街の姿を見抜くことは、僕らにとって大事な能力。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは、建築家で、鉄道デザイナーの川西康之さんです。

川西康之(かわにしやすゆき)
建築家・デザイナー。株式会社イチバンセン代表取締役。千葉大学工学部建築学科卒業、同大学院自然科学研究科デザイン科学(建築系)博士前期課程修了後、デンマーク王立芸術アカデミー建築学科に招待学生として留学。オランダの建築設計事務所やフランス国鉄交通拠点整備研究所を経て、2014年にイチバンセンを設立。公共交通機関や駅舎などのデザイン多数。
デンマークで学んだ、話を聞く姿勢

水野:鉄道に興味を持たれたきっかけというと?
川西:子どもの頃から電車が好きだったんですよね。理由はわかりませんが、男の子って大体、興味の先が生物系か物理系に分かれるって言われますよね。電車のいろんな本を見て、「これに乗ってみたい」とか、「この景色を見に行ってみたい」とか、考えていました。その延長で今に至っている感覚です。
水野:なぜ、電車を作る側にまわりたいと思われたのでしょう。
川西:高校生で進路を考えたときは、「鉄道を軸に何か仕事ができないかな」とぼんやり考えていたんですね。そのタイミングでうちの叔父から、建築という道を教わりまして。「イタリアなどでは、建築家が街づくりから車や電車のデザインまでいろんなことをやっている。だから、まずはベースとして建築を学べば、どこへでも行けるぞ」という貴重なアドバイスを得ました。それがきっかけで作る側の道に進みましたね。
水野:建築というと、静的な存在を作るイメージがあります。でも、電車は機械として動いていますよね。どのように想像を結びつけていくのですか?
川西:空間としての考え方は、すべて同じだと思っています。結局、“ひとりあたりどれくらいの有効スペースがあると快適になるか”という話なんですね。たとえば、飛行機がいちばんわかりやすくて。大体、2~3つのクラスがあって、ひとりあたりの有効スペースごとにお値段が明確に違う。鉄道も同じです。ひとりひとりの満足を導くために、何m×何mの空間が必要なのか。基本的にはその積み重ねです。
水野:そうした考え方は、建築を学ぶなかで得られたものですか? それとも実際に現場に出て、作業をしていくなかで得られたものなのか。
川西:両方だと思いますね。僕らの仕事も日々勉強です。たとえば、電車を作るときにはほぼ毎回、1/1のモックアップを作るんです。

水野:1/1ということは、等身大の模型ですか?
川西:はい。もちろんコンピューターのCGイメージもお作りするんですけど、小さな図だけではなかなか理解していただけないので。やはり電車を作るとなると、鉄道会社の役員の方など、決断を下さなければならない立場の方が多いですから。税金を使っているケースもあります。みなさんに「これでいくぞ」と納得していただく必要がある。しかも、私が関わる乗り物は「今までにないものを作ってほしい」というオーダーが多いんですね。
水野:なるほど。
川西:今までのマイナーチェンジではないからこそ、みなさん決断がより難しい。だから、誤魔化しが効かない1/1で提示するんです。すると、もちろん直球で厳しい意見をおっしゃる方もいるのですが、そのなかで一生懸命に議論をして。どんな仕事もチームでやるわけですので、みんなで体感して、納得して、「これでいいな」と腹を括る。そういう仕事の連続です。
水野:たくさん議論をする、というコミュニケーションの取り方は、デンマークに留学をされて学ばれたところも大きいそうですね。
川西:デンマークは、世界で最も古い民主主義国家のひとつだと言われています。私は2001年から、招待学生という立場で留学していたのですが、偉いひとが偉ぶることのない国だと感じました。たとえば、国会議員の方々がものすごく身近にいるんです。当時は、女王さまが街の本屋で立ち読みしていたなんてこともありましたし。人口500万人ほどの小さな国ということもあるでしょうが、それぐらい平等な国家。国土も国民も“平ら”なんです。
水野:そうなんですね。
川西:どんなに若いひとの意見でも、大人たちはじっと話を聞きます。そうやって相手の話をちゃんと聞く姿勢からこそ、デンマークの素晴らしいデザインが生み出されている。一流の生活空間は、ほぼデンマーク製のもので作ることができるんですよ。食器、椅子、テーブル、ベッド、すべて世界トップレベルの品質です。そして、彼らが目指すのは、「今日一日が平穏で幸せであること」なんです。これは敵わないな、すごいなと思いました。
床にノートを置いて勉強している高校生を見て…

