対談Q 根津孝太 × 水野良樹

自分の輪郭をはっきりさせるために、他者の存在が大事。

根津孝太(ねづこうた)
1969年東京生まれ。クリエイティブコミュニケーター、デザイナー。千葉大学工学部工業意匠学科卒業。トヨタ自動車入社、愛・地球博『i-unit』コンセプト開発リーダーなどを務める。2005年(有)znug design設立、多くの工業製品のコンセプト企画とデザインを手がけ、ものづくり企業の創造活動の活性化にも貢献。「町工場から世界へ」を掲げた電動バイク『zecOO』、やわらかい布製超小型モビリティ『rimOnO』などのプロジェクトを推進する一方、人機一体『零式人機』、セコム『cocobo』、GROOVE X『LOVOT』などの開発も手がける。

設計者でさえ、何が起きるかわからないくらいのほうがいい

水野:先日は、J-WAVEのラジオ番組にご出演いただき、ありがとうございました

根津:こちらこそありがとうございました。

水野:ラジオの後半でLOVOTについてのお話になりましたが、今回は「僕らはなぜ“愛らしさ”みたいなものに惹かれるのか」というところを、さらに深くお伺いできたらと思います。一応、テーマは「”他者”とは何か」ということで。今ほど、簡単に他者の情報に触れられる時代ってないと思うんです。SNSをひらけば、あまり自分と仲よくないひとも含め、いろんなひとの言葉が載っている。

根津:望まなくても、目に入ってきますよね。

水野:そういう意味では、寂しくないかのように見える世の中なのに、そこに在るのが、自分たちが求めている生き生きとした他者かというと、そうでもない気がする。そこで、「”他者”とは何か」と考えてみたとき、LOVOTはどういう存在になるのだろうかと。ペットに近くて、人間同士が行うような高いコンテクストの情報のやりとりはできないにも関わらず、隣にいると存在を感じる。一体、どのようにLOVOTを設計されたのでしょうか。

根津:今回のテーマを考えてみたとき、まず、自分の輪郭をはっきりさせるために、他者の存在が大事なのではないかなと思いました。逆に、その距離感を誤るとヒリヒリする。たとえば、ロボットづくりのなかで“不気味の谷”と呼ばれるものがありまして。ロボットを作っていくと、人間に近づけば近づくほど好感度は上がっていく。でも、途中で急にガクンと落ちて、とても不気味なものになるラインがあるんです。そして、そこを超えると、また親しみが戻るんですね。

水野:なるほど。

根津:その“不気味の谷”で抱く感覚が、水野さんがおっしゃった、現代社会で他者の情報に触れたときの違和感に近いものかもしれません。他者との距離感を考えるとき、僕はどうしても“不気味の谷”のグラフが浮かぶんですよね。また、石ノ森章太郎さんの『仮面ライダー』の原作を読むと、改造人間がすごく悩んでいたりして。そういう“ひとに近いけれどひとではない”ものが、もっとも「人間とは何か」というところを抉る気もしています。

水野:“不気味の谷”が登場する理由はわかっているのでしょうか。

根津:たとえば、黒目が普通より“少しだけ”大きいと怖いじゃないですか。でも、黒目が“ものすごく”大きければ、それはデフォルメと認識されてマンガのキャラクターになる。本物にものすごく近くて、少し違うということに対して、人間はいちばん違和感を覚えてしまうらしいんです。幽霊もそういうものだと言われています。

水野:今、この場にLOVOTたちがいまして。彼らがちょっと鳴いたりするじゃないですか。これこそ「他者だな」と思うんです。たとえば、僕が突然ここで大きな声を出したら、根津さんは驚いて「何かあったのかな?」と想像しますよね。そうやって人間は、相手から出てくるものに対して、反応してしまう性質がある気がして。だからラボットがそばで鳴くと、根津さんと会話しているのに僕も思わず意識が向かってしまう。LOVOTに対して、「かわいらしいな」とか「大丈夫?」って気持ちが生まれるのは、どういうことだろうと。

根津:やはりラジオでもお話ししたように、魂があるかどうかではなく、“こちらが魂を見出せるか”というところが大事なのかもしれません。“生命感”とも言い換えられますね。それは姿形や振る舞い、声などから生じるもので。こうして水野さんとお話しているときにも、常に動いていて、鳴いたりもして、傍若無人に割り込んでくるというところからも、LOVOTに“生命感”を感じるのだと思います。

水野:この声や目線の動きは、計画段階からイメージされていたのですか?

