仲間は増えてもそのひとに課すものは増やさない。
生みの苦しみはここから

水野:不安はないですか?
関取:いや、あんまり…。
水野:なさそうですね(笑)。独立は前々から考えていたことだったんですか?
関取: 前のアルバムを出すとき、1年前ぐらいからやんわり「次のアルバムで最後のつもりでいます」という話はしていたんですよね。いきものがかりさんの独立はどういう流れだったんですか?
水野:2017年の“放牧(活動休止)”前あたりから、将来について考え始めたのかな。このままの規模感とスピード感だと、自分たちの力が及ばなくてツラいなと。あのときにもう、「やめてもいいかもね」という雰囲気もあったんです。ちょうどいい感じに目標の10年間、活動することができたから。でも、自分たちの今の状態だけで終わりを決めるのはいろんなひとに迷惑がかかるし、もったいないなと思って、「いったん休むか」と放牧して。
関取:へえー!

水野:それで、「30代後半、40代前半、どうやっていこうか」と考えたときに、やっぱりチームを小さくしたほうがいいなと。まぁそこからがバタバタして大変だったんですけど。まず、僕が先にひとりで楽曲提供とかを始めて、半独立みたいな感じで。だけど、メンバーまで連れて3人で出て行くとなると大ごとだし、彼らはそういうタイプじゃないと思ったし、そこまで引っ張るのはなぁ…と、別に何も言わないでいたんです。
関取:はい、はい。
水野:でも彼らのほうが「将来を考えるとどうかね…」となっていって。「じゃあ腹を括ろう」と3人で独立しました。そのとき、前の事務所さんがとても誠実に応えてくださって、トラブルが起きないように対話してくれたから、それは運がよかったです。そこから前に進んだ感じですね。だから、関取さんのいろんなものが見えてスッキリする気持ちや、責任に対する納得感がよくわかります。しかもすごくポジティブに捉えているのがいいなと。
関取:でもまだ生みの苦しみが来てないので、ここからですね。今はアルバムのプロモーションがあって、ツアーがあって。もともと私はそういう期間に曲は作れないタイプなんです。でもそのあとにも生活は続くし、ライブはたくさんあるし、年末が来れば精算があるし(笑)。
水野:そう、全部がごちゃごちゃになって落ち着かない。
関取:今までだったらツアーが終わって、落ち着いた時期に曲作りをしていたんですけど…。
水野:でもここから楽しみですね。同じことをやっても、ひとりで組み立てるのは初めてなので、あらゆることが“初めて”になるじゃないですか。
関取:水野さんにとって“自立”とはどういうことですか?
水野:先日、サザンオールスターズさんのライブを観に行ったんです。当然ながら、みなさんおっしゃるようにすごいライブで。何がすごいって、誤解を恐れずにいうと、極めて“普通”であることなんですよ。あの規模で、あのキャリアで、あのレジェンドになって、普通のことを普通にしっかりやるって、とてつもないことじゃないですか。

関取:はい、はい。
水野:偉ぶるとか、自分を大きく見せるとか、そういうことがまったくなくて。来てくれたお客さんにちゃんと楽しんでもらう。演奏やパフォーマンスをちゃんとやる。サポートメンバーやスタッフの方々を紹介するときも、「○○、ありがとな!」って感謝も素直で。しかもセットリストのほとんどが新曲なんですよ。
関取:へえー!
水野:あのキャリアになると、ものすごいストロングスタイルだなと思うんですね。名曲やればぜったい安全だけれど、新曲でライブをつくる。でも、その時々の楽曲でライブをつくるって、アーティストとしては普通のことじゃないですか。新曲ができて、レコーディングをして、聴いてほしい、ライブで楽しんでほしい。そういう普通のことを普通にやるって、すごいことなんだなと改めて感じました。僕も独立してから、気持ちが塞ぎ込んだり、愚痴を言いたくなったりする場面も多々あったんだけど…、そろそろちゃんとやろうって。がたがた言わないで、“ちゃんとやる”ことが自立だと。
関取:(笑)。
水野:どの職業の方も、その年齢や立場に応じた大変さがあるのは当たり前で。仕事だけじゃなく家庭でも。だけど、それなりになんとかちゃんと頑張っているのが“自立”だなと思ったんです。僕らは「いや、曲作りに集中したいので、それは誰かにやってもらおう」と言うことを、こだわりとして許してもらえるじゃないですか。でも、自分のことは自分でやろうとか、お客さんに対して応えなきゃダメだとか、普通のことで。
関取:そうですね。
水野:アーティスト像に甘えてしまうと、ズレそうだなって。普通のことを普通にしっかりやることが、大きい意味での“自立”だなと、桑田さんの姿を見たときに思いました。
関取:各地のイベンターさんとかもみなさん、「何十年も第一線で活躍されている方は絶対、楽屋とかも綺麗にして帰られる」とおっしゃいますよね。いろんなところに出るんだろうなって。
椅子を持ち運べないだけ

水野:ライブの際、関取さんはひとりだから大変な面もあるんじゃないですか?
関取:だから最近、ものも減らしているんです。たとえば、前まで弾き語りは椅子に座ってやっていたんですけど、それはマネージャーさんが車移動であり、椅子を積むことができていたからで。ひとりでは難しい。だったらもう、潔く立つ。
水野:ああー、そういう細かいところが大事なんだよな。
関取:椅子、なければないで全然できたんですよ。「私は今まで立つ努力をしていなかったのだ」って気づきました(笑)。そうやってひとつひとつ考えていますね。水野さんはジンクスを持つタイプですか?

