「大島さんの作品だとは思わなかった」と言われたら、してやったり。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週金曜日夜24時30分から放送。
イチ映画ファンとしてのジレンマ
水野:今回のゲストはアートディレクターの大島依提亜さんです。約4年前にHIROBAで本とCDが一緒になった『OTOGIBANASHI』という作品を出したのですが、こちらの装丁を大島さんにお願いしまして。でも、当時はコロナ禍だったので一度もお会いすることができず。今日やっと念願がかなって嬉しいです。作品を持っている方はぜひ、改めてお手に取ってデザインを確かめていただければと思います。

大島 依提亜(おおしま いであ)
1968年栃木県生まれ。東京造形大学デザイン学科卒業。映画、展覧会のグラフィックを中心に、ファッションカタログ、ブックデザインなどを手がける。国内外の名だたる作品のポスターやパンフレットを担当する。主な仕事は、『パターソン』、『万引き家族』、『ミッドサマー』、『カモン カモン』、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』、『ボーはおそれている』など。
大島:映画のパンフレットなどはわりと趣向を凝らすのですが、本はいろんな制限があるので普段はそこまでできないんですよ。だけど『OTOGIBANASHI』ではだいぶ自由にやらせていただいて。個人的にもエポックなお仕事でしたので、非常に感謝しています。


水野:大島さんは、映画のポスターやパンフレットなどのグラフィックを中心にお仕事をされていますが、もともとこういう世界に入ったきっかけというと?
大島:まず“クリエイター”という言葉が自分に当てはまるか、常に疑問視していて。そこもお話していくなかで解析できたらなと思います。きっかけは一応、映画制作のほうを目指していたのですが、途中で自分の力量を鑑みて断念し。美大がデザイン学科だったので、そのまま流れ流れて、いつのまにかデザイナーになっていました。
水野:デザインのなかでも、映画というものにピンポイントでフィットしていったのはなぜですか?
大島:もともと幼少期から映画を観るのが好きだったのですが、高校の頃、いわゆるインディペンデント映画に触れて、ガツンとやられまして。ジム・ジャームッシュとか、ジャン=リュック・ゴダールとか。大作は雲の上の存在だったけれど、少人数編成で撮っている環境を発見して、「こういう映画の在り方もあるんだ」と。それで、「もしかしたら自分でも映画というものに関われるかもしれない」と考えるようになっていったんですよね。
水野:映画のポスターを作られるときには、どういうところからデザインに入っていくのですか?
大島:イチ映画ファンとしての自分が邪魔をすることが往々にありますね。もちろんデザイナーとして、デザインの美意識はあります。だけど、映画ファンの自分としては、情報を見たい。ポスターに対して、「別にカッコいいデザインは要らないので、映画の情報を教えてください」という気持ちもある。そこがジレンマで。
水野:なるほど。

大島:映画が好きというのは、ノイズになるときもあり、一方でメリットだとも思っています。だから自分のなかで、折り合いをつけながら進めていくという感じですね。
水野:たしかに、ポスターとは純粋な芸術物とは言い切れないというか、背負わされているものがいろいろありますよね。伝えなければいけない情報だったり、PRとしての引きだったり。
大島:冒頭で言った、「俺はクリエイターかな?」というのもそこに関係していて。自分がやっている領域のデザインは、クリエイティブとはまた違う気がしています。
水野:大島さんの他のインタビューを拝読したとき、「翻訳」や「編集」という言葉を目にしました。たとえば、外国作品を手がけられるときには、「日本人に伝えるためにはここをフォーカスするべきだ」というふうに考えていくということですね。
大島:そうです。アメリカだと誰にとっても常識的なことでも、日本ではあまり馴染みのないことというのはあって。そうすると、フォーカスするところが別になる。だから海外のポスターを、日本用にまさしく「翻訳」をする必要性がある場合があるんですね。そのときは変えますし。逆に世界的に流布されているようなイメージだったら、そのまま使います。
水野:そのまま使うことに葛藤はありませんか? 自我を出したくなったり。
大島:自我もあるにはあって、しれっと向こうの書体を変えたりはします。だけど、海外のポスターってカッコいいものは本当にカッコいいんですよ。すると、内なるイチ映画ファンの自分が出てきて、「このまま出すべきだな」と思う。プライオリティとしては、映画自体を純粋に伝えたい気持ちがいちばんですから。そのための選択肢はいろいろあっていいんじゃないかなと。
“嫌い”と対峙したら、好きになる可能性はある

