『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』田中みずき

どこまで崩していいか、どこを守らなければいけないか、常に考えます。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。

水野:今回のゲストは、日本で現在3人しかいない銭湯ペンキ絵師のひとり、田中みずきさんです。

Woman with dark hair smiling in a recording studio, seated near a microphone left of frame.
田中みずき
1983年生まれ、大阪府出身。幼少時から東京に在住。2008年、明治学院大学大学院芸術学専攻 博士前期課程修了。 日本で現在3人しかいない銭湯ペンキ絵師のひとり。明治学院大学在学中に銭湯ペンキ絵師・中島盛夫氏に弟子入り。9年間の修業を積む。2013年に独立してからは、銭湯を中心に一般家庭や老人ホーム、遠洋まぐろ船などに、伝統的な題材の銭湯絵を描いている他、作品展やライブペイントなども開催する。

準備の仕方ひとつにも師匠の考え方が表れる

Person wearing over-ear headphones and speaking into a microphone in a studio setup.

水野:もともと絵を描くことはお好きだったんですか?

田中:小さい頃から絵を描くことが大好きでしたね。父が新聞記者で美術の記事を書いていたので、美術館にもよく連れて行ってくれて。そこで、同じ作家でも年齢によって作風が変化していくことや、その背景を考えることに惹かれるようになったんです。その後、明治学院大学で美術史を学ぶなかで、歴史を知ることで作品の見え方が変わるおもしろさに気づきました。卒論のテーマには、生活でよく目にする「ペンキ絵」を選んで。そこから、ペンキ絵の制作現場に行ったり、修業をしたりという形で、この道へ進むようになりました。

水野:美術史を学ばれたことで、銭湯に描かれている絵のおもしろさにも気づかれたのでしょうか。

田中:美術史を勉強していなかったら、ペンキ絵に注目することもなかったかもしれません。美術館では、みなさん作品や解説を静かに鑑賞していますよね。でも京都の美術館で絵巻を見ながら、「このお侍さん、困った顔をしておもしろいね」など、自由に話す方々を見て、「こういう楽しみ方もあっていい」と感じました。もっと生活のなかで見る美術はないのかなと思うようになって。当時、好きだったアーティストが銭湯をモチーフにした作品を作っていたことから興味を持ち、絵がどう求められるのかという点も含めて、バチっとハマった感覚でした。

水野:たしかにお風呂に入って、裸で鑑賞する美術なんてないですものね。銭湯で作品を観ることが、おもしろい美術鑑賞の仕方だと気づくことができるのがすごいです。そこからどのように「私も描きたい」と思うようになっていったのでしょうか。

田中:美術大学向けの予備校に通って、ずっとデッサンを描いていて。そのあと、現代美術の電子機器を使った作品のほうに自分の気持ちが動いていたんです。そんなときに、師匠がライブペイントで絵を描く様子に出会って、衝撃を受けました。「一瞬で絵が変わっていく。こんなにおもしろい絵の描き方があるんだ。カッコいい、習ってみたい。頑張ったらできるかもしれない」と思って、弟子入りをお願いして始まりましたね。

水野:修業の期間はどういったことをなさるのですか?

Woman recording a podcast: speaking into a large microphone in a studio with a water bottle in the foreground

田中:最初は、必要な画材を運んだり、湯船の上に足場を組んだり、まわりが汚れないようにビニールシートを敷いたり、制作の準備が中心でした。そのあとは、壁一面の空を水色でひたすら塗り続けながら、はしごの使い方や、ムラなく綺麗に塗る技術を勉強していって。そこから少しずつ画面下のいろんなモチーフを任されるようになり、何年も経験を積んで、最後にようやく富士山を描かせてもらえるようになるんです。

水野:修業時代は、田中さんのなかでどういった意味がありました?

田中:何年も修業をするなかで、だんだんわかってきたのですが、ものの置き方や並べる順番、現場で何か忘れ物をしたときの代用品の工夫など、準備の仕方ひとつにも師匠の考え方が表れているんですよね。どんなふうにものを揃えて、何を選び、何をやめて、どうすれば作業しやすいか。そういうところから制作の工程も見えてくるので、学びながら作業をしていました。

違和感を消していくことが大事

Panel of four people wearing headphones and speaking into microphones in a broadcast studio with papers on the table and glass partitions nearby.

水野:銭湯は営業時間もあるから、短い時間で作品を仕上げなければならないそうですね。

田中:大体、朝8時くらいに銭湯に入って、夕方には終えて、20時にはすべてを片付けて出る感じです。なので、12時間くらいで作り上げていますね。

水野:銭湯に絵を描くのって、普通の絵を描くのとはどんな違いがあるんですか?