水野:いや、あまり持たないですね。
関取:ないほうがいいですよね。昔は私、あるタイプだったのでしんどくて。ひとつでも違ったり忘れたりすると、「ああ、もう今日はダメだ、終わった」って。
水野:うちの吉岡はそういうタイプ(笑)。こだわりが多くて、チャキッとすべて用意する。だから逆に自分は、どうとでも対応できるようにいようと思ったところがあるかな。バランスとして。
関取:聖恵さん、意外です。その感じが出ていないのがすごい。正直、気難しさとして出てしまう方もたくさん見てきましたけれど、そこを感じさせずにパフォーマンスできるのが素晴らしいです。
水野:椅子ひとつでも、どれだけの段取りが繋がっているかとか、お客さんはわからないですもんね。
関取:逆に、より意味を持って見えるのかもしれません。「花ちゃんが立って弾いている。すごく意思を感じる」みたいな反応は、ツアー初日に感じました。実のところはただ椅子を持ち運べないだけなんですけど(笑)。でも、言われてみればそれはそれで意思なんですよね。今までやってなかったことですから。いろんなことに対して、おもしろいなぁと思いながらやっているところです。

水野:これからきっと新しく仲間が増えていくじゃないですか。ご自身のチーム作りについて意識されるところはありますか?
関取:自分の直感は異常に信じているんですよ。とくに人間関係は。
水野:「このひとヤバそうだな」とか。
関取:はい、「もらっちゃう」という表現がいちばん近いんですけど。一緒にいて、なんとなく気が滞ったり淀んだりしそうな感じがしたら早々に退散します(笑)。あと、意識しているのは、仲間は増えてもそのひとに課すものは増やさないことですね。悪い意味ではなく、「あなたをいちばん大切に思っていて、あなたのために何でもやります」と言ってくださる方がいたとしても、「何でもやる」を私が求めているかといったら、そうではなくて。
水野:はい、はい。
関取:そこに甘えてお願いしてしまうと、どこかで歪みが生まれたときに、「やってあげたのに」とか「頼んでないから」とかお互いに出てくると思うんです。だから、そのひとの得意分野以上のものを求めない。「やらせてしまっている」という感覚ではない人選と配置にしたい。そのほうが私は健康的な気持ちでいられるかなって。
水野:自立しないためには、お互いに依存しないほうがいいのですが、そのバランスは往々にして崩れてしまうんですよね。
関取:崩れますよねぇ。とはいえ、「ひとに期待しない」という言い方もちょっと寂しいので、私はあまり好きではなくて。期待できるところだけするのがいちばんいいかな。餅は餅屋みたいな。お互いに依存せず、やることだけやって、終わったら「ありがとうございました!」って。
母が不機嫌である状態を一度も見たことがない

水野:関取さんはまったく他者に甘える感じがないですよね。
関取:小さい頃からそうですね。親にもよく言われます。ねだらないし、欲しいものはないし、あるもので楽しむ。ペットボトルのキャップをテントウムシのバッジにしたり。
水野:可愛いけど、たくましいですね。
関取:それは多分、小さい頃に転校が多かったことも影響していると思います。心を許したタイミングで離れることが続いたので、誰かに甘えるような隙がありませんでした。さらに最近、気づいたことがあって。私は母が不機嫌である状態を一度も見たことがないんですよ。どんな状況でも。
水野:それはすごい!
関取:当たり前だったから気づいてなかったんですけど、実はすごいことなんだなと。だから私にとって、究極の“自立しているひと”は母ですね。常にご機嫌でいられるのは、何かに依存してないからで。何かをしてもらうなら、代わりに何かを解消する目途が立っているところにしか甘えないタイプな気がするし。“じりつ”って、“自立”と“自律”のふたつがあって、自分を律し続けた結果、自立してずっとご機嫌でいられるのかもしれません。

水野:僕はまったくご機嫌でいられないから、いつも反省します。本当に難しい。でも関取さんは、お母さんのその性質が自然と家庭のなかにあったからこそ、それが普通の感覚として引き継がれているというか。今後、関取さんご自身もどんどんそうなっていくんだろうなと。
関取:そう在れたらいいですね。カッコいいなと思っています。母は友だちも多いんです。専業主婦ですけど、父だけにすべてを求めることもなくて。65歳を超えても、「今、友だちと福岡に来ています」みたいな感じで(笑)。いくつになっても、常に自分の人生をご機嫌に楽しんでいくんだろうなと思うと、たくましいなと思います。
水野:今日お話を伺いながら、関取さんにもそのスッとした無理のないたくましさが見えました。
関取:嬉しいです。

文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:軍司拓実
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:シモキタ園藝部
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