無限にひとの感想を見て、ひとの作品を観ていたい。だから長生きしたい。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは、芸人の大島育宙さんです。

大島育宙(おおしまやすおき)
1992年生まれ。東京大学法学部卒業。2017年、お笑いコンビ・XXCLUBとしてデビュー。ネタ作り担当の他、テレビ・YouTubeの構成作家としても活動。個人のYouTubeチャンネル「コンテンツ全部見東大生」では映画・ドラマの評論を行う。クイズ・教育系のメディア出演、大喜利・怪談のライブ主催、コンテンツ時評の執筆など幅広く活動中。
「長生きしたい」と「芸人になりたい」の動機は同じ

水野:大島さんが進まれてきた道は、なかなか簡単には説明できないものではありますが、まずスタートラインは芸人として踏み出されていて。
大島:僕は「ファーストキャリアは芸人です」という新しい言い方をするようにしています。もともとお笑いは好きだったのですが、小学校の高学年から中学生くらいのときに『アメトーーク!』が流行りはじめました。あの番組って、いろんな芸人さんが出ていて、後列右側のいちばんMCから遠いところに、コアなお笑いファン以外にはあまりよく知られてない方が座っているじゃないですか。
水野:そういう視点で観ていたんですね(笑)。
大島:「よく知られていなくても、何かに詳しかったり、何かを熱く語ることができたりすれば、仕事はあるんだ」と、『アメトーーク!』が教えてくれたんです。それと、若手や中堅芸人と呼ばれる方々の本がベストセラーになったり、映画監督や俳優で評価されたりしていたタイミングでもあって。僕はいろんなカルチャーが好きで、すぐに将来の夢が変わる子どもだったので、「芸人になれば、何でもできるのかもしれないな」という考えに至りました。
水野:それが作るほうではなく、作品をインプットして、それに対する言葉を発信していくという方向性になったのはどういう経緯でしょうか。
大島:もともと、作品そのものより映画批評を読むほうが好きだったかもしれないです。図書館で映画雑誌を片っ端から読んでいましたし、家ではテレビをあまり観せてもらえなかったので、たまに友だちの家族と映画館へ行く時間が特別で。その作品についてずっと話しているような子どもでした。その延長線上で、早稲田大学のお笑いサークルでも、ネタ見せあとの講評会で積極的に意見を言っていました。みんな自分が「つまらない」と言われたくないからあまり発言しない。でも、僕は1年生なのに4年生にも構成や展開について率直に話していましたね。
水野:すごい。
大島:でも、そのおかげでキャラクターが立って、ウケやすくなっていましたし、感謝されることも多かったんです。それが嬉しくて続けていたら、自分の力として伸びていったんですよね。あと、僕は批評も作品だと思っています。一次創作より劣っているという感覚は子どもの頃からまったくありません。ラジオもずっと好きで、たとえば、伊集院光さんが「ふらっと観に行った映画がとんでもなかった」と語る、そのトーク自体がひとつの作品になっている。

水野:2026年6月17日には初の単著『なぜあなたの感想はふつうなのか 独自の視点で語る技術』を出版されました。読ませていただいたのですが、「図書館で全集をすべて読んでしまう」とか、「あるドラマの放送枠があったら、昔のものも含めて、その放送枠に流れたドラマシリーズをすべて観ていく」というようなエピソードが印象的で。なぜ、何かの作品に対して、ずっと好奇心を持って触れ続けることができるのでしょうか。
大島:創作欲求がないからですかね。他者が作ったもののほうが絶対にいいと思っている。この世におもしろい作品が無限にあるなかで、自分が新しいものを作るなんて、おこがましいというか。「いつか作り手として火がつく日が来るかもしれない」と希望は持ちながらも、とにかくいろんなものを見続けていたら33歳になっていました(笑)。「なぜおもしろいんだろう」「なぜ感動するんだろう」と考え続けること自体が好きなんですよね。
水野:考え続けたり、探索し続けたりする行為そのものが快感なんですね。
大島:そうですね。ひとと話していて、自分とは違う考えに出会えると嬉しいです。「絶対違うと思っていたけど、そうかもね」と思える瞬間に、「生きているな」と感じます。
水野:他者の視点に対して、そこまでひらけるのはなぜでしょう。興味が自分には向きませんか?
大島:自分が何か特別だとはあまり思っていません。一方で、天才や秀才と呼ばれるひとたちは大好きです。自分より努力して、自分よりいいものを作ってくれるなら、それを見たいと思う。でも、それは特別な才能を持つひとに限らず、それぞれの人生を生きてきたひとに対しても同じです。たとえば、水野さんの楽曲を聴いても、音楽ばかり聴いてきたひとと、あまり音楽に触れてこなかったひとでは感想がまったく違うじゃないですか。
水野:はい、はい。
大島:僕はそのどちらにも価値があると思っています。無限にひとの感想を見ていたい。ひとの作品を観ていたいし、聴いていたい。だから長生きしたいんですよ。子どもの頃から、夢は「長生き」と書いていました。何にでもなりたいから、とりあえず長生きでベットしておくというか。つまり、「長生きしたい」ことと「芸人になりたい」こと、動機は同じですね。
自分のなかの「〇〇警察」を意識する

