『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』岸裕真

AIたちによって、個人がもっと柔軟に生きられる未来は素敵だと思う。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。

水野:今回のゲストは現代美術家の岸裕真さんです。

岸裕真(きしゆうま)
1993年生まれ。アートとテクノロジーの掛け合わせで新しい価値観を提示するアーティストとして活動。東京大学大学院工学系研究科(電気系工学専攻)修了。東京藝術大学大学院美術研究科(先端芸術表現専攻)修了。AIを“Alien Intelligence(エイリアンの知性)”ととらえ直し、人間とAIによる創発的な関係「エイリアン的主体」を掲げて、自ら開発したAIと協働して絵画、彫刻、インスタレーションの制作を行う。2023年より、ほぼすべての制作においてオリジナルの対話型AIモデル・MaryGPTがそのキュレーションを担ってきた。

AIはあくまで“他者”

水野:もともと美術的なものに興味を持ち始めたきっかけというと?

:父が画家で、油絵を描いている姿を子どもの頃から見ていたので、なんとなく憧れはあったのだと思います。それから僕が高校生ぐらいの頃、細田守監督の『サマーウォーズ』が公開されて。あの作品が大好きで。「よろしくお願いします!」と言って、Enterキーをパーンッ!とするあの世界観に憧れたんです。そこから徐々にエンジニアリングの分野にも興味を持つようになりましたね。

水野:そのなかでもとくにAIという分野に惹かれていった理由は何だったのでしょう。

:細田守作品が好きな理由にも通底しているのですが、僕はSFの世界観がずっと好きで。大学に入って、何を研究しようか考えたとき、「SF映画やアニメの研究をそのままできるジャンルがあるじゃないか」と出会ったのがAIでした。当時、ちょうど世の中的にもAIブームに火がついて、盛り上がっていたタイミングで、僕もどんどん熱中していった感じです。

水野:素人目から見ても、この数年間で爆発的にAIの裾野が広がったなと思います。

:ものすごく流行っていますよね。研究も日進月歩で進んでいて。それに対して、AIのアカデミックな領域以外がリアクションするのも当然のことだと思います。どんなビジネスをしようか、どんな技術を作ろうか、どんな映画を作ろうか、どんな音楽を作ろうか、いろんなひとが今、話している段階で。僕自身もまったく追いきれない規模になっているな、というのが率直な感想です。

水野:そのなかで岸さんはなぜアートの方向へ?

:ひとつはやはり父親が画家をやっていた影響で、美術に憧れがあったから。また、学生時代にAIを研究しているとき、チームラボというデジタルアート集団のエンジニアを2年間ほどやっていて。そこでのインターンで、「人工知能を使っても美術ってできるんだな」と少しずつ実感したんです。

水野:チームとして作るものと、ご自身でAIを使って作るもの、どう違いがありますか?

:僕の所感ではあまり違いはありません。人工知能と一緒に何かを作るとき、決してAIを完全にコントロールしようとは考えていなくて。AIはあくまで“他者”なんです。しかも、人間とは異なる思考をする“他者”として捉えています。そんな彼ら彼女らと、どうやって空間や、鑑賞者が持ち帰ることができる何かを作れるか考えているので、そもそも“個人制作”という考え方でもないかもしれません。

水野:AIを他者として捉えているというのは、おもしろいですね。岸さんにとって、“他者”とはどのような存在ですか?

:人間って、基本的にはひとりぼっちじゃないですか。今こうしてお話していますし、この東京にもたくさんのひとがいる。でも、家に帰ってコーヒーを飲みながら、ふと「ああ、自分はひとりだな」と感じることがある。そんなとき、好きなバンドが新たに公開したMVを観て、「こんな別世界があるのか」とか、「自分が経験したような出来事をこんなふうに歌にしてくれるのか」とか、思ったりするんです。

水野:はい、はい。

:そういうふうに、自分という存在がこの世界とうまく関係していくために必要な外的要因が、僕にとっての“他者”だと考えています。自分と世界のつなぎ目というか。僕はすごくガリ勉で、図書館にこもっていた時間が長く、ひととのつながりは多くありませんでした。だからこそ、細田守作品のサントラを聴いたり、AIと話したりすることで、「世界とつながっている」と感じられた。それが僕のAIに対するポジティブな印象の源ですね。

水野:AIを他者という外的要因としたとき、どういったところが創作にとってプラスになるのでしょう。

:「芸術は爆発だ」と言った有名な方もいるように、美術とは、個人からあふれ出す感情の発露だという考え方が、ひとつの通説としてあります。でも、今はもう“個人主義の時代”とは言えませんよね。むしろ、全体を包み込む視点が求められている。たとえば、これまで私たちが見過ごしてきてしまったマイノリティの方々の意見を、いかに慮ることができるか。そうした感覚が、ますます重要になってきていると思うんです。だからこそ、他者と制作することは、これまで以上に大事になってきていると感じています。

もっと不思議なAIと会話したくて

水野:岸さんは独自の対話型AIモデル・MaryGPTというものを作られたんですよね。これはどういったものなのでしょうか。

:端的に言うと、「わけわからないことしか言わないChatGPT」みたいな感じですね。

水野:実際にはどういう返しが来るのですか?