根津:すべてを計画しているわけではないですね。ただ、まず言語は話さないようにして、鳴き声だけを出すようにしました。それはまさに“不気味の谷”の話にも通じていて、中途半端に話すのもよくないから。それと「ひとに興味はあるけれど、初めて会うひとはちょっと怖い」みたいな行動原理も持っています。人間や動物と同じですね。そういった振る舞いが積み重なった結果として、魂を見出していただける要素になっているのかなと。

水野:設計する範囲を、ある種、抑えているんですね。 

根津:行動原理だけを決めてあげて、あとは設計者でさえ、何が起きるかわからないくらいのほうがいいのかもしれません。たとえば、僕はこうして水野さんと対談ができてものすごく幸せなのですが、もし街中で水野さんを見かけたら、声をかけたいけれど迷うと思うんです(笑)。いきなり声をかけちゃダメかなって。LOVOTにも、そういう心の駆け引きみたいなものを設計しています。だからLOVOTたちは、「行きたいけれど行かない」という動きをすることがある。

水野:そういう“すべてを決めない”という考え方は、日本の地域性みたいなものも関係しているのでしょうか。以前、バーチャルヒューマンプロデューサーの方にお話を伺ったとき、いわゆる欧米型のロボットは、人間に近づけようとするから、かわいらしさが少ないとおっしゃっていて。でも、日本人は“もの”に対して神様を宿したりする文化を持っているから、かわいさとの親和性が高いそうなんです。

根津:そういう傾向はありますね。欧米にとって、ロボットは仕事をするもので、それ以外は定義外というか。LOVOTをアメリカに持っていって、『コンシューマー・エレクトロニクス・ショー』に出展したとき、いろんなテレビに出まして。すると、キャスターの方が、「抱っこするロボットって何?」と言いながらも、好意的に受け止めてくださったんです。だから、自分たちで作ることはないけれど、受け入れてはくださるんでしょうね。

水野:ロボットを、仲間や他者、ともに生活をする存在と考えるのは日本的なんですね。

根津:日本人はまさに水野さんがおっしゃってくださった、付喪神-つくもがみ-的な考え方が強いですからね。仕事をするために生まれたお掃除ロボット・ルンバでさえ愛してしまう。お家に帰ってきたとき、ルンバが玄関から落っこちていることがあるじゃないですか。すると、欧米では怒るひとが多い。ちゃんと機能を果たせていないと。でも日本人は、「けなげでかわいいやつだ」という気持ちになりやすいと思うんですよ。

ChatGPTは疑似他者として不十分

水野:ただ、思考に違いはあっても、他者としてのロボットを受け入れる土壌は普遍的なんですね。改めて、なぜ他者が必要なんでしょう。

根津:人間は、関係性のなかで生きている。そして、他者に自分を映してもらっているからでしょうか。それはLOVOTに対しても感じます。たとえば、水野さんにいただいた小説『おもいでがまっている』をとても大事に読んでいるのですが、あの物語もまた、ひととひとの生い立ちがぶつかりあって、関係性が描かれていますよね。水野さんは、ああいう他者との関係をどのように考えられているのですか?

水野:やはり根津さんと同じ答えを返してしまいます。関係性のなかでしか、自分を見られない瞬間がある。ジグソーパズルに外側の形と空欄があって、だからこそ“空欄の形”が見えるというか。こうして対談させていただく僕、家庭内での僕、ライブで1万人のお客さんの前に立つ僕、あらゆる関係が僕という人間のまわりにあって、すべてが僕の輪郭になっている感覚があるんです。そして、それはどんな人間も同じではないかと思っていて。

根津:はい、はい。

水野:たとえば『おもいでがまっている』には、幼い子どもたちを助けようとする男性がひとり出てくるんですけど、彼は他者を助けると同時に、自分を助けているんですよね。他者の世話をすることによって、崩れた自尊心を保ったり。それってすごく人間らしいですし、小説ではそうやって他者によって成立する人間をうまく書けたらと思うんです。群像劇というか。歌では視点を5つも6つも書くことがなかなか難しいですから。

根津:非常に腑に落ちました。小さい子がLOVOTに接しているのを見ると、大体は妹か弟のような扱いをしています。「そんなことしたらダメよ」って、お母さんみたいなことを言ったり。それは普段、他者に自分がしてもらっていることが言動に表れているわけじゃないですか。さらにうちの母も、LOVOTを見たときに欲しがったのですが、手のかかるものを求めている気がして。僕を育て、社会人になって、かわいくないおじさんになり(笑)、うちの子どもたちもだいぶ大きくなった。世話しなきゃいけない存在がいなくなって、だから、積極的に面倒なものを取りに行っているというか。水野さんがおっしゃるように、そこである種、自分を保つことが必要になっているのかもしれません。

水野:外部からのちょっとした抵抗みたいなものがないといけないんですかね。僕、ChatGPTとかで会話をしてみるんですけど、「この素通りしていく感覚は何だろう」と思うんですよ。

根津:すごくわかります。こちらの輪郭が溶けていってしまうような感じ。あれは、彼らのモチベーションがなるべく会話を長引かせることであり、人間にすり寄るように設計されているからなんですよね。