水野:「みんながわかりやすいように」という部分と個性とのバランスはどのように取られています?
大島:少し話が逸れますが、「宣伝など何も考えずに作ってください」と言われて作ったら、映画のポスターっぽくならないわけですよ。音楽もそうだと思うんですけど、ある種のセオリーというか、型がある。その型に則った形で作ると、街に掲載されていたとき、「あ、映画のポスターだ」ってすぐにわかる。だから意外と“見たことある感じ”って悪いことばかりではなくて。そこの安心感は担保されるべきかなと。
水野:ただ、同じ型をみんなが踏襲しているのに、個性が出るというのも不思議です。きっと、ファンの方からご自身の作品が、「これって大島依提亜っぽいよね」とか言われる瞬間ってあるじゃないですか。
大島:本来なら映画の宣伝がいちばん重要で、意匠性みたいなものは二の次。匿名性が必要なんですよ。同じデザイナーが作ったとは思えないぐらい、作品ごとに別のものを作るべき。それで一生懸命やってはいるんですけど、「これは僕だとわからないだろう」と自分では思っていても、「なんか大島さんっぽいよね」と言われたりして。うわ、バレているって。自分でもどこでバレるのかまったくわかりません。
水野:ご自身の手がけた作品に対して、どんなことを言われるのがいちばん嬉しいですか?
大島:それこそ、「大島さんの作品だとは思わなかった」と言われたら、してやったりですよね(笑)。
水野:匿名性は難しいですよね。僕も歌が歌として聴かれる状態がいちばんいいと思っていて。タレント性が魅力になっているアーティストの方もいらっしゃるじゃないですか。本人の生き様も含めて消費されていくパターン。それはそれでいいと思うのですが、僕は自分が書いたという文脈がなくても、聴かれるものであってほしい。
大島:すごくわかります。

水野:映画ポスターという、宣伝に関わっている作品を作られるとき、どうしても他者の視点を考えなければいけませんよね。大島さんはどれぐらいみなさんの意見を入れていますか?
大島:ものすごく意見を聞きます。じゃないと仕事として成り立たないから。「ここはどうしても譲れない」という部分は相談の上で。たまに険悪になることもあるけれど(笑)。時には嫌いなものに向き合わなきゃいけないこともある。そのときどう振る舞うかということも重要な気はするな。
水野:ご自身の感覚とは合わないものとは、どのように向き合っていきますか?
大島:少し話が飛んでしまうのですが、僕はパクチーが食べられなかったんですよ。でも、タイに旅行したとき、いろんな料理にちょこちょこ含まれていて。「おいしい」というスイッチがどこかで入りまして、帰国してからはもう大好きになっていました。
水野:ええー!
大島:しっかり“嫌い”と対峙したら、好きになる可能性はある。映画でも一見、「このテーマは好きじゃないな」と思っても、観てみたらおもしろいことがあります。だから、そういう可能性を信じる。あとは、「どうしても好きではない」というときが問題ですよね。少し自分の“好き”に寄せるのか。あまり腐らずに向き合うことが重要な気がします。
水野:ひとってすぐ逃げてしまいがちですもんね。
大島:僕もすぐ逃げますよ(笑)。嫌いなものを避けるのも重要で。逃げるのもひとつの行動じゃないですか。逃げた先の自分の在り方をしっかり考えれば、逃げる勇気も必要だなと思います。
“お買いもの上手が気持ちいい

水野:実は今日、 これまで手がけられた作品をたくさん持ってきてくださって。まず目の前に、「これは何ですか?」と言ってしまいたくなるようなビニール袋が。
大島:しかも、表には映画のタイトルも書いてないですもんね。裏に書いてあります。
水野:『ロングレッグス』
大島:はい、その映画パンフレットですね。劇中には、ロングレッグスという殺人犯がいて。そのひとから捜査官が手紙をもらうんです。それが証拠品としてあったらおもしろいかなと、ジップ袋に入れました。あたかもロングレッグスの生の手紙に触れるかのような体験ができればいいなと思ったんです。
水野:こういうアイデアはどのように導き出されていくのでしょうか。
大島:映画にはプロップデザインというものがあって、いろんな美術が描かれているんですけど、そこにヒントがたくさん紛れています。「あ、これはネタに使えるぞ」と発見するケースが多いですね。
水野:急に現実的な話になりますが、ネタにしたくてもその素材が使えない場合もありますよね。
大島:もちろん。そこはもう交渉です。最初はもっと盛った形のものを提案して、「いや、大島さんそれは無理ですよ」と言われ、少しずつ調整していく。
水野:デザインをされるときには、そういう事務的なこと、「素材としてどう使えるか」みたいなことも考えるんですね。

