「自分も飽きたくないし、他者も飽きさせたくない」という気持ちで描いています。

杉山日向子(すぎやま ひなこ)
1997年、東京都に生まれる。2022年、東京藝術大学美術学部油画専攻卒業。2020年1月、NHK大河ドラマ『麒麟がくる』メインビジュアルの背景デザインを担当。2021年7月、西武渋谷『鬼頭健吾×薄久保香 推薦作家展』、11月、西武渋谷『SHIBUYA STYLE vol.15』、2022年3月、what cafe『CROSSROADS』、5月、西武渋谷『nine colors XVI』、8月、寺田倉庫『ブルーピリオド展』に参加。独自の視点で描くポートレート作品で注目を集めている。
意外と感情に振り回されていない

水野:杉山さんにはラジオにも出ていただきましたが今回は対談Qでお話を伺えればと思います。改めて、「さよならララ」ジャケットの肖像画を描いていただきありがとうございます。本当に素晴らしいです。
杉山:嬉しいです。私はいつも自画像を描いていますが、吉岡さんの顔が普段描いている私の顔とはまったく違うので、なかなか大変でした。
水野:他者を描くとなると、いつもと何が違いますか?
杉山:責任感ですね。自分を描くなら何でもいいんですけど、誰かを描くとなったら、見た目だけではなくそのひとのすべてを尊重しなければならないので。配置や構図も、普段の私の作品では、自分で動いて撮って、パズルのピースのようにその写真を組み合わせて描くんです。でも今回はおふたりなので、どう組み合わせようか迷いました。おふたりで並んで撮るという提案もありましたが、バラバラで正解だった気がします。

水野:事前に写真を何枚も撮っていただきました。どういう作品にしていくかお話をするなかで、「いきものがかりはわりと品行方正というか、よくもわるくも綺麗にまとまることが多い。今回はそうではなくて、人間としての陰影みたいなものを出せたら嬉しいです」とお伝えしたんですよね。その上で、この表情を選ばれた理由を教えてください。
杉山:まず、いきものがかりさんのライブに行かせていただく前に、写真を撮ったんですよね。その段階では、他にも候補の写真がたくさんあって。吉岡さんのほうは、もう少し表情が硬い感じでした。でも、ライブに行ったあと、写真より少し口元を笑わせたんですよ。
水野:なるほど。
杉山:私は音楽にそこまで詳しいわけではないですし、ライブもあまり行ったことがないのですが、いきものがかりさんのライブですごくパワーをもらったんです。長く活動を続けられているおふたりの重みを感じて。でも一方で、おふたりともレジェンドなのに常に腰が低い。自分はアングラで生きている人間なので、いきものがかりさんは天界人だと思っていましたが、ライブを見て、アーティストとしてどこか繋がっているのかもしれないと思えました。それが嬉しかったですし、その感覚を得た上で選んだ表情ですね。

水野:この肖像画には、いきものがかりとしての自分たちと、素の自分たちが持っているものも混ぜ合って表れている気がします。たとえば、僕の横顔のちょっとした暗さ。いきものがかりとしての僕だけじゃない僕を知っているひとから、「すごい作品が来たね」という感想をいただいたりもして。
杉山:水野さんはライブより前に、ラジオでお会いしていたのも大きいかもしれません。わりと素を出してくださっていたじゃないですか。吉岡さんについては、水野さんが「明るさの中に繊細さや影のような部分も感じる」とおっしゃっていて。その言葉に対して、「わかる」と思ったんですよね。吉岡さんとお話できたのは短い時間でしたが、わかる気がしました。そういう素に近い面と、ライブを観た上で「見せたい」と感じた表情を描きました。

水野:一方で、先ほど「自分を描くなら何でもいい」とおっしゃっていたように、ご自身を対象物にするときには、軽やかというか。自分という存在に対して誰しもが持っているエゴみたいなもの、健全なナルシズムみたいなものがどこか抜けていますよね。じゃないと、あんなに自分を描けない。何度も自分を描けるってすごいなと思います。
杉山:それはよく言われますね。東京藝術大学って、各地から美術一筋で生きてきたようなひとたちが集まっていて、みんな個性も強くて、おかしくて、自分は常識人でまともだと思っていました。でも、「ずっと自分の顔を描くのもおかしいよ」と。自分ではいまだにそのおかしさが何なのかわからないんですけどね。

水野:生きていると、感情が揺れ動くようないろんな出来事がありますよね。そういうものは、自分を描いているときに影響してくるものでしょうか。
杉山:作家活動を始めた頃は、人間関係で悩んでいたこともあって、「絶対に負けらんねえ」という闘志や怒りが原動力だと思っていました。でも、案外平坦で、人間関係が穏やかになっても制作は変わらなかったんです。だから、実は感情とは別のベクトルというか。みんな感情や思いを持って描くことが多いけど、私がずっと顔を描き続けているのも、意外と感情に振り回されていないからなのかもしれません。
水野:何を考えて描いていますか?
杉山:絵は自己満足で終わってしまったらダメだと思っていて。「自分も飽きたくないし、他者も飽きさせたくない」という気持ちで描いています。最初の構図を決めるときも、写真を撮っているときも、がっかりさせたくない思いが強いんですよね。絵を通じて自分を見つめるというより、シンプルにカッコいいものを作りたいです。
水野:“ひとに見せる”という意識が強いのですね。
杉山:はい。そこに責任を感じます。かっこよくしたいので、自画像を描くときは絶対に笑っている写真とかを選ばないです。
水野:杉山さんにとっての“カッコいい”とは何ですか?
杉山:“最先端”かな。何に対する最先端かわからないけれど、その感覚を、制作を通して常にアップデートしていきたいと思っています。
3~4年ぶりに新しい風が吹き始めた

