対談Q 世武裕子 第3回

自分を知るってことは、他者を知りたくなるってこと。

全然わかってもらえてない感。

水野:バンドをやることはなかったの? 今まで一度も。

世武:だって、誰が私とやりたいの?って話だよ。

水野:いや俺はやりたいんだけど。

世武:本当に? 誰からも誘われないけどな!水やんなんかは相当わかってくれているほうだけど、私としてはこんなにクリアに「自分はこういう人間です」って言っているのに、全然わかってもらえてない感はあるのよ。ご飯ですら「忙しそうだし、誘ったら断られると思って」とかいろんなひとに言われて。ひとりの時間が好きなことと、人が好きなことは同居するのに。

水野:あー。

世武:でも誰もそこまで他人に興味ないのかなって気はする。「ひとりが好きで、偏屈で、しょうもない音楽は聴かない。特権階級バリバリにやってます」みたいな人間だと勘違いをされているって、ひとから指摘されて気づいて肩を落としたね。わりと母がそういう感じで、いわゆる優等生で模範的な、みんなが「お金持ちで勉強もできて綺麗でいいよね~」という社会基準を純粋に信じている。そういう姿を見ていて余計に反面教師というか、自分はそうなりたくない気持ちが強くて。

水野:なるほど。

世武:だから「結局、自分だって差別しているんじゃなかろうか」とか「わかったふうでいて、平気で誰かを傷つけていたらどうしよう」とか常に不安で。それは今がコンプラ的に、発言に対してみんなが厳しくなっているからっていう処世的な視点ではなく、他者と自分との関係、人間の持つ尊厳や権利という意味合いで。

水野:世武さんにはずっと他者がいるよね。孤独だとは思うんだけど。孤独ってふたつパターンがあって。自分の世界しかなくて、他者を想定できないひと。他者がいるからこそ、ひとりってものを確定してしまうひと。世武さんは後者な気がする。

世武:たしかに。昔から「他人様に迷惑をかけて生きるんじゃない」みたいなことを言われながら育ったから、その影響は過剰にあるかも。

HIROBA FES 2023 写真濱田英明

小さい頃はすごく母親に憧れていた。

水野:やっぱりお母さんの存在はすごく大きなものとしてあるね。

世武:そう。だから正直、ネットのアンチの声とか良い気はしないし肯定はできないけど、母との問題の重さに比べれば綿毛ほど軽くて(笑)、何を言われても「それどころじゃないので。こっちは家族のことでいっぱいいっぱいなので」って感じで、自分の人生の悩みの9割は母親との関係性みたいな感じだから。でも私、小さい頃はすごく母親に憧れていたのよ。

水野:そうなんだ。

世武:都会の女性で、みんなに綺麗って言われて、いろんな芸能事務所にスカウトされて、そういう母親みたいに自分もなりたいと思っていた。昔は。なんでこうなっちゃったのかなぁ…みたいなことも考える。で、そこから自分を知りたい欲が年々強くなっているわけなんだけど、知れば知るほど、次は他者への興味にシフトしていくんだよね。要するに自分を知るってことは、他者を知りたくなるってことで。

水野:あぁー。

世武:そういう意味では、どんどん率先して自分を知っていくことが、誰かと生きていくこと、社会のなかの自分になっていくことになるんじゃないかな。だから今、コンプラだとか炎上だとか他者軸から始めるよりも、みんなもっと自分のことを“知る”ほうがいいと思う。自分のことを“考える”と、利己的な感じになっちゃうけど。しかも、自分を“知る”ことって自己肯定だから。自分がどういう人間か知らないと対策もできないし。

水野:「自分を知れ」という形かわからないけれど、「自分から語り出さないと何も始まらない」とは曲を届ける上で常に思う。エンタメに1から100まで答えがあって、それを読み込んで感動して終わっちゃうんじゃなくて。その100を1000にするのか10000にするのか。「つまらない」って10に思うのか。そのひと自身の主軸がないとダメだなって。今ってSNSでも、他人の話をするほうがおもしろいってなっちゃっているでしょう。

