「なんだろう?」って思う瞬間が散りばめられている絵本を描きたい。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:絵を描くこと、お話を書くことに興味を持ったきっかけというと?

阿部 結(あべゆい)
1986年、宮城県気仙沼市生まれ。東京都在住。美術教師であった画家の父の影響で、幼少の頃から絵に親しんで育つ。パレットクラブスクール、あとさき塾でイラストレーションと絵本制作を学ぶ。書籍装画や演劇の宣伝美術などを数多く手掛ける。イラストレーションの仕事に、『世界不思議地図 THE WONDER MAPS』、『サラリーマンのごちそう帖』、絵本の作品に『あいたいな』などがある。
家族に「すごい」と言われたい

阿部:明確に覚えているわけではないのですが、父が中学で美術の教師をしていて、家にアトリエがあり、よく絵を描いていたんです。だから、幼い頃から自然といろんな画材に親しんできたことが影響している気がします。私は三姉妹で、よくみんなで父に絵を見せては、「誰がいちばんうまい?」と訊いたりもしていました。そのとき父は、「みんなうまいよ」と言ってくれるのですが、内心は「私がいちばんうまい」と思っていましたね。
水野:当時から、絵を描くことがいつか仕事になるイメージは湧いていたのでしょうか。
阿部:まったく。ずっと「明日、生きていけるか」みたいな不安定な状態で。最近になってようやく地に足をつけてやっていけている感覚があります。
水野:思春期、「何者かになりたい」みたいな気持ちはありました?
阿部:承認欲求はあったように思います。絵を描いて、褒められることで、何か自分のなかに満たされた部分があって。その蓄積によって、絵を続けてきたのかもしれません。
水野:ご自身が、絵を描くこと自体に救われるタイプですか?

阿部:高校生くらいのときは、描くことで救われていたところもあると思いますが、それ以降はどうでしょう…。1冊の本、という形を通して、自分のモヤモヤが表現されたときに救われたような気持ちになることはありますね。
水野:お話を書く、ということはいつ頃から始められたのですか?
阿部:今日、持ってきたんですけど、小さい頃から書いていました。でも、保育園で書いたものと、絵本作家として今作っているもの、内容があまり変わらないんですよね。たとえば、3歳のときに書いた『りすとうさぎのダンス』という絵本。これって『なみのいちにち』とほぼ同じなんです。“みんなで楽しくやって、バイバイ”みたいな。だから、「自分って小さい頃から変わらないんだな」と思ったりもします。
水野:どういう気持ちでお話を作っていたのでしょうか。
阿部:いろんな絵本を読んでもらって、「自分もこういうものが作りたい」とか、「自分の想像する世界を表現したい」とか、思ったのかもしれません。小学生になって、パソコンをもらったんですよね。文字だけが打てるような古くて安いタイプの。それでどんどん物語を作っていくようになりました。今、振り返ると、自分はこの世の中を、物語を通して理解していくタイプの人間だったのだろうなと感じます。

水野:その物語は、実体験がもとになっているのか、あるいはおとぎ話のようなものなのか、どちらが多かったですか?
阿部:想像もありますが、たとえば、“自分が経験したことだけれど、事実として受け入れるのは少ししんどい”みたいな出来事を、物語にして消化するところがあったような気がしますね。
水野:実は対談が始まる前、阿部さんが僕のよく話している原体験に触れてくださったんです。2歳のとき、隔離が必要な病気で入院して。動けない状態で、病室のドアの窓越しに両親が離れていくのを、泣きながら見ていた。幼い子どもにとって、親から離れるのはかなり衝撃じゃないですか。その体験が、「自分は愛されないかもしれない」という不安として残っていて。いきものがかりでの「万人受けしたい」とか「誰からも愛されたい」という感覚にも繋がっている気がするんです。この話に、どんなシンパシーを感じていただけたのでしょうか。
阿部:私も三姉妹で、両親が教師で忙しく、自分が満足するくらい一緒に時間を過ごせなかった記憶があって。「自分を見てほしい」「愛されたい」という気持ちがとても強かったんです。それをずっと引きずっていて。だからこそ、そういう気持ちを自分でなんとかするために家族の物語を書き続けているのだと思います。いつかは家族以外の物語も書けたらと思いつつ、どこかで家族に「すごい」と言われたい気持ちがあります。
水野:とくにどんな言葉が阿部さんにとっての原動力になっていきますか?
阿部:高校生の頃、反抗期で母との関係がとても悪くて。そのとき母に、「私だってあなたのことを誇りに思いたいのに」と言われて、すごく悲しかったんですよ。でも今は絵本を作るようになって、母も誇りに思って応援してくれている。それがひとつの満たされるポイントになっています。父も絵描きで、「難しいから同じ道には進むな」と言いながらも応援してくれていて、「続けていれば見てくれるひとは必ずいる」と励ましの言葉をくれるのも嬉しいです。あと、編集者さんに最初に作品を見せて、「いい」と言ってもらえることは大きいですね。
絵とテキストがそれぞれ旋律を奏でる

