楽譜をちゃんと読み取るためには、心身すべてを捧げる時間が生まれます。

J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
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“いま”を代表するクリエイターをゲストに迎え、普段あまり語られることのないクリエイティブの原点やこれから先のビジョンなど、色々な角度からクリエイティビティに迫る30分。J-WAVE(81.3)毎週土曜日夜21時から放送。
水野:今回のゲストは、ピアニストの亀井聖矢さんです。今、ドイツにお住まいで、ドイツを拠点に活動されているのですが、ちょうど日本に帰ってこられるタイミングでこの番組に出ていただきました。

<プロフィール> 亀井聖矢
2001年生まれ。4歳よりピアノを始める。愛知県立明和高等学校音楽科を経て、飛び入学特待生として桐朋学園大学に入学し、2023年3月に同大学を首席で卒業。2019年、第88回日本音楽コンクールピアノ部門第1位、及び聴衆賞受賞。同年、第43回ピティナ・ピアノコンペティション特級グランプリ、及び聴衆賞受賞。2022年、ロン=ティボー国際音楽コンクールにて第1位を受賞。併せて「聴衆賞」「評論家賞」の2つの特別賞を受賞。2025年には世界三大コンクールの一つである、エリザベート王妃国際コンクールにて第5位を受賞。
考えたことを自分の血肉になるまで落とし込む

水野:いちばん最初にピアノに触れたのはいつ頃ですか?
亀井:僕は覚えていないのですが、母が言うには、2~3歳のとき、家にあったキーボードのおもちゃで遊ぶのが好きだったそうです。幼稚園で聴いてきた曲を、弾いてみたりしていたと。両親は音楽に携わっていたわけではないのですが、母が音楽好きで、手習い程度にピアノをやっていたので電子ピアノもあって。僕がそれで毎日遊んでいる姿を見て、近所のピアノの先生のところに連れて行ってみようと思ったらしいです。
水野:音楽に惹かれたポイントはどういったところでしたか?
亀井:昔、車のなかで、クラシック名曲選みたいなCDがよく流れていたんですよ。リストの「ラ・カンパネラ」とか、ショパンの「小犬のワルツ」や「英雄ポロネーズ」とか。僕はそれを後部座席で聴いていて、「カッコいい曲だな。これを弾けるようになりないな」と思って、楽譜を買ってもらって弾いてみて。実際に自分がその音を作ることができるようになっていくのが、すごく楽しかったのを覚えています。
水野:ただ、自由に気持ちよく弾いていたところから、コンクールに出ていくと、審査員の批評にも対峙しますよね。そういうものには、どのように反応していくのでしょう。
亀井:まさに最近、悩んでいることかもしれません。子どもの頃に習った先生方は、みんな優しくて。僕の弾き方を尊重して、伸ばしてくれていたんです。でもここ数年は、ヨーロッパの本場で、微細なニュアンスを極めていく勉強をしていて。それは自分の感覚だけで弾くものではない。クラシックは何百年も前の楽譜に忠実に、曲を呼び起こす芸術なので、頭と心と耳と手とすべてのバランスを紐づけていくために頑張っているところですね。
水野:紐づけていった先には、何がありますか?
亀井:その曲の今まで見えてなかった一面や、新たな感情に気づく瞬間がたくさんあります。曲を大雑把に捉えることで生まれる、大きなエネルギーや推進力もすごく好きなんですけど、一方で、曲について細かいところまで深めていくと、繊細なハーモニーの変化とか、メロディーじゃない部分の旋律の動き方とか、その曲が持ついろんな面により反応できるようになっていくんです。
水野:それによって縛られてしまうことはないのでしょうか。
亀井:最初は、「ここでこういうことが起こっているから、こういうことを表現したかったのかな」とか考えていきます。でも、頭で考えているうちは、自分から出てくる音楽にはならなくて。どこかぎこちなくなったり、説明がましくなったり、不自然になったりする。それを試行錯誤しながら、自分の指になじませていった先で、何も考えずに自分の心が、繊細な変化をシンプルに「いいな」と感じられる瞬間が訪れるんですよね。すると、その曲の新たな魅力が自分を惹きつけて、「こういうふうに演奏したい」という欲が自分のなかから出てきます。

水野:他の方の演奏はどれくらい意識されていますか?
亀井:すごく意識するときと、しないとき、両方ありますね。僕はルーツとして「いい音源を聴いて弾きたい」という思いが原動力になることが多くて。だから、新しい曲を知るときにはいろんな演奏を聴いて、「自分も弾いてみたい」というところに繋げていました。でも最近は、誰かの演奏を耳から入れず、楽譜だけを見て、頭でイメージを立ち上げてみるんです。そして、実際にピアノで音を鳴らしてみて、試行錯誤していくのも楽しい。
水野:はい、はい。
亀井:自分である程度、楽譜を読み込んで作ってみたあと、いろんな巨匠たちの演奏を聴いてみたりもします。すると、自分が到底そんなふうには解釈できなかったような弾き方をしていることに気づくんです。たとえば、「クライマックスの作り方にはこういう可能性もあるのか」とか、「ここでフッと抜くと、こんなにも惹きこまれるんだ」とか、そういう発見があって。そうやって他の方の演奏を聴くのもすごく楽しいですね。
水野:考えなければならないけれど、自然でなければいけないんですね。
亀井:いつもそれに苦しみます。とくに舞台上だと、戻れない時間のなかで、ホールの響きによる間合いの変化なども含め、繊細なことをすべてコントロールしなければいけないじゃないですか。だからこそ、考えたことを自分の血肉になるまで落とし込んでおく必要がある。しかも練習すればするほど、深く考えなくても指は動くようになってくるので。「こういうことを表現したい」という心を常に持ち続けながら練習して、自然に表現できる状態であることが大事なんですよね。
いいゾーンへの入り方は永遠の課題

