将棋でいう「才能」って何ですか?
-AIによって変わる-
将棋でいう「才能」って何ですか?
水野:僕はいきものがかりという音楽グループをやっているんですが、HIROBAという活動もしていまして。この対談Qという企画は、ひとつの問いを立てて、お相手の方と一緒にそれについて考えて、お話していくものです。そこで渡辺さんにいろいろお伺いしたいなと。今回のテーマを考えたのですが「努力で勝つのか、才能で勝つのか」。
渡辺明(わたなべあきら) 1984年生まれ、東京都葛飾区出身の将棋棋士。タイトル通算獲得数は、羽生善治、大山康晴、中原誠に次ぎ歴代4位で、永世竜王・永世棋王の資格保持者。小学1年生の頃、父に教えられ将棋を覚える。中学3年時に15歳でプロデビュー。2004年には、名人とともに将棋界の二大タイトルの一つである竜王位を弱冠20歳で獲得した。2008年には竜王戦5連覇を達成し、初代永世竜王の資格を取得。2013年3月、第62期王将戦で初の王将位を獲得。同月、第38期棋王戦で初の棋王位を獲得。史上8人目の三冠となった。
水野:僕は渡辺さんと同世代なんですが、いちファンからすれば、渡辺さんはまごうことなき天才で。二十歳の頃からどんどんタイトルをとって活躍されている。一方でもちろん、ずっと研究を続けて、将棋の研鑽を続けていらっしゃる。AIの登場で、昨今は研究の仕方もどんどん変わっていって…。そういうなかで、技術や知識や努力といったもので勝負が決まるのか、そことはまた違う適性や才能みたいなもので勝負が決まるのか。そんなテーマで、お話を伺えたらなと。まず、あらためて将棋でいうところの才能とは何でしょうか。
渡辺:うーん、単純に「向いている」ということですけど、その要素はひとつではないですよね。絶対に必要な能力はどれ、とは言えない。だからプロのみなさん、ご自身の性格の長所をそのまま将棋に昇華させているひとがほとんどです。それだけ将棋っていろんなアプローチでプロとして活躍できるんだろうなと思います。
水野:才能って持続するものですか?
渡辺:年齢がいくほど、厳しくはなっていきますね。それにはいろんな要因があると思うんですけど、まず体力の低下。あと将棋界全体の技術が積み重なっていくこと。たとえば陸上競技とかも30年前と比べたら、「こういう走り方をしたほうがいい」とか「こういう道具を練習で使ったほうがいい」とか進歩があって、タイムが速くなっているじゃないですか。すると後発組のほうが有利になっていく。そういう要因で、主に30代後半から40代ぐらいで、若いときの活動度合いよりは下がっていくし、40代から50代にかけて成績も落ちていくことが多いのかなと。
水野:渡辺さんは2018年に名人位をとられる前、少し成績が低迷されて、そこから復活されたと伺いました。
渡辺:お詳しいですね!
水野:それってどういうことだろうって。
渡辺:2017年の成績が良くなくて、(順位戦の)Aクラスから落ちてしまったんですね。でも30代前半で急にダメになるケースって少ないので、自分でもあまり想定していなかったんです。いろんな思いがありました。そのまま落ちていくかもしれないし、また上がれるかもしれない。それはもう進めてみないとわからないので、とにかくやれることをやろうと。今までやってこなかったことをやったりはしましたね。それが結果的にはうまくいったところがありますね。
AIが入る前のほうが楽でした。
水野:具体的にどうやって研究をされていくんですか?
渡辺:よく棋士が「研究」という言葉を使うんですけど。ほぼ「勉強」と同義語ですね。そして、AIを僕らが研究に使うようになる前と、使うようになった後、つまり現在ではまったく違っていまして。
水野:はい。
渡辺:そのターニングポイントが2016年~2018年でしたね。みんなデジタルに行くべきか、アナログに行くべきかの選択に迫られる過渡期で。早いひとは2015年ぐらいから、遅いひとでも2019年ぐらいには使っていました。2023年の今、AIを使っていないひとはほぼいません。だからここから先は多分、あれほど革命的なことは起きない気がします。将棋のプロが存続する限りは、(AIを用いた)今のこの研究の仕方が続いていくんだろうなと。
水野:プロでいるためには適応せざるを得ないんですね。
渡辺:基本的にはそうです。みんながそれをやっている状態で対局に来るので、無視するとかなり勝率が悪くなる。AIが登場する前は、ひとに会って練習するとか、やっている戦法を研究するとか、詰め将棋というパズルみたいなやつをやるとか、そういうことぐらいでした。今に比べると「研究」の定義がふわっとしていましたね。
水野:プロの方に伺うのは失礼かもしれないんですけど、その頃と今ってどちらが楽しいですか?