田中:普段、暮らしている部屋の壁とは傷み方が違いますね。ささくれのようにボロボロと剥がれ落ちてきていることが多いんです。だから、まず剥がれてきている壁を、金属のヘラのようなものでざーっと削り取ります。その作業で1~2時間くらいかかることもあって。

水野:下地づくりに時間がかかるんですね。ペンキという素材は、他の素材と何が違いますか?

田中:強度ですね。水に濡れたり、月日が経ったりしても、ある程度ちゃんと絵が残る強度を保てるのは、やはりペンキがいちばんだと思います。あと、基本的にはペンキって、原色+白の4色で作っていくので、色を無限に作ることができるんです。気づかれるかはわかりませんが、白のなかにひとすくいだけ赤とかを混ぜたりして。ペンキ絵って、わりと職人ごとの画風によって、色合いの差が出てくるものなんです。

Person with dark hair wearing over-ear headphones speaking into a microphone in a studio setting.

水野:ご自身の絵は、どういうところに個性があると思いますか?

田中:自分の個性は考えないようにしています。狙わずに描きながら、どこを削いでいけるか、どこを自分の考えから消していけるかを意識していて。それを見たひとが、「このひとはこういう感じなんだな」と思っていただければいいなと。

水野:銭湯の絵とは、モチーフのフォーマットがはっきりしているタイプのものなのかなと思うのですが、そことはどのように向き合っていますか?

田中:削いでも削いでも、ちょっとした筆致や色使いによってそのひとらしさが出てくるので、おもしろいんですよ。あと、型があるからこそ、それを感じてもらえるように、あえてちょっと変わったモチーフを入れて個性を出すこともあります。型と個性の両方で絵を楽しんでいただければと思っていますね。

水野:型はお師匠さんから受け継ぐものですか?

田中:そうですね。でも、学校の先生のように具体的に教えていただくというよりは、見て盗むという形になります。様々な銭湯を撮影した写真を見たり、銭湯に行ってペンキ絵を見たり、そういったところから型を吸収していくんです。

水野:富士山の見方にもいろんなフォーマットができている気がします。銭湯という舞台でのフォーマットにはどのような特徴がありますか?

Woman with dark hair seated in a recording studio, speaking into a microphone and reviewing papers.

田中:銭湯の場合は、青空があって、雲があって、いちばん遠景に大きな富士山が見えて。その手前に水辺の風景があって、島や木々がある。そういう決まったモチーフや型があるので、それに合わせて描いていくというところです。どこまで崩していいか、どこを守らなければいけないかということも、常に考えます。そのために、銭湯の店主さんとお話したり、その銭湯の歴史や町の雰囲気を調べたりしながら、探り探りやっていますね。

水野:店主さんや利用者の方とのコミュニケーションも大事なんですね。

田中:そうですね。制作の前に打ち合わせがあったりもするので、その場合は周りを探索します。学校が多いところなんだな、とか。工場が多くて働いているひとがよく来るんだな、とか。利用される方の年齢層や性別なども見ていますね。

水野:キャンパスがとても大きいじゃないですか。細部を描いている瞬間と、全体を俯瞰して見る時間はどのように調整していますか?

田中:壁の大きさは感覚で掴んでいるので、「この場所に描くぞ」と決めてしまえば、あとはもうわーっと描いていくだけですね。私はわりと遠くから全体を眺めるという確認をあまりしないタイプで。だから、あとになって、「描かなくてよかったな」というところが発生することもあります。

水野:描かなくてよかった、という部分があるんですか?

Close-up of hands in a clapping motion, with a blurred background and a visible ring on the ring finger.

田中:文章に似ているなと思います。私、実は昔、ライター業で文章を書いたり、編集をしたりしていて。自分で書いたものや、いただいた原稿を読ませていただいたとき、まれに“3行に1行くらい決めセリフが入ってくる”みたいなものがあって。入りすぎているんですよね。いちばん伝えたいところを伝えるために、どこを抑えるのか。何にポイントを置いて、どう見せていくのか。絵もそういうところを調整しながら、進めていくんです。

水野:究極の“ちょうどいい”ってどういうものでしょうか。

田中:ペンキ絵に関しては、違和感のないものを目指しています。どこかが不自然だと、そこに目が行ってしまうじゃないですか。それは本来、目的としていたポイントではなくて。たとえば、「まず富士山に目が行くように」とか、狙ったポイントに視線が行くように、違和感を消していくことが大事だと思います。

型と新しさ、両方に向き合いたい

Side profile of a person wearing large black studio headphones labeled 'Studio 2-3' in a recording booth/studio setting

水野:なぜ銭湯に絵が必要なのだと思いますか?

