対談Q 野間口徹(俳優) 第1回

普通を演じるってどういうこと?

足すのではなく、削いでいく

野間口徹(のまぐちとおる)

1973年福岡出身。1994年、信州大学在学中に演劇サークルで活動を始める。30歳までは芝居を続けようと上京し、嶋村太一、竹井亮介とともにコントユニット・親族代表を結成。舞台で活動を続け、29歳の時にCMの仕事が入り、ドラマへの出演も少しずつ増え始め、2007年、岡田准一主演のTVドラマ『SP 警視庁警備部警護課第四係』にレギュラー出演したのをきっかけにブレイク。その後も、バイプレイヤーとして多くのTVドラマや映画に出演し活躍。この春、NHKドラマ初主演で、中年男性の孤独を、現実とバーチャル世界を行き来しながら描く新感覚ラブストーリー「VRおじさんの初恋」が話題となった。

水野:野間口さんには以前、いきものがかりの「笑顔」という楽曲のMVに出ていただきまして。もちろんテレビを通してもいろいろ拝見していて、いつかゆっくりお話を伺えたらと思っていました。

野間口:ありがとうございます。

いきものがかり「笑顔」Music Video(2013年、監督:三木孝浩)

水野:この対談Qは、ひとつのテーマをゲストの方と一緒にお話させていただくという企画で。どんなテーマについて話そうか考えてみたとき、まず野間口さんじゃないと出せない「普通感」があると思ったんです。自分たちの生活の延長線上に、「この役のひと、本当にいそうだな」と思えるというか。電車に乗ったら、いそう。でも、ただ「普通」だったら、役として成立しないような気もするし。

野間口:うん、うん。

水野:そこで今回は「普通を演じるってどういうこと?」というテーマで、お話を伺えたらと思います。野間口さんはいろんな職業の役を演じられていて。時にはかなり特殊な役もありますよね。だけど、常にそこに生々しさやリアルさを、観ている側が感じ取ることができる。そのあたりは役を演じる上で、どう意識されているのか、逆に意識されていないのか。

野間口:基本的には、台本をいただいて、家で何かを作り込んでいくことは一切しないんです。現場に行って、初めて他の方々と合わせて、できていくのが役なので。ただ、「このひと(役)はこれができる。これもできる」という材料は準備しておきます。そこからどれだけ削いでいって、その役をカロリー消費少なく表現できるか。

水野:削るんですね。「準備をする」というのは、小説家の方がひとつのキャラクターを作るとき、文章に書いてない背景までメモ書きしていくような作業に近いのでしょうか。

野間口:そうかもしれないですね。そして表現の上で、どうしても何か癖をつけたくなるというか、「常にこうしているひとだ」みたいなものを盛り込みたくはなるんですけど、それをすべて削っていくということです。

水野:足していくより、削っていくほうが“そのひと”が出てくるというのは、どういうことなのか…。

野間口:僕にはそのほうが合っていただけだと思います。足していって、すべてを盛り込んで表現できる方もいらっしゃる。でも僕の場合、足していくと複合的に噛み合わないということに30代前半ぐらいで気づいて。演出家にも「奇をてらうな」と言われたんです。じゃあ削ってみよう、すべてなくしてみよう、と。すると自分にフィットしたので、続けているんですよね。

「表現しよう」とすると難しくなっていく

水野:役として“ただ、いるだけ”の瞬間もありますよね。それだけで存在感が出るのも不思議です。たとえば、Sansanの名刺のCM。松重豊さんとおふたりでお芝居されていて、引きの画面になったとき、「あ、このひといそうだ」って思うんです。本当にどこかの会社で働いていて、「あの取引先といい関係を築きたい」みたいなことを考えて暮らしているんだって。そのリアルさがパッとおふたりから出るのはどうしてなんだろうと。

野間口:役者ってどうしても何か表現したくなると思うんですけど、意外と普通のひとって“何もしてない”じゃないですか。だから、気持ちだけ持っていれば、観ているひとにも伝わるというか。SansanのCMでも「こういう設定です」と言われたものを頭に入れて、「絶対に取引するぞ」とかそういう気持ちだけを持っていました。

