伝統の世界は、何を残して何を変えるか、どちらにも正解がある。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは、落語家の桂枝之進さんです。

桂枝之進(かつらえだのしん)
2001年6月20日、兵庫県生まれ。2017年1月、六代文枝一門三代目桂枝三郎に入門。2017年12月、天満天神繁昌亭『枝三郎六百席』にて初舞台。全国の寄席やイベント、メディア等で活動するほか、2020年に落語のミクスチャーを実践するコレクティブチーム「Z落語」を立ち上げた。
「師匠、弟子にしてください」って…

水野:すごく小さい頃から落語に触れられていたそうですね。
枝之進:5歳から落語が大好きでした。近所の文化ホールにたまたま落語会が来て、親に連れられて観に行ったことがきっかけで。もちろん落語という言葉も何も知らない状態だったので、衝撃の光景というか。舞台に知らないおじさんが出てきて、話が始まって、みんながどっかんどっかん笑っている。「何これ!」と。それから、テレビやラジオで落語をやっていると観るようになっていった感じです。
水野:5歳で話の内容は理解できましたか?
枝之進:漢字を飛ばしながら読む本みたいな。なんとなく理解できる、おもしろい。そして、9歳からアマチュアで落語を始めました。すると、家と学校の往復だけだった自分の世界が、少しずつ広がっていって。「親戚の集まりでちょっと落語をやってよ」とか、「素人の落語会やるから出てみない?」とか、声をかけてもらえるようになったんです。「自分は落語をやっていたら、楽しい人生になるかもしれない」と、のめり込んでいきましたね。
水野:ご自身で落語を始めてから、15歳で桂枝三郎師匠に弟子入りをされるまでにはどのようなストーリーが?
枝之進:僕は中学に入ったぐらいから、ずっと不登校で。みんなが週5で学校に行っているなら、自分は週5で落語をしようと思ったんですね。当時、実家が神戸にあったので、神戸のライブハウスのブッキングライブに混ぜてもらったり、全国のゲストハウスのフリースペースに行ったり、年間150ステージぐらい各地をまわって落語をやっていました。
水野:すごい、もうその段階で落語の道のひとじゃないですか。

枝之進:でも、落語の世界はプロとアマチュアがはっきり線引きされていて。3年間の修業をして、弟子入りをして、名前をもらって、初めてプロになる。だから、「自分もいつかは弟子入りしなければならないけれど、どうしようかな」と考えていたら、中3の秋に学校の先生に呼び出されまして。「お前、落語家になるって聞いたけれど、本当か?」と。
水野:進路指導だ。
枝之進:それで、「はい」と答えたら、「それはいいけれど、せめて弟子入り先を決めてきなさい」と言われて。急かされるような形で、桂枝三郎師匠のところへ弟子入りに行こうと。そもそも落語家に弟子入りする方法はシンプルなんです。落語会に行って、師匠を出待ちして、「師匠、弟子にしてください」とお願いして、「ええで」と言われたら入ることができる。
水野:シンプルですが、「ええで」に行くまでが大変なイメージがあります。
枝之進:そうですね。「あかん」って言われても、他の師匠のところには行けない世界なので。その師匠が好きで、その師匠に一生ついていくという姿勢が大事ですから。「あいつに断られて、俺のところに来たなら、あいつのほうが好きちゃうの?」ということになって、筋が通らない。だから、断られたらもうプロの道に行けないということなんですよね。

水野:15歳の少年が目の前に来たとき、桂枝三郎師匠の反応はいかがでしたか?
枝之進:落語会のチケットを買って、「このあとの出待ちで人生が決まる」と、震えながら落語を聞いて。その日の演目はまったく覚えていません(笑)。落語会が終わると、師匠がお見送りをしていて、いろんなお客さんが感想を言って帰っていく。そして、僕はいちばん後ろで待機して。みんなが帰ったところを見計らって、師匠に近づいて。「師匠、このあとお話いいですか?」って…言えなかったんですよ。
水野:(笑)。
枝之進:どうしても言葉が出てこない。そうしたら師匠が、「このあと飯行くか?」と言ってくださって。
水野:優しい。もう気づいていらっしゃったんですかね。
枝之進:「ありがとうございます!お願いします!」とついていく。で、着替えを終えられた師匠と一緒にスペインバルに入っていきまして。師匠は着席するなり、「生ビールひとつ。お前は?」って。僕はメニューのいちばん上に載っているやつを頼もうと、ローストビーフ丼を頼んで。師匠は生ビールを飲んで、僕はローストビーフ丼を食べて。そこで、「師匠、弟子にしてください」って…言えなかった。
水野:まだ言えない!
枝之進:すると師匠が、「お前、弟子入りに来たんやろう。桂枝之進って名前を考えてんねんけど、どうや?」って。僕はもう「ありがとうございます!」と。後々聞いたら、チケットの半券を持って震えている僕を見て、「あいつ、絶対今日弟子入りに来ましたよ」って楽屋で噂になっていたらしく。師匠が助け舟を出してくれたわけです。そして、師匠から財布を渡され、「ここのお会計、払っといて。弟子として最初の仕事や」と言われました。
百遍の稽古より一遍のごまかし

