ひとりで始まり、誰かと鳴らす。水野良樹が挑んだ“ピアノマン”

2026年10月7日(水)、SGC HALL ARIAKEにて『J-WAVE PIANOMEN』の初日が開催された。真っ暗なステージに真っ白なスポットライトが一本だけ差し込むなか、誠実な弾き語りを届けたRol3ert。クラシックの技巧を自在に操り、即興や遊び心を織り交ぜた菊池亮太。歴代アニソンメドレーやDream Ami・阿部真央との共演で、彩り豊かな演奏を届けたハラミちゃん。3組が異なるピアノの表情を見せながら、次々と音を響かせた。

数分の休憩を挟み、ラストに登場したのがHIROBAだ。安達貴史(Ba)、朝倉真司(Dr&Perc)、室屋光一郎(Vn)、小寺里奈(Vn)、島岡智子(Va)、西方正輝(Vc)が先にステージへ。そして『J-WAVE PIANOMEN』のジングルが流れ、水野良樹が姿を見せる。拍手が起こる。水野がピアノの前に座ると、会場はすっと静まり返った。会話はおろか、咳ひとつするのもためらわれる。何が始まるのか、まだわからない。そんな空気のなか、誰もがただ、音を待っていた。
最初に響いたのは、何かの始まりを告げるピアノの柔らかなメロディー。そこへストリングスがゆったり重なっていく。やがて水野が、<始まりに気づいて笑った少年は きらりと光った 草の上を駆け抜けた>と歌い出す。歌のなかの視線は、無邪気な少年の姿から、<僕>の内側へ、<あなた>へ、風や空へと移ろってゆく。<ひとの鼓動は きらめいて 生きて>。鳴り始めた鼓動が、その先へとつながってゆくプロローグのようだった。

余韻を受け取るように、2曲目「返事」へ。『FIVE STORIES×ONE SOUND -Brewed in Coffee Moments- by STARBUCKS RESERVE® ROASTERY TOKYO + HIROBA』から生まれたこの曲が、あたたかなオレンジの光のなか、水野ひとりの弾き語りで始まった。カフェの片隅で眺める光景。その目に映るのは<雪が降る空に 子供が手を振る>姿だ。ベース、パーカッション、ヴァイオリンが加わると、雪景色がわあっと心に広がる。サビでは安達のコーラスが重なり、そこに“ひとのぬくもり”が生まれる。一歩一歩を踏みしめるようなピアノ。<春になれ>という祈りが響くなか、その刻みがゆっくりと3曲目に駆け出していく。

とっとっとっと、とっとっとっと。速くはない。でも、鼓動が、足音が、たしかに加速していく。ドラムとベースが一定のリズムを刻み、ストリングスがヒリヒリと感情を引っかく。間奏では水野のピアノも熱を帯びて踊り、室屋光一郎らの弦が力強く押し進めていく。苛立ちや不安、皮肉めいた思いをさらけ出しながら、音楽はどんどん<僕>の内側へ潜っていく。最後の決めが「スタタッ!」と鋭く響き、一瞬の間が生まれた。そこに、リハーサルではなかった拍手が自然と湧き上がった。
ひと呼吸を置いて、ポロポロとピアノが鳴り始める。4曲目は「幸せのままで、死んでくれ」。この日、もっとも観客に知られている1曲だ。水野、安達、朝倉の3人だけで音を鳴らす。真っ赤なライトに照らされるなか、血がたぎるような熱が、ステージから立ち上がってくる。生と死の匂いが濃くなる。

突き放そうとしても、生きることも愛することも諦められない。痛みも矛盾も、孤独も執着も、すべてが音になって噴き上がるようだった。タイトルにある「死」とは裏腹に、鳴っているのは、むしろ強烈な生命の情念だ。<そして最後に この地べたに 花束をたたきつければいい ひとりで嘘になれ>と歌い終える。それでも声はなお、もがき、叫ぶようにこぼれ続ける。やがてすべての音が止むと、再び拍手が起こった。
5曲目は、水野のピアノと室屋のヴァイオリンによる二重奏。ここで描かれるのは、誰かを失い、残された<わたし>の思い。どこか「幸せのままで、死んでくれ」の<僕>に対するアンサーソングにも聴こえる気がする。サビに差しかかると、ヴァイオリンが水野の声に寄り添いながら入ってくる。<聴かせて>と歌ったあとには、メロディーラインをソロで奏でる。言葉はない。それでも、声にならない返事のように響いていた。
歌は<雪が降る 雪が降る 「さよなら」>と幕を閉じる。思えば、2曲目「返事」にも<雪が降る空に 子供が手を振る>という場面があった。あのときの雪は、まだ思い出になることも知らない子どもの笑顔をきらめかせていた。同じ雪が、ここでは別れの記憶を包んでいる。ひとつのモチーフが、時間を経てまったく違う意味を帯びていた。さよならの先を生きてゆくひとの、心音がそこにあった。