水野:どういうふうに作品を観ていきますか?
大島:ありがたいことに、試写の案内を毎週のように頂くのですが、そのなかから選ぶのは、「自分が応援したいな」と思える作品ですね。逆に、作り手の座組や企画の内容から、中身が予想できる作品はほとんど観ません。
水野:予想できてしまうものですか?
大島:「こういう感じだろうな、それでこういう評価をされたいんだろうな」ということは、数を見させてもらってるからこそ分かる気がしますね。そうではなくて、「何がしたいんだろう。大丈夫か?」みたいな作品を、ビックリ箱を開けるかのように観てみたいんです。あと、“この時代において、もっと問題として認識されるべきこと”をしっかり描いているという意義がある作品も優先的に観ます。年々、自分のなかの軸は尖っている気がしますね。
水野:どういう点に「おもしろい」と感じるのでしょうか。

大島:暴論ですが、おもしろいものやいいものは、減っているんじゃないか、という仮説を持っていますね。今は「どうすればウケるか」が分析されすぎていて、偶発性のあるおもしろさを信じなくなってきている気がするんです。僕は、「ウケたい」だけで作られたものには魅力を感じません。理想を目指しながらも、そのひとの時間や才能、肉体という現実にはめ込んだ結果、生まれるズレがおもしろさになるのだと思います。エンタメ好きなひとたちが、テクニックやマーケティングの話ばかりになっている状況は、全体としてつまらないです。
水野:ああー。
大島:もっといろんなおもしろがり方があるはずだ、ということを本に書きました。たとえば、僕も推しのアイドルがいるので、アイドルを推す気持ちはわかります。でも、「完璧なパフォーマンスだったこと」とか、「アクシデントに対応したこと」にしか喜ばなくなっている。あと、メンバー同士のスキンシップとか。感想がパターン化されているじゃないですか。独自の感想を言える空気がなくなってきているように感じますね。
水野:主観的な体験や感情って、そのひとだけのものなので唯一無二ですよね。でも、それを外に向けて発信すると、多くのひとに理解されるために、一般化されることも求められるじゃないですか。そのギャップは、どう乗り越えているんですか?
大島:本にも書いたんですけど、種子島を舞台にした映画に対して、種子島出身の方が、「種子島にあんなキラキラした青春はない」と怒っているレビューがあったんです。その感想は普遍的ではない。でも、そこから「青春映画は青春を美化しすぎているのではないか」という新しくひらけた論点が生まれるんですよね。だから僕は、もっと頑張って、もっと考え抜いて、諦めずに自分なりの論点を立ち上げることが大事だと思います。

水野:『なぜあなたの感想はふつうなのか 独自の視点で語る技術』に書いてあるような方法論に対する適性がないひとは、どうしたらいいと思いますか?
大島:これはいろんなことを答えたくなってしまいますが、この本に沿って言うと、中盤に「〇〇警察」という章があります。たとえば、着物警察や敬語警察のように、自分が詳しい分野では違和感に敏感になりますよね。僕はお笑いをやっていたので、ドラマに芸人が出てくると、「あんなウケないよ」とか、「コンビとして成立しないでしょ」とか、感じてしまう。水野さんで言ったら、ミュージシャンの描写が気になると思うんです。
水野:「あんなの現実ではないよ」と。
大島:それは、特殊な職業のひとだけの話ではなくて。男兄弟がいるひとなら、男兄弟を描いた作品に人一倍反応できるかもしれない。自分が生きてきた経験のなかにある「〇〇警察」を意識するだけで、作品の見え方も、表現の幅も広がる。もちろん、評論家のようなレベルを目指す話ではありません。ただ、ファミレスで作品の感想を話すような場面での会話は、ずっとおもしろくなると思っています。それがひとつの答えですね。
水野:はい。
大島:あと、僕はプロフェッショナルが方法論を語ることには少し疑問があるんです。もちろん憧れや納得は与えられるけれど、一方で「同じことをやったのに届かなかった」という挫折も生んでしまう。でも、本当はその間に無数のグラデーションがあるはずなんですよ。その間のどこで止まっても、十分楽しい。目標達成のためのメモリで考えるのではなく、グラデーションとして捉えたほうが、楽になるのではないかと思いますね。
水野:普段の会話やSNSの雑談でも、プロフェッショナルな質のコメントを求められていると勘違いしがちですよね。そういう圧があまりに強い世の中ですし。
大島:本当にそう思います。何百時間、何千時間と作品を見続けてきた専門家と、今初めて作品に触れたひとの感想が同じレベルなわけがないから。たとえば、水野さんの音楽に憧れて初めて作った曲も、それ自体がかけがえのないものです。シビアに価値を比較する必要はない。その瞬間の自分から生まれたものは可愛いし、その可愛さを愛しながら、少しずつ育てて、結果としてひとに届いたらラッキー。そういう考え方を広めたいですね。
身近なひとの価値をちゃんと認識する

