マンガには“気持ちいいもの”と“おもしろいもの”がある

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週金曜日夜24時30分から放送。
ちょうどネットとマンガが接続されるタイミングだったから
水野:水野良樹がナビゲートしています『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』、今回のゲストは、マンガ編集者の千代田修平さんです。よろしくお願いします。
千代田:よろしくお願いします。

千代田修平(チヨダシュウヘイ)
1993年、香港生まれ。マンガ編集者。千葉県立千葉高校、東京大学文学部卒。2017年、小学館入社。『週刊ビッグコミックスピリッツ』編集部で『映像研には手を出すな!』『チ。―地球の運動について―』などを担当。2020年から『マンガワン』編集部に異動。『日本三國』、『レ・セルバン』、『ようこそ! FACT(東京S区第二支部)へ』などの作品を担当している。
水野:千代田さんはたくさんの作品を手がけられていて、代表作『チ。―地球の運動について―』などのヒット作があります。まずは、どのようにマンガ編集者になられたのかというところから伺っていきたいのですが、千代田さんはもともとシンガポールで過ごされていたんですよね。
千代田:父の転勤の関係で、幼稚園の年中から小学3年生まではシンガポールに住んでいました。当時は向こうの日本人学校に通っていたので、ネイティブという感じではなくて。普通に日本語で生活していたんですけど。
水野:マンガに限らず、日本のエンタメに触れる機会はありましたか?
千代田:父と母がマンガ好きで。日本から『ジャンプ』の90年代の作品を中心に、マンガ単行本をシンガポールに持ち込んでくれていたんですよ。たとえば『ドラゴンボール』とか『るろうに剣心』とか、『みどりのマキバオー』とか、『SLAM DUNK』とか。それを繰り返し読む感じでした。

水野:その頃から、自分がクリエイティブなほうにまわりたいという気持ちはあったのでしょうか。
千代田:いや、まったくありませんでした。我々が楽しんでいるコンテンツの裏側に、作者という存在がいることすら気づいていなかった。
水野:子ども時代、マンガ以外にも夢中になったことというと?
千代田:小学生以降、インターネットにすごくハマりました。2ちゃんねるとか、ニコニコ動画とか。かなり自分の人格的な面もカルチャー面も形成してくれたものだと思います。
水野:ご自身もそこに参加されていたんですか? たとえばニコニコ動画に作品を上げたり。
千代田:いえ、享受するユーザー側としていました。参加型のプラットフォームだったのもあって、アマチュアの拙い歌だとしても、「俺たちの〇〇」みたいな感じがあって。そういうアマチュアリズムみたいなものが好きだという感覚は、今でも自分のなかに息づいているように思います。
水野:高校時代は、演劇に熱中されたそうですね。
千代田:しっかり演劇を始めたのは大学からなんですけど、その理由は3つあって。まず、高校の友だちが、「おもしろいから観ろ」とヨーロッパ企画という劇団のDVDを貸してくれたこと。初めて映像で演劇を観て、「おもしろいな。こんな世界があるんだ」と思って。そして、その影響で高校2年と3年のとき、文化祭の出し物でやる演劇の脚本を書いてみたり、自分が出演してみたりして、「やっぱり楽しいな」と実感したこと。
水野:はい、はい。
千代田:あとは、当時好きだった女の子が演劇部にいたこと(笑)。ちょっと近づきたいなという気持ちもあって、「大学に入ったら絶対に演劇をやろう」と決めた、という感じです。
水野:「演劇で食べていこう」という感じではなかったのですか?
千代田:演劇が楽しすぎて留年するぐらいではあったんですけど。「すごいな、天才だな」と思った先輩や友だちですら、食っていけなかったり、辞めていったりという姿を見て。僕は彼らより演劇においての才能はないということはわかっていたので、「じゃあ無理だ」と思ったんですよね。
水野:そういう経験をなさった上で、ご自身のなかでどんな整理をされて、マンガ編集者という職業にたどり着いたのでしょうか。

千代田:まさに就活のタイミングでいろいろ考えました。演劇をやっていたとき、もちろんおもしろい作品を書いている自負はあったのですが、続けていくためには「めちゃくちゃ好き」じゃないと無理だなと。たとえば、これは、僕よりもおもしろくないのでは?と感じるものを書いているひとでも、演劇のキャリアを選ぶひともいて。それは彼らのほうが僕より演劇を好きだったということで、それなら、彼らは演劇を選ぶべきだったと思うんです。僕はそうじゃなかった。
水野:はい。
千代田:それに学生時代のおもしろさの差なんて、プロになったら微々たるもので、後からいくらでもひっくり返せるものだと思いますし。ただ、劇団を作っていく上で、僕が才能を感じた役者やスタッフをキャスティングして、彼らに演出をつけて、お客さんに「こいつら、すごくないですか? 半端じゃないですよね!」と見せるのは楽しかったんです。つまり、プロデューサーの仕事だったらやっていけるかもしれないなって思って。
水野:なるほど。
千代田:それは音楽でも映画でも何でもアリだったんですけど。僕は今『マンガワン』というデジタルアプリのマンガの部署にいるんですね。10年前って、ちょうどそういうブームが起こり始めた時期で。「この新しい場所、いいな。しかもちょっとインターネットカルチャーにも通じる部分があるな」と思って。それでマンガ編集者になることにしました。ネットとマンガが接続されるタイミングだったのがいちばん大きな理由ですね。
僕はかなり“作家さん寄り添い型”

