対談Q 岡田惠和(脚本家) 第2回

自我が消えていって、登場人物と同化する

なるべく自分を消したい

水野:岡田さんはどんなときに、「うまく書けたな」って思うんですか?

岡田:基本的には全部のシーンがおもしろくないとイヤなんですよ。なので、書けないときにはまったく進みません。なんとなくできて、「あとでもうちょっと良くするか」とかあまりできなくて。だけど書いていて“自分”がなくなるときがあるんですね。その登場人物になれた気がする。そいつのことがわかった気がする。そういう瞬間が脚本家としては「来たかな」って感じはしますね。

水野:それはどういう感覚なんですか?

岡田:脚本家にもよると思うんですけど、僕はなるべく自分を消したいんですよね。だから実は小説を書くのは怖い。どうしても何かの主観が入るから。脚本は「俺が言いたいんじゃないし」って感覚があって、それが好きなんだと思います。僕自身は64歳の男性で家庭もあって…という人間だけど、そういう人間を書くわけではなく、27歳の女性とかを書くわけで。

水野:なるほど。

岡田:本当にそのひとをわかっているのかと言えば、わかっていないと思うし、わかり得ないと思う。でもリサーチして「最近の女性はこういうことを考えている」みたいなことをセリフにしても、それは上っ面になっちゃうから。気持ち悪いかもしれないけれど、なり切るしかないんですよ。そのとき「あぁ、なんかこういうひといるかもしれない」って思える瞬間があると、それは楽しいですね。

水野:自我が消えていって、登場人物と同化する。でも書いているのはご自身という、矛盾のような何か…。

岡田:だから自分の書いたものを「すごくいいなぁ」と思うときと「え、これどうなんだろう?」って思うときがいつも交互にありますね。

水野:書いているときに、そういうフェーズに入ることができた。そのあと、その脚本を役者さんに渡すじゃないですか。そのシーンはよくなることが多いですか?

岡田:自分の熱が入ったシーンは役者さんにとっても「あ、ここやりたいな」って思うシーンになっていることが多い気がします。結果、自分の思ったとおりのトーンになるかはわからないけれど。大切にしていることについて同化する、同じ気持ちになる、みたいなことは多いですね。演出家もやっぱり「さぁ、ここをどうやって撮るか」みたいな感じになりますし。

水野:伝わるんですねぇ。

岡田:伝わる熱みたいなものはあるんだと思います。

水野:方法論では処理できないことな気がしますね。技術だけでたどり着けるところではなくて。

岡田:もちろん技術がないと伝えられないんだけど、そこから先は、作り手の数だけ人間性が違うから。脚本家がみんな僕と同じとはまったく思わないし。むしろ「自分が思っていることを、登場人物の姿を借りて言わせたい」ってタイプのひともいて。それはそれですごく力があって。作り手の数だけ違うんでしょうね。

「いいシーンでしょう?」って言っているのが、透けて見えるとイヤだなぁ

水野:自分を消したいという気持ちはすごく共感できます。とにかく「歌のなかで無色透明になれるように」って、ある時期まで僕もずーっと言っていましたから。いきものがかりに「帰りたくなったよ」って曲があって、あるツアーでそれをライブの最後のほうでやったんですけど、何も考えないで演奏したときがいちばん反応よかったんですよ(笑)

岡田:へぇー!

水野:もう何度も演っている曲だし。サポートメンバーもずっと一緒にライブをしている方々で、正直、何も考えないでも自動演奏のように弾けてしまうんですけど。何の感情も入れずに演奏したときのほうが、不思議とお客さんの感情がこぼれてくるというか…。僕らが我を出さないことによって、観ている側の気持ちを引き出しているのか…。吉岡の声も、そこが魅力だとは思っているんです。良い意味で個性がない。

岡田:だからみんなの気持ちが入るんですね。「こういうふうに演奏してやろう」とか、「こういうふうに聴けよ」みたいなことではないほうが。

水野:それがプラスに働く場合もあるとは思うんですよ。たとえば人間が怒鳴るときとか、涙を流すときとか、感情が露になること自体にはパワーがあるから。それがエンタメになる瞬間もある。でも、そうじゃないもののほうが遠くに飛ぶんじゃないかって。

