綺麗に清算できないもののなかで、
いかに楽に生きていくか。
HIROBAの公式YouTubeチャンネルで公開されているトークラジオ『小説家Z』。こちらはアーカイブ記事です。
作者の人間くささが、出ている小説と出てない小説
水野:物語って、フィクションじゃないですか。一方で、現実の彩瀬さんが経験されている日々や、考えていることがあって。その元の“原液”とフィクションとの距離ってどれぐらいのものですか?
彩瀬:私はそんなに遠いほうではないんだと思います。幻想的な風景や物語を書いているときでも、根っこの部分の起伏というか、喜怒哀楽や、「何か今すごく不思議な感覚があったぞ」みたいなものは日常の体感から作っていることが多いので。
水野:距離がないほうがいいものですか? それともあるほうがいいと思いますか?
彩瀬:よく他の作家さんと「作者の人間くささが、出ている小説と出てない小説があるねって」話をするんですよ。でも、よし悪しがあるわけじゃなく、タイプの違いで。作家さんのなかには絶対に自分を出したくないから一切出さないと宣言しているひともいます。私は多分、わりと突飛な題材を選ぶから、あまりそう思われていないのかもしれないんですけど、ひょっと自分の体感を出してしまっているほうだと思うんですね。
水野:そこに迷いとかはないんですか?
彩瀬:ちょっと恥知らずなので、ないんだと思います(笑)。そこにためらいを感じたことがおありなんですね?
水野:そうですね。これまた全然、小説と歌と違うところだと思うんですけど。とにかく万人受けしたいというか。どの価値観を持っている方にも歌が届いてほしいと思っていた時期があって。すると、あまり自分のパーソナルな部分とか、価値観、視座みたいなものが強く出すぎないほうがいいんだろうなと。
彩瀬:まったくそのとおりだと思います。
水野:なんなら透明でありたいみたいなことを、自分に強いた時期があって。でも結果、現時点でたどり着いたことを言うと、「出ちゃうよね」っていう。逆に出たほうが届くこともあったりして。これが難しい。
彩瀬:まずその万人受けをきちんとしようっていう志が高い。
水野:ただの寂しがりです(笑)。
彩瀬:私はデビュー当時から、自分は万人受けはしないだろうなと。目の細かい部分で、みちみちとミクロに遊んでいる自覚はあるんですね。やっぱり世の中って構造が大きくて派手だったり、スプラッシュマウンテン並のアップダウンがあったり、そういう作り方をされている小説もたくさんある。なんならそれが大ヒットしていたりするので。そこで戦うのはやめようと思って。
水野:なるほど。
彩瀬:自分に合った土俵で戦おうという気持ちがありました。逆にこういう少しずつ編んでいくような作品づくりをするなら、少なくとも自分が好きなものじゃないとダメというか。そこに多分、何かを担保しているんだと思います。いやぁ、万人受けをそんな真摯に目指すのが、本当に尊い。水野さんのその苦しみのおかげで、私たちの世代はカラオケで楽しかったです。ありがとうございます。
水野:報われました(笑)。歌って本当に短いので、長くても4~5分でしょうかね。だけど小説は短編でも詞と比べれば膨大な情報量になってしまうから、より隠しようがないんじゃないかと思ったりもするんですよね。
彩瀬:それはあると思います。自分を絶対に表に出したくないっていう作家さんの作品でも、読むと、そのひとが何にこだわっているのかとか、どんなふうにものごとを見る傾向があるのかとか、やっぱり出てきますし。隠せないですよね。
私の曲げられない価値観のひとつ
水野:その点でいうと、彩瀬さんの作品には”ままならない”登場人物が多いですよね。何か欠損とか傷とか、不完全なものを持っていたり。または持っていると思い込んでいたり。そして、それは外から押しつけられているものだったりする。
彩瀬:はい、はい。
水野:たとえば、ジェンダーの話で言えば「女性とはこうあるべきだ」って社会が決めているとか。世間だったり、社会だったり、周囲との関係のなかで生まれていく、既定の完全形みたいなものに対して、悩みを抱えている。そのなかで僕が印象的なのは、その登場人物が開き直ることがあまりないことで。
彩瀬:ああ。
水野:既定の枠を「うるせえ!」ってぶっ壊しちゃって、「関係なく自分らしく生きるんだ!」ってタイプの登場人物がいてもいいし、実際にもいると思うんですけど。そういうタイプのひとはあまり作品に出てこなくて。
彩瀬:うんうん。
