、「今度、ごはんに行きましょう」って食事を共有するじゃないですか。それって、動物の本能としては敵対する可能性がありますよね。食べ物をあいだにおいているわけで、動物としては取り合う可能性がある。
石田:すごいことを考えますね(笑)。
水野:でも、「僕、お肉が好きなんです」とか自分の嗜好を晒し合って、食欲という欲望を共有することで、「ああ、このひとは安全だ」と一定の共通理解が図れる。それが性欲であったり、睡眠欲であったり、ベクトルが違うことはあると思うんですけど、欲望を晒し合うことで共同感を得るという構造では同じなのではないかなと。
石田:たしかに。
水野:だから、“まれびと”に対する歓待で食事が出てくるのは理解できる気がするんです。でも、なぜ踊るのか、演奏するのかはわからなくて。石田さんが、構造化された音楽というより、自然のランダムさや人間の恣意性から外れたところにあるものに惹かれているのはなぜですか?

石田:理由はいろいろあります。折口信夫の話に戻ると、彼は「古事記が最初ではない。神様が生まれる前の段階がある」と言っているんです。言葉もない頃、世界中に行き渡っている“たま”という霧のような存在があって。それを日本の原始人は崇拝していたらしいんですよ。ここにも、そこにも、霧のように“たま”が満ちている。そのかたちがない“たま”がいろいろなものに取り憑くから、コップも木もすべて神様。そして、言語が生まれて、火の神様は火之迦具土神(ヒノカグツチ)、太陽は天照大御神(アマテラス)というふうになっていった。つまり、言語が生まれた瞬間に、神様がババババッと分離したんです。
水野:はい、はい。
石田:でも、もともとは霧状のものだった。霧って不思議な存在で、どう切っても霧は霧だから、切り分けられて言語化されることを免れているというか。そういう『古事記』以前の日本人の哲学があるんですね。そこで雅楽を見てみると、8つの楽器がありますが、たとえば「越天楽」という曲を、1人でも4人でも8人でも演奏できるんですよ。どう切っても「越天楽」になる。これはまさに霧状じゃないですか。そういう原始的な思想が、歌詞やメロディではなく、フォームに残っているのが雅楽なんです。そういうところを見ていくうちに、だんだんその根底にある思想にアクセスするようになりました。あと、そことつながるかわからないんですが、いきものがかりさんの新曲「さよならララ」が素晴らしくて。

水野:ありがとうございます!
石田:絶妙な組み合わせで1曲ができている、工芸品のような感覚で聴きました。それは僕からすると、ひとつの“生命”がバンドメンバーによって作られているようなイメージなんです。J-POPもクラシックもギリギリのバランスの上に音楽が成り立っている。一方で、雅楽は何かがなくてもいい。「今日、森に入ったらすずめがいなかった。テントウムシもいなかった。でも森は森だよね」というか。雅楽は“生命”ではなく“生態系”なんですよね。
水野:我々がやっているポップスの最高の在り方は、“概念”になることだと思うんですよ。もちろん、素晴らしいミュージシャンのみなさんが演奏してくださって、おっしゃるように絶妙なバランスの上に曲は成り立っています。でも、曲を書いている人間としては、“誰かがいないと存在できないもの”は歌としてよくないと感じていて。たとえば、「吉岡という歌声を通さないと、このポップスは成り立ちません」というふうになってはいけない。この考えを吉岡に強いていることを、僕は原罪のように抱えながら音楽をやっているんですけど。
石田:はい、はい。
水野:たとえば、まだ音楽なんてまったく知らないような3歳の子が口ずさんでも、「いい歌だな」と感じられるとか。まったく違う文化圏の人がメロディをなぞっても同じような気持ちになれるとか。ある種、“型”のようなものにたどり着くことが、ポップソングのいちばんロマンのある姿だと思うんです。「上を向いて歩こう」とか、もうみんなが口ずさんでいる。いつのまにか“上を向いて歩くこと”がポジティブな意味を持つくらい、ひとの意識に“型”として浸透している。そういうものがいちばん柔軟性の高いポップソングだなと。
「みんな同じメロディを演奏しています」って