<朝陽が落ちても 街はまぶしくて>。6曲目のその一節を歌った瞬間、場にすっと日が差した感覚があった。でも、強すぎる光ではない。愛することや愛されることの喜びも、それに伴う別れの怖さも、すべてをただ肯定し、受け入れ、そっと照らすような明るさだった。楽器隊が加わり、音楽は健やかな熱を帯びていく。
ここまでとは少し表情の違う、王道のポップソング。水野が以前、「俺のなかの小田和正さん」と話していたのがこの歌だ。<たいせつなことは この手を離して 忘れることのすべて 愛してほしい>。その歌声に、なぜだか涙腺を刺激された。曲が<ひとり ゆらゆら>と終わると、拍手が起こった。ここまでの楽曲をひとつに束ねるような、ひと区切りだった。
6曲が終わって、水野がようやくMCを入れる。「今日ピアノを演奏されたみなさんのなかで、僕が断トツで間違いなく1位で下手っぴです」と吐露。そして、だからこそ招いた腕利きのサポートメンバーを紹介し、「重課金装備です」と会場を笑わせた。一方で、水野には、自分なりのピアノとの向き合い方があった。水野はこの日のために、新曲6曲を書き下ろした。演奏技術ではなく、“曲を作る”ことでピアノと向き合う。それが水野なりの“ピアノマン”だったのだ。

「今日は本当にありがとうございました」と告げた水野は、セミファイナルとなる7曲目を弾き語り始める。この曲は、いきものがかりでいう“「会いにいくよ」方式”だそうだ。<想いの果てに 棄てた声が>と歌い出すと、そこに印象的なベースが入ってくる。さらにストリングス、ドラムが重なり、少しずつ音の輪郭が広がっていく。
<時は流れてく 今を呑み込んで 僕もいつの間にか 明日に出会って 生きて>。ボレロのリズムが繰り返される。そのリズムが、まるで日常を生きてゆくための鼓動のように響く。そしてふと、1曲目の<ひとの鼓動は きらめいて 生きて>というメッセージがよみがえった。始まりから7曲目へと渡された「生きて」という言葉のバトンだ。鼓動は、今を生きながら、いつの間にか“明日”に向かっていた。アウトロでも、最後までベースが歌うように鳴り続ける。残ったのは、ピアノとベースの余韻だった。

最後の1曲は、水野ひとりのピアノから始まった。<どうしてだろう あなたに かける言葉が もうない>。そこには、静かな孤独があった。けれど、伝わってくるのは、決して悲しみだけではない。4曲目「幸せのままで、死んでくれ」で“地べたにたたきつければいい”と歌われた“花束”が、この歌では大切なひとへと手渡すものになっていた。あの歌から、いくつもの感情を通り抜けて、ここまで来たのだと思った。
歌は<どうして さびしいんだろう どうして やさしいんだろう>という問いで終わる。アウトロでは、ひとりで歌いピアノを奏でていた水野のもとへ、少しずつ楽器が加わっていく。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ベース、ドラム。さびしさを抱えたひとりの歌に、いくつものやさしい音が寄り添い、重なり合う。ひとりで始まった音楽は、最後には、誰かとともにある音楽になっていた。
最後の音が消えると、いちばん大きな拍手が起こった。なんだか、8曲を味わったというより、1本の映画を観たかのようだ。<愛>、<声>、<雪>、<夜明け>、<きらめき>、<さよなら>……、移りゆく景色のなかで揺れていた言葉の破片たちが心のなかに残っている。一体、水野良樹はどんな思いで、どんなことを考えながらこのステージに立っていたのだろうか。終演後、その胸の内を聞いた。

― ライブ、本当に素晴らしかったです。始まる前には、緊張とはまた違う感情があったそうですね。
水野:まず、いきものがかりだと、全体を見るような立ち位置としてステージ上にいるので、そういう意味で緊張がプラスに働くんですね。でも、今回は僕が歌わなければならないし、かなり自分ひとりの歌とピアノだけで引っ張るシーンもあるし、精神状態がダイレクトに演奏に影響してしまうから、あまり緊張してはいけないなという意識がありましたね。
あと、お客さんのほとんどが何をやるのかわからない状態で聴くわけじゃないですか。だから、いきものがかりのような“期待に応える”というタイプのフォーマットとは違うので、在り方がわかりませんでした。そんな僕の様子を、普段からずっと一緒にいるベースの安達くんが目撃して、「大丈夫かな?」と思ったみたいです(笑)。

― 本番はいかがでしたか?
水野:とても楽しかったです。序盤でうまく入ることができれば、あんまり自分の緊張に意識が行かずに曲に入っていけるなと思って、2曲目くらいまではいい感じに行けたんです。ただ、3曲目あたりから変に冷静になって、「走っているな」とか「こういう段取りだったっけな」とか考えてしまって、「ヤバいヤバい」という瞬間もありました。
でも、今回は1曲1曲、自分のテンションでやることが理想で。後半は緊張したというより、いい高揚感でできましたね。正直、あまり客観的には見ることができてないかもしれません。いきものがかりだと、「これはいいライブだったな」とか、「ちゃんと楽しませることができたかな」とか、手ごたえが経験上あるのですが、今日はまったくそういう計算もせず。とりあえず、自分の感覚的に“楽しかった”というライブだった気がします。