水野:川西さんもとにかくお仕事をされる上で、コミュニケーションを大切にされているんですよね。たとえば、実際に電車を作るまでに、「その駅に何を求められているか」、「乗客のみなさんが何を求めているか」など、ヒアリングをされると。
川西:僕の理想としては、すべてのお客さまに直接お話を伺いたいです。設計者は、根拠を持って作らなければいけません。お客さまの切なる声は、その根拠の根幹の部分だと思っていますので。とはいえ、全員の声を聞くのは不可能ですから、いくつか作戦を立てます。たとえば、ワークショップを企画したり。なかでも、いちばん効果的なのは、僕が勝手に「辻立ち」と呼んでいるもので。駅や電車で手あたり次第に訊くんですよ。
水野:すごい。それでお客さんは本音を言ってくれるものですか?
川西:電車のなかだと、お時間があるせいか、結構お話してくださるんです。お褒めのお言葉も、厳しいご意見もいろいろあるのですが、熱意を持って1対1で対話しますから、「よし、これはやらなければならないな」と我々が頑張る源になります。

水野:さまざまな意見をどのようにまとめていくのでしょう。
川西:性別と年齢ぐらいをメモして、無記名ですべての意見を記録して、それを並べて整理します。その後、鉄道会社や自治体の方々にバーッと見せて、「こんな意見がありました」とご紹介する。そのとき、もちろん意見の多いものも大事なのですが、「声の数こそ少ないけれど、これは大事じゃありませんか?」というものもピックアップしているんです。
水野:ああー。
川西:たとえば、高知県の土佐に中村という駅があるのですが、「トイレを綺麗にしてくれ」というアンケート回答を最初にいただきました。たしかに、お手洗いはあまり綺麗ではなかったので、綺麗にします。ですが、「四万十川のほとりの小さな駅を使うひとたちが、本当に望んでいるものは何だろうか」と考えて。僕は2~3日、始発から終電まで駅で辻立ちをしまして。
水野:すごいですね…!
川西:それをやらないと根拠がありませんから。求められているものを勝手に決めつけるのは違う気がして。駅で誰が何を欲しがっているのか、とにかくじっと見る。実はこれ、大阪の阪急電鉄を創業された小林一三さんの真似なんです。小林さんは、梅田駅の改札に朝から晩までおられて、そこで見聞きされたいろんな経験で、阪急百貨店というビジネスをお作りになった。街の姿を見抜くことは、僕らにとって大事な能力だなと思いますね。
水野:川西さんはどこをいちばん見ていますか?

川西:ひとの動きです。誰が何をしているか。中村駅は非常にわかりやすいですよ。近くの学校の生徒たちが、駅の待合室の床にノートを置いて、勉強しているんですよ。駅のベンチって、変に傾斜があったり、手すりがついていたりするじゃないですか。あれは、マナーの悪い方を防止するための工夫なんですね。でも、中村駅ではほとんどのお客さんは高校生で。つまり、駅が彼らに向けて作られていないわけです。
水野:はい、はい。
川西:これはデザインをやっている人間として許せない。「どういう優先順位なのかな」と。仮に六本木のような大都会であれば、駅にもいろんな事情があると思いますが、中村駅には一日に100人ほどしかお客さまは来ない。それなら、人口が少ないからこそできることは何なのか。なぜ、設計者やデザイナーはそこを考えないのか。床にノートを置いて勉強している高校生を、大人は何とも思わないのか。腹が立ってきましてね。
水野:それは優しい怒りですね。
川西:そこで地元の特産である四万十檜で、自習机を拵えました。すると、ある方が工事現場に乗り込んで来られまして。「こんなもの、落書きされて終わりや」っておっしゃるんです。「いや、違います」と。ここの子どもたちは、四万十檜が宝物だと知っている。高知の若いひとたちはどうしてもいずれ都会に出てしまうけれど、都会の駅のベンチは冷たいし、あまり座り心地もよくない。そんなときに、「中村駅は贅沢やったな」と思い出してもらえたら、その地域の街や鉄道は成功だろう、とそういう説明をしたんです。
水野:すごいストーリーですね。川西さんのデザインにはすべて物語があるように思います。
川西:“風土”という言葉がありますが、まさにその“風土”を作りたいと思っています。僕らは、その土地の“土”ではなく“風”なんですね。たまにやってきて、去っていく。土と風が対話をして、その場にしかないものを作るということは、その土地のみなさんの叫びと、僕らの思いや力とが混ざり合って、ぶつかり合うということ。そうしていくことで、唯一無二の風土が生まれるのではないでしょうか。
水野:場を作るって、とても難しいですよね。
川西:難しいです。でも昔、リヴァプールという街へ行ったとき、駅に降りてすぐにおじいさんから、「どこから来たんだ? お前はこの街が好きか?」と声をかけられて。僕が「いい街だと思う」と答えたら、「いい街だろう。私はこの街が大好きなんだ。ここに住み続けて、ここで死ぬんだ」と言っていたんです。その言葉こそ、僕らが目指しているものだなと思いました。設計者が自慢するのではなく、そこに暮らすひとたちが自慢したくなる街。そのためには、市民が何かしら街に関わっている、彼らの手垢がついている、そういう取り組みこそ大事だなと。
僕らは“楽しい街”を作らなきゃいけない

