「きく」ことで得るのは、リアリティーと共通項と差異。
いきなり本音を聞いてはいけない
塩田:「きく」ことで何を得るかにも種類があって。主に3つ。1つ目はリアリティーです。たとえば『罪の声』では、テイラー(衣服の仕立て屋)に取材をしまして。その方が言っていたのは「自分のおじいちゃんもテイラーで、ティッシュペーパー1枚のシワの寄り方で、どうやって型紙を作るか教えてくれた」って。これってプロからしか出てこない言葉だと思うんです。
塩田:『朱色の化身』では、「80年代はいかに女性の進学が少なかったか」を象徴する事象として、「京都大学は男子トイレのなかに女子トイレがありました。だから私は、男の子がいるのを見ないようにしながらトイレに入っていったんです」という証言を得ました。これもどこにも載ってない情報だけど、その時代、普通にあったことなんですよね。そういうリアリティーを小説にポンと入れるだけで、実に我がことのように内容が迫ってくる。
水野:なるほど。
塩田:2つ目は共通項。『存在のすべてを』では、いろんな美術関係の方に取材をしていったんですけれども、みなさんおっしゃる課題がひとつのところに集まってくるんです。たとえ入り口は違っても、結局は共通項として何か見えてくる。そして3つ目は差異です。
水野:差異。
塩田:たとえば、今やっている週刊文春の連載で、名誉棄損について各弁護士に話を聞くんです。「芸能人に対する誹謗中傷」をひとつのテーマにしていますから。でもそこで弁護士によって、言うことが違うんですよ。法律ひとつでも、普段「原告」側につくか、「被告」側につくかで理論が違う。どちらも理路整然とごもっともなことを話しているのに、結論が真逆なんですよね。つまり先ほどの共通項と逆。リアリティーと共通項と差異、この3つを獲得していくと大体「聞く」から「聴く」に変わっていきますね。
水野:その「差異」を出すのも難しそうです。通り一辺倒な質問をしたら、「弁護士だったら大体こう答えるよね」ってところで止まってしまう。だけど、そのもっと奥に入って、その方が仕事で組み立ててきた論理や個性に行きつく。そこに行きつくために必要なのは、やはり準備ですか?
塩田:そうですね。準備は信頼関係を築くための最初のものだと思います。あと、必ず本音と建前というものはあるので、いきなり本音を聞いてはいけない。準備してきたお話をしつつ、相手は何に思い入れがあるのかを感じながら、「じゃあ、いちばん悔しかったことって何ですか?」とか、急にポンと入れてみたりするんですよ。すると、「いや、実は…」と出てくることが多い。
ただ、必ずしも最終的に時間内で本音を聞ける関係になれるかどうかはわかりません。結局、「ああ、通り一辺倒なことをやったなぁ…」って帰る取材も多々あります。それはどうしようもできないです。小手先のテクニックではないんじゃないかな。大事なのは、いかにそのひとに話を聞きたいかという気持ちを伝えるか。どれだけ準備をするか。その上の会話のなかで、相手の感情が出るラインが見えたら、必ず聞くことにしています。
関西人は小説家が多い
水野:「今、刺さなきゃ」と思うんですね。その「今、このひとの感情が出たな」って感覚って、どこで養っていくのでしょうか。多分、僕らだと触れているのに気づかないことがあると思うんですよ。でも塩田さんは、「あ、表情が変わった」とか「ちょっと動きが強くなった」とか感じ取られて、本音スイッチが入るわけじゃないですか。そういう相手の機微を読み取る力って、やっぱり経験によって?
