『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』千代田修平【後編】

「僕にとって最強の“おもしろい”なんですけど、どうですか?」

「いったん信じてください」

水野:千代田さんは同時に複数の作品を担当されているんですか?

千代田:はい。マンガ編集者は一般的に、複数の作品を担当します。今、連載中のものだと4作品。連載は終わっているけど、それこそ『チ。―地球の運動について―』のようにアニメ化しているものを含めたら6作品。

水野:マンガ家の方に応じて、ご自身の態度というか、スタンスは変えるのでしょうか。

千代田:僕は普段から本音をベースにやっているので、そんなに変わらないと思いますね。でも、作家さんによって、すごく雑談をする方がいたり、ほとんど仕事の話しかしない方もいたりするので。そこはなるべく相手がやりやすい形で、オーダーメイドで、ということを意識して向き合っています。

水野:作品に対して意見を言う機会もあると思うのですが、そういうときに気をつけていらっしゃることはありますか?

千代田:まず、その作家さんを尊重する気持ちはありつつ。さらに優先するのは、「おもしろくないものをおもしろいとは言わないようにしよう」ということですね。なぜか、世の中にはおもしろくない作品が存在する。そういうものを見かけるたびに、「おかしい」と思うわけです。最終的に絶対、編集者がOKを出しているはずなので。ということは、おもしろくないものを「おもしろい」と言った編集者がいるんですよ。それが許せなくて。

水野:はい、はい。

千代田:自分は嘘だけはつきたくない。ただ、本音の伝え方にもいろんなリスペクトの込め方はあって。“まずは褒めから入る”みたいなテクニック的なものもありますし。「あなたを攻撃したいわけじゃなく、よりよい作品にしたいから言っている」という愛を伝えるようにしたり。GOを出せない根拠を示して、できれば代案まで出すようにしたり。そういう細かい部分で、作家さんがよりよい作品づくりができるように意識していますね。

水野:作るという現場、本音で語らなければならない現場で、いちばん作品を愛しているであろう作家さんと本音で向き合うって、すごく困難なコミュニケーションな気がします。千代田さんが意見を伝えたときの作家さんのリアクションには、どういったものがありましたか?

千代田:いちばん覚えているのは、僕が何回もボツを出したときのことです。「もっとこうしてほしいです」とお伝えするのが、ものすごい回数になってしまったことがあって。そのとき作家さんに、「最近、千代田さんと打ち合わせしているとイヤな気分になるんですよね」って言われてしまいましたね。

水野:ああー。

千代田:それはそうだろうなって。自分が提出したものが何回も何回も否定されたら、いい気分はしない。そのときはかなり葛藤しました。それでも自分の原則に従って、「やっぱりおもしろくないものは通せないな」と思って。そこからさらに何回もボツがあって、結果的に今は「最終の形で出せてよかった」とおっしゃってくれているので、よかった…と。

水野:なるほど。

千代田:あのとき途中で「わかりました。じゃあこのまま行きましょう」と言って、中途半端な作品が世に出されていたら、微妙に恨まれた状態で、スッキリすることもなく終わったと思うんです。おもしろい作品が世に出て売れれば、絶対にそれが幸せなので。そこが最終ゴールだと信じて、途中はツラいかもしれないけれど、「いったん信じてください」という感じでやっています。

売れていることには必然性を感じる

水野:そのツラい旅路を一緒にする相手を見つけるのも大変じゃないですか。千代田さんが、新たに作家さんと組もうと思うときの基準ってあるんですか?

千代田:作品を読んで、「おもしろい。こいつやばい」と思ったときにお声がけすることが多いです。もちろん作品にも人格がある程度は滲むとは思っていますが、最初は人格的なところは関係なく、とにかく作品。ご連絡を取って、電話をしたりお会いしたりして初めて、「ああ、こういうひとなんだ」とわかります。ただ、作品が素晴らしいひとで、人格的にヤバいひとは、そんなに出会ったことがありませんね。

水野:それはどうしてですかね。

千代田:本当になぜですかね。たまたまなのか。僕の好きなタイプの作品を書くひとは、僕の好きなタイプの人間でもあるのか。

水野:先ほど、「作品にも人格がある程度は滲む」とおっしゃっていましたけど、そういう部分が言語化できないけど伝わってきて、出会いを繋げているのかもしれませんね。また、おもしろいマンガと売れるマンガ、そこのあいだにはまた少し違う川が流れている気もします。千代田さんが「おもしろい」と思った作品が“売れる”という現象に近づくには何があるのでしょう。

千代田:本当は「運」と言いたいですし、本当に「運」じゃないかと思っているんですけど。一応、努力する方向性を示すために言語化すると、まず先ほどの“おもしろい”と“気持ちいい”のバランスが取れていることが大事だなと思っています。

水野:はい。

千代田:あと、根性論っぽくなるんですけど、“突き詰めているか”というのもあると思っていて。作家も編集者も、徹底的にいったな。まったく手を抜かず、隅々まで気を巡らせたな。そういう張り詰めた作品が売れている感じはしますね。売れていることには必然性を感じるというか。とはいえ、おもしろくて張り詰めているのに、売れてない作品もあって。それはやっぱりバランスが取れていなかったりという部分なのかなと。

