言葉は、作るものではなく、出てきてしまうもの。
水野:企画展「HIROBA×文喫」第2回となるトークセッション。スペシャルゲストは、音楽プロデューサーの木崎賢治さんです。『プロデュースの基本』という本も出されております。

木崎賢治(きさきけんじ)
1946年、東京都生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。渡辺音楽出版で、アグネス・チャン、沢田研二、山下久美子、大澤誉志幸、吉川晃司などの制作を手がけ、独立。その後、槇原敬之、TRICERATOPS、BUMP OF CHICKENなどのプロデュースをし、数多くのヒット曲を生み出す。
タイトルで気持ちの行き先が定まる

水野:木崎さんが携われた音楽に触れずに、日本の文化圏で生活するのは難しいと言えるほど、いろんなアーティストの方々とたくさんの名曲を作られてきた伝説的な方です。かつ、緊張感をこちらに与えず、僕のような若造にもフラットに向き合ってくださる。そんな木崎さんに今回、事前に投げかけた質問があります。「もし、ある新人アーティストに3つだけアドバイスをするとしたら、何を教えますか?」という問いですね。
木崎:まず、アドバイス内容の前に「3」という数字について考えてしまいました。なぜ世の中には、3からなるものが多いのか。音楽なら、メロディー・リズム・ハーモニー。あと、セックス・ドラッグ・ロックンロール。光も3要素ですし、僕の好きなバンドも大体、ギター・ベース・ドラムの3ピース。自分なりにその答えがあるんです。それは、世界が2次元ではなく3次元だから。3は人間にとってわかりやすい数字なのかなと。
水野:木崎さんは常日頃から、そうした一見、音楽から離れたことも考えていらっしゃるのでしょうか。
木崎:子どもの頃から、いろんなことに対して「なんでだろう」と思う癖があります。それは今も変わりません。それで「もし、ある新人アーティストに3つだけアドバイスをするとしたら、何を教えますか?」という問いについてですが、1つ目は「タイトルを考えること」ですね。
水野:曲タイトルということですか?

木崎:そうですね。いい曲ができるかどうかは、確率の世界だと思います。そして、いろんな作り方を経験してきたなかで、タイトルを先につけた曲のほうが、その確率が高かった。それはおそらく“行き先がわかる”から。たとえば、バスに「札幌駅行き」と書いてあったら、みんな間違えず乗ることができるでしょう。同じように、タイトルがあることで、アーティストやスタッフが同じ方向を見ることができるんじゃないかなと。
水野:タイトルにまつわるエピソードでいうと、沢田研二さんのアルバム楽曲のタイトルを糸井重里さんにお願いしたことがあるそうですね。1980年代に入ると、それまでずっと阿久悠さんが歌詞を書かれていた沢田研二さんのプロジェクトに、糸井さんをピックアップされたと著書で拝読しました。
木崎:阿久悠さんとは沢田研二の楽曲を多くともに作ってきたのですが、いつも先にタイトルがあって、そこに歌詞を書かれていたんです。それにメロディーをつけると、いい曲になる確率がかなり高くなった。その経験から糸井重里さんにお願いしました。また、アグネス・チャンの「星空の約束」もタイトルが先にあったのですが、スタジオで演奏をするとき、キーボードの方が、いかにも星がキラキラしているようなイントロを作ったんです。
水野:なるほど。
木崎:もし、タイトルがなかったら、違うイントロになったのかもしれません。やはり、タイトルがあったほうが、気持ちの行き先が定まる。ベクトルが強くなる。だから自分も当時、本屋さんに寄っては、いろんな本の背表紙だけを見て、「このタイトルいいな」というものをたくさんメモしていました。村上春樹さんの作品とかね。
水野:お若い頃から、音楽以外のところからもインプットをされていたんですね。
木崎:音楽は表現の場だから。生活しているなかで感じたいろんなことを、持ってくる仕事だと思っています。ゴルフとか、ディズニーランドとか、大リーグとか、その時々で好きになったものの本質を抜き出そうと、いつも考えているんですよね。その本質は、音楽にも応用できる。今は洋楽が好きでよく聴いていますが、「どうしてこういうコード進行になっているんだ?」と考える。すると、自分なりの答えにたどり着くわけです。
水野:そういう答えを、どのようにプロデュースをするアーティストの方々に伝えていくのでしょう。
木崎:誰かと仕事をするときには、相手が何を望んでいるか、音楽でどうなりたいのかというところがいちばん大事で。常に一対一で考えて会話をしていきます。知識の量もひとによって違いますし。たとえば、槇原敬之の場合は、音楽のことも歌詞のこともよくわかっていたので、より深い部分や、プロモーションの仕方、ひととの接し方などについて伝えることが多かったと思います。
水野:なるほど。
木崎:また、TRICERATOPSの場合、出会った最初はすごくJ-POP的な曲だったんです。でも、和田唱が好むのは、ポリスとかクリームとか、ああいうギターのリフのあるものだった。だから、「自分の好きな曲をやったほうがいいよ」と伝えたら、「ピンと来た」って。リフでメロディーを作るのって難しくて、みんな挫折するんですけど、「Aメロはリフっぽく、サビはコード進行から作れば、みんなにわかりやすいんじゃない?」と僕は言ったらしくて。
水野:TRICERATOPSの「GOING TO THE MOON」なんて、まさにそうですね。
木崎:だからこそ、「それは難しい」とは口にしないようにしています。お互いの限界を作ってしまってはいけない。やりたいと思ったことはなんでもやらせる。難しそうなことも、当然のように言ってみると、一生懸命に練習をしてきて、いつの間にかできるようになったりしますから。そこはプロデュースをする上で大事にしていますね。そういえば、僕はいつも槇原に、「丸く歌え」と注意していたらしいです。
水野:どういう意図だったのですか?
木崎:歌は、尖っていてはいけない。ひとの心に突き刺さってはいけない。僕はそう感じていたので、「丸く歌え」とよく言っていたようで。槇原は「君が~♪」の“き”の入り方ひとつでも、ものすごく練習して、丸く歌うようになったんですよね。
「ひげ剃りました」という一文