水野:難しそうです。僕なんか素人だから、「演技って何だろう?」と思います。仮に公安部の捜査員役で、誰かを尾行していて電信柱の影に隠れて見ているというシーンがあるとするじゃないですか。セリフがなくともその姿だけで「誰かを追いかけていて、隠れている」と観ている側に伝えられることが不思議。僕も電信柱の影に立つことはできると思うんです(笑)。でも役者さんのようにはその状態を表現はできない気がする。

野間口:いや、できますよ! 「対象があそこにいて、そのひとを追いかけているんだ」と自分に思い込ませれば、体が勝手にその空気感を出してくれるというか。意識の飛ばし方ですね。でも、それを「表現しよう」とすると難しくなっていく。別に表現しなくていいんですよ。

水野:表現しない、というのもすごく難しくないですか?

野間口:よくそう言われるんですけど、僕はもう今となっては表現しないほうが楽ですね。逆に「追いかけているひとを表現して」と言われても…。

水野:余計なものが出てきてしまう、と。

野間口:はい。表現することに終始、執着してしまう気がして。普通のひとって、別に何かを表現しているわけじゃないし。

水野:たしかに。“サラリーマン”を表現しているひとはいない。

野間口:そうなんですよ。ルーティンというか。ただ、いるだけ。

「みんなの平均のひと」を強みに

水野:野間口さんは、まさにサラリーマンの役とか、普通のひとを演じる機会も膨大にありますよね。たくさん役者さんがいらっしゃるなかで、なぜご自身がそういう役によく選ばれるのだと思いますか?

野間口:見た目も含め、真ん中らへんだからだと思います。身長、背格好、顔、すべてが中間ぐらい。

水野:それはご自身にとっては強みですよね。

野間口:はい。ある時期から、もうこれを強みにしていこうと。「みんなの平均のひと」って、誰もやってこなかったじゃないですか。隙間産業というか(笑)。そこを目指そうと思ったのもやっぱり30代前半ぐらいでしたね。

水野:最初はもっと目立つ役をやりたいと思っていたのですか?

野間口:思っていましたね。20代の頃なんか、肩をぶんぶん回して現場に行っていましたし。それが変わったのは、演出家のケラリーノ・サンドロヴィッチさんのおかげでした。オーディションに落ちまくっている時期、ケラさんとご飯を食べているときに、「お前、何かやろうとしているだろ。今度から“笑わせよう”とか一切やめてみな」って言われて。実際に、次からやめてみたら、すぐに受かって役が決まったんです。あれはビックリしました。ああ、そういうことかと。

水野:野間口さんも他の役者さんを見ていて、「あ、今、何かやろうとしているな」って感じはわかりますか?

野間口:わかりますね。

水野:で、それは余計だなと。

野間口:はい、やっぱり削いだほうがいいと思います。役者って自分だけのものではないので。演出家の意図を汲んだ上で何かをやるなら全然いいんですけど、汲まないでひとり走りするのはどうかなと。

水野:役者さんのその感覚は、ミュージシャンの演奏に対する感覚にそっくりですね。音楽も相手がいて、一緒に作るものだから。誰かが主役や中心になってはいけない。常にサッカーみたいというか。

野間口:そうですね。役者も常にセッションだと思います。とくに舞台とか、毎日みんな同じ体調なわけではないから。その日、誰かが違う体調で違う言い方をしたら、受けるほうも少し変えないといけない。ドラマも、家で作っていった役をすべて現場で表現できるはずないんです。段取りでみんなと合わせてみて、「向こうがそうするなら、こうしよう」ってできていくものだから。

水野:その引き出しを増やしていくための経験って、役者さんにとって何でしょう。

野間口:やっぱりいろんなひとと手合わせをすること。そしていろんなものを見ること、だけだと思いますね。

文・編集: 井出美緒、水野良樹
撮影:軍司拓実
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:喫茶銀座
https://www.instagram.com/ebisu.ginza/

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