石田:新曲「さよならララ」の歌詞、すごいですよね。<かたちくずれ>という言葉だけは唯一、変わっていると思ったけれど。僕、水野さんは令和の紀貫之だと感じました。相当、深層のほうに潜っていかないと、こういう歌詞にはたどり着かないですよね。
いきものがかり「さよならララ」 (オリジナルTVアニメ『さよならララ』OPテーマ) Music Video
水野:すごい褒められ方(笑)恐縮します。とにかく限定しないようにというか。矛盾するようですが、区切りをつけない区切りを意識しています。
石田:すごく不思議な言葉ですね。
水野:「さよならララ」のなかにも<わたし>という主語が一応は出てくるのですが、その主語は空席になっているようにしたいんです。「これは聖恵のことだよね」と言われることも、「アニメの主人公のララのことだよね」と言われることも、僕としては理想ではなくて。ふんわり、ふんわりさせる。その方法を言語化するのは難しいんですけどね。誰のものでもないけれど、誰のものでもあるみたいな状態。それは“たま”の話とリンクするかもしれません。

石田:いきものがかりって、みんな聴くじゃないですか。ペルソナは置かないのですか?
水野:ペルソナは置きませんが、“これを人間が聴いている”ということはものすごく意識します。
石田:人間?
水野:僕には自我があるはずで。そして、同じように自我を持ちながら、何かを見たり感じたりしている、絶対的な他者が聴くものだということだけは意識しているんです。ペルソナって、他者を想定しているようで、自分が知識でつくりあげた構造物じゃないですか。たとえば、ラブソングを書くときに「20代の女性はこういう恋をしていて、こういう言葉遣いをしているんじゃないか」ということは知識でしかなくて、“存在”ではない。マーケティングとしては合っているのかもしれないけれど、虚構のモデルですよね。そうではなく、そのひとが“生きている”のだということをなるべく考えていますね。
石田:「さよならララ」は、どこが曲づくりのスタートだったのですか?
水野:アニメ『さよならララ』は、人魚姫が数百年後の琵琶湖に現れるという、極端なところから始まる物語なんです。でも、どんな出来事があったとしても、最後には湖がふわーっと凪になるように、何もなかったかのようになるんだろうなって。それは寂しいというか、愛おしいというか。そういう凪を表現したいなと。だから、語るように始めたいし、語るように終わりたいというイメージが最初にあって、そこから作っていきましたね。
石田:中心がない感じは、すごく日本らしい気もしました。たとえば、“借景”も「これを見るために建築物を美しく造る」とか、すでに自分の前に“何か”があって、中心に人間がいない。日本舞踊も、波とかすべて自然の模倣ですからね。
水野:雅楽に主旋律という考え方はあるのですか?
石田:これがね、雅楽の演奏者たちに何回訊いても、「琵琶も龍笛も、みんな同じメロディを演奏しています」って言うんですよ。
水野:ええええ。斉唱をしているみたいな。

石田:そのつもりらしいです。一応、外向けには、「メロディ的には篳篥(ひちりき)が目立つから主旋律です」と言うんですけどね。僕からすると、楽琵琶が、コードというか、ベースのような役割に感じられるのですが、「自分たちはユニゾンです」と言い切るんです。
水野:和音のように、それぞれの音がある帯域を担当して、その構造物で響きを作るという考え方がないということでしょうか。
石田:まったくないですね。「たまたま横に蜂が飛んでいる。俺は蟻で、歩いている」みたいな。だから、音がぶつかりまくっています。むしろ、ハモったり、リズムが合いすぎたりすると、笑ってしまうくらい。でも、たしかに森のなかにいて、狼が鳴いたり、雨が降ったり、風が吹いたり、それらが同時に起きたら違和感がありますもんね。雅楽のイメージとしては、水族館で小魚が数百匹、うわーって泳ぐあの爽快な感じです。
水野:いい演奏、悪い演奏、というような感覚はあるのですか?
石田:本人たちは、ほとんど批評的なことは言いませんが、笙のひとは眠っているように演奏しているらしいです。睡眠中のような意識状態がいちばんよいと。
水野:すごい。まったく違う世界があるんですね。時間感覚はどうなのでしょうか。
石田:雅楽はひとに向けてやっていないので、タガが外れていますね。
水野:ひとに向けてやっていない!
石田:そう。ひとに向けて聞かせるというものじゃ、そもそもない。
水野:うわぁ、そうなんですね。
石田:1分の曲もあれば、1時間半の曲もある。なかには5時間の曲もあるんですよ。誰も聴いていないらしいんですけど。それを作ったのが私たちの先祖って、すごくおもしろいですよね。雅楽に限らず、J-POPも日本は変わっていると思います。
ずっと変わり続けているけれど、変わっていない

