『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』世武裕子さん【前編】

何でも楽しくなきゃやれない。 逆に、楽しかったら何でもいい。

作ること以外、興味ない

水野:水野良樹がナビゲートしています『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』。本日のゲストをお迎えしたいと思います。映画音楽作曲家の世武裕子さんです。よろしくお願いします。

世武:よろしくお願いします。

世武裕子(せぶひろこ)
葛飾区生まれ、フランス在住。音楽家。Ecole Normale de Musique de Paris 映画音楽学科を首席で卒業。映画『エゴイスト』『ミッシング』『カラオケ行こ!』ドラマ『好きな人がいること』『心の傷を癒やすということ』『モダンラブ・東京 (エピソード2, 5) 』など、毎年数多くの映像音楽を生み出している。ソロ名義ではオルタナティヴ三部作として『WONDERLAND』『L/GB』『Raw Scaramanga』ピアノ弾き語り作品として『あなたの生きている世界1と2』をリリース。圧倒的な表現力のピアノ演奏は、森山直太朗、Mr.Childrenなど多くのミュージシャンからも信頼を得ている。

水野:この番組、始まって以来の(水野の)ガチ友人。

世武:なのに、イケている感じの音楽に乗せて、すごくシックに始まりましたよね(笑)。

水野:一応、番組のトーンがあるんですよ(笑)。僕はHIROBAというプロジェクトをやっているんですけど、世武さんにはそこで楽曲に参加していただいたり。いきものがかりでも「誰か」という楽曲をサウンドプロデュースしていただいたり。いろんな繋がりがあって友人なんですけれども。今はパリにお住まいなんですよね。

世武:そうなんです。

水野:でも、実はいきものがかりでまた、世武さんと作ろうとしているものがございまして。帰国していただいたので、ぜひこの番組にも出ていただこうと。まず、改めて訊いたことがないんですけれども、映画音楽をやろうと思ったのはどういうところからなんですか?

世武:小学1年生のとき、気づいたら「映画音楽の作曲家になりたい」って文集に書いていました。だから、その前に観ていた映画がきっかけだったと思うんですけど、多分、『キョンシー』です。

水野:キョンシー! 観てた、観てた! 

世武:あと考えられるとしたら『ゴレンジャー』だよね。 

水野:へえー。そこでやっぱり音楽に興味がいったの?

世武:そう。仮面ライダーとかも好きだったし。もうそこしかありえない。

水野:世武さんは、小さい頃から本当にすごいレベルでピアノをやっていたじゃないですか。でも、ピアニストではなくて、音楽を構築したいというほうに向いていったの?

世武:決められたことを弾くのが好きじゃなくて。自分でピアニストになりたいと思ったことない。曲を作りたかった。

水野:音楽は好きだったの? 嫌いだったの? そういう次元にはなかった?

世武:わからない(笑)。私、音楽が好きとか意識したことないわけよ。この業界に入ったら、バンドマンとかと知り合うじゃん。だけど、あんまり音楽の話でハモれないというか。別に好きなバンドとか、好コードの話してもなって。楽器に向き合って、曲を作り出す瞬間まで好きじゃないかも。聴くのにはあまり興味がなくて、作りたいのかもしれない。

水野:演奏中も、曲を作っているみたいだよね。何度か世武さんのコンサートで、弾いている姿を観させていただいたんですけど。もちろん楽曲というルールブックはありつつも、会場の空気を自分に取り入れて、その場で生まれていくものがあるんですよ。常に毎回、作曲しているかのような、一回性があるように感じております。

世武:そうかも。同じことを繰り返していくことに、あまり興味ないし、そのおもしろさがわからないから。仕事の役割として、自分がやると決めたらやるけど、自分のステージでやりたいとは思わないかな。

水野:なんというか、音楽に対する“構え”があまりないよね。うまく説明できないけど、もう少し近いところに音楽がある。

世武:「わざわざ家で今日食べたものをいちいち言わんやん」みたいな感じ。たとえばSNSでみんなが書くのって、何か普段と違うことがあったり、突出した感情があったりしたときだろうけど、そのレベルでもないから。私は音楽のことをなるべく頑張って呟くようにしていても、「書くことない…」ってなっちゃう。

水野:だんだん自分の力が、演奏力だけじゃなく、ひととの出会いとかで変化をしていくわけじゃん。それでも根幹のそのスタンスは変わらない?

世武:うん。作ること以外、興味ない。だから、友だちと話をしていて、すごく盛り上がって「めちゃくちゃ楽しい!」って思っていても、仕事とか音楽の話になると、だんだん私はシューン…となってきちゃって。「さっきの話のほうが楽しかったな…」って。

水野:じゃあ、もうこの番組、成立しない…(笑)。

世武:今、自分で言っていても思った(笑)。ヤバいヤバい。

私の大事なものってほとんど“ひと”だけ

水野:世武さんって、本当に日々切り替わっていくじゃないですか。たとえば「やっぱりパリに戻るわ」とか、いろんな人生の決断を、そこらへんの交差点を曲がるくらいのテンションでしていく感じがするの。すごく自然に。それはなんでなんだろう。

世武:逆にみんなが大げさすぎると思う。決める前に何をそんなに悩んでいるのかわからない。だってやる前の段階のことってすべて想像だし、時間の無駄じゃない?って。

水野:はい、はい。

世武:結果は誰にもわからないけど、やったらわかるんだから、やればいい。はっきり言って、この年になったら失うものもあるけど、けれども生きているから、別に大したことないというか。また頑張ればいいだけ。そんなにビビることもないという感じ。私のなかではそれが普通だから、むしろ「え、なんで大きな決断を?」とか「これをやろうと思ったのはどうして?」とか訊かれても、あまりわからない。

水野:すごく眩しく見える。みんないちいち迷うのよ。自分も含めて。階段を一歩、のぼるにしても、とんでもない力を加えないとその方向に行けないと思いがちだし。だけど、世武さんはいつも軽やかというか。

世武:みんな、何を失いたくないんだろうね。逆に、それだけ自分が今持っているものが大事ってことなのかな。

水野:世武さんは何かを失うという恐怖はないの?

