『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』WONK・井上幹さん【前編】

 必要とされる音楽か、自分がやりたい音楽か

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/

“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週金曜日夜24時30分から放送。

信念を曲げないためには、柱をもう1本

水野:水野良樹がナビゲートしています『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』今回のゲストは、ベーシストであり、ゲームサウンドデザイナーでもある、エクスペリメンタル・ソウルバンド・WONKの井上幹さんです。

井上幹(いのうえかん)
1990年東京生まれ。ベーシスト/作編曲家/音楽プロデューサー/サウンドエンジニア/サウンドデザイナー。慶應義塾大学法学部政治学科卒業後、ゲーム会社でサウンドデザイナーとして楽曲制作を行う。その傍ら4人組バンド・WONKのベーシストとしても活動。EPISTROPH共同創業者・取締役。

水野:井上さんはWONKの活動をされている一方で、IT企業でも社員として勤め、本当に様々なことをやられていて。今日もお勤めになっているところからいらっしゃったそうですね。

井上:J-WAVEの近くにあるオフィスで働いて、ちょっと早退してスタジオに来ております。

水野:ありがとうございます! 井上さんは、音楽の原点というと?

井上:もう生まれたときから、というのが正しくて。両親がジャズバンドをやっていまして。ふたりが出会って生まれたのが自分なので、幼い頃から両親が演奏している場に連れていってもらった、というか。連れていかれた、というか。

水野:もう素直に、楽器はやるものだと思っていましたか?

井上:そうですね。ジャズバンドにいた別のご夫婦の息子さんが、僕と同い年で。彼がギターを始めるとき、「幹もよかったらやらないか」と誘ってもらって、ふたりで始めたのが直接的なきっかけです。それが小学校5年生ぐらいで、今に至るという感じですね。

水野:音楽に対して抵抗感はありませんでした?

井上:音楽自体に抵抗はなかったけれど、どういう音楽をやるかというところは、両親の影響があると思います。自分がやるならジャズではないなと。当時はやっぱり、おじさん、おばさんのイメージがあったので。たとえば、RED HOT CHILI PEPPERSとかRage Against the Machineとか、ロックやファンクの方面にズレていきました。反抗期というか、ちょいズラしの気持ちがありましたね。

水野:どうしてベースを選んだんですか?

井上:ベースを始めたのは高校生ぐらいのときなんですけど、純粋にベーシストが少なかったから。ギター志望はめちゃくちゃいたので。友人とバンドを組むようになったとき、ひとと一緒にやるということは、自分の役割が生まれるってことなんだと痛感して。一緒にやれるだけでも幸せだから、ベースやるかなみたいな感じで。

水野:ご自身が音楽をやっていくうちに、ジャズの魅力もわかっていく気がするのですが、どのように感覚は変わっていきましたか?

井上:ベースを始めた高校生ぐらいのときは、すでにジャズとかソウルミュージックとかが好きだったので、反抗期でもなんでもなかったなと。もうすんなり。楽器をやればやるほど、「楽器がかっこいい音楽ってかっこいいな」と思うようになっていきましたね。

水野:結構、いろんな分野に好奇心を持つほうでした? 

井上:はい。どの分野でも初めの一歩って、得難い楽しみがあると思っていて。やったことないことはやりたくなるし、一時期はそれに集中しちゃう。ハマると打ち込むタイプで、冷めやすくもないんですよね。

水野:いろいろ手を出したことが結果、自分のなかに溜まっていくというか。相乗効果みたいになっていくんですかね。少し前の世代はやっぱり「音楽やるなら音楽だけ」という方が多いじゃないですか。井上さんが、音楽活動と一般企業でのお勤め、どちらも走らせようと決意されたのはなぜですか?

井上:学生時代、バックバンドで演奏をさせていただいたり、セミプロみたいなことをやっていて。そういう経験を通じて、「これはいつか、自分が好きじゃない音楽をやらなきゃいけないときが来る」とわかったんです。自分の好きな音楽の信念を曲げないためには、柱をもう1本、立てていかないと、という思いが大きかったですね。

水野:音楽における自由を獲得するために、基盤を整えておくというか。その道を選んだ決断は正しかったと思われますか?

井上:今のところは正しかったと思っています。会社でもIT企業とはいえ、ゲームを作る会社のサウンドチームで、ゲームの効果音や音楽を作ったりしているので。大満足な現状ですね。

水野:結果、企業でのお仕事も、音楽家としてのお仕事も繋がっているんですね。井上さんは音楽的にどんな視点が増えたと思いますか?

井上:いちばん変わったというか、広がったのは、音楽の聴き方ですね。自分がプロのベーシストではなく、必要とされる音楽、たとえばゲームのBGMに着手するとなったとき、もちろん歌もそうですけど、ドラムとか、シンセサイザーとか、いろんな楽器に注目できるようになって。それが結果的に音楽好きとしては楽しいです。

合宿所では込み入ったデジタルな曲は作れなかった

水野:WONKの活動についても伺っていきたいと思います。「エクスペリメンタル・ソウルバンド」という枕言葉がつきますけれども、どうして自分たちをこういうふうに呼んでいらっしゃるのでしょう。

井上:バンド結成当初、「自分たちがやっている音楽って何だろう?」とみんなで話し合った結果、まずソウルミュージックっぽいかな、と。ただ、一口にソウルバンドだと言っても、ジャクソン5みたいなものを想像されると僕らがやるものとは少しイメージが違う。それで「とりあえずいろんな方向でやってみる実験を自分たちのなかで繰り返そう」っていう意味の「エクスペリメンタル」をつけたという感じです。

水野:WONK自体も、井上さんのように好奇心が強いグループですか? 