水野:既定の姿になんとか自分はなっていきたいと、まずその主人公たちは思っている。でも、その折り合いをいろんな形でつけていく。ここが僕は、彩瀬さんがすごく優しいと思っていて。既定の姿になろうと頑張っていること自体を、完全否定はしないというか。そうならざるを得なくなってしまうひとたちに「まぁでもそうなりたいって気持ちは、どうしても生まれちゃうよね」と肯定しながら。
彩瀬:ああ、はい。
水野:「でも、そうじゃなくて、あなたには違う物語がある、違う生き方がある」って、そういう何かを登場人物に与えていくというか。それはやっぱり彩瀬さんの価値観なんじゃないかなって思ったんですけど。
彩瀬:それは私の曲げられない価値観のひとつだと思います。「自分」って、今意識のあるこの肉体がわかりやすい”自分”で、他の存在との境目だと思うんですけど。そもそも自分の思考回路って、意識する以前から、周囲の影響を受けている。周囲の意見をさらに自分のなかで「あ、そういうものなんだ」って思ったりして、正しいこととして咀嚼していたりする。だから、本当は自他の区別ってつきにくいものじゃないですか。
水野:はい。
彩瀬:また、自分としては「それはどうなの?」ってことを言ってくるひとがいたとしても、そのひとに対してはある程度、恩があったり好意があったりするから、そんなに悲しませたくない。簡単に突き放せるものではない。そういう綺麗に清算できないことって、わりとよくあって。
水野:うん、うん。
彩瀬:清算できない苦しみがあるけど、バチッと断ち切れるものではないなかで、どう生きていくか。それって、すごく日常のことだなと思っていて。だから、日常のことを書きたいって思うと、綺麗に清算できないもののなかで、いかに楽に生きていくかを模索する話が多くなるんでしょうね。
製薬業界で研究者として働く姉と、アクセサリー作家として活動する妹。二人は仕事で名声を得るも、いつしか道を踏み外していく。世間の非難を浴びた転落の末に、彼女たちの目に映る景色とは。政治、経済、感染症の拡大……移り変わりゆく
水野:僕、万人受け専門家からすると(笑)、めちゃくちゃ共感ボタンを押したくなりました。
彩瀬:あ、やった(笑)。
今ひとつの答えをいただいたような気がしました
水野:誰にもあると思う。家族との折り合いだったり、職場での折り合いだったり。そのひとたちに対しては誠実に接したいけれど…ということ。「あー、そうそうそう」って。「そうそうそう」があるってことは、読者に繋がるってことなのかなって思って。
彩瀬:そうだといいなと思います。
水野:おそらくほとんどのひとは物語の専門家でも、言葉の専門家でもないから、自身が抱えているどうしようもない気持ちをうまく言い表せるわけじゃないと思うんですよ。そこに小説があってくれると、自分が今向き合っているものに、言葉を与えられるというか。名前をつけられるというか。それで彩瀬さんの作品に救われる方がたくさんいるんだろうなって。
彩瀬:普段はこんな自分の楽しみのためだけに書いているんですけど。そういうものであっても、感情を言語化すること、整理することに役立っていたら、商品として出した甲斐があるなって、すごくありがたく思います。
水野:それこそ万人受けを目指していた頃、真逆にいるミュージシャンはたくさんいて。自分を出していく。自分を掘っていく。個人的な体験をそのまま歌にする。むしろそっちのほうが多いかもしれない。でも奥に行けば行くほど、実は人間の普遍的なものに繋がるパターンもあって。それで大衆性を得るひともいるんですよ。
彩瀬:うん、うん。
水野:彩瀬さんの場合は、ご自身の救いだっておっしゃっているけれど、やっぱりご自身の肉体を通して、日々の人生を通して、感じていることに向き合い続けながら、掘っているから。結局それって、どのひとも同じように、どこか深いところで共通点があるから作品になるのかなって。
彩瀬:自分の作風のとんがった部分と、多くの方に楽しんでもらえる部分。「結局、自分は大衆受けしないんじゃないか」って思いと、「いや、でも、読んでくださっている方が一定数いてくださっているんだから、ある程度は読みやすさを作れているんじゃないか」って思い。そこにいつも揺れていたんですけど、今ひとつの答えをいただいたような気がしました。ありがとうございます。
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文・編集: 井出美緒、水野良樹