“どこかの誰かのノンフィクション”というテーマを置きながら、フィクションを描きたい。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは、シンガーソングライターのさとう。さんです。

さとう。
静岡県伊豆市出身、2000年7月18日生まれ。2018年、高校3年生のときに本格的に音楽活動を開始。2024年にリリースした「3%」がSNSを中心に火がつき、各方面で話題に。心を揺さぶる歌声とアコースティックギターを武器にステージに立ち続けるシンガーソングライター。その等身大の歌詞は男女問わず“自分目線”として聴き手の感情に寄り添う。
「挫折もなく来てしまった私に何が歌えるんだろう?」

水野:小さい頃から音楽は好きだったのでしょうか。
さとう。:歌うのも聴くのも大好きでした。身内にミュージシャンがいたわけではないのですが、テレビより音楽が流れていることのほうが多い家庭だったと思います。中学1年生のクリスマスに、「ギターが欲しい」と母にお願いしたら、自分はエレキを想像していたのに、母のお下がりのアコースティックギターをもらって(笑)。でも弾いてみたら、生音でもしっかり鳴るのが楽しくて。母の勘違いがきっかけでアコギと出会い、今に至ります。
水野:最初はコピーからですか?
さとう。:そうですね。母がギターと一緒に、“3つのコードで弾ける名曲集”というような楽譜をくれたんですけど、母世代のアーティストの曲ばかりで。そのなかで私が知っていたのが、レミオロメンさんだったので、もう「粉雪」と「3月9日」を延々とリピートして弾いていました。

水野:わりと早いうちからご自身の歌を聴いてもらうために配信などをされていたんですよね。
さとう。:中学2年生のときにツイキャスを始めました。まだスマホは持っていなくて、兄妹で1台のiPadだったんですけど、それで自分のTwitter(現:X)アカウントを作って。兄から、「ツイキャスっていう配信できるものがあるらしいから、やってみたら?」と言われて、やってみた感じでしたね。
水野:精神的なハードルはありませんでしたか?
さとう。:正直、今よりネットリテラシーもまだない頃だったので、「電波を通じて、自分を知らないひとにもさとう。の声が届くらしい」くらいの感覚でした。だから、クラスの友だちにも、「今日の夜も配信やろうかな」とか話してはいるけれど、別に学校にギターを持って行って弾いているわけでもなくて。
水野:観たひとから返ってくる反応はどのように捉えていましたか?
さとう。:純粋に嬉しかったです。そのアーティストが好きな方に、カバーを褒めてもらえると、「ちゃんと届いているんだな」って感じましたし。
水野:音楽の道で食べていこうという気持ちになったのはいつ頃からですか?

