「今日も私をピアニストにしてくれてありがとう」という気持ち。
水野:今回のゲストは、ポップスピアニストのハラミちゃんです。もう1万回くらい訊かれていると思いますが、なんとお呼びすればいいですか? ハラミちゃん? ハラミさん?
ハラミ:ぜひ、ハラミちゃんでお願いします!

ハラミちゃん
ポップスピアニスト。「ピアノを身近な存在にする」を目標に活動している。絶対音感、即興演奏などの特技を活かし、日本・世界各地のストリートピアノ動画で人気急上昇中。2022年には女性ピアニストとして15年ぶりに日本武道館での単独公演を成功させ、2023年には47都道府県ピアノツアーにて5万人を動員。現在「ハラミちゃん47都道府県ピアノツアー2026 ~旅するピアノと47の出会い~」が大好評開催中。
「あなたはピアニストになれないので諦めてください」

水野:ピアノはいつ頃から始めたのですか?
ハラミ:ピアノは4歳から始めました。兄がやっていたので、その背中を見て憧れて自分から「やりたい」と言い出したんです。でも、兄はすぐ辞めてしまって。「私は続けなきゃ」と続けていった感じです。ただ、週1回のレッスンで、普通は30分~1時間じゃないですか。私は14時から22時まで、8時間だったんですよ。
水野:8時間! それはぶっ続けですか?
ハラミ:そうです。途中にお菓子休憩とかはあるんですけど、基本はぶっ続けで。弾くレッスン、絶対音感、ソルフェージュなどを込みで8時間。でも、それが普通だと思っていました。大人になって、普通は8時間も習い事をしないんだと気づいて。それほど愛を注いでいただいていたのだな、と感じます。
水野:親御さんは、「この子を音楽の道に進ませよう」という気持ちだったのでしょうか。
ハラミ:父は、「芸は身を助ける。すべてをなくしたときに才能や特技が残るから腕を磨きなさい」と、私に投資をしてくれていた感じです。一方で母は、「ピアニストなんて食べられないぞ。安定した仕事に就きなさい」という考えで。でも、ピアノの先生は私がピアニストになることを望んでいました。いろんな想いが交差するなかでピアノを弾いていましたね。
水野:ご自身としてはいかがでしたか?

ハラミ:6歳のときに音楽大学受験のテキストを渡されて、「音大に行きましょう」と言われたんですよ。当時は、大学というものもまだよくわからなくて、「はーい!わかりました」という感じで。中学生で文系理系の話になったときに初めて、「私、音楽大学って決めてしまっていたんだ」と気づきました。でも「これから悩まなくていい。ラッキー!」とホッとしたところもあって。運動も勉強もできなかったので、ピアノを失ったら自分に存在意義がないと思い込んでいて、辞める選択肢はありませんでしたね。
水野:小さい頃のハラミちゃんが、ピアノの前に座るまでかわいいダンスをして、椅子に座った瞬間にスイッチが入る動画を観ました。昔からああいう感じだったんですか?
ハラミ:子どもの頃は、将来の夢が“お笑いピアニスト”で、ひとを笑わせるピアニストになりたかったんです。ピアノの演奏前は一発ギャグなどをして、演奏では感動させたい。そういうものをガッチャンコしたのが、あの頃から思い描いていた自分のパフォーマンスでしたね。
水野:どのぐらいの時期に、「ピアノでいける」と思いましたか?
ハラミ:小学校3年生くらいからコンクールなどにたくさん出始めて、同世代での自分の位置がわかるようになりました。トップのひとには敵わないとわかりつつも、もう自分にはピアノしかない。だから、一生懸命練習して。そして、高校2年生くらいで先生を変えて、音大受験の請負人のような方に習うためのオーディションを受けたんです。そこで1曲弾いた瞬間に、「あなたはピアニストになれないので諦めてください」と言われて。
水野:それはすごいひと言ですね…。
ハラミ:「私は今まで何をやっていたんだろう」とすべてが崩れ落ちた気持ちでした。でも、今さら一般受験もできない。だから、「音楽の先生になろう」と思って、音大に進み、教員免許を取ることにしたんです。その時点で、挫折していたというか、ピアニストの道は諦めていました。あと、実は私、一橋大学のサークルに入っていたんです。軽音楽部に。
水野:マジですか!
ハラミ:水野さんって、アンプラグド(一橋・津田塾Unplugged)ですか? フォーソン(一橋大学フォークソングクラブ)ですか?