水野:読者の方からの感想はどのように受け取りますか?
阿部:「こんなところにまで届いているのか」と思うと、すごく嬉しい反面、実感が追いついていませんね。ただ、作った絵本は絶版にならないでほしい。ずっと読み継がれていったらいいなと思います。
水野:読み手の存在はどれくらい意識されていますか?
阿部:絵本は子どもたちが楽しめるものを作りたいので、理解しやすさや楽しさは意識しています。ただ、それ以外は特定の誰かを想定しているわけではなくて。自分が生きていくためのものという感覚が強いんです。「これを作ったからここの傷が治った」とか、「明日を生きる力になった」とか。そう話すと、ネガティブな感情から作っているようには見えないと言われるんですが、自分ではずっとそういう作り方をしていると思っています。
水野:言葉を選んでいくときは、どんなことを考えながら書かれていくんですか?

阿部:子どもたちが理解できることは前提にしつつ、それだけではつまらないとも思っていて。あえてわからなさそうな言葉を入れることもあります。絵本を通して新しい知識に出会えることもあるから。たとえば、『おじいちゃんのくしゃみ』では、おじいちゃんがくしゃみで絵を吹き飛ばしてしまって、女の子が、「私の芸術作品が台無しじゃない」と言うんです。「芸術作品」ってなかなかお子さんに親しみのない言葉ですよね。
水野:はい、はい。
阿部:編集者さんにも、「ここは変えたほうがいいんじゃない?」と提案されました。でも、この女の子は「芸術作品」という言葉を使える経験値を持った子だから。「このままにしたいです」と言ったんです。さらっと読める絵本がいいものだとは思いません。絵でもテキストでも、どこか心に引っかかる部分があるものに惹かれます。「なんだろう?」って思う瞬間が散りばめられている絵本を描きたいですね。
水野:作品にご自身の個性が出ていく感覚はありますか?
阿部:家族に執着しているので、それが“自分らしさ”にもなっている気はします。あと、テキストでいうと、リズム感かな。自分のなかで気持ちいいリズム感があるんですよね。口に出して読んで気持ちいいリズム感。とくに小さい子だと、おそらく読んでくれるひとがいるから。聞いている子どもも、読むひとも、気持ちいいリズム感がある文章にしたいなと思っています。
水野:絵本には、絵が醸し出している空気や世界がありますよね。そこからはどのように言葉を編み出しているのでしょうか。
阿部:絵も言葉だと思っていて。絵本では絵に描いたことをテキストで書かないこともあります。イメージとしては、ピアノの右手と左手のように、絵とテキストがそれぞれ旋律を奏でる感覚です。ただ、音に関しては言葉で補うこともあって。『コット、はじめてのドライブ』では、雨の激しさを伝えたくて「ジャージャー」という言葉を入れました。音は絵だけでは伝わりにくいので、テキストによって表現が立体的になると感じています。
品行方正ではないひとを描く

水野:今回、たくさんの絵本を持ってきてくださいましたが、とくに影響を受けた作品というと?
阿部:小さい頃、ジャネット&アラン・アルバーグ作の『ゆかいな ゆうびんやさん』というシリーズが大好きでした。『100万回生きたねこ』を描かれた佐野洋子が訳されています。この絵本は、なかに封筒のページがあって、そこに一枚ずつお手紙が入っているんです。そのなかのお手紙を見るのが楽しくて。
水野:好きな作風などはありますか?
阿部:絵本作家を目指し始めた頃は、モーリス・センダックの創作論や絵本に影響を受けて作っていました。日本だと『かいじゅうたちのいるところ』という絵本がいちばん有名だと思います。あと、ジョン・バーニンガムも。好きな作家はたくさんいますが、最初はとくにそのふたりの絵本を研究していましたね。
水野:どんなところに惹かれたんですか?

