彫ったら量は少なくなる。だけど、彫ることで作品は大きくなる。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは、彫刻家の森靖さんです。

森 靖(もり おさむ) 1983年、愛知県生まれ。彫刻家。2009年、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了。卓越した彫刻技術、形態の正確なデッサンに下支えされ、また、図像学や神話的モチーフなど古代ギリシャ彫刻以来のアカデミスムを独自に解釈しながら制作される森の彫刻作品は現代日本の彫刻家として類を見ないダイナミズムを有する。近年では奇形樹の樹形に導かれた彫像や、粘土と樹形の組み合わせによる塑像など、新たな彫刻の可能性を提示し続けている。
彫刻は丸1日やっても飽きなかった

水野:お会いして、目の前に座っていただいて、まず、森さんのものすごく太い指に見入ってしまいました。その手で作品を作られてきたんだなと。
森:手はボロボロです。軟骨をすべて変えたいくらい(笑)。右手の親指とか、もうおかしいですよね。彫刻にも石彫などいろんなタイプがいるのですが、みんな手の形が違うんですよ。木彫は、打ちつけたり、ノミ研ぎをしたり、手先の仕事が多いので、どうしても節が出てきてしまいます。
水野:ずっと作品を作られてきて、この屈強な手に力が宿っているのだということを感じます。小さい頃から、ものづくりはお好きだったのですか?
森:手を動かすことは好きでしたね。ミニ四駆とかラジコンとか。スケボーや、いろんな音楽カルチャーにも興味がありました。美術自体を意識したのは、小学1年生のときです。ニワトリの絵を描いたとき、すごくいいものができて、美術の先生も褒めてくれて、そこから絵を描くことが好きになったんですよ。イラストではなく、ものを見て描いていました。

水野:小学1年生で美術を意識するというのは、かなり早いですね。
森:その美術の先生に救われたところがあると思います。背中を押されて、好きなことをやらせてもらえたから。さらに中学3年生でも、担任が美術の先生で。進路を考える時期、“美術”というものがポンと出てきました。というのも、美術の授業では、延々と手を動かすことができたんですよ。子どもがゲームを延々とやるのと同じ感覚で、常に何かをやっていましたね。小さいものを描いて廊下に貼り付けたり。もう何でもできてしまうので。
水野:美術にもいろんな方向があるなかで、なぜ彫刻の道に進まれたのですか?
森:僕は美術高校に行ったのですが、まずはすべてのジャンルをやるんです。絵画、デザイン、彫刻。そのなかで最初は絵画志望でした。「芸術家は酒を飲んで、描きたいときに描いて、発表して、楽しそうな人生だな」というイメージがありました。でも、実際に絵を描いていたら、「これはどうなんだ? やりたいことだけをやっていたら、この世界ではやっていけないぞ」ということがだんだんわかってきまして。
水野:なるほど。

森:一生やり続けることを考えないと、アーティストにはなれない。絵画は持っても6時間だったんです。だけど、彫刻は丸1日やっても飽きませんでした。つまりいちばん長く制作できたのが、たまたま彫刻だったんです。好きなこととできることは違うんだなと。紐解いてみたら、彫刻がおもしろすぎて。
水野:ご自身の彫刻に対する適性って何だと思いますか?
森:単純に、作ることができる、彫ることができる。たとえば、油絵だと、無数に色が立体的な世界を奏でているなかに、「こう描きたい」と思ったものを、的確にポンと置かないといけないんですよ。それが僕にはできなかった。でも彫刻は、たったひと握りでも立体感を掴むことができた。その感覚は今も変わらなくて、「こうしたらもっと形がよくなる」みたいな発見がずっとあります。常に自分がバージョンアップできるというか。
水野:その能力はどのように培われたのですか?
森:僕は多摩美術大学に1年、東京藝術大学に6年、行ったんですけど、基本的なことは教わるものの、造形論みたいなものは教わった記憶が薄くて。もっと言うと、予備校にも行かなかった。そんな僕にとってメリットだったのは、ひとに教わらず、自分で技術をつかみ取ったことだと思うんです。造形力を上げるために、過去の巨匠がやっていたことを自分ですべてやって。自分で実践してつかみ取ったものだから、誰にもできないことができる。実はそれが武器になっていますね。
自分の彫りを見せないように実態を表現していく

水野:彫るときは、まず何を見ていますか?
森:それは難しいところですね。先ほど言ったように、何でも彫れてしまうんですよ。学生時代は、木の塊から作品を彫り出すということをやっていたのですが、それだと“上手い”とか“リアル”に行き着いて、そこで止まってしまうわけです。その上に行かないといけない。そう考えたとき、かたちの力を借りるようになりました。
水野:かたちの力。
森:僕だけのかたちではないもの。何かの真実のかたち。あるいは、みんなの共有のイメージであるかたち。
水野:今回は作品も持ってきていただきました。今、僕の目の前に、耳とネズミがある。これはどういった作品なのでしょうか。

