『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』名久井直子

装丁は変わっていく。その最初のひとつを作っている。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。

水野:今回のゲストは、ブックデザイナーの名久井直子さんです。

名久井直子(なくいなおこ)
ブックデザイナー。1976年、岩手県盛岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、広告代理店に入社。2005年に独立し、ブックデザインをはじめ、紙まわりの仕事に携わる。2013年には、川上未映子「愛の夢とか」などの作品でブックデザイン賞を受賞。伊坂幸太郎、小川洋子、柴崎友香など数々の作家の小説をはじめ、絵本や歌集、漫画まで、幅広くデザインを手掛ける。2022年BEST BOOK DESIGN FROM ALL OVER THE WORLDにてBronze Medal受賞。

吉田戦車先生の『伝染るんです。』を手に取って…

水野:絵やデザインには、子どもの頃から興味があったのですか?

名久井:私は幼稚園や保育園には行かずに育って、外で遊ぶより、家で絵を描いたり工作をしたりするほうが好きな子どもだったと思います。小学生のとき、ブックデザイナー・菊地信義さんが装丁した本を手にする機会があって。そこで、「本って美しいな」と思ったのが、いちばん最初に本というものに興味が湧いたタイミングでした。まだ直接的に、「仕事にしよう」とは考えませんでしたが、美術的な仕事に憧れはありましたね。

水野:学生時代は、数学が得意だったそうですね。

名久井:もともとは高校も理数科にいて、数学をバリバリやっていました。問題を解いているときの思考の流れがおもしろかったんですよね。数学も図形を表していたりするので、美術的な考え方に近いところもありますし。本も、サイズや紙の厚さなど、計算機で数字を叩くことには変わりがないので、今の仕事にも少しは役立っているかもしれません。

水野:本という物体の美しさに興味が湧くというのは、どういうことなのでしょう。

名久井:中学2年生のとき、マンガ家・吉田戦車先生の作品『伝染るんです。』が出たんです。私は岩手出身で、吉田先生も同じ岩手のご出身で、書店でも目立つ場所に面陳されていて。「おもしろそう」と手に取りました。そのブックデザイナーが祖父江慎さんで。デザインが編集的な役割も担い、マンガのおもしろさをさらに引き立てていたんですね。そこで、「デザイナーができることはたくさんある、おもしろそうな仕事だな」と思いました。

水野:美大に進まれたとのことですが、どのようなことを学ばれていましたか?

名久井:美大ではデザイン科に在籍していたのですが、一般的にイメージしやすいのは広告や雑誌のデザインだと思います。ただ、私がいちばん興味を持って打ち込んでいたのは“ダイアグラム”でした。ダイアグラムは範囲が広くて。たとえば、駅のピクトグラムや「こちらに行くとこうなります」といった案内表示、時刻表や路線図など、情報をわかりやすく可視化するものです。それをひたすら作っていましたね。

水野:ダイアグラムの何に惹かれたのでしょうか。

名久井:ものを表現する方法にはいろんなやり方があると、身をもって実感しました。たとえば、地図でも、AからBへ行く道をひとに書いてもらうと、目印を書くひともいれば、道路の名前を書くひともいて、表現の仕方は様々なんですよね。そうした伝え方を考えるのがとても楽しかったです。数学が好きだった気持ちと、ダイアグラムにおもしろさを感じた気持ちは、近いものがあると思います。

水野:思春期の頃、「自己表現をしたい」みたいな気持ちはありませんでしたか?

名久井:それはまったくなかったですね。自分の絵で表現することにはあまり興味がなくて、何かを伝えることのほうにおもしろさを感じていた気がします。役に立つ、というのとも少し違うのですが、自分の才能という意味で、「私はアーティストになるようなレベルではない」とはわかっていたので。そうではない形でデザインやアートに関わるなら、こちらなのかなと。少し諦めのようなものもあったのかもしれません。

匿名性のある状態が理想

水野:ブックデザインとは、どのように着手していかれるのですか?