水野:海外で雅楽は、どういうものとして受け取られるのでしょうか。
石田:たとえば、フランスのひとは謎を謎のまま引き受けるみたいなところがあって、もわーんとしたまま帰っていくような感覚でした。ドイツのひとはわりと分析して、言葉で説明してくれます。あと、先ほどの“たま”の話は日本独自のものだということで、ドイツで講演をしたんです。すると、終わったあとに音楽の研究者が来て、「ドイツもクラシックの前に同じようなものがあるよ。多分、もとは同じじゃない?」という話をしてくれて。ルーツをたどってみると、似たものがあるのかもしれません。
水野:僕は“たま”の話で、現象学に近い分野のお話を思い出しました。精神科医・木村敏の『時間と自己』という名著に出てくる話なのですが、個々の生命に分岐する前の、“生命そのもの”があるだろうと。たとえば、今この瞬間にも個別の誰かの命が終わったり、始まったりしているけれど、生きるという営みそのもの、生命という現象そのものは太古から一度も止まることがなく、動き続けている。“生命そのもの”からポコッと分岐して、我々は登場して、無になってまた、“生命そのもの”に還っていく。それは、ひとつの存在から分かれていく“たま”の話にも通じる気がして。あと、木村敏は吹奏楽をやっていたらしくて、音楽の不思議さについても本に出てきて、書かれているんです。
石田:そうなんですか。
木村敏:日本の精神医学、精神病理学者。京都大学名誉教授。医師。統合失調症(精神分裂病)の臨床経験を背景に「あいだ」「こと」などの概念を駆使した独自の自己論を展開した。著書に「時間と自己」「関係としての自己」「あいだ」など。
水野:何かの曲をみんなで演奏しましょうとなったら、「この曲はこういうものだ」という概念をみんなで共有して、それぞれの演奏は、全体の一部として弾くじゃないですか。弾いている最中は、弾いているにも関わらず聴いている。それぞれが一部として弾きながら、みんなで全体を想像しているのは、かなり不思議な行為なんじゃないかと。たしかに、おもしろいなと思ったんですよね。
石田:水野さんは、そういう哲学書や人類学の本を読まれることが多いんですか?

水野:もともと社会学部だったので、人文学系の本が好きで、読むほうではありました。でも、大学を出てからのほうが読んでいますね。本当にかじるだけなんですが。不特定多数の方に曲を聴いていただける状況になり、誰かの人生の大事な思い出の一部になるって、だいぶ怖い出来事だなって。そこから、「自分の作品や言葉が広がる、影響を持つって、どういうことだろう」ということを考えるようになって。かつて読んだ人文学系の本にまた戻っていったんですよね。雅楽は、書物で学ばれるものですか?
石田:最初は書物で勉強するのですが、演奏者本人からの話と乖離しすぎているんですよね。基本的にすべて口伝なので。みんな本なんてあまり読んでない気がします。結局、演奏者本人から訊くことが多いです。
水野:口伝をまとめるような存在はいないのですか?
石田:1300年前のことなので、誰も断言できないから、書籍化もできないんですよ。いちばん話がおもしろくなるのは、演奏者が呑んで、タガがちょっと外れたときですね。「雅な音楽とか言われているけれど、こっちは戦争する気で演奏しているわよ」とか言い出すんです。本には載せられないけれど、それが真理だと思います。僕は幸運なことに13年くらい、雅楽の第一線の方々に携わらせていただいて、その積み重ねで得られたものばかりですね。
水野:口伝ということは、時を経ていくなかで揺らいでいるはずですよね。みなさん、「変わってきている」という意識はあるのでしょうか。
石田:外部的には僕、「雅楽は1300年間、変わっていない」って言います。でも、生物学者の福岡伸一さんってご存知ですか?
水野:動的平衡、ですね。

