塩田武士 第3回

物語の創作の基礎は、やっぱりテーマ。

HIROBAの公式YouTubeチャンネルで公開されているトークラジオ『小説家Z』。こちらはアーカイブ記事です。

僕は小説の力を信じていますから。

塩田:たとえば画家は、理想の線を手に入れるため、若い頃にずっとデッサンしておくのが基礎で。僕の場合、そのデッサンは新聞記者の経験なんですよ。ひとに会って、それを原稿にすることを繰り返して、観察眼と本質を抽出して執筆する。それを毎日、10年間やっていたことが基礎。

水野:はい。

塩田:水野さんの場合なら音楽。作曲者として、作詞家として、表に出るミュージシャンとして、間違いなく哲学はおありで。そこから生み出される小説だと思うんですね。だから小説家の基礎って、あまりにもバラバラ。だから小説って教えるのが難しいんですけど、共通するものもあるんじゃないかと思って。

水野:あぁー。

塩田:たとえば、「いい小説は、現在・過去・未来の軸が通っている」とか。「いい小説は、作者が書いているときに気づきが多い」とか。そういう形で自分の心構えとかをまとめているんですよね。それは普遍性があるじゃないですか。小説という文芸の狭いフィールドではあるんですけど、一生かかっても到達しないような広い世界があって。僕ら先輩から本を読んで学んできたことを、どうやって次の世代に伝えていくか。

水野:はい、はい。

塩田:僕は小説の力を信じていますから。活字の情報圧縮力って、すごいと思うんですよ。同じ伝えるにしても、文字にしたら短く伝えられる。だからそれが分厚くなった本って、そうとう深いところまで読者を連れていけるわけです。今、無料のエンターテイメントもあるけど、受け身じゃないですか。でも読書って、能動的。

水野:選ばないとそこにたどり着かないですよね。

塩田: Googleで検索しても、『朱色の化身』に書かれている情報は出てこない。つまり、意義があることだと思っているんですね。それは、ひとに会って教えてもらったことなんです。だから、作者がひとに会いに行って、現場を歩いて、ネットには載っていない情報を得る。そこに本質を見出して、物語を作る。それはとっても贅沢なことだと思います。

水野:いち書き手というところと、ある種、小説という世界のプロデューサーのような。

塩田:だからこそなのかもしれないですけど、メディアミックスを考えたり。10作目の『騙し絵の牙』という作品では、大泉洋さんを主人公にして、そこから逆算して話を作ったんです。

水野:あれはすごい。

塩田:しんどかったです。8年ぐらいかかったんです、映画化まで。

水野:一応、芸能のほうの世界にいるので、言ってしまいますが「よく実現しましたね!」って(笑)。

塩田:『騙し絵の牙』の話をもらったとき、詐欺やと思いましたよ(笑)2013年、デビューして2年、まったく売れてないんですよ。それで「こういうお話があるんですけれども」って。僕は新聞記者を10年やっていて、芸能担当をしていたこともあって。事務所の壁みたいなのも知っているし、実現するわけがないと。僕の原稿に合わせて大泉さんの写真を撮って、それを連載の扉絵代わりにするとか言うんですよ。

水野:しかも何回も撮って。

塩田:あの忙しい大泉さんにやってもらえるとは思えない(笑)無理やで……と、言いながらも、マネージャーさんとかと一緒に進めていったんですね。やっぱりメディアミックスで小説の可能性を考えているし、今回の『朱色の化身』もプロモーションビデオもそう。小説のプロモーションビデオは、たとえばいきものがかりさんが出てきたら、そら観ますわ。

水野:いやいや(笑)。

塩田:でも小説家の僕みたいなおじさんが出てきて、「こんなんやりましてん!」って言っても、もって7秒ですわ。じゃあ1分あったら、残りの53秒どうやって確保するか。ということで、今回『朱色の化身』では、僕の取材過程の撮影OKなところを、2~3年間、全部ドキュメンタリーで撮っていて。

水野:すごくおもしろかったです。

塩田:それをプロモーションビデオにしたら、僕じゃなくて、中身を見てもらえる。つまり小説家のプロモーションビデオは、説得力じゃないかと。そう仮定をおいて作ったんですね。

「取ったー!」って、布団の上に大の字になった。

水野:物語を書いているのは塩田さんだけど、塩田さんの視点を伴走して見させてもらっているような気がするんですよ。

塩田:読者との距離の近さというかね。やっぱり具体的でリアルなことを書いていったら、読み手は本当に半径5mで起きていることなんじゃないかって思うんですよ。先ほど申し上げた、スクリーンに友達が出てくる感覚。だから、ストーリーとキャラクターをいじらなくても、それだけでおもしろい。橋本忍さんという名脚本家が、「物語は、1にテーマ、2にストーリー、3にキャラクターである」という言葉を残していて。大事な順ですね。

水野:はい。

塩田:まさしくそのとおりで、テーマの重みこそが大事。ストーリーとキャラクターをいじったら、おもしろくはなるんです。奇抜な展開にしたり、おもしろいひと出てきたり。だけどそこには副作用があって。物語が軽くなるんです。間違いなくちょっと安くなるんです。

水野:なんか重力みたいなものが生まれるんですかね。

塩田:テーマの部分で取材をし倒して、リアルな言葉を獲得していくと、「ほんまなんちゃうん?」っていう興奮が生まれる。だから、ストーリーとキャラクターに依頼しなくても、十分おもしろい。基礎をしっかりすれば戦えるんです。だから基礎は大事と思っていて。物語の創作の基礎は、やっぱりテーマ。

水野:テーマ。

塩田:となると、「なぜ、今それを書くのか」と「なぜ、それが物語じゃないといけないのか」、2つの自問をクリアしない段階で書き始めては、痛い目に遭うということなんです。

水野:痛い目に遭ったことがあるんですか?