水野:では、2つ目のアドバイスを教えてください。
木崎:「誰に何を伝えたいのか考えること」です。いい歌詞ができれば、メロディーは勝手につけばいい…、とボブ・ディランが言っていました(笑)。ジョン・レノンはボブ・ディランが大好きで、「どうやって曲を作るんですか?」と訊いたら、そう答えたそうで。それからジョン・レノンは歌詞を先に作るようになった。だから「イマジン」なんかも詞先。じゃないと、あんな変なメロディーはできないと思います。僕も、ボブ・ディランと同じく、いい歌詞ができればいいなと。それで“いい歌詞”について考えたとき、ミュージカルの曲が浮かんだんです。その理由は、曲作りの設定がはっきりしているから。たとえば、「これは結婚する娘のお祝いで歌います。そういう曲を作ってください」というようなオーダーをされるじゃないですか。
水野:ストーリー上の意図があるということですね。
木崎:だから自分はいつも、まずタイトルが決まったら、次は「誰に何を伝えたくて、この歌を作るの?」と考えるようにしています。プロデュースをしていても、そういうことを感じた瞬間がありました。安藤秀樹というアーティストがいて彼に最初、吉川晃司の歌詞を作ってもらったりしていたんです。でも、彼自身がデビューするということになったら、なかなかコンセプトが決まらなかった。やがて、吉川晃司の曲のお金が入ってきて安藤は「イギリスに行きたい」と旅に出て。その旅行先から、僕に絵はがきを何枚も書いてくれたんですね。
水野:ロマンティックですね。
木崎:その絵はがきに必ず文章を書いてくれるんだけれど、それが素敵だったんですよ。「僕はまだ電車のなかで、外にいる羊を、窓越しに見ている傍観者だ」みたいな話とか。「ああ、このひとは旅をしながら曲を作るアーティストになるのもいいな」と思って。日本にいたときは、そんな歌詞ではなかった。僕に何かを伝えたくて書いた言葉であり、そういう言葉は強いんだなと感じましたね。
水野:宛先が決まっている言葉は強い。
木崎:それが今朝の話にも繋がるんだけど…、「ひげ剃りました」という一文。
水野:みなさんに説明すると、今朝、木崎さんが「今日はよろしくね」というLINEをしてくださって。それに僕が「ありがとうございます。こちらこそ今日はよろしくお願いします」と返したら、「ひげ剃りました」という一文がポンって来たんですよ。どういうこと!?って(笑)。