水野:結果、マンガ編集者の道を選んでみていかがですか?
千代田:今はかなり天職だなと思っています。最初に配属されたのが『スピリッツ』という完全に紙の雑誌で。「おい『スピリッツ』かよ。読んだことないよ」という感じだったのですが(笑)振り返ってみるとそれもよかったし、『スピリッツ』を好きになりました。だからデジタル云々を抜きにしても、マンガ編集者という職業自体、自分に向いているような気がしていますね。
水野:マンガは他のエンタメに比べて、どんな優位点があると思いますか?
千代田:作り手サイドとしてよく思うのは、漫画家さんと担当編集者が描こうと思えば、いくらでも独自のものを作ることができるフットワークの軽さがある。そこはマンガの豊かさを支えている点だなと。意思決定者が少ない。漫画家と編集者の2人が、「行こう」と思えば、もう行けるんです。
水野:なるほど、なるほど。
千代田:それによって、今まではあり得なかったような作品が、新しいおもしろさとして世に生み出され続けているところがあると思います。そこはマンガの優位点ですね。
水野:意思決定者が少ないからこそ、創作の原点である作家さんとどう向き合っていくのかが気になります。
千代田:僕はかなり“作家寄り添い型”だと思います。僕と正反対の編集者はどんな感じかというと、たとえば、編集者のほうから、「こういう企画で書いてください」と提示する。作品を作っていくなかでも、基本的に編集者のほうが、「もっとこっちに」と引っ張っていく。
水野:司令塔みたいな。
千代田:そう、そういう編集者もいます。でも僕の場合、作家さんが描きたいことを優先したいんです。だから、なるべく作家さんと対話するようにして、「何を書きたいのか」を聞く。とはいえ、それがすごく尖ったものだったり、そのままじゃわかりづらかったりするものも多いので、社会との接点をどうやったら作っていけるかを話し合っていくことが多いですね。
『チ。―地球の運動について―』はわりとギャンブルだった

水野:それこそ代表作『チ。―地球の運動について―』についてもお伺いしたくて。僕らはもうできあがったものを読んでいるから、おもしろいことがわかるし、夢中になれる。でも、企画段階でどのように「イケる」となったのですか? 地動説で何か物語が組み立てられて、ちゃんとエンタメが成立するという判断になったのは、どういう瞬間だったのか。
千代田:これは答えるのが難しくて。作者の魚豊さんが、「次回作は地動説でやりたい」と言った瞬間に、「それは絶対におもしろいぞ」と僕も思ってしまって。僕は当時、入社3年目だったので、どういう作品がヒットするかなんて、何もわかってなかった状態で。正直、エンタメとして成立する保証もなくて。わりとギャンブルだったんですよ。だから『チ。―地球の運動について―』単行本の1巻発売の前日の夜のことをよく覚えているんですけど。
水野:はい、はい。
千代田:会社にいたら、ふとすっごく不安になって。隣の席の先輩に「これって…、売れますかね?」と聞いてしまったくらい。でも結果、思っていた以上にいろんな方々に届くおもしろさだったことが証明されて。そこは自分でもビックリしました。最初はもう、「僕らには伝わるよね。これをカッコいいと思っているよね」っていう気持ちしかなくて。それこそ、意思決定者が2人しかいないことによって作られた作品である感じはしますね。
水野:『チ。―地球の運動について―』のヒット、世の中に対する刺さり方を受けて、編集者としての変化はありますか?
千代田:やっぱり『チ。―地球の運動について―』が初めての担当編集としての成功体験だったので、それ以降、自分も引っ張られているところは正直あります。「ここがおもしろいラインなんだ」とか、「ここが刺さることもあるんだ」とか。だから、自分が担当する作品の方向性が、そっちに寄っている感じもしますね。「この作品も千代田の担当なんだ。そうだと思ったわ」って言われることがたまにあるんですよ。
水野:カラーが出ているんですね。
千代田:はい。自分のカラーが『チ。―地球の運動について―』に影響されていると思いますね。
水野:ご自身にとって、今の時点で“おもしろいマンガ”って何ですか?
千代田:完全に定義づけしていて、“気持ちいいもの”と“おもしろいもの”があると思っているんです。“気持ちいいもの”とは、たとえば、エロいとかグロいとか。異世界転生で、自分が強くなるとか。承認されるとか、ハーレムとか、愛されるとか。今の自分が承認される癒しのマンガは“気持ちいいマンガ”で。
水野:はい。
千代田:一方、異物や他者、異なる価値観が存在している作品。それを飲み込むのは大変かもしれないけれど、読む前と読んだ後で、自分が変化するとか、世界の見え方が変化する。そうやって自分に変化が起こるものが“おもしろいマンガ”で。すべての作品は、このグラデーションのあいだに存在すると思っています。ただ、“おもしろい”だけだと飲み込めないので、まさに『チ。』はいいバランスを取ることができたんだろうなと。
水野:そのバランスを考えながら編集をしていくんですね。
千代田:これは僕のなかで、かなり強い指針になっていますね。
Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
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