石田:そうです。自分の細胞は1年後、すべて入れ替わっているみたいな。多分、雅楽の口伝も動的平衡のようなものだと思うんですよね。僕が先生だとしたら、弟子に伝わった時点で変わっている。その弟子が別のひとに伝えたら、また変わっている。ずっと変わり続けているけれど、変わっていない。そういうものなんですよね。
水野:蠢いて変わり続けているけれど、ある一定のベクトルというか、川の流れはあるわけですよね。それが不思議です。
石田:不思議なことがたくさんあります。たとえば、笙って17本の竹管があるんですけど、歴史の途中で2本を塞いだんです。個人じゃなく、日本人総体で楽器の可能性を閉ざしたわけです。奈良時代に何か輝かしいものがあった。でも、時間を経るにつれて、だんだん遠くなって、可能性を広げれば広げるほど、もとがわからなくなる。だから2本減らした。
水野:すごい判断ですね。
石田:そうですよね。雅楽のひとたち、変わってますよ。楽器の歴史上、音を減らしたものってないと思います。
僕は“作り方マニア”なんです

水野:おもしろいですね。石田さんは、雅楽をどういうものにしていきたいですか?
石田:今、笠間稲荷神社で新しく雅楽のチームを作っていて、そこには素人の方も参加できるんです。そのひとたちのために、雅楽の楽器で演奏できる曲を書いていきたいと思っています。自分自身の作品も作りますが、雅楽には1300年の歴史があるから、常に自分が死んだあとのことも考えるんですよね。チームのために音楽を残して、それが自分の死後も自由に変えられながら受け継がれていく。そういう動きをやっていきたいですね。
水野:ご自身の寿命より先に、ご自身の目標があるんですね。
石田:でも、死後のことを考えませんか?
水野:考えます。でも僕は、“型を残す”というイメージが湧いているだけです。
石田:型ってどういうことですか?
水野:どういうことなんですかね。自分でもうまく説明できないんですけれど。メロディという、感情の鋳型というか。型としかいいようがないんですけれど。

石田:型っていう感覚なんですか。おもしろい。だから新曲「さよならララ」を聴いたとき、工芸品みたいに感じたんだ。多分、将来は伝統工芸のように言われるんじゃないですかね。完成度が高い。
水野:僕が作った型に、なにかを綺麗に詰めてもらうような感覚ですね。あと、よくスーパーやサービスエリアで、メロディだけが鳴っていて、「あれ? なんか聴いたことがあるな。あ、自分の曲だ」ってことがよくあるんですよ。理想としているのは、あれで聴いてもいい曲であることかもしれません。
石田:オルゴールバージョンとか。いきものがかりの楽曲でいっぱい作られていますよね。そういうことか。
水野:型を残すことには、ふたつの意味があって。ひとつは、型を残すことで自由に使えるじゃないですか。たとえば、僕が誰かを愛する気持ちと、石田さんがどなたかを愛する気持ちは、「愛する」という言葉では繋がっているけれど、別個のものですよね。でも、「愛する」という言葉の型を残すことで、一定の共通理解を図っているわけです。僕がなにかの型をつくれれば、僕が出会ってないひとの感情にも繋がることができる。その型は自由につかえるものになって、僕が生きたこと、僕が見た視座を多くのひとと共有できる。そこにロマンを感じるんです。要は、自分の生存現象を残しておきたいというエゴですね。
石田:なるほど。
水野:もうひとつもエゴなんですけど、型には、「ひとがひとを愛するならば、こんなふうに思っていてほしい」みたいな僕の願いみたいなものが込められてしまう。愛するの書き方に、それは組み込まれてしまうものなんです。そして、それはメッセージとしてではなく、ハッキングするようなかたちで誰かの感情に影響を与え続けていくんですよね。その型によって、誰かが誰かに思いを伝えるとき、その型そのものの意志が知らず知らずのちに、そのひとそのものになっていく。だから時には、プロパガンダにもなり得る。こわいものでもあるんですけれど、メッセージよりも社会活動として強い。そのふたつのことを、曲づくりのときにはいつも考えています。
石田:全曲、そういう型が明確にあるんですか?