水野:自分という同じ素材をモチーフに、どうやって構図を決めていくのですか?
杉山:モノボケみたいに、ひとつテーマを決めるんです。たとえば、ヘッドドレスとか、レザーの手袋とか、ライダースとか、眼帯とか。それを使ってキャンバスでボケていく感覚ですね。だから、“スベりたくない”という気持ちが強いんですよね。大学時代、自然のなかで育った子たちは、海や植物をよく描いていました。一方で、自分は東京生まれ東京育ちだったので、こういう形になったのかもしれません。
水野:ご自身というより、絵そのものに対する承認欲求のほうが強い気がしますね。
杉山:たしかにそうですね。でも、絵のなかにいるのは自分なので複雑です(笑)。いろんなカッコいいひとがいるなかで、自分ができることは視覚的なものだったから、そこを見てほしいのかな。果たしてそれが絵であるのか、いまだにわかりません。ただ、今ある手段はそれしかないから、やっぱり絵を見せたいのだと思います。
水野:同じ視覚的なものというと、写真や映像になってもおかしくありません。でも、ご自身の手を動かして作っていく“絵”という方法が今はフィットしているんですね。
杉山:今、新しい100号サイズの絵を描いているんですけど、新しい風が吹き始めている気がして。すると、「やっぱり私は絵で大丈夫なのかも」という気持ちにもなってきました。

水野:新しい風が吹き始めたのは、どういった変化によるものですか?
杉山:今まで私の絵って、基本的にその画面のなかに同じ大きさの自分しかいなかったんです。でも、今描いている絵には、小さい私と大きい私がいたり、別のものが入ってきたり。それによってだいぶ変わってきていますね。私は作家活動を始めてまだ数年なのですが、3~4年ぶりに新しい風が吹き始めた感覚なんです。でも、水野さんの歌はすべて曲調が違いますよね。どうやってその違いを出しているのですか?
水野:その“数年ごとに変わる”というのは、どこか同じだと思いますね。僕は4~5年に1度、軸が変わるような感覚があります。たとえば、自分が親になるとか、そういう人生的な変化が意外と大きくて。20代の頃は、結婚もしていなかったので、曲のなかで生死に対する考えを入れるとき、「自分が死んだらそれで終わり」という感覚でした。それが、子どもが生まれたことで、自分が死んだあとのことも想像するようになるんです。
杉山:なるほど。
水野:よく考えたら、自分の祖父母のことをいまだに思うわけですから。誰かが死んだあとも、そのひとを思って生きるひとがいる。すると、生死に対しての考えも幅が広くなって、歌のテーマが変わっていきますよね。そういう変化が数年ごとにあります。あと、作ること自体にも飽きるから、やっぱりどこかで変わっていく。

杉山:わかります、飽きちゃいますよね。でも、常に更新され続けているのがすごいです。ライブに行かせていただいたとき、もともとよく聞くようなファンではなかったはずの私でさえ、いきものがかりさんの曲をすべて口ずさめるので怖くて(笑)。普通のひとじゃ無理。私がずっと自分の顔を描き続けているのもおかしいかもしれませんが、水野さんはそれ以上におかしいなと思いました。
水野:すごく光栄です(笑)。杉山さんは、「これで描けた」という瞬間はありますか? 終わりを決める瞬間というか。いつまでも描き続けられそうな気もしますが。
杉山:抽象画なら、終わりがないので、自分が満足するまで描けると思います。でも私の場合、具体的な絵なので、もう描くものが決まっているじゃないですか。だからこそ、飽きたり、「失敗した」と感じたりしてしまったら終わりなんですよね。ただ、最近は失敗が成功のもとになっている気がして。「前にこうやって失敗したから、これはやめよう」という消去法というか。そうやって今、制作を続けている感覚です。
水野:失敗のパターンを知っているから、逃げることもできるんですね。おもしろいな。
杉山:絵を描いている方のなかには、スピリチュアルな方や、わりと重いテーマでやっている方も多いのですが、自分は比較的、単純だなと思いますね。
逆に“普通に描いてみよう”と