井上:比較的みんなそうですね。キーボードの江﨑文武は、クラシックピアノ出身ですけど、ジャズも深く聴きますし、アンビエント音楽とかも好きですし。ドラマーでリーダーの荒田洸も、ヒップホップ大好きですけど、ジャズドラムもやっていたし。テリトリーはありつつ、細分化されたジャンルではない感じです。

水野:それぞれ音楽的教養が深いじゃないですか。一緒にやったとき、ぶつかったりはしないんですか?

井上:パーソナリティーの衝突はないですね。「この曲はこうしていこう」というとき、「いや、こういうパターンもあるんじゃないか」みたいな話はかなりしますけれど。みんな好奇心が強いから、違うものを試してみようかなという気分もあったりするんですよね。それが言い合いとか喧嘩にはならないというか。

水野:2022年に発表したアルバム『artless』では、合宿で作品づくりをされたそうですね。

井上:WONKは試したがりで。前作アルバム『EYES』はほぼリモートで作ってみたんですけど、『artless』はその反動というか。「まだみんなで一緒に過ごして何かを作ったことはないよね」という話になり、「じゃあ今度はリモートとは逆に、ともに生活をして作ってみようか」と。

水野:それによってどんな変化がありました? 

井上:やっぱりいちばんやり取りがスムーズでしたし、メンバーのことを思って作曲できました。多分、リモートで作った『EYES』は、それぞれの「自分はこのテーマに対してこう作りたい」みたいな曲を集めたアルバムだったんですけど。『artless』は、たとえば、ボーカルの長塚健斗がどういう声の持ち主か、どういうことを思っているのか、そういうことを作曲に反映させることができて。それは作った意味があったなと思っていますね。

水野:目の前にいる相手を思う、という非常にパッション的なところはやっぱり影響するものでしょうか。

井上:そこはすごく影響しましたね。今まで作詞面に、ボーカルの長塚以外の3人が関与することはあまりなくて。でも『artless』のときは、「日々こういうこと思っていて、こういう悩みがあって」みたいなことを夜、飲みながら話して。「じゃあ、こういう曲にしよう」みたいな。

水野:めっちゃ、青春じゃないですか。

井上:はい、合宿って青春ですよね。それ以外でのおもしろかった点は、場所。富士山の近くの合宿所みたいなところに行ったんですけど、やっぱり込み入ったデジタルな曲は作れなかったですね。家だと、MIDI鍵盤を弾いたり、素材を集めてループを組んでみたりするんですけど。合宿のときは、長塚を呼んで、アコギでふたり、ジャンジャカやりながら作りました。それを外でやると気持ちよくて。

水野:おもしろいですね。しかもWONKがそれをやっているのがすごい。素人目だけど、「理詰めですべて作っています」というクールな感じがするけれど。あれだけ演奏力があって、自分たちで作れるみなさんが、最終的にたどり着くのが、「自然のなかだからデジタルにいけない」ってめっちゃ人間らしいじゃないですか。

井上:はい。なので『artless』はもっとも人間らしいアルバムになったと思っていますね。

パズルばかりしていた自分に落ち込む

水野:ゲームでの音楽作りとバンドでの音楽作りってどういう差があります?

井上:いちばん違うと思うのは、必要とされる音楽か、自分がやりたい音楽か。やっぱりゲームは、ビジュアルもシナリオもあるし、キャラクターのパーソナリティーを立てなきゃいけないとか、シチュエーションを盛り上げなきゃいけないとか、音楽に一定の役割があって、求められるものがあって作曲に着手する。なので、創作というよりは、パズルを組み立てていく感覚で。「どういう楽器・音色を使ったら、お客さんに中世ヨーロッパを感じてもらえるんだろうか」とか。そういうアプローチを考えることが多いです。

一方、WONKの楽曲を作るときは、「自分たちがやりたいものをやるんだ」という気持ちでやっているので、まっさらな空間に立たされることになるんですよね。キーワードがない。取り掛かりがないところから、「自分たちがいちばんやりたいところの取っ掛かりは何だっけ?」というところから始まる。

水野:ゲームサウンドのほうは先に“問い”があって、それに対して答えていく。WONKのほうは、ご自身がやりたいことを見つけなきゃいけないから、“問い”探しから。どちらが楽しいですか?

井上:これが難しくて。自分の性格上はパズルのほうが楽しいんですよね。たくさんあるアプローチのなかから、これを選択するとこうなる、と組み立てるのが性分に合うというか。でも逆に、自分がやりたい曲を作るとき、パズルばかりしていた自分に落ち込むことがあって。

水野:まったく違う脳を使うんでしょうね。

井上:「別に音楽でこれを伝える必要ないな」と思うこともあるんですよね。喋ればいいじゃんとか、文章を書けばいいじゃんみたいな。

水野:難しい。音楽をやっている人間が常に問いかけられることですよね。「これをわざわざ歌う必要あるのか?」って。

井上:そもそも「歌う必要」とか言っている時点で、違うんだろうなと。だからWONKの楽曲づくりはわりと悩むけれど、メンバーがいてくれるので。そこから取っ掛かりを持ってきたり、そういう活動になっていますね。

J-WAVE Podcast  放送後 25時からポッドキャストにて配信。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集: 井出美緒、水野良樹
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/

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