対談Q 野間口徹(俳優) 第2回

いなさそうなのに、いると思わせる説得力

いつも心がけているのは「誰かの真似をすること」

水野:笑福亭鶴瓶さんとやられていた『スジナシ』という台本なしの即興ドラマ、観ました。

野間口:はいはい(笑)。

水野:もう信じられなくて。舞台だけが用意されていて、他は細かい設定もセリフも決められてないんですよ。ポンと入って、相手の反応を見て、そこからふたりで物語を作っていくわけですけど…。この記事を読んでいるひとがわかりやすいように説明すると、古びたラーメン屋さんの跡地にふたりが入っていって、その空き家を貸す不動産屋(野間口)と、そこで何か店をやろうとしているひと(鶴瓶)という設定でストーリーが進んでいって。

野間口:はい。

野間口徹『鶴瓶のスジナシ』(CBC)

水野:鶴瓶さんが、「ここでカレー屋をやりたい」とかいろんなアイディアを言うんですけど、それを不動産屋がすべて否定していく。で、次々と否定された鶴瓶さんが「冷麺屋!冷麺屋!」と言ったら、不動産屋さんが「1回ちょっと(椅子に)おかけいただいて…」「冷麺屋…ですか。冬、どうしましょう」と。あのセリフのアイデアがすごい。まさしく意地悪な不動産屋さんが言いそうな言葉ばかりで。どうしてあんなものが、即興的に生まれるんですか?

野間口:あのときの記憶はほぼありません(笑)。いっぱいいっぱいで。ずーっと頭を回転させながらやっていました。あとから「よかったよ」と言われて、よかったのか、と。

水野:あれが即興だなんて信じられない。

野間口:僕もです(笑)。とにかく鶴瓶さんに主導権を握らせないように、と考えていました。向こうに振り回されると、もっといっぱいいっぱいになると思ったので。先にこちらがマウントを取ろう、ということだけ決めていったんです。

水野:筋を決めるのは自分だから。

野間口:はい。鶴瓶さんは何を言っても対応してくれると思ったので。

水野:すべてのセリフに驚きましたけど、とくに「1回ちょっとおかけいただいて…」というひと言が印象的で。あのひと言で、鶴瓶さんの演じているキャラが苛立っていること、悔しがっていることもわかるじゃないですか。そして、不動産屋のほうがちょっと上に立っていることもわかる。それをポンって言えちゃうのがすごい。でも“やろうとしている感”もなくて…。

野間口:僕がいつも心がけているのは「誰かの真似をすること」なんですね。真似って悪いことではなくて、自分のフィルターを通した上で真似をすれば、自分のものになると思っていて。だから、あの不動産屋もどこかで出会ったひとなんですよ。

水野:ちょっと意地悪な。

野間口:はい。役者という仕事をやっているだけで、部屋を借りられなかった経験とかたくさんあるので。そういうとき、「なんで貸してもらえないんですか?」と言うと、「いや、まぁまぁまぁ、ちょっと…」ってひとが現実にいたんですよ。多分、そういうひとを瞬発的に出しているだけだと思います。

「何もしない」という芝居をしている

水野:少し話が逸れますけれど、「ルパン三世のテーマ」を書いた大野雄二先生にお話を伺ったことがあって。大野先生はもともとフリージャズの方なんですけど、「いい演奏っていうのは、ジャズを即興でやったとき、合わせるんじゃなくて、合っちゃうんだ」とおっしゃっていたんです。

水野:お芝居もそのお話に近いのかなと今、思いました。鶴瓶さんとのやり取りのなかで、鶴瓶さんが苛立ってパッと言ったセリフに対して、「冬、どうしましょう」ってスパッとホームランを打つというか。まさに合わせに行ったんじゃなくて、合っちゃう。

野間口:本当にあそこまで行くと、その場のグルーヴみたいなもので。たとえたどたどしい言葉であったとしても、そこにノリが生まれてくるんですよね。

水野:ちょっと言い淀んだとしても、それがもう組み込まれていく。

野間口:言い淀んだら、鶴瓶さんがそこを突っ込んでくるでしょうし。なんかもうあのときは、最初の2、3分でノリが決まりましたね。あとはもうタイマーをチラチラ見て喋りながら、内心「早く終われ…」って(笑)。残り時間を見て、「もうひと波、作っておいたほうがいいのかな」とかも考えました。

水野:そういうことも考えていらっしゃったんですね。もう禅問答のようだなと。考えたり、やろうとしたりするのはダメ。だけどやらないといけないし、考えないといけない。

野間口:でも、準備してきたものってバレるんですよね。「あぁ、それ準備してきたね」って見透かされたとき、本当に恥ずかしいと20代でわかったので、もう恥ずかしいことはやめようと。

水野:セリフは覚えていくんですよね?