森:要は、もともと何かに見立てられていたものを、僕が手を加えて彫刻にしているんです。たとえば、国立故宮博物院にある「角煮」と「白菜」っていう作品もそうですね。物質の色や質感を何かに見立てている。僕が彫るときに見るのは、“何かに見える”というところだと思います。そして、“何かに見える”かたちをどうにか自分の造形で支えたい。見立てをしたなかで、自分の彫りを見せないように実態を表現していくというか。
水野:“自分の彫りを見せない”という抑制が効くのがすごいです。
森:大変ですよ。“何かに見える”というものを見つけるにも時間がかかりますし。河童とマリリン・モンローの作品があるんですけど。映画『七年目の浮気』でマリリン・モンローのスカートが翻る象徴的なポーズは、みんなの共通意識だなと思って。そこに河童のディテールを彫り込んだんですよね。
水野:はい、はい。
森:マリリン・モンローは、当時の性的なシンボルであり、女性の美の象徴。そして、河童は妖怪という存在であり、畏怖の象徴。でも、今の僕らの価値観から見ると違うこともあるし、時代を経て何かのイメージが強くなりすぎていることもある。だからこそ、何かの象徴であるふたつを組み合わせれば、おもしろいことが起きるんじゃないかなと思いました。現代のアイコンになるのではないかと。

水野:ふたつの象徴を合わせることも、もとの木のかたちを尊重しながら彫ることも、非常に難しそうですが、どのように乗り越えていくのですか?
森:かたちへのリスペクトですね。僕のかたちなんておこがましい。
水野:森さんにとって、上手くいくときの感覚って、どんなものなのでしょう。
森:最初に思い浮かべていたイメージが、作っていくなかでガラッと変わる瞬間があるんですよ。そこで絶対によくなります。あと、僕の作品は渋いけれど、すべての作品に彫刻史における革命的な部分が潜んでいると思っていて。良くなるタイミングを見逃さない、彫刻史における革命的なことを必ず見出す、その感覚は大事にしています。たとえば、新作は“鉛”なんですよ。
水野:鉛。
森:鉛にしかできない表現をずっと探していて。金属を木彫のノミで彫りました。ギリシャ神話で、「キューピッドに鉛の矢を打たれたダフネが愛から逃げていく」という逸話から持ってきた作品です。半年前くらいに、これを思いついた日は、もう喜びましたね。「世界が変わるんじゃないの!?」と思って。まあ、インスタでしか発表してないんですけど、まだまったく世界は変わらず、あれ?みたいな(笑)。
水野:いちばん喜びを感じる瞬間は思いついたときですか?
森:そうですね。個展の2週間前に、「何か違うな」って思い続けていて、手が進まなかったことがあるんですよ。ギャラリーのひとも、「ああ、これはマズいかも」と1週間ぐらい日程をズラしてくださって。でも、土壇場で思いついた作品がありました。
水野:何ですか?

森:ミロのヴィーナスを、自分で彫っていった作品です。ミロのヴィーナスは、“腕がないこと”が美しいとよく言われて。そういうトルソーの人体を彫ろうとしていたけれど、何か違う。そして、ギリギリになって、“手”が見えたんですよ。「これだ!」と。そのときの喜びはすごかったですね。もう2日で彫れてしまいます。彫るという行為は、思いついた喜びから爆速で進みますから。
水野:凄まじい技術があるから、「なんでも彫れる」という確信があって、問題を“見えるか、見えないか”ってことだけにフォーカスされている。それがすごいことだなと思います。
森:彫刻の場合、今の時代は3Dデータで切削などもできてしまうんです。どんな大きな木でも石でも彫れるから、裾野が広がっている。彫れなくても完成させられる。僕が彫れることも大したことではなく、作品の付加価値程度だと思います。でも、だからこそ、「僕がひとりで彫る」ということをコンセプトにしたくて。ただの付加価値だったものを、僕の考えに昇華させるというか。それで去年は「巨大化宣言」と銘打った個展をしましたね。
時間軸を超えた彫刻は、国を支えるぐらいの強い力になる