名久井:水野さんも小説を書かれているのでご存知かもしれませんが、最初は“ゲラ”と呼ばれる形で、WordやPDFで作られたものがプリントアウトされ、私が読める状態で届くところから始まります。まずはそれを受けて、外側ではなく、開いたときのページ設計を考えていくんです。文字の大きさや書体、1ページに入れる文量、“ノンブル”と呼ばれるページ番号を上下どこに入れるかなど、そうした中面のデザインからスタートしますね。

水野:「こういう小説には、こういう書体が合う」というものはルール化されているのでしょうか。それとも、名久井さんの経験値から感覚的に選んでいくのでしょうか。

名久井:経験ももちろんあるのですが、みなさんが抱くイメージも大きいと思います。たとえば、太くてがっちりしたゴシック体と、細くて柔らかい明朝体、どちらが優しい印象かと訊かれたら、多くの方は後者を選びますよね。そうした共通認識のようなものがあって、切れ切れの文字に怖さを感じたりするわけです。いろんな共通のイメージに沿ってデザインしている部分はありますね。

水野:最初に作品を読んで、「この方向性で進めたほうがいい」と感じたものと、作家さんや編集者の方の意図が違う、ということもあるのでしょうか。

名久井:そのあたりは最初の打ち合わせですり合わせます。私はまず編集者の方とお会いすることが多く、どんな読者層なのかを伺います。たとえば、高齢の方が読む本なのか、子ども向けなのか。女性が多いのか、男性が多いのか。のんびりしたエッセイであれば、1ページの文字数は少なめにしてゆったり組みますし、ハラハラするようなエンターテインメント性の高い作品であれば、文字が詰まっていてもどんどん読めることもありますね。

水野:表紙のデザインはどのように組み立てていかれるのですか?

名久井:作品を読み終える頃には、「これは文字だけだな」とか「写真が合いそうだな」とか、ぼんやりした方向性が見えてくるんです。絵であれば、「こんな作風の方に頼みたい」というイメージも浮かびますね。本は絵と文字が同時に目に入るので、どのように情報を伝えるかを考え、「何を描いてもらうか」を検討します。私はわりと言語化するタイプなので、それを編集さんに伝えて、「いいね」となれば依頼に進む、という流れですね。

水野:編集者さんとはどういったやり取りをされるのでしょうか。

名久井:イメージについては、わりと私が主導をしてお話ししますね。一方で、部数や価格、予算などの現実的な打ち合わせも多いです。紙やインク、加工について、「これはどうでしょうか?」と提案して。そこからコスト面で調整が入ります。「この紙はダメです」とか、「キラキラにはできません」とか、そうしたやりとりがいちばん多いかもしれません。

水野:他の方のデザインと、名久井さんのデザインで差が出てくるのはなぜでしょう。

名久井:それはもう自分の力の範囲でしかできないものですね。あとは、ひとそれぞれ感じ方が違うので、同じ作品を読んでも捉え方や、読者へのボールの投げ方が変わってくる。その違いが出るのだと思います。同じギターを渡されても、ミュージシャンによって奏でる音色が違うようなもので。個々の特性というか、個人がにじみ出てしまう仕事である気がしますね。

水野:ご自身では言いづらいと思いますが、ブックデザイナー・名久井直子の強みは何ですか?

名久井:考えたことがありません。むしろ教えてほしいくらいで、自分のことはあまりわかっていなくて。でも、いい本に関わらせていただくと、それが書店に並び、それを見てまたお仕事をいただくことがある。いい本が次のいい本につながっていく。そんな流れはあるのかなと思います。

水野:「こういうブックデザイナーでいたい」という理想像はありますか?

名久井:ぱっと見て「これは名久井のデザインだ」とわかるよりも、もう少し匿名性のある状態が理想ですね。まだそこまではできていなくて、未熟だなと感じています。

水野:匿名性に惹かれるのはなぜですか?

名久井:本のなかで、私のデザインを意識されることが、少し作品にとって邪魔になる気がして。たとえば、水野さんの本なら、「水野さんの本だ」とだけ思ってほしいんです。ただ、色や紙の好みなどで、知っている方には伝わってしまう部分もありますね。

水野:どんな本でもデザインできますか?

名久井:得手不得手はありますね。自分のなかでイメージが持てないものは、お引き受けすると逆にご迷惑になると思っていて。たとえば、プロレスはあまり詳しくないんです。以前ご依頼をいただいたときも、技の名前や見せ方など、依頼文の内容がほとんど理解できませんでした。勉強すればいいのですが、そこに愛情が追いつかないと難しい。依頼をいただいたときに、別の方が手がけたほうがよりよくなるイメージがある場合は、「〇〇さんが合うかもしれません」とお伝えしてしまうこともあります。

喜びを感じるタイミングが多い仕事

水野:『100年ドラえもん』のように、世の中によく知られているキャラクターをデザインで使うときには、まず何を考えますか?

名久井:デザインとして使うというより、その作品に参加させていただくような感覚に近いですね。みなさんに愛されているものですし、私自身も『ドラえもん』が好きなので、その気持ちを裏切りたくないという思いがあります。だからこそ、「より喜んでいただけるものにしたいな」と、気が引き締まりますね。

水野:受け手の共通のイメージは、どのように受け取っているのですか?