水野:どちらも知っていますが、僕はサークルには入っていません。フォーソンの部室まで行って、帰ったことは覚えています(笑)。
ハラミ:ええ! 水野さんがフォーソンだという噂が、私の代まで届いていて、レジェンドみたいになっていましたよ!
水野:いやいや、そもそも入ってない!話が大きくなって、それはそれで嬉しいけれど(笑)。軽音楽部では何をやっていたのですか?
ハラミ:オールジャンル、コピーをするバンドサークルでした。ずっとクラシックをやっていたので、ポップスもやりたくて。つては何もなかったんですけど、国立音楽大学の近所だったので、一橋大学の軽音楽部にピュッと入ったんです。そこで「バンドって楽しい」「コードでセッションするって楽しい」と、ポップスの楽しさを教えていただいて。しかも、みんなものすごく上手なのに、普通に有名企業に就職していくのが衝撃で。私はピアノに全ベットしてきたのに、勉強もしながらギターやドラムまで上手いなんて、と驚きました。
絵に描いた夢を超えている現実がある

水野:そこから、今のハラミちゃんにはどうつながっていくんですか。
ハラミ:一橋の軽音楽部で、みなさんが音楽とは違う道を選ぶことに影響を受けましたね。先生からも、「このレベルじゃプロになれない」と言われていたので、もういっそセカンドライフを歩もうと。音楽をすべて捨てて、一般企業に就職したんです。
水野:振り切りましたね。
ハラミ:音大から一般企業に就くひとは少なかったので、説明会も100社ぐらい行って、手当たり次第に受けました。結果、IT企業に入社して、楽しく仕事をしていたんですけど、ピアノと向き合ってきたエネルギーで仕事にも向き合うと、やりすぎてしまって。

水野:完全にアスリートタイプじゃないですか。
ハラミ:それで心身ともに調子を崩し、半年間ぐらい引きこもりになりました。ずっと家の天井を見てぼーっと過ごしていたんです。そんなとき、仲がよかったIT企業の先輩が、「元気? リハビリがてら、ストリートピアノ弾きに行こうよ」と連絡をくれて。当時、私はストリートピアノも知らなかったんですけど、「ピアノなら外に出られるかもしれない」と思って、メイクして着替えて、久しぶりに外へ出ました。
水野:はい、はい。
ハラミ:そして、新宿都庁のストリートピアノへ向かう途中、電車で映画『君の名は。』の新宿のシーンが浮かんで。RADWIMPSさんの「前前前世」をぶっつけ本番で弾いてみようと思ったんですよね。最初は、久々の外でしたし、いきなりピアノを弾くなんて怖くて。でも、椅子に座って鍵盤に手を置いた瞬間、アドレナリンみたいなものが、わーっと出てきたんです。小さい頃の自分みたいにスイッチが入って、夢中で弾きました。
水野:切り替わるんですね。

ハラミ:すると、観光に来ていたおばさまから、「すごくよかった。また聴きたい」と拍手していただいて。「私、ピアノ好きだった」と思い出したんです。さらに、その様子を先輩がYouTubeにあげて、今や200万再生とかになっているんですけど、最初は怖くて。でも、映像のなかの自分が笑顔で。「こんなに笑顔になれるものがあるなら、またピアノを弾いてみよう」と、仕事を辞めて貯金が尽きるまでやると決意しました。で、映像を撮ってくれていた先輩と一緒に脱サラして。その方が今のマネージャーさんなんです。
水野:それはものすごいストーリーですね。今、とてつもなく多くの方から観られているわけですが、それはどのように受け止めていますか?
ハラミ:私、小学校3年生のときに“将来の夢”の絵を描いているんです。

水野:みなさん、この絵にYouTubeの景色がそのまま広がっています。予言者のようです。広場のようなところにグランドピアノがあって、そこでハラミちゃんが演奏している。噴水があって、建物があって、まわりには子どもたちや学生さん、車いすの方、いろんな世代の方がいて、猫までいます。まさに“今”じゃないですか。
ハラミ:あのとき思い描いていた景色が今、自分のまわりにあるんですよね。しかも海外の方までいて、絵に描いた夢を超えている現実がある。毎日それが本当に幸せですし、活動できていることに感謝しています。一度、自分の実力ではピアニストの夢を叶えられなかったからこそ、今はみなさんにピアニストにしていただいている感覚が強くて。「今日も私をピアニストにしてくれてありがとう」という気持ちで活動できることが幸せですし、一度挫折してよかったと心の底から思えています。
お客さんは“ハラミちゃん”の“ちゃん”

水野:ハラミちゃんの動画で、「この曲を弾いて」とお客さんからリクエストをもらっている場面がよくありますね。時には初めて聴くような曲を、スマホで聴かせてもらって弾く。どうしてあれができるのでしょうか。
ハラミ:耳コピの原体験は6歳の頃で、休み時間にピアノを弾いていると友だちから、「これ弾いて」とよく言われて。最初は楽譜を買っていたんですけど、お小遣いでは月2冊くらいが限界。そこで、「耳コピなら無料でできるぞ」と思いついたんです。最初は1音1音、照らし合わせながら。小1から高3まで友だちの要望に応えているうちに、自然とできるようになっていきましたね。
水野:バンド音源を聴いて、それを両手に割り振るわけですよね。再構築しているのですか?
ハラミ:おっしゃるとおり、パートごとに耳コピします。ギター、ドラム、ベース、ボーカル、それぞれをものまねする感覚で聴いて、この10本の指に割り振る。ギターのチョーキングはチョーキングっぽく、歌う方のタメは右手でタメっぽく。ものまね大会みたいな感じで弾いていますね。