世武:私の大事なものってほとんど“ひと”だけなのよ。でも“ひと”のことって信じているから。離れてしまうひとは離れてしまうんだけど、それで失っても「まあ仕方ないな」と思う。ポジティブな意味で、私は要所要所すぐに「仕方ないな」って思うんですよ。そして、切り替えて、どんどん次のところに、みたいな。

水野:執着がないよね。

世武:まったくないかも。

水野:だから世武さんの音楽も流れるようなんだよね。ずっと動いている。空気として流れていて、止まる瞬間がないというか。

世武:ああ、そうかもね。なんか今、気づかせてもらった。

ふとした時に、ほとんどハッピー

水野:でも不思議なんですよ。すごくざっくりした言い方をすれば、これだけ個性がある、自分というものがあるように見えるひとが、自己表現じゃなくて、映画という作品世界に対して自分をぶつけていくというか、預けていくことが。他者があるところに音楽を投げていくほうを選んだのがおもしろいなと思うんです。

世武:それが多くのひとが私に持っているであろう印象というか、ある意味での他者からの評価なんだけど、実は私のなかでは全然違って。まず、何でもいいんよ。特にこだわりない。自分の個性も、よく「世武さんはこういう感じ」とか言われるけれど、まったくネガティブな意味じゃなくて、いまいちどれもピンと来てないというか。

水野:はい、はい。

世武:だから、「わりと個性が強いのに、自分の作品じゃなく、なぜクライアントのいるような仕事をしているのか?」と訊かれても、そこに仕事と機会があるから…って。

水野:カッコいい。

世武:もちろん楽しいのよ。何でも楽しくなきゃやれない。逆に、楽しかったら何でもいい。自分がそこでどれだけ脚光を浴びるか、これは裏方でこれは目立つとか、、そういうのは本当にどうでもよくて。アイデンティティの話も同じ。すごく個性を死守している、大事にしていると思われがちなんだけど、いちばん最初に捨てられるというか。気にもしてない。そんなの勝手に滲み出るもので、自分が守っておくものじゃないから。

水野:うん。

世武:いい意味で「何でもいい」ってなってきちゃう感じ。答えになったかわからないけれど。

水野:いやいや、よく理解できます。世武さんと何度か現場に立たせてもらって、見ていてわかる。人間には「自分を評価されたい」とか「自己像がどうなるか」という意識ってあると思うんですけど、それっていい音楽を作る上では邪魔だと思っているの、俺。

世武:うん。

水野:だから、自分もそれを「捨てたい、捨てたい」と思っているのだけれど、目の前にめっちゃ捨てているひとがいる(笑)。

世武:あはは!

水野:すごいのよ。全部をいったん受け入れるっていうか。

世武:私のなかで自己評価がすべてだから。他者からの評価なんてマジでどうでもいい。ただ、自分が気に入らなかったら、極論、1億人から「いい」と言われても何の意味もない、という感じなの。そう思うと、灰汁が強いよね。

水野:灰汁強い。でもその個があるから、ちゃんと他者がある音楽なのかもね。

世武:そんな深く考えてないかもなぁ。「ハッピーだったらいいや」みたいな感じになっちゃうの。

水野:「ハッピーだったらいいや」って口で言うひとはいっぱいいるよ。そういうスタンスを取ることによる逃げだったり、それをカッコいいと思っていたり。だけど、本当に身を投げて言うひとはそんなにいないと思うのよ。

世武:たしかに、ちょっと語弊のある言い方をしちゃったけれど、思考を放棄するような「ハッピーだったらいいや」じゃなくて。たとえば、仕事ですごくしんどくても、まわりから見たら大変そうでも、「でもハッピーかも」って思っちゃうってこと。

水野:それはランナーズハイみたいなことじゃないの? 

世武:違うの。ふとした時に、ほとんどハッピーなのよ。

水野:太字にしたいよ。「ほとんどハッピー」

世武:でもね、それぐらい幸せなことが多いんだと思う。私はすぐ「めっちゃ幸せかも」って思うタイプだから。友だちがほんの少し優しかっただけで、「え、なんかもう、生きていてよかった」みたいな。

水野:それは底を知っているひとだからこそだよね。

世武:そうなのかね。

水野:何かしらの諦めがある。底を体感しているからこそ、すべてのものを肯定できるってことだと思う。

世武:ああ。でもたしかに、嫌われても失望されても、「まあそんなの生きているんだったら当然でしょう。人間なんだから」っていうのは大前提にあるかも。だからまずそういう落ち込みがない。

水野:ないよね。みんなもっと希望を持っている。「もっと自分は肯定されるはずだ」って、楽観的に思いすぎている。

世武:そうかも。「自分が肯定されるはずだ」って考えたこともない。そんなことを考えても仕方ないしね。だって、他人がどう思うかの話を、あなたがいくら頑張って考えても、それはあなたの脳みその中の想像。。そこに他人なんていないから。だから、時間の無駄と思っちゃうんです。

水野:いやぁ…、希望を持ちすぎて反省しています。

世武:いいね、それ(笑)。

J-WAVE Podcast  放送後 25時からポッドキャストにて配信。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集: 井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/

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