水野:なぜ、ある種の軽さを持てるのですか?
杉山:私は1997年生まれなのですが、子どもの頃はスマホやSNSがなく、高校1~2年の頃に普及し始めたんですね。一方、今の子たちはSNS世代で、すごくルッキズムなどに侵されている。自分はそのどちらの感覚も持ち合わせていることがキーポイントになっている気がして。だから、絵で重くテーマを考えても通用しないと思っていて、「こういう選択肢もあるよね」という気持ちで描いています。眉毛がなかったり、見た目は尖っているかもしれないけれど、「自分に似合っていて好きだから、まあ、これでもいいじゃない」という軽いテイストです。
水野:“自分がどれだけ他と違うか”ということを、演出するひとたちも多いじゃないですか。でも、杉山さんの場合は、「私に似合っていて好きなのはこれだから、選んでいます」という姿勢が、力みなく出ている。それがいちばんカッコいいと思いますね。“頑張って尖る”というのとは、違う気がしていて。
杉山:私は講師もやっているのですが、藝大の油絵科は倍率が高くて、何浪しても入るのが難しいくらいなんです。すると、夏期講習などで、現役で入れず1浪してちょっとグレている男の子が、タバコを吸っている自分を描いたりしがちで。頑張って尖っているつもりでも、みんな結局、やることが同じになってくるんですよね。

水野:僕が20~21歳ぐらいのとき、地元のライブハウスでは、自分がどれだけ個性的かを表現するバンドばかりだったんです。でも、「俺は個性あるぜ」と言っているひとがたくさんいるから、個性を強調するその行為そのものが、ありきたりになってしまって。だから逆に、「自分たちは普通の学生です。みんなが聴いているJ-POP大好きです」という感じで出ていこうと。そのほうが目立てるし、何周もして、そっちのほうが逆に尖っているはずだと考えていましたね。
杉山:私は2浪しているのですが、現役のときも1浪したときも、2次試験の油絵で落ちて。どうすれば通過できるのか、ものすごく考えたんですよ。藝大の油絵科は、1000人いるうち50人くらいしか受かりません。だから、みんな奇をてらったことをやろうとする。絵のスタイルごとに、いろんな山がある。そのそれぞれの山の頂点にいる飛び抜けた50人だけが受かるような感じなんです。だから、私は逆に“普通に描いてみよう”と思いました。
水野:へえ! 結果、そのほうが評価されたのですか?

杉山:そうなんですよ。私が受かった年の2次試験では、真ん中に大きなオレンジ色のテントがあって、女性のモデルさんがテントの入り口、真ん中、奥でそれぞれ15分ずつポーズを取るというルーティンをしていて。それをモチーフに描くという課題でした。そこで私は、“普通にその色で描く”ということをやってみました。自分の視点はもちろん入れますが、構図とシンプルさを大事に。奇をてらっても、大体みんな同じことを考えるから。
水野:“奇をてらう”というパターンがもう出来上がっているんですね。
杉山:はい。だから、逆にオレンジ色のテントをそのまま描きましたね。ただ、「ダサくなるから、絶対にここにひとを入れたくない」と思ったんです。とはいえ、女性のモデルさんの存在は表さないといけない。それで、床を見てみたら立ち位置を示すT字のバミリが貼ってあったので、それを描くことで“ひとがいること”を表現しました。そのほうがテントのおもしろさが際立つし、オシャレだったんですよね。
水野:それはすごいですね。もう“普通”ではない。
杉山:でも、入学したとき、合格したひとたち全員の絵をモニターに流すんですけど、そのテントを普通に描いたのは自分だけでした。教授にも、「君のテントの色が、いちばんあのテントの素材に似ていたよ」と評価されて。藝大の受験は、そういう戦いでしたね。2浪したことで経験値はかなり積んだと思います。
水野:その過程を聞くだけで相当おもしろいです。
杉山:とはいえ、私は大学に入ることがゴールになってしまって。入ってから好きな絵が描けるとなっても、「どうすればいいんだろう」と、また悩みましたね。
水野:それで自画像にたどり着いたのですね。

杉山:最初はルッキズムだとか、そういうきっかけではなかったんですけどね。大学2~3年生の頃、モデルさんを探して描いても、ものを描いても、しっくりこなくて。そこで、「もう自分をモデルにすればいいんじゃない?」と思ったんです。自分だから、いちばん融通が利くし、常にここにいる、というところが入り口でした。
水野:普通を貫いて、いちばん素直に進んだら、それが個性になる。おもしろいです。実は、最初にラジオでお会いする前、「なかなか通じ合えないのではないか」と僕も思っていたんですよ。
杉山:ええ、そうなんですか。
水野:正直、ビビっていました。ラジオの前に作品を拝見して、「きっとまったく違うジャンルのひとだ。うまく話を聞けるだろうか…」と思って。でも、お話を伺うとおもしろくて。おそらく“普通”に対する気持ちなど、お互いに通じるものがあったから、違う方向から進んでも、どこか繋がっているような感覚があるのかもしれません。
杉山:たしかに、私もそうですね。嬉しいです。


杉山日向子個展「風兆」
日時:9月5日(土)~9月27日(日)
会場:Goyo GalleryⅡ https://goyogallery.jp
文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:谷本将典
ヘアメイク:内藤歩
撮影場所:Tiki's Tokyo
監修:HIROBA
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