野間口:はい。2パターンのセリフの言い方を頭に置いておきます。どちらでも対応できるように。そして他の役者さんと合わせて、「じゃあこっちの言い方かな」とか、ちょうどいい塩梅を。

水野:ちょうどいい塩梅とは、 声の強弱ですか?

野間口:それもありますし、スピードであったり、粒立てるところであったり、相手のテンポとの合わせ方であったり。

水野:そういう感覚は、経験していくうちに自然と覚えていくものなのでしょうか。

野間口:これはもう舞台の経験が活きていると思います。1ヶ月稽古をして、ちょっとずつ積み上げていくものがあって、その過程も自分のものになっていくので。そして次の映像の現場で、「あの過程の2、3日目ぐらいの感覚がフィットするな」とわかる場合もあるし。たくさん持ってきたものの、どれを使うかだと思います。

水野:だから準備が大事なんですね。

野間口:はい、結局1、2日で考えたことはバレます。本当に『スジナシ』は1回、断ろうと思いましたもん(笑)。今までゲストで出た方にも「恐怖だよ」って話は聞いていたので、もうどうしようかと。でも一応、僕のモットーとして「苦手なことも3回まではやる」って決めているので。

水野:「こういう役は断る」とかはありますか?

野間口:ないです。役で断ったことはない。だから、いろんなひとが断ったやつが最終的に回ってくるんじゃないですかね(笑)。

水野:いやいやいや。でもめちゃくちゃ難しいことをされていますね。本当に何もしてないわけではなく、経験を積んだ上で削がれた「何もしない」であるというか。

野間口:「何もしない」という芝居をしている、ということですね。2段階ぐらいフィルターをかけています。

吹越満さんから学んだ仕草

水野:目指すのはどういうものなのでしょうか。

野間口:目指すもの…。とくにないです。ただ比較的、無表情の役が多いんですけど、ものすごくテンションの高い役とかもあって。その役がそれこそ“普通”に見えればいいな、とはいつも思っています。いなそうなのに、いると思わせる説得力は意識していますね。

水野:意識して“普通”になれるものですか?

野間口:いや、意識してどこまで削るかということですね。本当に削り切ってしまうと、何もしてないひとになりすぎちゃうので。そういうときには、ひとつだけ癖をつけたりします。たまに喉のあたりを一瞬触るとか。小指で眉尻を触るとか。その程度。

水野:そういうシーン観たことある! 結構ビックリしました。その仕草、既視感がありました。

野間口:それは吹越満さんから学びました。初めて吹越さんとご一緒したとき、いいタイミングで前髪をピッと触るんですよ。最初は癖でやっているのかと思ったんですけど、意識的に入れられているとわかって、「すげぇ!」と思って。自分もどこかで使えるところがあったら活かそう、と。やっぱり全部ひとの真似です。

水野:吹越さんが前髪を触られている仕草もパッと浮かびました。あれはもう仕組まれていたんですね。

野間口:やりすぎにならないギリギリのところでやるんです。すげぇなと思って。人間って何かしら癖があるじゃないですか。ひとと喋っているときに耳たぶを触ってしまうとか。ちなみに僕は唯一、貧乏ゆすりができないんですよね。あれって腰が強いひとじゃないとできないらしくて。

水野:今度からお芝居を観ているとき、一瞬の仕草にも注目しちゃいそう。

野間口:手の内を晒すようで、恥ずかしいことではあるんですけど(笑)。

水野:やっぱり他の役者さんの「ここはいいな」という部分はかなり参考にされているんですね。お芝居に活かすため、とくにどういうところを見ているんですか?

野間口:あらゆるところですね。その時々で琴線に触れるものは違うんですけど、「あ!」って思ったものは常にインプットしています。「このセリフ回しすげぇな」とか、「この時代劇のこの目の使い方はすげぇな」とか、もう一瞬一瞬。で、自分も使えるときがあったら使おう、と。

水野:それはメモ書きするわけではなく、頭の片隅に入っていて、実際にお芝居をするときにふと出てくるんですか?

野間口:そうですね。あと、テレビを観ながら自分で1回やってみるんです。言い回しだったり、仕草だったり。なるほど、という感覚を自分に染み込ませて、いったん忘れる。そして何かの機会に「あ、そうだ」と出てくる感じですね。

文・編集: 井出美緒、水野良樹
撮影:軍司拓実
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:喫茶銀座
https://www.instagram.com/ebisu.ginza/

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