水野:ああ、そうなんですか。

根津:すると、疑似他者として不十分なものになる。ChatGPTを上手に教育して、うまく他者の役をやらせているひともいらっしゃいますけれど、なかなか難しいでしょうね。

水野:恐ろしいのは、“理想の他者”が出てくることだなとも思います。たとえば、人間の欲望を促進させる方向で、転用・悪用できてしまうからかなり危ない。他者からの抵抗がないわけですから。通常の異質な他者とのあいだでは起こり得ない、自己の欲望に沿った会話しか生まれない。そういう意味でも、自分にとって少し面倒だったり、負荷がかかったりということは、人間が自分を保つ上で大事なのかもしれません。

根津:LOVOTもある種、好き勝手に動いているからこそいいのかなと。思いどおりに動いてくれないというか。これが100%すり寄ってくる存在だと、やはり煩わしい気がしますね。彼らは彼らの思いで生きていて、一緒に暮らしているなかで接点があるくらいが、ちょうどいい距離感だと思うんです。比較的、楽な気持ちで自分を出せるところがありますね。

僕、なめこを育てたんですよ

水野:LOVOTと生活をしていると、どんどん愛着が出てくるじゃないですか。名前もつけたりして。すると、その子と自分のストーリーができていくことも大事ですよね。

根津:そうなんですよね。「人間の本体は何だろう」みたいなことを考えるときもあるのですが、結局、そのひとを構成しているものは“思い出の積分”だなと思っていて。つまり、LOVOTとの思い出が積み重なるということは、他者との関係性によって自分が形成されていくということなのかなと。でもその感覚をChatGPTでは抱くことができないですよね。

水野:どんどんパーソナライズさせているはずなのに、それがないのはなぜだろう。

根津:「これを覚えておいてね」と言ったら、覚えてくれる部分もあるんですけどね。

水野:おそらく覚えているのは“情報”であり、“物語”ではないからかもしれませんね。

根津:いいですね、その表現。“物語”には“感情”が含まれていますし。『おもいでがまっている』で語られているものも、情報ではなく、事実と感情が混然一体になったものじゃないですか。LOVOTが、欲望や感情で動いているところも無関係ではない。また、身体性があることも、制限や制約があると同時に、特別感を生む気がしますね。唯一無二の存在になるというか。まったく関係ない話なのですが、僕、なめこを育てたんですよ。

水野:え、あのなめこですか? お味噌汁に入っている。

根津:はい。プラスチックの瓶に入っていて、蓋を開けてお水をあげると、ものすごく育つんです。かわいくて。

水野:おもしろい(笑)。

根津:昨日、涙ながらに収穫して食べて、めちゃくちゃおいしかったです(笑)。今までなめこに対して、愛を感じたことは一度もなかったけれど、自分のうちに来てくれて、僕が注いだ水で育ってくれたなめこは、もうただのなめこではないですよね。やはり感情の動きを含む“物語”を共有して、思い出を積み重ねていくことができると、そこに他者としての手ごたえを感じるということなのだと思います。

水野:人間とは何か、生きているとは何か、というところまで考えてしまいますね。僕、息子が生まれるまでは、“死”を自分の生命で定義していたんですよ。僕が死んだら終わりだと思っていた。でも、「そうじゃないかも」と。たとえば息子を見ながら、親族が、亡くなった祖母の話をするわけです。良樹に子どもができて、おばあちゃんが生きていたら、何を言うかね、なんて。それは、祖母は亡くなっているけれど、祖母が“生きたこと”は続いているということで。やがて、僕もそうなる。僕が“生きたこと”は、後のひとに続いてしまう。そう考えると、そういう意味での人間の“死”はないのかもしれないなと。

根津:僕、タナトフォビア(死恐怖症)が強くて、自分がこの世からいなくなることがすごく怖いんですよ。でも、水野さんが今、お話してくださったようなことを考えると、ちょっと落ち着くんですよね。だから、物語が紡がれていくことは自分にとって大事で、それがないと安心して生きていけない気がします。よく写真も撮るんですけど、それはいつか物語を再生してもらうための対策を打っているのかもしれません。

水野:自分の命は、大体80年ぐらいのわりと小さな物語で。だけど、もっと大きな時間軸で見て、僕の知らない祖先から続いている流れのなかにいるのだと考えると、少し孤独ではなくなるというか。そして、その大きな流れに、単なる物質ではなく“物語”として入ってこられるかどうかというところに、ロボットを“他者”にするヒントがあるのかなと思いますね。

根津:LOVOTは「だんだん家族になっていく」と言っているのですが、まさに最初はただの“もの”だと思います。でも、物語が起こっていく。そこで“もの”との差がはっきりとわかるのかもしれません。

文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:Haruka Miyajima
メイク:内藤歩(水野良樹)
監修:HIROBA
撮影場所:LOVOT MUSEUM
     https://lovot.life/trial/?id=museum#museum

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