水野:森さんにとって他者ってどんな存在ですか? 場合によっては、年単位の時間を使って、作り上げるわけじゃないですか。そして、ひとに見せると、言葉が返ってくる。時には、思ったような反応が来なかったり、自分が欲しくない言葉が来てしまったりすることもあると思いますが。
森:若い頃はよくそれで揉めていました(笑)。でも、今はひとりでも多くの方に見ていただけるように行動しています。僕の作品が好みでないひとも大多数いるけれど、彼らも言葉を残してくれる。すべてがまた次の仕事につながりますから、大事です。本当は海外の方にも、どんどん見ていただいて、いろんな意見がほしいですね。
水野:他者とものづくりをしたこともありますか?
森:あります。1回目は、お互いに話し合いながらそのとおりに作りました。でも、2回目は、話し合いながらも、相手が思いもしなかったことをやる楽しみを感じましたね。やっぱり自分の考えだけでは、どんどん閉じこもってしまうから、コミュニケーションは大事だなと。芸術家あるあるですけど、アトリエに籠ってやり続けるひとは多いんですよ。でも得てしてそこには他者とのやり取りが生まれてないので、作品が弱くなってしまう。
水野:他者とのコミュニケーションのない作品が弱くなるのはなぜですかね。
森:なぜでしょう。僕にも完全に失敗した時期がありました。4mに迫るエルヴィス・プレスリーを、3年かけて作ったんですよね。でも完成した瞬間に展示ができず。そこから7年間、作品がひとの目に晒されませんでした。それでもなんとか言葉やプランをひとりで練り続けて、それはそれで成長にはなったんですけど。10年後、エルヴィス・プレスリーを展示したときの衝撃とは比べものになりません。
水野:作品が誰かに見られて、反応が返ってくることで、視野がブワーッと広がるというか。
森:そうです。僕の作品に感動してくれるひとがいるとか、僕の作品を美術史として語ってくれるひとがいるとか、他者がいると世界が明るくなりました。すると、過去も未来もすべてが広がる感覚があるんですよね。
水野:誰かがその作品について語り継いでいくことが、自分の命の時間軸を超えていくことになりますよね。
森:絶対になります。そして、時間軸を超えた彫刻は、国を支えるぐらいの強い力になるんです。エジプトやギリシャ、日本のお寺とかも支えていますよね。彫刻は、何か社会的な反応が起きたとき、すぐに対応できないメディアじゃないですか。遅い。ただ、長い単位で見たとき、ボディブローのようにどんどん力が増していく。

水野:森さんは何を残したいですか?
森:何を残したいんですかね。本当に。言葉では表せないから、彫刻している部分もあると思います。にじみ出てくる何かを残したい。ただ“リアルに彫る”とかは答えではなくて。僕たちが知っている古代の彫刻を考えると、生き残っているのは強いかたちですよね。僕が死ぬまでに、そこの領域まで行けたらカッコいいなと。でも、それはあまりにも高いレベルの話なので、とにかくそこに向かってやり続けるしかないなと。
水野:また、ご自身ができる限界まで巨大彫刻を作りたいそうですね。なぜ、大きさというものに惹かれるのでしょうか。
森:「考える人」を作ったオーギュスト・ロダンが、「ひとつの梨、ひとつの林檎も、肉付けの見地から見れば、天体ほど大きい」と言っていて。つまり、彫刻家としてかたちの辻褄が合っていて、その世界に没頭できたら、彫刻はどこまでも大きく広がるということなんです。イメージの話ですけれど。
水野:はい、はい。
森:実際、彫ったら量は少なくなるじゃないですか。だけど、彫ることで作品は大きくなるんですよ。どんなサイズのものでも。僕が、「できる限界まで巨大彫刻を作りたい」と言っているのは、コンセプトの幅を狭めないためなんですよね。たとえば、今は5mを超える巨像を作っているんですけど、今回は“自由”を表現したいというところから、そのスケール感に持っていきました。僕の作品にはすべて“サイズの意味”が出てくるわけです。
水野:なるほど。
森:あとは、僕の彫刻技術が高ければ、それこそ「天体ほど大きい」と感じていただけるはず。それは、この肉体で彫るという行為があるからこそ可能だと信じています。機械で拡大コピーしたわけではない。彫刻って、サイズと反比例するように技術的に難しくなるんです。だけど、一度そこそこのサイズを完成させると、楽になる。
水野:もうそのノウハウが蓄積されるんですね。
森:そう、だから筋トレと一緒ですね。
水野:最後、どこまで行くんですか?

森:どこまで行くんでしょう。もう今ですら限界なんですよ。だから、一日制作したあと、自分の作品を見ながらデッサンしています。すると、そのスケール感が自分に蓄積されるので。これからもっと大きいものを彫るとなったら、環境と資金的なことと、あとは肉体的なことですよね。今42歳で、裸眼で1.5ありますが、50代になったときにはどうなのか。
水野:老いていくことが作品を広げることにはなりますか?
森:なります。ミケランジェロがそうなので。過去の巨匠はみなさんすごいです。だからこそ、今を逃したらダメなんです。もう急がねば。
水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
森:「Keep on Crazy 」ですね。もう行くしかない。やっぱり現実を見る前は、いちばん世界が広がっていますから。蓋をしてはいけません。行け行け、です。


Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:北川聖人
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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