水野:記憶力はいかがですか? 1曲分、覚えきれなくないですか?
ハラミ:冷静に考えると、なぜ覚えられるのか自分でもわかりません。でも、聴きまくっていると染みついてくるんです。なんとなくものまねして歌えるのと同じ感覚で、口が指みたいな感じですね。
水野:現在は『ハラミちゃん47都道府県ピアノツアー2026 ~旅するピアノと47の出会い~』と題して全国ツアー中です。ハラミちゃんにとって、お客さんの存在はどういうものですか?
ハラミ:本当にもう“ハラミちゃん”の“ちゃん”っていうか(笑)。ハラミちゃんの一部ですね。お客さまのリクエスト即興コーナーでは、「なんでこの曲をリクエストしたの?」と訊くと、結婚式で流した思い出の曲や、初恋のときに聴いていた曲だったりする。それを受け取って即興で返すと、その瞬間にしか生まれない音楽や空気感があって。拍手も私だけにではなく、その方にも送られている。だからライブは決して一方通行じゃなく、みんなで作るものなんです。舞台があってもなくても、ストリートピアノと変わらない、ゼロ距離の感覚があります。
水野:なぜ、お客さんたちをうまく巻き込めるんですか?

ハラミ:YouTubeやSNSで見てくださっている方がいて、自分がピアニストになれているという感覚が強いので、みなさんにすごく興味があるんです。「なんで私と出会ってくれたんだろう」とか、「なんで貴重な土日にわざわざ来てくれるんだろう」とか。だから、どんなひとが来てくれているのか、自然と全員の顔をガン見してしまうし、いろいろ訊いてしまう。みなさんと仲よくなりたい、もっと近づきたいという気持ちが強いですね。
水野:なんでそんなにハッピーな空気で、ずっとステージングできるんですか? 常に明るさというか、陽の雰囲気がある。その場にいるひとを楽しませる、場を包み込むような感じがありますよね。
ハラミ:活動を始めるか迷っていたとき、先ほどお話した現マネージャーさんから、「人生、笑った回数が1回でも多いひとが勝ちだよ」と言われたんです。その言葉が忘れられなくて。ピアノを弾くことは、自分が自然に笑顔になれることでもあるし、ひととコミュニケーションを取るためのツールでもある。自分の内側を表現すること以上に、目の前のひとと一緒に音楽を作ることが喜びだから、自然と明るい空気になるのかもしれません。
水野:これからの目標はありますか?
ハラミ:私の活動の軸は、ピアノを“聴いて”楽しいひとと、“弾いて”楽しいひとをひとりでも多く増やすことなんです。聴くほうは、コンサートやメディアを通して少しずつ叶えられていると思うんですけど、弾くほうの人口も増やしたい。バイエルやチェルニーから始める伝統的な教育も素晴らしいけれど、自分の弾きたい曲で上達できて、もっと気軽にピアノを趣味にできる世界にしたい。だから今は、楽譜が読めなくても弾けるような楽譜の監修などにも取り組んでいます。ピアノを“プレイ”するという意味でも、もっと身近にしていきたいですね。

水野:ハラミちゃんを見て、ピアノを始めようという子がたくさんいると思います。あと、実は僕も、息子のピアノ教室の発表会で連弾をしまして。
ハラミ:え、水野さんと? 親子連弾ですか?
水野:そうです。
ハラミ:えー! 素敵。
水野:Creepy Nutsを。
ハラミ:待って、まさかの。「Bling-Bang-Bang-Born」ですか?
水野:そうです。ただ、ピアノの先生はすごく気を使って、「ブルーバードじゃなくていいの?」って(笑)。
ハラミ:たしかに! 同じアニメソング。
水野:全然うまく弾けていないんだけど。でも、親はそれだけで思い出になるんですよ。ピアノがあってくれてよかったな、と思う機会でした。では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
ハラミ:私自身、ピアニストを目指して一度挫折した経験から、人生に無駄なことはひとつもないと感じています。前にざっくりと計算したのですが、私はピアノの練習に約2万6000時間を費やしたんですね。それが、「あなたはピアニストになれません」のひとことですべて無駄になった気がしました。ピアノの練習時間も、IT企業で過ごした時間も、当時はすべて水の泡になったように思えたんです。でも、何かに熱中した経験は“冷凍保存”されていて、いつか解凍され、花開くタイミングが来る。クリエイターへの道は一本道ではないからこそ、寄り道も無駄ではありません。すべての経験は、いつか必ずつながるよ、と伝えたいです。

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文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
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