木崎:こうして人前に出るので、ひげ生えたままじゃよくないかなと思って、奥さんに訊いたら、「剃ったほうがいいわよ」って言うんです。だけど、まだ剃ってから2~3日しか経ってないし、そんな目立たないと思って迷っていて。で、水野さんから、「今日はよろしくお願いします」って来た瞬間に、剃ろうと思ったの。
水野:僕、これすごいなと思ったんです。「ひげ剃りました」という一文から、木崎さんの人柄が感じられるわけですよ。人前に出るとき、「気をつけてシャキッとしなきゃ」みたいなことを思われる人間味も。それって、歌詞に近いのかもしれません。たとえば、槇原敬之さんの「もう恋なんてしない」で、<2本並んだ歯ブラシ>や<君あての郵便>という細かい描写があることで、急に浮き立って見えてくる何かがあるというか。
木崎:心は抽象的なものだから、具体的な何かと結びつけることで、見えてくるんじゃないかな。「ひげ剃りました」って、タイトルにもなるなと思ったんですよ。そのときに「誰に何を伝えたいのか考えること」が大事で。たとえば、初めてのデート前にひげを剃るのか。もう1年も一緒に過ごしてきたけれど、今日は誕生日だからわざわざ剃るのか。なんでもない日だけれど、「時にはちゃんとした僕で会いたい」という気持ちがあるのか。中身に気持ちが入ってくると、どんなタイトルでもダサくなくなってしまうものなんですよ。
水野:1つ目の「タイトルを考えること」も、2つ目の「誰に何を伝えたいのか考えること」も、風景や感情がくっきりと見えてくるためのものですね。
木崎:言葉は、作るものではなく、出てきてしまうものだと思うんです。だから、設定さえあれば、自然と出てくる。そういうものが、いちばんいい歌詞なんじゃないかなと。とはいえ、そんな歌詞ってなかなかできないから、どこかで作為が入るわけですけれど。ひとつだけ真実が入っていればいいんじゃないですかね。
水野:ひとつだけの真実とは、どれぐらいの塩梅のものなのでしょう。
木崎:たとえば、松任谷由実さんはその入れ方の塩梅が上手です。彼女がいつもいろんなところに行っているのは、新しい絵を探しているからで。「絵があると、ストーリーが考えられる」と言っていました。ユーミンさんが作詞された「スカイレストラン」もまた、実際に彼女が新宿の高層ビルの上の階にあるレストランに行ったときの話で。それは、友だちとかと行ったんでしょうね。1階から、だんだん高層階へ上がっていく。そうやって、人通りの多いところから遠くなっていく空気感を覚えておくわけです。すると、「静かだな」とか、「富士山が見えるな」とか、「上から眺めると、今朝、仕事で上司に怒られたことも昔のことに思えてしまうな」とか、いろんなストーリーを感じられる。やがて、「昔付き合っていた彼が、自分より身なりのきちっとした彼女を連れて、ここに入ってくる」という設定ができる。
水野:そこでワンアクションの虚構が入るんですね。
木崎:そういう虚構のストーリーを作ることは、ユーミンさんはお手のもの。いくらでも想像できてしまうんですよ。槇原の作り方も似ているかな。本当のことを中心に、歌を膨らませる。だから、音楽はほとんど虚構だと思います。ファンタジーであり、いわばディズニーランドと同じ。だけど、その嘘のなかにひとつ真実があると、ひとはグッと来る。
いい歌詞ほど文章になっていない

水野:では、3つ目のアドバイスを教えてください。
木崎:「歌詞になっているか考えること」かな。
水野:歌詞になっているものと、なってないものの違いとは何ですか?
木崎:散文ではなく、リズムがあったり、繰り返しがあったり、ノリがあったりして、メロディーが作りやすいもの。「汽車ポッポ」の歌なんかわかりやすいですよね。<汽車 汽車 ポッポ ポッポ シュッポ シュッポ シュッポッポ>って。槇原敬之の「どんなときも。」も<どんなときも どんなときも>と2回繰り返す。「めだかの学校」も<そっとのぞいて みてごらん そっとのぞいて みてごらん>と2回繰り返す。
水野:すごくシンプルですね。みんな意外と綺麗な言葉を書こうとしてしまいがちですが。
木崎:そう、実はみんな恥ずかしがって、繰り返しってなかなか作れない。大体2回繰り返すとサビっぽくなるんですけどね。大切な言葉、キーワードになっていく。あと、いい歌詞ほど文章になっていないことも多いですね。<雪は降る あなたはこない>みたいな。感情的なときって、人間はちゃんと喋らないんじゃないかな。
水野:単語になってくる。

木崎:ちゃんと喋るほど、冷静で感情がないものになっていく気がします。だから、シンガーソングライターのほうがそういう省きは多くて、職業作詞家は客観性があるがゆえに説明的になりがちなのかな。2つ目のアドバイスでお伝えした「誰に何を伝えたいのか考えること」というのは、そこで考えた設定を別に歌詞にはしなくていいんです。その設定から出てくる言葉が大事なだけであって。
水野:なるほど。設定自体を歌詞で説明しなくていいわけですね。
木崎:脚本にも似ていますよね。たとえば、誰かとカフェで待ち合わせをしているというト書きがある。そして会話としては、「ごめんごめん、待った?」、「そんなことないよ」、「待ってるじゃん、もうこんなにコーヒーがなくなってるよ」というふたりのやり取りがある。そのセリフ部分だけを歌にする感覚です。
水野:そのセリフ部分だけを書くには勇気が要りますが、そこをいい塩梅で書けると、説明口調にならず設定を伝えることができますね。
木崎:セリフ内に出てくる具体的な言葉で、だんだん背景がわかってきますから。そういう歌詞が僕は好きですね。
文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:Haruka Miyajima Shimpei Nakagawa
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:文喫 六本木
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