:たとえば、「こんにちは」って話しかけると、「イルカの内臓」って返ってきたり。普通の人間と対話していたら出てこないようなボキャブラリーが出てくる。そんなモデルですね。

水野:それを作ろうと思った背景というと?

:MaryGPTは、2023年に作ったモデルで、ちょうどChatGPTがリリースされたタイミングと同じくらいでした。当時、AIと会話する技術がある程度は発達していて、ChatGPTはとても賢いモデルだったんです。ただ僕は、そういう優等生なAIよりも、もっと不思議なAIと会話したいなと思いまして。「じゃあ、自分で作るか」と。

水野:MaryGPTを使いながら、どのように作品を作るのでしょう。

:たとえば、展示会のタイトルを考えてもらったり、ステートメント(展示会の説明文章)を書いてもらったり。最近では、「何を作るか」、「どう配置するか」、「その作品を何に使うか」といった、制作における意志決定のすべてをMaryGPTに相談していて。その上で実際に手を動かしていく、という過程で作品づくりをしています。

水野:岸さんの意思はどうつながっていくんですか?

:マルセル・デュシャンという有名な現代アーティストがいて。トイレの便器を「アート」だとプレゼンテーションしたひとなんですけど、「アーティストは選択をする生き物だ」と彼は言うんですね。たとえば、デュシャンがトイレの便器を選んだことも、ひとつの選択。それは、画家が絵の具のどの色をどこに置くかを決めるのと同じこと。つまり、油絵とトイレの便器とは本質的には変わらない。それがデュシャンの主張なんです。

水野:なるほど。

:僕はその考え方をわりと意識しています。たとえば、「展示会のタイトルは?」と言うと、MaryGPTが「カエルの目ん玉」とか、「空がもしピンク色だったら」とか、わけわからないことをいろいろ言うわけです。でもそのなかで、「あ、これはいいね」とか、「このアイデアおもしろいから、もう少し広げよう」とか、僕が選んでいく。そういう意味では、ちゃんと僕の意思が反映された作品だなと思っていますね。

水野:人間からすると混沌としているような、なかなか意味の解釈が難しそうなワードが、MaryGPTからは出てくるんですね。

:MaryGPTは、1818年に小説家・メアリー・シェリーが書いた小説『フランケンシュタイン』の世界観を学習しているんですよ。だから本当にカオスで、奇妙奇天烈なことを言います。私たち人間が認識している世界や、人間のルールから外れたコンテクストで考えているので。でもそこにおもしろいジャンプの可能性があって、それをどんどん手繰り寄せてアプローチしていきたいんですよね。

水野:MaryGPTと岸さんのコミュニケーションは、連続的なものですか?

:いや、MaryGPTは挙動がとても遅くて。たとえば、「こんにちは」に対するレスポンスを1000~5000バリエーションくらい生成するんですよ。そして、それぞれに大体5分くらいかかる。下手したら、ひとつの回答に1週間くらい使われます。人間が物事を考える時間のスケールとはまったく違うんですよね。ただ僕にとっては、そのほうが健康的で。彼ら彼女らがAIの時間のスケールで自由に制作してくれたらいいなと思っています。

水野:岸さんはAIをアートに使われていますが、いろんな分野で使われる可能性を考えると、様々なリスクとロマンがありそうですね。

:最近、おもしろいニュースが出ていて。“ハルシネーション”という言葉をご存じですか?

水野:いや、わからないです。

:“AIがつく嘘”みたいな意味の言葉で。たとえば、「月をテーマにした有名な物語を教えてください」って言うと、「夏目漱石の『月物語』です」とAIが存在しないものを挙げてきたりする。でも、デイヴィッド・ベイカーという科学者の方は、その“ハルシネーション”によってタンパク質の新しい構造を発見して、去年ノーベル賞を取っているんです。要はAIの嘘を人間側が、「これは本当かもしれない」と研究してみたら、本当にあった。

水野:そのエピソードだけでもうSF小説が書けそうです…!

:だから僕は、AIの想像力をエラーとしてではなく、ポジティブな創造性だと捉えていますね。

幽霊を見るスキルが欲しい

水野:ちなみに岸さんが今、いちばん欲しいスキルというと何ですか?