さとう。:もう3歳くらいからです。将来の夢を書く欄に、「金持ち」「美人」「歌手」と書いていました(笑)。そのうちのひとつが今、叶っていて嬉しいですね。
水野:なぜ、歌手という夢に惹かれたのでしょうか。
さとう。:誰かの曲やライブに憧れたことがきっかけではなくて。恵まれた環境で育って、学校の発表会や地域のお祭りで歌うたびに、家族や近所の方が、「上手!」「頑張ったね」とかたくさん褒めてくれたんです。その嬉しさが、配信で歌を届けたときの感覚にも近くて。ネットで聴いてくれた方も温かい言葉をかけてくれて、「ありがたいな。楽しいな」という気持ちがどんどん大きくなって、自然と「音楽で生きていきたい」と思うようになりました。
水野:曲づくりは、どのように進化していきましたか?
さとう。:中学生でギターを始めた頃から、なんとなくワンコーラスだけでもオリジナル曲を作っていました。本格的に曲づくりに向き合い始めたのは高校生くらいだったと思います。当時はJ-POPというより少しマイナーな曲をよく聴いていて。葛藤を抱えながら生きる人たちの歌にたくさん触れてきたことが、今も自分の音楽の根っこになっている気がしますね。
水野:ご自身が聴いてきたような曲を、自分も形にしていきたいという気持ちがあったのですね。
さとう。:もちろん明るく楽しく在りたいのですが、自分はもっとダークな部分に憧れを抱いていて。とはいえ、さとう。はまっすぐまわりのひとに応援してもらって、若干ひねくれてはいるものの、非行に走ったりせずに生きてきた。だから、「挫折もなく来てしまった私に何が歌えるんだろう?」という、ないものねだりの葛藤があったんですね。でも、曲づくりをしていく上で、そういう悩みや絶望は意外と身近にあることに気づきました。今はそういう面を歌うことを、さとう。は得意としているように思います。
水野:高校時代には、『日村がゆく 高校生フォークソングGP』という番組に出演されたり、配信のみならずご自身に注目が集まる機会も増えていったかと思います。そのあたりへの心理的な抵抗はありませんでしたか?
さとう。:必要なときに、ちょうど背中を押してくれるひとに出会ったり、背中を押してもらえるような出来事があったりしたんだろうなと思います。『日村がゆく』の出演も、初めてお付き合いをしていた方に振られて、失恋のやけくそな気持ちで書いた曲を、大好きなバナナマン・日村さんがやっている番組に思い切って送ってみたことがきっかけだったんです。その時々で、誰かがさとう。に必要な何かを投げてくれている気がしますね。
演じる、というより“歌の主人公になる”

水野:そんなに客観的でいられるのはなぜでしょう。こうしてお話させていただいているなかでも、「私は」ではなく、「さとう。は」とおっしゃるのが印象的です。
さとう。:どうだろう。さとう。の曲って、フィクションが多いんですよ。実体験というより、自分が見たものや聞いたものに、物語をつけていくことが多い。だから、もしかしたら、さとう。というシンガーソングライター自体にも近いものがあるのかもしれません。自分のことではあるけれど、自分のなかのもうひとつの人格というか。“こういうフィクションを歌うひと”という意識を、確立しているのだと思います。
水野:2024年にリリースされた「3%」はとくに注目を集めて。その後、かなりのハイペースで曲を出されていますね。この時期は、どういう感覚がありましたか?

さとう。:「3%」をきっかけに、本当にたくさんの方と出会うことができました。自分が聴いてきたアーティストさんや、ラジオやテレビの方々の耳にも届いて。そうなると、さとう。はひとが好きで、ひとと話すことも好きなので、自分のなかの情報がどんどん更新されたり、入れ替わったりしていったんですね。同時に、歌いたいことや形にしたいものも増えた。それで、「この気持ちを残したい」という思いで連続リリースをしていましたね。
水野:つらさはなかったですか?
さとう。:さとう。って、つらいのも楽しいんですよ。若干、体育会系の血があるんでしょうね。平穏に楽しく生きていくのもいいのですが、常に何かに挑んでいたいし、逆境に立ったときにワクワクしてしまう自分がいて。そういうさとう。がずっと好きなので、きっとこれからまた突拍子もなく連続リリースをすることがあるかもしれません。
水野:実体験は、どれくらいの分量で歌詞に織り込んでいくのでしょうか。
さとう。:さとう。は“どこかの誰かのノンフィクション”というテーマを置きながら、フィクションを描きたいんです。だから、自分やまわりのひとに起こり得ること、誰の手に渡っても馴染むような言葉やメロディを軸にしていて。すると、さとう。の実体験が強すぎると、自分の理想とは少し違うんですよね。結果、フィクションが8割、実体験が2割くらいの比率になることが多い気がします。