水野:では、さらに深掘りすると、どうしたら“突き詰められる”のでしょうか。

千代田:どれだけ多くのリソースを作品に割くことができるかの勝負になってくるかなと思います。でも、僕より売っている方たちは正直たくさんいて。もっとノウハウはあるのかもしれません。僕は編集者が引っ張るタイプのやり方ではないので。結果、売れなかったとしても、作家さんがやりたいことを突き詰めるほうが大事だと思っている節があるんです。そこはもしかしたら、プロフェッショナルではないとも言えるかなと。

水野:プロフェッショナルをどう定義するかわからないけど、作家さんは絶対に信頼するだろうなと思います。

千代田:そうだったら嬉しいですけどね。

水野:ちなみに先輩方や同業の方の成功例で、「ここは参考になるな」みたいなことはあったりしますか?

千代田:はい、先輩方から学んだことは非常に多いです。ただ、かなりバラバラなんですよね。みなさん各々のノウハウでやっていて。そう考えると、それはそれで運なのではないかと。どのやり方でも当たるし、どのやり方でも当たらないという気もする(笑)。参考にして、それを実践しているつもりだけれど、果たしてその実践に意味があるのか。そういう気持ちにもなります。

戦だと思っています

水野:そうしていろいろお考えになりながら、現在も編集者として活動されていると思うのですが、今後の目標みたいなものはありますか?

千代田:今、31歳なんですけど、ここから5年ぐらいはとにかくヒットを狙う。それこそ『チ。―地球の運動について―』のような作品をできるだけたくさん作ることを目的にしようかなと。あとは、自分のレーベルを立ち上げたいという思いは結構あります。信頼している編集者と作家さんたちだけで、「俺たち最強でしょ」みたいな。僕が劇団をやっていたのも大きいと思うんですけど、実はチームで勝つことが好きなんですよね。

水野:そういう少人数制の独自の組織に惹かれる理由は何ですか?

千代田:シンプルに、優越感を得たいのかもしれない。あと、ずっと自分がカウンター精神でやってきたので。「大きいものに俺たち少数で勝とうぜ」みたいな。そこにロマンを見出しているんだと思いますね。

水野:では、千代田さんが感じている、今の仕事の楽しさの核の部分というと?

千代田:僕の場合、自分が個人的に本当におもしろいと思っているものを、世の中に対して、「これが僕にとって最強の“おもしろい”なんですけど、どうですか? わかりましたか? おもしろいですよね?」と見せるこの感覚ですね。

水野:強いですね。それは自分の実感をアウトプットすることだから。エゴイスティックだけど、カッコいい。

千代田:すごくエゴイスティックだし、ある種のルサンチマンで駆動されているなと思います。逆襲というか。「今まで偽物の“おもしろい”で俺を叩きやがって!これが本当の“おもしろい”だ!」みたいな(笑)。

水野:「みんなこれが好きなんでしょ?」じゃなくて、「俺はこれをおもしろいと思っている。この価値を世に通す」みたいな。

千代田:戦だと思っていますね。

水野:でも実際に“本当のおもしろい”になってしまったらどうなるんですか。自分が携わったもの、信じたものが、世の中でものすごい権威になったとき。

千代田:いや、どうするんですかね。また別の誰かに殺されるのを待つ。

水野:すごい(笑)。その瞬間まで見てみたいな。さて、たくさんお話を伺ってきましたが、最後に、これからクリエイターを目指すひとたちへ何かメッセージをお願いします。

千代田:『CREATOR’S NOTE』という番組に来ていますが…。僕の好きな『響 〜小説家になる方法〜』というマンガで、小説家である主人公の響が、担当編集者に対して、「編集者をクリエイターだと思っているんだ?」みたいなセリフを言うんですよ。痛烈な言葉ですごく刺さって。そこから僕も、「いや、編集者をクリエイターと言っちゃいけない」という思いがあるんですね。今回もあまりクリエイターのつもりでいないようにしようと(笑)。

水野:はい(笑)。

千代田:だから、プロデューサーとしての、クリエイターを目指す方へのメッセージにしようと思います。言えるのは、「とにかくまず作ってください」ということですかね。しょぼくてもいいから、1個でいいから。1個を作り上げる前に挫折するひとが、見た感じ9割ぐらいいる。1個でも作ればクリエイターになるので。

水野:これ、結構みなさんおっしゃるんです。

千代田:あ、本当ですか。

水野:本当に何度も出てくる言葉。みなさん「作れ」と。そして「1個完結しろ」と。それをいろんな言葉でおっしゃる。しかも、クリエイターを間近で見ている編集者・千代田さんの言葉だから、また重いですよね。1個目まで行けなくて倒れていくひとを実際にたくさん見ているから。

千代田:たくさん、本当にたくさん見ました。

水野:これは大きな言葉だと思います。というわけでございまして、今回はマンガ編集者の千代田修平さんをゲストにお迎えしてお話を伺ってきました。ありがとうございました。

千代田:ありがとうございました。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/

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