水野:自己のちょっとした行動そのものを愛する、楽しむって、どうすればできるんですか?
大島:これは日々の生活を大切にするしかないと思います。自分を愛すると同時に、身近なひとの価値をちゃんと認識すること。たとえば、同業者や共同制作者、仲間、ライバル、家族やパートナー、友だちなど、自分の半径1〜3メートルにいる人たちと丁寧に向き合うことが大切なんです。身近なひととのコミュニケーションを深めることで、自分のことも自然と愛せるようになる。僕自身、そういう生活感覚を持つようになってから、作品を観たり批評したりすることが以前より楽しくなりました。
水野:自分が生きて、感じてきたことを記録していきたいという欲もあるのでしょうか。
大島:それはすごくありますね。ドラマの感想は、観た直後になるべく練り込まないで言葉にしたいですし。飲み会のなかで3回くらい出たくだりとかも、捨てられなくて。絶対にメモしておいて、そのあとエッセイなどに書いてしまいます。

水野:すると、人生をずっとレコーディングしているような感覚ですか?
大島:そうですね。だから、『紫式部日記』のような有名なものだけじゃなくて、「誰の日記なんだろう」というようなひとの日記まで文学として残っているのが、羨ましいんです。自分の生活も、後世の誰かにおもしろがってもらえたらいいなという気持ちはあります。あと、ずっと「長生きしなければいけない」という焦りもあって。多くのひとは十代や二十代で、健康も時間も創作に全ベットしますよね。あれがものすごく怖くて。まずは生活だろう、と。だから僕は、レギュラーの仕事や出版、テレビ局や出版社との関係など、自分の足場を10年かけて築いてきたんです。仮に今の環境がなくなってもやっていけると思えるようになって、初めて一次創作に挑戦する覚悟を持てる気がして。生活が安定していなくて、需要があるかどうかもわからないまま創作できるひとたちは、本当にすごいなと思っています。
水野:自分の死のイメージはありますか?
大島:不慮でしょうね。不注意なので。なかなかイメージできませんが、長く生きるために頑張ってはいます。僕は25歳くらいのときに、「60歳になってもやってなさそうな仕事はすべて切る」と決めていて。まず、オーディションや賞レースは心身に負担がかかりすぎるからNG。決まってない仕事の事前アンケートもNG。今になって、そういうふうにしてよかったなと思っています。10年後、20年後、30年後も同じ仕事をしていたいんですよね。老いて身体が思うように動かなくなってきても、ちょこちょこ文章を書いたり、自分の部屋で喋ってそれをアップロードしたり。そういった感じで社会と繋がっていたいと思っています。不慮でなければ、緩やかに死んでいくような気がしていますね。
水野:いつ頃からそこまでクリアに将来を予測するようになったのでしょうか。

大島:子どもの頃、南方熊楠の伝記を読んで圧倒されたんです。あれだけ膨大な調査をして、すごいものを残すためには、自分なりの仕組みをつくらないと無理だろうなと思いました。あと最近、「その人権感覚はどこで身につけたんですか」と訊かれることが増えたんですけど、自分のなかでは、水木しげる、藤子・F・不二雄、藤子不二雄Ⓐ、手塚治虫が大きな存在です。手塚先生やF先生は無理をして創作を続け、比較的若くして亡くなられました。一方で、水木先生やA先生は、自伝でもわりと自堕落な生活を描いているのですが、よく寝ていて、すごく長生きされました。小学生の頃から、「自分はどちらの人生を選びたいだろう」とずっと考えていて。僕は絶対に、水木先生やA先生派なんですよ。そういう価値観を教えてくれたのは、彼らです。
水野:今後、ご自身はどうなっていくと思いますか?
大島:想像もつかないところへ行きたい、という欲求は常にあります。生活や健康の安全はきちんと確保した上で、ひととの出会いを通じて、自分ひとりではできなかったことに挑戦したいですね。今は写真や音楽、彫刻に興味があって。時間に余裕ができたら、その分野の専門家に出会ったタイミングで、「弟子入りさせてください」「一緒にやらせてください」とお願いしながら、やっているかもしれません。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
大島:長生きして作ろう、ということですね。僕自身、無茶をして体を壊し、入院が多くなっていた時期もありました。でも、もうあの頃には戻りたくないと思っています。もちろん、手塚治虫のような生き方に憧れる気持ちもわかります。でも、僕ら読者からすれば、「もっと長生きしてほしかった」と本気で思うんです。それに、才能が何歳で花開くかなんて誰にもわかりません。だからこそ、まずは生き延びることです。

Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
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