岡田:わかります。なんかこう…強いものを表現すると、どこかで押しつけちゃうじゃないですか。0はないから、しょうがないんだけど。何十年やっていても、時々それが無性に恥ずかしくなってくるというか。つまり自分が「いいシーンでしょう?」って言っているのが、透けて見えるとイヤだなぁ…っていう(笑)。

水野:「こんなの書けたけど、どう?」みたいな(笑)。

岡田:「みんな好きでしょ?」みたいな。あと、今は視聴者もレベルが上がってきているじゃないですか。もちろん昔の視聴者もそうだったと思うんですけど声が聞こえなかったから。今はSNSの発展で感想とかが届く。そことのせめぎ合いみたいなものは、昔にはなかった感情ですね。

水野:それってプラスになっていますか?

岡田:プラス、マイナス、あると思います。デビューしてしばらくの頃はドラマの感想なんて、新聞社とかテレビ局への投書を2通ぐらい読ませてもらったりするぐらいだったから。でも今は「こんな声があるんだ」ってわかる。テレビドラマを放送していると、SNSでそれこそリアルタイムの反射神経的な反応がわかる。それは作り手としておもしろいとは思う。もちろん海の底ぐらいまで気持ちが落ちるときもあるんですけど(笑)。

「うわ、こんなこと言わせていたんだ、俺」

水野:やっぱり観てくれているひとの反応は気になるものなんですかね。20~30年前にお書きになられた作品に対しても「これ観ていました!」とか、「あのとき10代でこのキャラクターに憧れていました!」とか、言われる機会が多いと思うんですけど、そういう声は作ることに何か影響を与えたりしますか?

岡田:勇気はもらえます。ただ、自分の過去作を観るのはあんまり好きじゃない。

水野:そうなんですね。

岡田:自分なりに「下手くそだなぁ…」って思う。

水野:「今、それを書いたら違うふうに書くのにな」とか。

岡田:はい、はい。「もうちょっと気の利いた言葉が作れたんじゃないか」と思うこともあるし。あと、コンプライアンス含めて、いろんな文化が変わっていくなかでやってきたところがあるので。とくに男女間、ジェンダーのこととかね。自分はわりと穏やかにやってきたつもりでも、20年前の作品とかを観ると、「うわ、こんなこと言わせていたんだ、俺」みたいなことがあって。

水野:あー、なるほど。

岡田:こないだもドラマ『ビーチボーイズ』が再放送されていたんですけど、「男ってもんはさ~」みたいなセリフを結構言っていて。それが気になっちゃって。怖い怖い、みたいな。でも逆に言うと、キャリアのなかでそういう時代の変化に立ち会えているのは、ちょっと幸せだなとも思います。

水野:たしかに、「男ってもんはさ~」ってセリフ、今だったら刃が飛んできそうな感じがしますね。同じひとが書いているにも関わらず、その時代ごとの空気や価値感覚みたいなものに影響されていて。実は岡田さんを通して、ちゃんとその時代ごとの変化が描かれているって、すごいことだなと思います。ひとりの人間が書いているなら、ひとつ間違えてしまうと、ずっと同じ価値観でいてもおかしくないじゃないですか。

岡田:テレビドラマの特性もあるでしょうね。たとえば、同じボーイ・ミーツ・ガールのドラマを書いていても、そこにある背景はどんどん変わっていくから。普通のひとの普通の話を書くだけでも、自分が思っている以上に時代が反映されちゃう。しかもドラマって本当に、作って書いて撮って、すぐに放送するから。

水野:すごいスピード感で。

岡田:鮮度がね。映画みたいに「構想〇〇年!」みたいなこととも違う。世の中のツールとか、景気の変化も含めて、作品に出てくるんだなと思いますね。

水野:だからおもしろいんでしょうね。ずーっとうごめいている。

岡田:逆に、個人のアーティストの価値観で、まったく変わらずに貫いていけるひとはすごいなぁと思うけど。自分は無理ですね。それに放っておいたって「水野さんっぽいね」っていうのがあるのと同じように、何を書いても「自分ぽい」みたいなものが生まれてしまうじゃないですか。だから、なるべくもがいておいたほうがいい、という気がします。

文・編集: 井出美緒、水野良樹
撮影:西田香織
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
協力:Gallery 11

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