水野:今年9月には、鉄道界のアカデミー賞とも称されるブルネル賞で、「WEST EXPRESS 銀河」が優秀賞を受賞されました。
川西:今年は、世界の鉄道が営業を始めてちょうど200周年にあたるというところから、ブリティッシュレールがブルネル賞を11年ぶりに復活させまして。世界各国の百数件のなかから、JR西日本の「WEST EXPRESS 銀河」が優秀賞をいただきました。お褒めいただくことは、本当に仕事の力になります。料理人の方と似ていまして、「おいしかったですよ」と言われるようなものですね。
水野:今現在において、鉄道という存在はどういうものだと思われますか?

川西:鉄道と車、何が違うかというと、実は“摩擦係数”なんです。アスファルト上をゴムタイヤで走る車に比べて、鉄のレール上を鉄の車輪で走る鉄道は、運動エネルギーが約半分で済む。地球環境に優しく、たくさんのひとやものを運べる。それが鉄道の大きなメリットであり、未来につながる部分です。ただ、日本の地方のように人口がどんどん減っていくとなると、途端に鉄道はあまり得意ではない。ここが大きな分岐点だと思っています。
水野:でも、川西さんが携わっていらっしゃるのは、まさに地方を走るものが多いですよね。
川西:うちは「田舎専門」と言われています(笑)。
水野:車は属人的なもので、運転できないといけない。乗るだけで移動ができる鉄道は、地方の高齢者のみなさんにとって重要なインフラだと思うのですが、どうやって守っていけばいいのでしょう。
川西:“歩いて楽しい街づくり”との親和性は、鉄道の可能性だと思っています。駅前って、いろんなひとの顔を見ますよね。街にとって、お互いが「見る」「見られる」という関係が大事だとされているんですよ。楽しい街は、 “誰かに見られている”という少しの緊張感が心地よく、オシャレをして歩きたくなる。そういう場所へ、快適に連れて行ってくれる鉄道や、少し座って休める駅は、大事な存在なんです。そこにデザインの力が必要だなと。

水野:電車のなかもひとつの広場と言えますね。
川西:そうです。実は、先ほどの「WEST EXPRESS 銀河」は回遊性を高めようと考えまして。6両編成なんですけど、すべてを街のように見立てていて、歩き回ってほしいと。さらに、外から見たとき、車内のひとたちが美しく見えるようにしたかったんです。そのため、できる限りテーブルランプを設けまして。すると、お客さんの顔がパキッと美しく見えるんですね。焚き火効果といいますか。
水野:ステージ照明と同じですね。
川西:まさしく。「WEST EXPRESS 銀河」は、21時15分に京都駅を出発して、22時頃に大阪駅を出発するんですけど、その時間帯の大阪駅はお勤め帰りの疲れた方ばかり。そんななか、テーブルランプが光った明るい電車が入ってきて、「出雲」とか「下関」とか書いてあると、「いいなぁ。自分もこれに乗って、遠くへ旅してみたいな」と思う。そういう電車であってほしいと考えたんです。僕らは“楽しい街”を作らなきゃいけないですよね。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
川西:僕がいちばん大事なのは“遊び”だと思っています。それは仕事をする上でも。昔、フランスの国鉄に勤めていたんですけど、大人たちが本当の遊びを知っていることに感動しました。夏休みを楽しむとか、ワインをおいしく飲むとか、川遊び、森遊び、とにかく遊びに全力投球。あと、フランス人は発車ベルが大好きなんですよ。
水野:そうなんですか!
川西:発車ベルに限らず、スマホ決済の音とか、日常のいろんな音についてすごく議論する。それは生活を彩るものの楽しさを大事にしているから。常に議論の根底には“遊び”がありました。だから僕は、徹底的に遊んで感動する大人で在ることが理想だなと思います。
水野:いきものがかりの最新アルバムも『あそび』というタイトルでして。白黒つけることが多い世の中で、輪郭をはっきりさせることばかりじゃ息がつまる。遊びが足りない。そういうところから制作が始まったんです。クリエイターを目指していると、頑張りすぎてしまうこともあると思うのですが、寛容さや穏やかさ、そして本気で豊かさを求める精神もすごく大事なのかもしれませんね。



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文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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