大島:ジップ袋にしても、まず自分でネット検索して調べるわけです。すると150枚入り600円とかで、「お、これはいけるぞ」と。あと『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のパンフレットは、劇中で石ころに目玉のシールがついていて。それも使いたくて調べたら「1個あたりすごく安い!」と。
水野:逆に、「予算いくらでもかけていいよ」とか、「素材は何でも使っていいよ」とか、言われたら困ります?
大島:困ってしまいますね。お買いもの上手が気持ちいいところもあるので。たとえば『ロングレッグス』のパンフレットもテキストの部分は1色刷りなんですよ。読めれば別にカラーの必要はないので。コストを下げる工夫をいろいろします。
水野:先ほどディレクターが、「私は『aftersun/アフターサン』のパンフレットを持っています」って。こちらは写真がばらばらと織り込まれていますね。
大島:この映画は、設定が90年代で。父親と娘が避暑地でひと夏の旅行をするんですね。それをビデオカメラで撮っているんですけど、いろんな見せ方をするわけです。鏡に映っていたり、ポラロイド写真があったり。だからパンフレットでも、新しい見せ方をしながらもノスタルジックにしたいなと。よく見ると、紙の質感もザラザラだったり、ツルツルだったり。
水野:そうしてデザインに入っていかれる文脈が、もはや映画の解釈のひとつですね。
大島:ポスターとはまた違って、パンフレットに関しては、僕の解釈がすごく入りますね。ポスターはひらかれたものなので、いろんなひとの意見を聞きつつ、お客さんに届くようにする。一方でパンフレットは、「この映画に対して僕が思ったこと」とか、「ここがおもしろかった」とかを伝える意外と内省的な面があります。

水野:素人としてはどちらも同じ“デザイン”という枠組みで考えてしまうけれど、ポスターとパンフレットはまったく違うものなんですね。今お話いただいて気づきました。
大島:そうですね。たとえば、ロバート・ゼメキスの『HERE 時を越えて』は非常に変わった映画で。ある部屋をカメラでずっと定点観測している長編なんですね。といっても、ロバート・ゼメキスなので手練手管でいろんな見せ方をする。だから、パンフレット自体もミニマルに、同じ部屋を映している写真が片側にあるという形にしました。派手に凝ったことをしたいわけではなく、映画によってフォーマットを変えていくという感じです。
水野:パンフレットの解説をしていただきながら、映画のお話になると大島さんの目が輝くのがわかります。大変さがあるのは大前提で、ひとつひとつの作品に対して楽しさや充実感をもって取り組まれているんですね。
大島:だって、映画って飽きないでしょう。「こんなの観たことなかった」という新しい作品に出会えることも非常に多いですし。自分が関わっていない作品を観たときに、「うわ、やられた。おもしろい。自分だったらどうするかな?」と考えるのも好きだったりします。
水野:ご自身にとっての理想像はありますか?
大島:やはりあまり自分を出すタイプではなく。どう在るべきというより、とにかくその世界に飛び込んでいって、作品を目の当たりにして、「どうしよう」みたいな感じが楽しいわけですよ。非常に飽き性な部分もあるので、同じことを繰り返さなくて済むというところも魅力なんですよね。
水野:毎回、仕事のやり方が違うのはある意味、作品に対していちばん誠実な気がします。
大島:まさしく最近、「誠実がいちばん重要だよな」と考えています。声の大きいものに発言権があったり、世の中を動かしたり、そういうことを憂うときもあるんですけど。それでも、個人の振る舞いとして、地道に誠実に行動することが大事だなと。仕事でもそうしてきたつもりですけど、それがことさらに重要な世の中だなと思いますね。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
大島:やはり「誠実にあれ」じゃないですか。
水野:実践しようとすると非常に難しい。
大島:「熱意」とかもあるけれど。自分だけが熱意をもってがむしゃらに働くことで、他者を巻き込んで、他者に負荷がかかることもありますよね。そういう意味では、「情熱的に」「エモーショナルに」とは言い難い。では何が残るかというと、あらゆる部分に「誠実」が必要なんじゃないかなと思っていますね。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:枝村香織
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
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