塩田:僕は19歳で書き始めて、新人賞を取ったのは31歳です。12年、落ち続けているんです。

水野:干支がひと回り。賞を取れなかった時期を反省すると、やっぱりテーマの部分になるんですか?

塩田:そうですね。『盤上のアルファ』で新人賞を取ったんですけど、これを書く前にはじめて、「僕はなぜこの物語を書くのか」って、原稿用紙にまとめたんです。それまでは、先にストーリーとキャラクターを書いていたけど、「なぜ書くのか」を先にまとめることによって、おもしろいぐらい登場人物の言動のブレが少なくなった。

水野:あぁー。

塩田:頭のなかのイメージではおもしろいのに、具現化しようとしたらどんどん距離が離れていく、あの空しい感覚あるじゃないですか。創作者って。それが最初に、「なぜ書くのか」を定めたことで、その距離が近い。『盤上のアルファ』の場合は、設定をはるかに超えていく、プロットよりおもしろい原稿が書けたわけです。

水野:よくなっていくわけですね。

塩田:そうです。それが最初に壁を越えたと思った瞬間ですね。人間、12回も負けると、普通は負け癖がついて、「送っても、どうせ誰かが賞取るやろ」とか思ってしまうんですけど。『盤上のアルファ』を書き終えて、「了」の字を打ったときに、僕、「取ったー!」って、布団の上に大の字になったのを覚えているんですよ。

水野:すげー!

塩田:まったく違うものができたと。

水野:実際に取ったんですもんね。

塩田:取りました。それで公募生活にピリオドを打ったんですよ。それほど、「なぜ書くのか」と、テーマに向き合うことは大事なんですよね。

水野:たくさん取材されて要素を取るって、とにかく外からものを持ってくるってことじゃないですか。ここで失われてしまいがちなのが、やっぱり選んでいる自分自身の考え。自分がしっかり形になっていないと、ただ要素を集めただけになってしまうじゃないですか。

塩田:はい。

水野:でも今、塩田さんのお話を伺っていて、今、塩田武士という人間が社会に対して何を思っているのか、何をわかってほしいのか、この問題の何かをピンポイントで言いたいのか、それがご自身のなかでないといけないんだなって思いました。

他力の感覚を創作に入れたかった。

塩田:おもしろいひとがいたり、おもしろい事件や出来事があったとき、小説家なら誰しも小説にしたいと思います。でもおっしゃられたように、自分というフィルターを通さずそこに飛びついてしまったら、ノンフィクションの劣化コピーにしかならないんです。小説で読んでもおもしろくない。まとめサイトみたいな感じ。

水野:はい、はい。

塩田:作者のフィルターを通すと、取捨選択の連続だから、そこに1本筋が通っていくと思います。どんどん情報を取っていくなかで、流されないことは大事で。あともうひとつ、僕は『罪の声』という作品がコミックになって、映画になった。関わる人間がどんどん増えていく。そうなると、渦がどんどん大きくなっていって、作品がひとりでに大きくなっていく。そこでちょっとの寂しさも知りつつ。

水野:はい。

塩田:他力。ひとの力で大きくなっていく感覚がおもしろかったんですよね。今回の『朱色の化身』はキーワード型と言いましたけど、いろんなひとに話を聞きに行ったのは、その他力の感覚を創作に入れたかったんですよ。

水野:あぁー。

塩田:取材していろんなひとの話を聞いていって、共通項を見つけていく、他力のやり方。それも先ほどおっしゃっていたように、いろんな情報を取りながらも、芯があれば成り立つことではなかろうかと。

水野:僕が読者として、物語で何をおもしろいと思うかというと、「現象であること」なんですね。物語は生きていて、その延長線上に自分たちの生活もある。それが見えないと、お話で止まってしまう。それは音楽もそうだし、多分お芝居もそう。それこそ噺家のみなさんとか。100年200年前の笑い話をなぜあれほど、生き生きと聞けるのか。

塩田:うんうん。

水野:僕は落語家の技術のことはわからないけれど、やっぱりうまいひととうまくないひとがいるじゃないですか。「その場に村人が、町人が、いるような気がする」って思えるのは、その現象を何かしら描いているひとだと思うんですよ。そして今、塩田さんを目の前にしたとき、塩田武士という現象は、めちゃくちゃおもしろいって失礼にも思ってしまいました(笑)。

塩田:とんでもない! 僕、普通に生きているので、自分を現象として見たことはなくてですね(笑)。締め切りに日々追われて生きているだけの人間ですよ。

文・編集: 井出美緒、水野良樹

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