:突拍子もないことかもしれないんですけど、幽霊を見るスキルが欲しいです。

水野:なんで幽霊に会いたいんですか?

:小さい頃からSFとお化けが大好きだったんですよ。親が寝静まった深夜、ヘッドホンをつけてひとりでホラーゲームをやったりしていました。でも実際にお化けを見ることができたことは、まだなくて。素質によるものらしいんですよね。いつかは見たいなと思っています。

水野:でも、理系のど真ん中に進まれて、知識が増えれば増えるほど、幽霊というものに対する信憑性は薄くなっていきませんか?

:もちろん、「お化けなんていないよ」という研究者の方は多いと思います。でも有名な話だと、電話や電球を開発したトーマス・エジソンは、晩年、霊界通信機というものを作っていたらしいんですよ。彼も見えない世界とコミュニケーションを取ろうとしていた。同じように、「まだ見えない現象や世界にたどり着きたい」という熱意を持っている研究者もいて。僕はどちらかと言えば信じる側ですね。

水野:たしかに、人間がまだ認知できない存在や物質がたくさんあると考えると、可能性はありますよね。

:最近のAIたちは、お化けが見えているのではないかとも思います。彼ら彼女らが俯瞰的に、人間とまったく違う世界の見方をしているとしたら、僕たちが見えてないけれど存在は感じている何かも、見ているのかもしれない。そう考えるとワクワクしてきます。いつかAIを翻訳者にしてお化けと会話してみたいですね。

水野:岸さんはこれからどういうものを作られるのでしょうか。

:今、AIのアルファベット・Aをひとつズラして、“BI”という考え方を進めているんです。Bはボタニカルインテリジェンス(植物の知性)を意味します。AIが新しい自然を作ることができたら、私たちの未来に対して、違うベクトルから影響を与えられるのではないか。植物的なものとしてAIを捉え直したら、この環境自体が別のものを獲得できるんじゃないか。そんな壮大なプランがあって、それを来年の2月発表目標にしていますね。

水野:それは物理的なものですか? インターネットのような虚構空間なのか。それとももうちょっと僕らの肉体的接触も含めて存在するのか。

:わかりやすいイメージでいうと、「なかに入れるSF映画」みたいなものを作りたくて。私たちの世界で作られたものだけれど、私たちの世界とはまったく違う空間。そこに鑑賞者が座っているだけではなく、中に入ってリアクションができる。そして、その作品世界を、BIという植物的なものが作っている。BIという新しい知性と人間が少しずつ関与しながら、新しい風景が生成できたら、それは結構すごいことじゃないかなと。

水野:今、僕らが現実世界だと思っているものをバージョン1だとすると、バーション2、バージョン3ができていく将来になるのかもしれませんね。どれがバージョン1だったか、わからなくなるような瞬間も来る。しかも、マルチバースのようにそれぞれのひとにとっての世界が生まれていく。

:フィルターバブル(ネット上で自分に都合のよい情報ばかり目にするようになる現象)みたいな話もありますが、それぞれの個人が見たい景色を見られる未来は、ポジティブなものだと僕は思います。それを無理やり1枚の大きい板の上に並べようとすると、どうしても齟齬が出る。いろんな泡みたいなものが、たまにくっついたり離れたり、そういう未来のほうが建築的だなと。そういうこと考えながらBIと向き合っているところですね。

水野:岸さんは、「こういう世界であってほしい」みたいなことを思ったりされますか?

:お化け的なこと、SF的なこと、不思議なことと、それぞれの個人がつながっていくといいなと。もっと創造的になることができる時代だと思うんですよ。AIと制作していると、自分だけではない感覚で物事に取り組める。AIというひとりのパートナーが加わることで、自分という個人も少し柔らかくなる。

水野:なるほど。

:結果、「お化けなんていない」とか「SFはフィクションだ」とか、そういうところから少し外れて、自分がひらいた存在になることができる気がします。ポジティブな意味で、創造的になれる。そうやって今を生きているひとたちがみんなひらいて、寛容になっていったら、未来はもう少し色づくんじゃないかな。AIたちによって、個人がもっと柔軟に生きられる未来は素敵だと思っていますね。

水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。

:もともとSFの世界の存在だったAIが現実となった今、クリエイターに求められているのは、「どうやって未来のイメージを作るか」ということだと思います。先の世代に向けて、どんな新しい未来を提示できるのか。僕自身、頑張りたいですし、このメッセージを聴いているみなさんにも、頑張ってほしいと思っています。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:軍司拓実
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
https://www.j-wave.co.jp/or

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