水野:そうであってほしいとは思いますが、うまくいったり、いかなかったりします。僕は曲を作っている段階ですぐに飽きるんですよ。
石田:ええ?
水野:だけど、何度も何度も同じメロディを擦るんですね。休んでは戻って、また擦って。すごく飽き性な人間が何度も擦るって、真逆な行為をしているので、苦しいわけです。でも、そうすることで、どんな飽き性でも飽きないものになっていくというか。
石田:飽き性の自分が飽きないものになるまでやっていくんですね(笑)。
水野:A時点の自分と、2日後のB時点の自分は、ホルモンも違いますし、まさに先ほどの動的平衡のお話で、人間として違うと思うんですよ。たまたまB時点で、子どもとちょっとケンカしてイライラしたことなどが、曲づくりにも影響してくる。そういういくつかの時間地点における、いくつかの自分が練り込まれていく感覚があって。それを繰り返しているうちに、“何度たどってもこの感情になる”という屈強な型が見つかっていく感覚です。
石田:細かいところまで詰めて詰めて、だんだん硬くなってくるんですね。
水野:はい、粘土に近いですね。

石田:僕は“作り方マニア”なんですけど、今のお話を聞いて、村上春樹さんの『職業としての小説家』という本に書いてあったことを思い出しました。彼は、奥さんなどに読んでもらって、文句を言われたところは絶対に直すんですって。叩いて叩いて叩き続けて、文句がひとつもなくなるまで直し続ける。水野さんもそうやって、ひと言を変える、ひとつ音符をズラす、ということをやっているんですか?
水野:そんなことばかりをねちねちやっています。同じ箇所を何十回も聴きますし、楽譜は書かないので、ずっと歌い続けていて。ボイスメモが100個くらいあったりするんです。
石田:論語を日本語に訳す有名な儒学者・伊藤仁斎という方がいて、そのひとのノートが残っているんですよ。昔は修正液もないから、紙を貼って修正する。それを何度も繰り返しているから、辞書みたいな分厚さのノートになっていて。水野さんの曲の最終形態も、そういう感じなのでしょうね。今まで聞いたことがない、独特な作り方です。作曲法、おもしろいな。
水野:今度は、作曲家の方をひとり連れてきて、曲づくりについて僕と石田さんで延々と質問し続けるという企画も楽しそうですね。
石田:いいですね。水野さんの作曲法にも、興味を持たれると思いますよ。僕はJ-POPを作るひとって、「もっと一般の方々の感覚を知るために、原宿の光景を見ます」とか、そういうことをするのかと想像していました。
水野:正直、街を見てもわかりません(笑)。今日、原宿に来て、「また変わっているよ…」って思いましたし。
石田:何千人、何万人の前で演奏するときは、どんな気持ちですか?

水野:わりと、「今、1万人が観ているな」と冷静に見ることができているかもしれません。それは僕のポジションが特殊で、ラッキーだったんです。いきものがかりのライブということは、責任を背負う立場であり、一応、主役じゃないですか。
石田:そりゃ、そうですよ。一応じゃなくて、主役ですよ。
水野:そうなんですけれど、ただ、お客さまのいちばん強い視線は、歌う吉岡に集中しているわけです。
石田:見てわかるんですか?
水野:もちろんわかります。さらに、自分の背中には、サポートメンバーがいる。つまり僕は、“中心”で視線を浴びている緊張感もありながら、吉岡の“周辺”でもあるんですよね。そういう場所にいるからこそ、「ライブという場をコントロールしよう」という感覚を常に持っています。主観と俯瞰を行ったり来たりするような。2時間のなかで、間(ま)や空間をどう取るか考えながらやっている。1万人のテンションを動かすことはできるんですよ。感覚でしかないけど。

石田:最後に、あとひとつだけ訊いてもいいですか? ライブが終わって、ホテルに帰ったら、すぐに眠れますか?
水野:僕はわりと普通に寝ています(笑)。
石田:もう日常の人間に戻っているんですか?
水野:めっちゃ日常です。
石田:どこから? もう会場を出た瞬間に戻っているんですか?
水野:大体は日常です。さすがにライブ直後は、「ああ、よかった。よかったね」と、息が上がっている感じはありますけれど。すぐに事務所のスタッフみたいな状態になります(笑)。そういう方が多いと思いますよ。ただ、ボーカリストは、「眠れない」という方もいらっしゃいます。試合をしているようなものなので、アドレナリンが出て、興奮状態なんでしょうね。
石田:へえー、ありがとうございます。おもしろかった。
水野:逆にたくさんお話を聞いていただいて。ありがとうございます。

文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:北川聖人
ヘアメイク:内藤歩
撮影場所:資生堂パーラー ザ・ハラジュク
監修:HIROBA



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