水野:そこから厳しい修業がスタートするわけですが、どんなことを教わりましたか?
枝之進:まずは、環境についていくことに必死でした。落語の世界のルールも、一般的な社会常識も、何も知らないんですよ。楽屋でどこに立ち、座るのか。何を踏んではいけないのか。誰にいつ挨拶するのか。師匠から怒られながら、学んでいく毎日から始まり。少しずつ師匠の着物を畳めるようになり、お茶を出してもいいようになり、自分の落語の稽古をつけてもらえるようになって。数か月おきに解禁されていく感覚でした。
水野:枝之進さんはアマチュアの経験もあったわけですが、プロの世界に入って、何が違いましたか?
枝之進:若手のうちは、落語以外のことが9割を占めるというところ。落語に関しても、「こいつはアマチュアでやってきたからこそ、すぐに調子に乗らないように、プロの落語家としての基礎を叩き直さないといけない」という師匠の意図があったと思います。

水野:なるほど。
枝之進:「これで初舞台や」と言われて、稽古をつけてもらったのは上方落語の「軽業」という演目で。ハメモノといって、話の途中に笛や太鼓などの効果音の演出をたくさん入れるんです。つまり、音に合わせて、自分の振りも覚えないといけない。それがものすごく難しくて。1年間、ひたすらそのネタを稽古しました。今までとはレベルが違いましたし、「えらいところに来てしまった」という感覚がありましたが、一日一日を頑張りましたね。
水野:その稽古の時間は今、振り返ってみていかがですか?
枝之進:年数を重ねると、だんだん要領がよくなって、落語を覚えるペースも早くなっていくから、どんどん新しいネタを増やしていくわけです。一方で、昔の話はやらないと忘れてしまうから、たまに稽古をしてみる。すると、不思議なことに修業中に師匠から聞いて、繰り返し覚えた落語って忘れてないんですよ。自分の頭が覚えてないと思っても、1年ぶりのネタでも口からサラサラ出てくる。死に物狂いで稽古していたから、体が覚えているんでしょうね。
水野:しっかりご自身の基礎として身についているんですね。

枝之進:あと僕、初舞台で絶句したんですよ。稽古中と本番とではまったく感覚が違って。横で効果音が鳴るから、どうしても気になる。それで、いざ本番が始まって、冒頭でハメモノが入って、次に僕が喋らないといけないシーンだったんですけど、セリフがポーンと飛んで。僕が素人の頃、応援してくれていたひとたちもいっぱい来てくれていたのに、僕はスポットライトが当たったまま、頭が真っ白になり固まったんです。
水野:おお、それは怖い。
枝之進:「どうしよう…」と思いましたね。でも、そこで僕はごまかしたんです。「ただいまより開演でございまして」みたいな言葉がとっさに出て。なんとか次のセリフにつないで、舞台から降りました。そのとき、師匠に怒られると思ったのですが、なぜか袖で喜んでいるんですね。で、「すみません、間違えてしまいました」と言ったら、「落語家は、百遍の稽古より一遍のごまかしやで」って、舞台に上がっていって。
水野:すごい…!
枝之進:その言葉は今でも覚えていますね。
挑戦に使う時間は半分