― お客さんが入ったことで、音の聴こえ方や場の空気など、変化を感じた面はありましたか?
水野:実は、こんなにお客さんを意識しないライブは初めてだったかもしれません。いい意味で、まったく場の空気みたいなものを考えていませんでした。HIROBAは求められているものが、そもそもない状態だからですかね。ウケているかどうかもまったくわからなかったんですけど、逆にそれが自由で。非常に心地がよかったです。

― リハーサルと本番で違ったところはありましたか?
水野:リハを経て、「なんでこんなに声が出ないんだろう」と思って、声の出し方を探ったんですよ。自分なりに、ブレスの仕方とかを変えたりして。それでリハよりは安定して歌えるようになったので、もう少しバンドを見ながら演奏できた気がします。いっぱいいっぱいというよりは、少し向こうを見ながら。あと、やっぱりみなさん仕上げてくるので、全体的にまとめる方向になったし、いい具合の感情でやることができたように思いますね。

― 何がいちばん大変でしたか?
水野:やっぱり歌うことですね。曲はなんとかなるんですけど、自分のなかではもっといいものとして成立しているんですよ。もっといいシンガーで、もっと縦横無尽に弾けるひとだったら、もっといい形になる姿が見えている。だから、「あー、もったいねえな。なんでこんなに声が出ないんだろうなー」みたいな。あと声が続かない。楽器に対して負けてしまう。メロディーが伝わるところまで成立しないわけです。
そこが本当に怖かったですね。昨日、ギリギリで「ブレスはこうすればいいんだ! なんで今まで気づかなかったんだろう」ということがあったくらいで。なんとか本番はうまくメロディーをなぞれた気はしますが。本当にギリギリでしたね。危なかった。

― 歌詞も無事にすべて完成していましたね。
水野:いやあー、どうなんですかね(笑)。本当は曲タイトルもあったほうがいいとは思うんですけど、「歌詞がまだもうちょっと…」という感じがしているので、あえて“完成していない”という態度を取りたいなと、いったん番号だけ振っているんですよね。
メロディーはいい感じだと思うので、もうちょっと歌詞を精査したいです。あと、今回はサポートメンバーをつけさせていただいて、わりと特殊な編成でのライブだったので、また違う編成で考えてレコーディングする機会があってもいいのかなと思っています。

― 個人的に5曲目は、4曲目「幸せのままで、死んでくれ」のアンサーソングのようにも感じました。<僕>に残された側の<わたし>というか。
水野:おお! なるほど。それは非常に鋭いですね。やっぱり「幸せのままで、死んでくれ」のあとに来る曲というところを意識して、失恋のあとの女性を想像しながら組み立てていったので、たしかにそういう部分がある気がします。

― 全曲に通じて、見えていた景色はあるのでしょうか。
水野:景色とは少し違うんですけど、裏テーマとして“自分の声で成立させなければいけない”という難しさがありましたね。この声で、ダイナミクスをつけたライブが成立するのか。表現できるものは何だろうか。そういうことをずっとピアノの前で考えて、作っていました。「これくらい濃いほうがキャラとしては立つかな?」とかも意識しました。
デビューして20年も経っているのに、ひとりでステージを成り立たせるということを、今までやってこなかったんですよ。でも、だからこそ“おもしろそう”と思ったんですよね。とくに最後の曲とかは、わりと個人的な思いが入っていて。そういうものをちゃんと感情を込めて歌うということを、一度やってみたかったので、そこも経験できてよかったところです。

― 最後に。ひとつの挑戦が終わったばかりですが、これを経て、新たにHIROBAでやってみたいことなどありますか?
水野:やっぱりHIROBAのライブをやりたいですね。僕だけではなく、HIROBAフェスのときみたいに、ゲストボーカルを呼んで。あと、アルバム規模になるかわからないけれど、作品を録る機会がほしいです。今日の新曲も精査して、フルで形になるものもあると思います。だから、オーソドックスですが、ライブと作品づくりをやりたいですね。
◆HIROBAメンバー
Vo&Pf 水野良樹
Ba 安達貴史
Dr 朝倉真司
Vn 室屋光一郎
Vn 小寺里奈
Va 島岡智子
Vc 西方正輝
◆セットリスト
M1. Opening
M2. 返事
M3. No.3
M4. 幸せのままで、死んでくれ
M5. No.5
M6. No.6
M7. No.7
M8. No.8
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
スタイリスト:満園正明
番組:J-WAVE『PIANOMEN』
https://www.j-wave.co.jp/
コメント