水野:曲先ですか? 詞先ですか? あるいは、一緒に出てくるタイプですか?
さとう。:一緒に出てくるタイプですね。ギターを弾きながら、鼻歌がどんどん言葉になって、歌ができていくことがよくあります。
水野:曲づくりに時間はかかるほうですか?
さとう。:曲によります。それこそ「3%」は30分で完成したくらいで。逆に、ワンフレーズは浮かんでいるのに、そこからどうしようもできなくなって寝かせて、1か月後に引っ張り出して続きを書くような曲もありますし。
水野:ご自身としてはどちらのほうがよいですか?
さとう。:いいバランスを取れたらいいなと思っています。作るスピードが早いほうが、キャッチーな曲は多くなるんですよ。でも、時間をかけた曲のほうが、ライブで歌うときにより心が乗るというか。「書いているとき、あんなことがあったな」という記憶も浮かんだりする。だから、どちらのよいところも大事にしたいですね。
水野:楽曲はフィクションが多いとおっしゃっていましたが、ご自身の声を使って表現するとなると、歌と心の一致も必要になる気がします。そのあたりはどのように向き合っていますか?
さとう。:歌の主人公を演じる、というより、“歌の主人公になる”という気持ちですね。さとう。の曲は<僕>という一人称が多いのですが、そういうときには“男性になっている”くらいの感覚で歌うことが多い気がします。ただ、さとう。の書いた言葉で、さとう。が歌っている時点で、もうさとう。だなと感じるので、「もっと自分自身の本音を歌いたいのに」みたいな思いはないかもしれません。
ライブでは、火を囲んで話しているような感覚になりたい

水野:お客さんの反応は、どれくらい自分に影響を与えますか?
さとう。:さとう。って、お客さん全員を見ているようで、誰も見ていないような部分がありますね。曲間やライブが終わったときに、「あのひと泣いている」とか、「あのひとすごく笑顔だ」とか、ようやく気づくくらい没頭してしまいます。だから、手拍子を煽ったりしてお客さんを巻き込むような曲はほとんどなくて。曲を聴いている間は、同じ空間にいるみんなで、火を囲んで話しているような感覚になれると嬉しいですね。
水野:ライブツアーが、曲づくりに影響していくことはありますか?
さとう。:さとう。はライブで曲を作ることが多いので、影響はとても大きいです。たとえば、そのライブハウスで出会ったひととか、ライブの前に見た景色とか、そういうものから刺激を受けています。あと、ワンマンライブのたびに、ワンコーラス分くらい、ツアータイトルを歌にしているんです。それは1stワンマンのときからずっと続けていますね。

水野:それは最終的に、フルコーラスにするのでしょうか。
さとう。:いえ、もうその日しか弾かないです。ある意味、自分のなかでの答え合わせなんですよね。ツアー初日から歌ってはいるけれど、ツアーファイナルで歌うときに、より気持ちが込められるというか。今までツアー先で見てきた情景もすべて乗せられる。これはこの先も続けていきたいと思っています。
水野:これから年齢を重ねたり、ご自身の人生のフェーズが変わったりしていくなかで、何かビジョンは描かれていますか?
さとう。:5年前のさとう。が今を想像できていたかと言われたら、まったくそんなことはなくて。毎年、驚くような出来事が起きています。2019年から、毎年12月31日に書き下ろし曲を作っているんですけど、2025年の12月31日には「あっと」という曲を書いたんです。あっと驚く瞬間はあっという間に終わってしまう、という意味と、“アットマーク”のように自分の帰る場所や現在地、目的地を増やしていきたいという思いを込めた曲で。これからも1年前の自分が驚くようなさとう。を更新し続けていきたいですね。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
さとう。:やっぱりクリエイターは、孤独な生き物だと思います。さとう。も、ひとに囲まれて、曲がひとに届いている日々ですが、それでもふとした瞬間、誰にも聴いてもらえなかった時期を思い出したり、孤独を感じたりします。そういう気持ちはこの先も拭えないのかもしれません。でも、残せることって、それだけで偉大で素晴らしいことです。たとえ日の目を浴びなくても、残せること自体が尊い。クリエイターを目指している方には、それだけは忘れないでほしいです。さとう。も忘れないでいたいです。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
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