阿部:優しくないんですよ。「楽しいからちょっとこっちに来て!」って、読者を引っ張って、連れまわして、「さようなら!」って放り出す。そういう読書体験が楽しかったんです。とくにセンダックはそうです。バーニンガムも、優しさがありながらもシニカルで、そこがおもしろくて好きでした。物語のなかに、人間らしい部分を感じたのかもしれません。そのひとの欠点だったり、「このひと、こういうところがあるよな」みたいなところ。
水野:それがご自身の表現ではどのように出ていますか?
阿部:できるだけ品行方正ではないひと、癖のあるひと、“そのひとらしさ”をまとった人物を描くようには心がけていますね。
水野:はみ出すものに惹かれるのはなぜでしょう。
阿部:多分、私自身がものすごくはみ出してきたから。でも、絵本作家って品行方正なイメージがないですか?
水野:たしかに。絵本が道徳として読まれてしまう可能性も高いですし。ただ、長く読まれている絵本で、品行方正なものは少ない気もして。乱暴な言い方をすると、ちょっと悪い子が出てくるじゃないですか。でも、その悪い子こそ人間らしかったりする。そして、悪い子が悪いまま終わるわけではない。悲しい出来事が悲しいまま終わるわけではない。そこは阿部さんの作品にも繋がっているように思います。
阿部:ありがとうございます。『泥棒ジャンボリ』のなかでも、町長がみんなに“お手紙禁止令”のようなものを出すのですが、町長だけを悪者にしたくなくて。町長には、手紙が欲しいという欲求があって。ジャンボリもそういう気持ちに接続したいところがあって。ひとつの食い違いで意見が割れるけれど、結局は表裏一体ではないかと。それは今生きているこの社会でも一緒じゃないですか。そういうところもこの絵本で描けたと思います。
水野:これからどんな作品を描いていきたいですか?

阿部:サイレントブックという、テキストがない絵だけで語る絵本には、いつか挑戦してみたいです。
水野:死ぬまで描くというイメージはありますか?
阿部:ないです。
水野:どこかで区切りをつけます?
阿部:「本当に絵本を描くことが好きか?」と訊かれたら、わからないんですよね。ずっと承認欲求があってやっているので。どこかでそれが満たされたら、作りたい衝動はどうなるのか。水野さんはいかがですか?
水野:僕も30代半ばで、「本当に音楽を作ることが好きかわからない」というタイミングが来ました。そのときに一度、休んだのですが、そうしたら気持ちが落ちてしまったんですね。
阿部:おお。
水野:どうやら自分は、曲を書くという作業によって自分の気持ちをまとめていたみたいなんです。混濁したよくわからないものを、一筋のメロディーにまとめあげることで、自分を保っていたのだと気づきました。だから、職業としての自分はどこまでやれるかわからないし、いつかは降りる可能性もあると思います。ただ、生きるなかで、作るとか、何かをまとめていく作業を止めることはできなさそうだなと。
阿部:でも、そのお話を伺うと、自分もそうかもしれないと思いました。作らなくなっても、心が疲弊することには出会うでしょうし。そうしたらやっぱり表現で治癒をしていくのかもしれません。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
阿部:韓国映画のポン・ジュノ監督が、2020年に『パラサイト 半地下の家族』でアカデミー作品賞を受賞された際の言葉をお伝えしたいと思います。「最も個人的なことが、最もクリエイティブなことだ」。ポン・ジュノ監督は、マーティン・スコセッシ監督から言われたこの言葉をずっと大事にしているそうです。私自身もしっくりきました。自分の経験は、自分にしかできないものだからこそクリエイティブなんですよね。この言葉があれば、どんな出来事もクリエイティブに変えていくことができる気がしています。

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文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
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