水野:枝之進さんは、落語のイメージにはないような新たな試みもたくさんされていますよね。
枝之進:僕はそもそも古典落語、既存の落語が大好きで落語家になったわけですが、いざ業界内に入ってみて、「まわりに同世代が少ないぞ」と気づいたんですよ。同業者もお客さんも年齢層が高くなっている世界なんです。「じゃあ、僕が死ぬまで落語家をやるとしたら、30年後、50年後、誰と一緒に舞台に上がって、誰が観に来るんだろう」と、シンプルに疑問に思いまして。同世代は今、何をしているのかSNSで調べてみました。
水野:はい、はい。
枝之進:すると、いろんな同世代クリエイターがいました。彼らがSNSで作品を載せて評価されたり、つながったりし始めていた時期だったので、僕もつながるようになって。同じ世代感をもとに落語に向かって、クリエイター仲間やそのまわりのひとが落語を聞いてくれたら、こんないいことはないと思ったんですよね。それで、クリエイターと一緒に何かを作るとか、落語界の表現の裾を突くようなことをやりたいと考えるようになりました。
水野:兄弟子さんやまわりの方から、違和感を抱かれることはありませんでしたか?
枝之進:修業期間が終わった矢先、コロナ禍がやってきたんですよ。いろんなところで落語をするはずが、「自分の将来はどうなるのだろうか。落語界はどうなるのだろうか」と。でも、そう考えていたのは師匠方も同じで。誰も答えを持っていない状態だった。それなら、今の時間を使ってできることをやろうと。当時、5Gの電波が普及し始めた頃だったので、ライブ配信型落語会の実証実験プロジェクトとして、活動をスタートさせました。
まわりのクリエイターに、「協力してくれる方いますか?」とSNSで募ると、すぐにいろんなところから手が上がって、チームが生まれて。分野の違う人間同士が、落語の未来に対して一緒に頭を使って、いろんな角度から意見を出してものづくりをした。その時間にいちばん可能性と未来を感じたんです。もしかしたら、この仕事のやり方は落語の世界には存在しなかったかもしれないなと。そこからどんどん新しいことをやっていこうと。
当然、「まわりから怒られない?」とか「先輩から何も言われない?」とかよく言われるのですが、僕は最近ようやく腹落ちした明確な答えがあって。新しいことをやっていることに対して、賛成否定が起こるわけではない。新しいことをやっている以外の時間の姿勢を、内側の人間も外側の人間も評価しているんじゃないかなと。だから僕、いろんなことに手を出して挑戦していますが、そこに使う自分の時間は半分と決めているんです。

水野:バランスを取られているのですね。
枝之進:はい。残りの半分の時間は、関西の寄席小屋に出たり、師匠方の落語会の前座で使ってもらったり、そのあと飲みに連れて行ってもらって、お話を聞かせてもらったり。いわゆる若手落語家としてやるべきことをきちんとやっていく。そこの正当性を持った上で、新しいプロジェクトをたくさん作っていこうと。ここのバランス感覚が少しでも崩れると、自分のやりたいことができなくなってしまうという気持ちを常に持っていますね。
水野:24歳としての現代感覚も持っていらっしゃることが、とても眩しく見えます。
枝之進:寄席の世界だけにいると、僕という24歳の人間の感覚をどうしても忘れそうになるんです。それこそ修業中はどっぷり落語の世界のなかにいたわけで。だからこそ今は、「遊ぶことも大事だな」と思います。自分がやりたいことをやって、興味があるところに行って遊ぶことはものすごく大事。そこで相手の文化に対する理解やリスペクトを持つことができますからね。
水野:師匠から学ぶ伝統芸能の在り方は、歴史に接続していくことじゃないですか。一方で、そうして歴史に接続したひとが、現在進行形のものにも接続するというのは、すごく意味のあることだなと。
枝之進:伝統の世界は、何を残して何を変えるか、どちらにも正解があるんですよね。芸をそのままの形で残して、次の世代につないでいくことは、太い幹を作る上で必要。一方で、そこに枝葉を作って、その枯れて落ちた枝葉が肥料になって、表現の裾を突くことも必要。その正解はひと言では表せませんし、どの地点から見るかによっても変わってくるので誰にもわかりませんが、そこを模索することが自分のひとつの役割だと感じています。
水野:AIで新作落語を作る試みもされているんですよね。
枝之進:この間は、「AIの師匠に間違えて弟子入りしてしまった」という設定のネタを作りました。僕が「たけのこ」という古典落語のお稽古をAIにしてもらうんですね。隣の屋敷の塀越しに、たけのこが顔を出していて、それを切って食べてやろう、みたいなお話なんですけど。この落語に対して、AIがコンプラ指摘をしてくるわけです。「たけのこを盗るのはコンプライアンス違反です。たけのこを盗らずにたけのこをやってください」と。

水野:メタ視点が入ってくるんですね(笑)。
枝之進:今度は、言われたとおり、たけのこを盗らないたけのこをやる。すると、「おもしろくないです」と指摘される。「だから言ったやん!」みたいな。お遊びではありますが、今後AIがどんどん人知を超えてきたとき、どういう世界線があるのか考えながら、付き合い方を考えていますね。
水野:AIがあまりに合理的に進もうとするところをいじるのが、逆に人間らしくておもしろいですね。
枝之進:落語家は世情の粗で飯を食い、と言いますから。現代の世の中をいじる心を持ちながら、人間らしいお笑いを作っていくことは、自分が新作落語を作る上でも意識していることですね。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
枝之進:最後は「好き」というピュアな気持ちがどれだけ残っているかだと思います。僕も、「修業しんどいな、落語家を辞めたいな」とか、「若いひとが落語を聞いてくれない、どうしよう」とか、いろんなことを考えてきましたが、究極は「好きだからやっている」というところに行き着く。それは何をするにしてもついてまわる問題で。流行りの移り変わりが早い時代だからこそ、自分の「好き」を守ってほしいですね。


Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:Haruka Miyajima
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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