渡辺:生き方としては明らかにAIが入る前のほうが楽でしたね。時間も取られないし。
水野:あぁ、そうですか!
渡辺:今はもうとにかく研究しなきゃいけないので。だからAIが入ったことで棋士像も変わっていきました。僕なんかより先輩の方々って、やっぱり人生を楽しそうに過ごされていた方が多くて。みなさんわりと趣味も多かったですし。将棋指しとは「よく遊び、よく学ぶ」ものだ、みたいな感じだったんですけど、今は「とにかく勉強」という棋士像になっていると思います。
水野:前の時代を知っていらっしゃるということは、有利になるものですか?
渡辺:どうですかねぇ。たとえば今、50歳ぐらいの方だと、完全にアナログ寄りのことしかわからない。逆に30歳以下の方だと、ほぼデジタル寄り。先輩たちがどう遊んでいたかも知らない。僕は今39歳なんですけど、ちょうど“あいだ”の世代なので一応、両方を知ることができて、こうやってお話することができたりもする。いろんな意味ではよかったなと思います。
水野:そうですよね。
渡辺:ただ、両方知っているからこそ、今の若いひとたちの「勉強、勉強!」っていう、研究者肌に適応するのはやっぱり大変ですね。自分も35歳ぐらいまでは、いわゆるアナログ的なやり方でやってきたので。求められる研究量がまったく変わりました。頑張って新しいほうへ寄せようとはしているんですけれど。
将棋の地の実力+情報処理能力。
水野:AIの登場という革命的なことが起きて、研究の仕方もガラッと変わった。それでも渡辺さんが第一線でいられるのはどうしてなんでしょう。普通は適応できなくなってしまいそうですが。
渡辺:今までの「おつり」があるからですかね。言い方は悪いですけど(笑)。たとえば、羽生善治さんとかも今53歳ですけど、まだ第一線で対局されていて。それはやっぱり元の能力値が高いんですよ。プラス、将棋を指すこととは別の能力として、AIの出現のような変化にも、適応能力が高い。そういうことを含めて、ガタンって成績が落ちることはないよなって思います。
水野:現在進行形での勉強がずっと続いているんですね。漫画の世界とかだと、1回伝説になるとずっと強いイメージですけど。実際はある種、アスリート的なトレーニングというか。
渡辺:そうだと思います。辞めるか、第一線でいることを諦めるまでは。一線で指さないとなると、「あぁ、このひとはちょっと降りているんだな」って、(対局を)見るひとが見れば、わかってしまうんですね。多分、成績もガタっと下がっていく。それでも「ただやり続ける」ということを受け入れるのは、ちょっと大変かなって。
水野:AIが登場して、研究量が多くなった。それって要は、勉強すればするほど優位になっていくという論法ですよね。でも一方で、AIで同じ情報量を前にしても、勝てるひとと勝てないひとが出てくる。その違いとは何でしょうか。
渡辺:まずは将棋の地の実力ですよね。プラスAIで研究するわけですけど、そこはやはり情報処理能力というところになってきます。同じ2時間でも、何を研究するかは、ひとそれぞれ違う。そこでいかに多くの情報を、正しく、効率よく取るか。そういう能力も今は求められるようになっています。
水野:その情報選択の精度は、やはり才能とかセンスによるものですか?
渡辺:かもしれないですね。あとは、ちょっと鈍くさいひとでも、量でカバーすることはできます。効率は悪いけど、みんなの倍やればいい。勉強で大事なのはすべて質と量ですよね。そこだけはAIが入る前と変わらないところかもしれません。
水野:その質はどう養っていくんでしょうか?
渡辺:質はもともとの能力ってところも大きいと思います。あとはひとに話を聞いたり。まぁ、でも将棋の棋士って現役期間が長いので、そういうちょっと踏み込んだ話は、先輩にあまり聞かないんですよね。
水野:なるほど…。
渡辺:「普段、どういう研究を、どれぐらいしているんですか?」とか、「勝負にどういう心構えで臨んでいるんですか?」とか、あまり後輩に聞かれないですし、僕も羽生さんとかに聞いたことはないんです。後輩たちをご飯に連れていったり、遊び上の付き合いはあるんですけど、そこで踏み込んだ話はしないんですよね。
水野:実戦で会う可能性もあるし。
渡辺:そうですね、戦うので。となると自分のなかでどう処理していくかだと思います。だから僕なんかは、今日みたいに他の世界のひとに話を聞いて、見識を広げていったり。アスリートの方々はどういうトレーニングをしているのとかを聞くのも、貴重な機会になりますね。
水野:すごい世界だなぁ。孤独なんですね。
文・編集: 井出美緒、水野良樹 撮影:軍事拓実 メイク:内藤歩 スタイリスト:作山直紀
監修:HIROBA 協力:公益社団法人日本将棋連盟