塩田:ひとつね、関西人っていうのはあると思う(笑)。昨日のいきものがかりさんのライブ中も、めちゃくちゃ大阪のお客さんって声をかけてきたじゃないですか。
水野:はい(笑)。
塩田:そうやって一旦なかに入ったら、すごく人懐っこいのが大きい。あと会話のキャッチボールが独特というか。わざと怒らせてみたりするんですよね。小さいときから、それをやってるから。そういう関西特有のものは間違いなくあると思います。だから、関西人の小説家って多いんですよ。東京から来た編集者も、「関西は作家がたくさん住んでいるので、まわるところがたくさんあるんです」と言っていて。
水野:はい、はい。
塩田:それは単に人口比的なものではなく、物語を作ったり、その前提としてひとから話を聞いたり、というのが関西人は得意なんじゃないかなって。やっぱり聞くときには、一方的に「教えてください」じゃなくて、自分のことも話すじゃないですか。そういう会話のリズムとか、どこまで距離を詰めたら怒られるかの感覚とかは、土地柄が大きいのかもしれないですね。
水野:それは関東のひとが相手でも変わらないですか?
塩田:そうですね。人間なので、最初は大体みんな硬いんですよ。でも、準備があるからだんだんほぐれてきて話すわけです。「あぁ、このひとならわざわざ1から説明しないで済む」と。だから“5から話せる状態にしておく”というのが大事だと思いますね。
水野:僕は多分、取材となったら身構えると思うんですよ。「何を聞こうとしているんだろう?」って。それがほぐれていくってどういうことなんでしょう。あと、たとえば事件取材とかになると、被害者の方にお話を聞くこともありますよね。すると、誰かを失った悲しみとか、犯人への怒りとか、きっとその方自身も簡単に言語化できないことが多いじゃないですか。それでも相手がほぐれていくのには、何か秘訣があるのでしょうか。
塩田:まず相性はあります。僭越ながら水野さんには、お会いする前から「多分、合うな」って思っていたんですよ(笑)。だからこの対談のお声かけもすごく嬉しくて。でもたとえば、合わないひとにお話を聞くときには、無理をしない。1回で済ませようというのは、厚かましいかなと。そういうときこそ、1枚手紙を書けるか、もう1回会えるか、というワンクッションで変わってくるんです。ほんの微差、ひと手間で人生が変わります。
水野:それが大きな分かれ目なんですね。
僕は記者会見で緊張しない
塩田:でも、新聞記者のときとは違って、今は小説家として取材をされる側にもなるじゃないですか。すると、「お時間をいただいている」ということに関して、記者時代の僕は無自覚だったなとも思いましたね。わかっているつもりで、具体的には見えていなかった。そこは、記者を辞めたからこそ出てきた反省点です。あと、記者さんが取材に来るときって、「記者ってどんなひとだろう?」っていう緊張がありませんか?
水野:あります、あります。
塩田:その点、僕は自身が記者だったというところで余裕があるんですよ(笑)。同じ立場だったから。たとえば小説の映像化の記者会見とかで役者さんと一緒に出席するじゃないですか。演者さんってたくさん舞台に出られているのに、会見前はガチガチに緊張されていて。びっくりしたんですよ。え!こんな表に出てはるひとが!?緊張するのって。
水野:いや、緊張しますよ!
塩田:僕のイメージでは、舞台袖でベラベラ喋っていて、「本番です」って言われたらスイッチを入れる、という感覚だったんです。でもみなさん、ずっとシャキッとしていて。で、「緊張しているんですか?」って聞いてみたら、「しますよ!」とおっしゃっていて、意外でした。僕は記者会見で緊張しないので。
水野:それは記者をやっていた方からじゃないと聞けない話です。多分、全芸能人がびっくりする(笑)
塩田:僕、昔は記者会見の場にいましたし、質問もしていたのでね。だから記者側の気持ちもわかるんです。実は手を挙げる記者も緊張しているんですよ。
水野:なるほど。指されたら…って。
塩田:そう、あちらの緊張がわかるから、こちらもガチガチになる必要はないんです。
文・編集: 井出美緒、水野良樹
撮影:濱田英明
ヘアメイク:枝村香織
監修:HIROBA
協力:ザ・ホテル青龍 京都清水
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