名久井:映画やマンガなどで、いわゆる“知る人ぞ知る”作品が好きな面もあるのですが、私はそれと同時に、多くのひとに愛されている作品も好きなんです。たとえば『ドラえもん』や『ハリー・ポッター』など。そういう作品をみんなが好きになる“秘密”に興味があります。だから『ドラえもん』のような作品に携わるときには、すでに広く共有されている魅力だけでなく、まだ表に出ていない部分を探すような気持ちで向き合っていますね。

水野:それはどうやって探していくのですか?

名久井:みなさんが見ていない絵だったり、質感だったりも含まれます。『100年ドラえもん』のような高価なセットの場合、完全受注生産なので、より凝った仕様にすることもできますし。そうした部分で、『ドラえもん』が好きなひとの心を動かせたらいいなと思っていました。私は普段、料理でいえばフランス料理のように手を加えるというより、お刺身を出す感覚に近くて。素敵な素材を、綺麗に切って届けるようなイメージですね。

水野:もし、制約がなかったらよりおもしろくなるような感覚はありますか?

名久井:いえ、制約があるほうがおもしろいですね。むしろ際限がないと考えにくいです。紙の本であるという面でも、「水のなかは運べない」とかいろいろできないこともありますし。「その制限のなかでどうしよう」と考えることに、ゲームのような楽しさがあると思います。

水野:本以外のものをデザインすることに、興味が湧くことはないですか?

名久井:本以外の仕事もしています。たとえばお芝居の宣伝やグッズなどですね。なので、本だけをやりたいというわけでもありません。ただ、宣伝やグッズはそれ自体が主役になるもので。本は、小説やエッセイ、写真といった中身を包んでいるもの、“箱”のような存在だと思っています。そういう違いはありますね。

水野:本は“包んでいる”という感覚なんですね。

名久井:そうですね。たとえば『坊っちゃん』のような有名な作品は、装丁が何度も変わっていますよね。おそらく、水野さんと私が読んだものも、それぞれ違う表紙だった可能性が高い。今、自分が手がけている本も、いずれ別の形になるかもしれません。文庫化されたり、時代に合わせたりして、装丁は変わっていく。その最初のひとつを作っている、というイメージです。だから、いずれまた違う包みになっていくことも想像しています。

水野:作った時点で、すでに変わる可能性を考えているんですね。

名久井:「変わってほしい」という気持ちに近いかもしれません。自分の作るものには、今の空気が無意識に含まれていると思うので。世界が変わったとき、それに合った形で作品が長生きしてくれたら嬉しいですね。

水野:ご自身の装丁が「時代を超えてほしい」という気持ちはありませんか?

名久井:紙の本はしぶといので、『百万塔陀羅尼』のような古いものも、今も読める状態で残っていますよね。だから形としては、百年後もどこかに残っていると思います。ただ、新しい読者と出会うためには、やはり形を変えていく必要があるのかなと。私はその変化を嬉しいものだと捉えていますね。

水野:どこがいちばん喜びを感じるポイントですか?

名久井:ブックデザイナーは、喜びを感じるタイミングが多い仕事だと思います。作品を初めて読むとき、編集者と作家しかまだ知らないものに触れられる喜びがある。絵を依頼すれば、その仕上がりを見る楽しみもありますし、好きな作家さんや絵描きさんにお会いできるのも嬉しいです。本として形になり、書店に並び、手に取ってくださる方がいる。そのひとつひとつに喜びがあります。細かい喜びが重なる、いい仕事なんですよ。

水野:編集者と作家しか知らない物語の世界に入っていって、それが多くのひとに読まれていく。その変化はどのように見えていますか?

名久井:やっぱり嬉しいですね。「いいでしょう」と言いたくなるような気持ちというか。あと、自分は3人目くらいの読者になるわけですが、作家と編集者は長くその世界に向き合っているからこそ、意外と気づいていないこともあって。そこに私が気づくことができると、それもまた嬉しい。だから、最初は読者という立場で作品に関わって、途中からは作る側に入っていくような感覚です。

水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。

名久井:とにかく「手を動かすこと」と「世界に興味を持つこと」が大きいかなと思います。別に些細なことでもいいんです。今、目の前にあるものの形でもいいし、世の中で起きていることでもいい。興味を持って、心の筋肉を動かすことが、ものづくりを続けていく秘訣である気がします。

https://open.spotify.com/show/4lrj5PkQvi19qfvUSAbYJJ

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:Miyajima haruka
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
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