田中:ペンキ絵の歴史を調べていくと、15世紀くらいに、山のなかで修業をしてた方が、お茶をいただきながらお風呂に入るという、ものすごく楽しそうな修業をしていて。その方が、“お風呂に富士山の飾りを置いていた”という記憶を残しているんです。「お風呂と富士山の繋がりはここからか」と思いました。美術研究家の辻惟雄さんも、「もしやここからペンキ絵に繋がるのでは」みたいなことを書かれていて。

水野:そんなに前から。

田中:あと、絵巻でも、お風呂に入っている方のまわりを、山水が描かれている屏風で囲っているようなものがあったりして。不思議ですが、絵に囲まれてお風呂に入るという文化がわりと以前から存在していたわけです。そこからだんだんペンキ絵という形になっていったのかな、と思います。

水野:それは日本独自の文化なのでしょうか。海外でもそういったものはありますか?

Woman smiling and gesturing while speaking into a microphone in a recording studio or podcast setup.

田中:欧米だと、ペンキの使い方が日本の感覚とは違うので、みなさんそれぞれ自由に壁を塗っていたりするんです。なので、なかにはそういった形でお風呂に入りながら絵を楽しんでいらっしゃる方もいるかもしれません。ただ、海外からご依頼いただく場合は、「昔、日本で暮らしていて、ペンキ絵の思い出が強いので」というパターンが多いですね。

水野:なぜ、日本ではそういうものが流行ったのでしょう。おもしろいですよね。

田中:ペンキ絵が馴染みのあるものになる少し前から、江戸時代や近代には“バーチャル富士山”を楽しむ文化がありました。富士講や富士山縦覧場、円形のパノラマなど、実際に行かなくても富士山を体感できるものが流行ってきて。そうした流れのなかで、鉄道で富士山へ行ける時代になって、「富士山を一度楽しみたい」という感覚が広まり、銭湯のペンキ絵としても親しまれていったのではないかと思っています。

水野:ペンキ絵のこれからについては、どんなイメージを描いていますか。

田中:ペンキ絵といえば富士山というイメージがありますが、調べてみると1970年代には山や川など別の風景が描かれていた時代もありました。当時のインタビューで「富士山は静岡側からとか、山梨側からとか、見るお客さんの反応が変わってしまうから、最近はあまり描いていません」と語っている職人の方もいたり。実は時代ごとに少しずつ変化していて。これからも時代に合わせて受け止められ方は変わっていくと思うので、その変化を探りながら向き合っていきたいです。

Man with black hair wearing headphones speaks into a studio microphone in a recording booth.

水野:田中さんはライブペインティングなど、制作の様子そのものをひとつのエンターテインメントとして披露される機会もありますよね。描いている姿を見せるのは、どんな感覚ですか?

田中:緊張はしますが、描くテンポや色使い、お客さんがどこで引き込まれるかを会場の空気から肌で感じ取りながら描いています。大人の前では1〜2時間で完成すると驚いていただけますが、幼稚園や保育園では5分でも「まだできてないの?」と言われることもあって(笑)。完成する絵自体は大きく変わりませんが、見るひとに合わせて描くスピードや見せ場を工夫するのがおもしろいですね。

水野:これからは、どんなペンキ絵を描いていきたいと思っていますか?

田中:基本的にはペンキ絵の型が大事ですね。青空と富士山という王道のもの。一方で、時代を反映した新しいご依頼をいただくこともあって。そのどちらか一方に偏るのではなく、両方に向き合っていきたいと思っています。私自身、ペンキ絵という文化をまだすべて把握できているわけではないので、そこを探っていきたい。両方の仕事を受けながら、考えて向き合い続けることで、見えてくるものがある気がしています。

水野:田中さんにとって、いちばん喜びを感じるのはどんな瞬間ですか。

田中:実は、あんまり嬉しいとか楽しいという感覚がなくて。ただ、“おもしろい”と思うことはありますね。打ち合わせでどんな絵にするか考えたり、「こちらの案のほうが合うかもしれない」と提案したものが採用されたり。相手の求めるものを探りながら形にしていく過程で、「なんとか通ったぞ」と手応えを感じる瞬間がおもしろくて。その積み重ねでここまでやってきた感覚があります。

水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。

田中:私自身、ずっと違和感を探し続けています。そこからまったく楽しくないし、苦しい人生になるのですが(笑)。でも、「この違和感は何だろう」と考え続けることで、人生はどんどんおもしろくなっていく。だから、ぜひ違和感を大切にしながら、一緒に探していきましょう。

Two women posing in front of a J-WAVE 81.3FM backdrop; left woman in a black shirt smiles, right woman in a blue denim shirt with a white layer.

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:軍司拓実
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
https://www.j-wave.co.jp/

コメント

この記事へのコメントはありません。

他の記事を読んでみる

TOP