世武:自分がいないと楽だからね。

水野:たとえば、誰かが倫理的・法的に許されないことをしたら、マイナス地点から始まっているそのひとをパッと持ってきて、ポンと叩く。それは誰でも勝てる。やってしまったことは悪いことなんだから。でも、他人を叩くことだけに酔っていると何も自分の物語が前に進まないから。そういう意味では自分は歌のなかで、すごく「主人公はあなただ」と言っているタイプだと思う。

「主人公になる」って大変。

世武:それはライブでも思った。そして観に来ているひとは、どれぐらいそれを受け取っているんだろうか、とも。ああやって圧倒的に「物語の主人公はあなたです」って言われて、その大変さって。本当は嬉しいことではないのよ。だってつまり「ケツ拭くのは自分だ」って言われているんだから。結局、他責にしたほうが楽じゃん。「あのとき会社がこうだったし」とか、「付き合っていたひとがああだったし」とか、自分は被害者になるから。

水野:うん。

世武:実は「主人公になる」って大変だからみんな避けがちなところ、水やんはそれを言うわけじゃん。でもポップスって、綺麗なものだけ見たいひとは、楽しかったところだけ抽出して「よかった」で終われるものでもある。私も友だちから何かを相談されたときとか、基本は励ましたいというスタンスで聞いているんだけど、やっぱり「おそらくこれは言われたくないだろうな」ってことも、慎重に言葉を選んで伝えるわけよ。

そうすると相手は、「たしかにそうかも。言われてみたら自分は他責傾向にあったかも」となって。そこがわかってもらえたら、あとはちゃんとその人の素敵なところを言いたいの。「でもあなたはあなたのままでこんなにいいところもあるんだから。そのいいところを活かさなかったらもったいないって話だから」とか。

水野:うん。

世武:それで別れ際、大体その日の感想を言ってくれるんだけど、結局は「話せてよかった。やっぱり相手が今こういう状況だから自分はツラかったんだと思う。次からちょっと強めに言ってみるわ」みたいな。いや、そういう話じゃなかったんだけどな…って(笑)。それがさっきの見栄の話にも繋がるんだけど、みんなわかっていても、なかなか受け入れられない。認めたらおしまい、、みたいな。本当はそのおしまいからしか始まらないんだけどね。

水野:ライブに来てくれたお客さんは、もちろんその日は「楽しかった」で帰っていただいていい。でも人生って残酷だから、突然来るんですよ。たとえば自分が病気になってしまったとか。急に何かが起きて、ガン!と差し迫ってくる。現実が。そのときに初めて、ライブで楽しく聴いていたあの曲が、まったく違う意味を持ったりする。自分の現状を歌っているように聴こえたりする。そういうときにこそ、耐えられる曲であってほしいと思うんだよね。

世武:種まきをしているんだね。ずーっと蒔いて蒔いて。いつ咲くかはわからないけど。

水野:こっちも「あなたが主人公です」って言うのは怖いのよ。責任を一旦、預けているんだから。そのひとが主人公になったとき、耐えられる歌じゃないといけない。それは作り手として問われている。僕はエンターテイナーというより、ただ歌を作っているだけだから。歌が何を残すかが大事だと強く思っていて。

世武:「あなたが主人公です」って、姿勢としては残酷だけど、そもそも誠実であればあるほど残酷だから仕方ないよね。ライブで歌詞を聴いていて、すごく伝え方に気をつけているなって思ったよ。わかりやすく、いろんなタイプのひとが聴いても「どういうこと?」ってならないように配慮されている。これ以上は無理だと思うの。「これ以上、優しくなることは無理」ってところまで考えていると思う。

水野:すごく褒められた気分(笑)。

文・編集: 井出美緒、水野良樹
撮影:LILNSY
ヘアメイク:枝村香織
監修:HIROBA
協力:広島アンデルセン

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