水野:一音ごとに前に進んでいくわけじゃないですか。そのなかで、イメージと実現する瞬間との間合いをどのように処理しているのですか?
亀井:本番でいいゾーンに入っているときには、どういう指で練習していたとか、どういう強弱にするとか、一切考えずに、「自分が次の音をこう弾きたい」という欲求が絶え間なく生まれるんですよ。自分の出した音によって、また次の感情が生まれて、さらに次の音が耳に入って心が動いて、指に伝わる。そういう呼吸のような感覚になって、全身の筋肉が、自然とそのためだけに動いてくれている状態になるんです。
水野:いいゾーンに入ることができるときと、そうではないときの差は何でしょう。
亀井:永遠の課題です。一線で活躍され続けている巨匠の方に訊いても、「私もわからない。それがわかったら苦労しないよ」みたいなことをおっしゃるので。多分、いろんな要素が複雑に絡み合っているんだろうなと思います。その日の気分もあるでしょうし。自分がどんな状態でも、違うホール、違うピアノで最上級の音を作らなければならないし。練習で積み上げてきたものを、どれくらい指が覚えているか。音に対して、どれくらい心をオープンにできるか。よく寝られたか、よく食べられたか。そういうすべてが影響しているんでしょうね。

水野:聴き手の存在は、どれぐらい意識されていますか?
亀井:クラシック奏者って、「ひとのために弾くわけではない」という考え方も強かったりして。作曲者が残してくれたものを解釈して、表現して、作品を作り上げる芸術だと。でも僕は昔、広場や老人サロンでピアノを弾いたら、そこにいる方々が喜んでくれたとか、自分の演奏によって誰かに少しでもプラスの感情を届けられる嬉しさが原体験になっていて。だから、「どう聴いてほしいか」という感覚は、すごく強い方ですね。
水野:お客さんの温度感や感情も、ご自身の演奏の一要素として取り入れるのでしょうか。
亀井:はい。その日の気分や熱量、空気感によって、練習と本番でまったく演奏が変わることもあります。天気によっても、お客さんのテンションが違ったりするじゃないですか。それによって、「今日はちょっとアクティブな感じで弾きたいな」という日もあれば、「会場の雰囲気的にしんみりしているから、心に感じ入るような感じで弾こう」という日もある。そういうことを言葉で考えるわけではなく、自然に調整している感覚がありますね。
会場が熱い拍手で包まれる瞬間…

水野:楽譜を読み取るときには、どういうところを見ていますか?
亀井:言葉として受け取るものがないので、抽象的な感情を読み取っていくのですが、その作曲家がどのように生きて、どんな人間関係のなかにいたかを考えることも大事ですね。戦争が起こっていて祖国が危ういとき、愛国心や大切なひとを思う気持ちから生まれてきている作品も多いですし。「その背景からこういう音が生まれたのだ」と思いを馳せると、自分にも共感できる普遍的な気持ちがあって。それを表現していきます。
水野:演奏に至るまでの前段階で、生半可な気持ちではなく、向き合わないといけないものなんですね。
亀井:指を動かして正しく弾くだけならできると思いますが、楽譜をちゃんと読み取るためには、自分の心の繊細な部分や柔らかい部分も、音楽に対してオープンでないといけませんね。練習の段階で、心身すべてを捧げる時間が生まれます。
水野:また、亀井さんは数々のコンクール受賞歴を持っていらっしゃいます。どういうところが評価の基準になり、その基準とどのように向き合っているのでしょうか。
亀井:これも難しい問題で。ある程度の共通部分はあるものの、審査員の先生によって評価する面が異なるんですよね。でも僕は、「コンクールだから、審査員の先生がこうだから、こういうふうに演奏しよう」みたいなことを考えるのは好きではなくて。とにかく自分がいいと思う解釈、演奏スタイルで弾きます。それが評価されたら嬉しいし、気に入られなかったら仕方ないな、くらいの気持ちでコンクールに臨んでいますね。
水野:ご自身にとって、いちばん快感を覚えるタイミングというと?

亀井:本番の舞台には、独特の緊張感があって、自分の感覚が研ぎ澄まされるわけです。そして、実際にピアノに触って音を出したとき、すべてが絡み合って、普段は聴こえてこなかったような響きや、これまで生み出せなかった流れが生まれてきたりする。すると、練習とは違うことを自然に表現している自分がいて。それがどんどん連鎖していって、最後までエネルギーが積み重なって、爆発して弾き終える。その熱がお客さんにも伝わって、会場が熱い拍手で包まれる瞬間に、「ああ、ピアニストをやっていてよかった」と思います。
水野:それはすごい瞬間ですね。さらにこれからどんどん弾いていって、年月も経っていくと、内面的にも物理的にも亀井さんご本人が変わっていくじゃないですか。そういう変化はどのように捉えていますか?
亀井:自分の感情の変化が楽しみですね。たとえば、僕が80代になったとき、美しいと感じるものが、今とは変わっていると思うんです。すると、同じ曲を弾いても、それに対する自分の心の反応の仕方や、「こういうふうに弾きたい」という思いも違う気がして。表現は、人生そのものを映し出すもの。だから、自分がどういう人間であるかということが常に大事なんだろうなと思っています。
水野:ちなみに亀井さんは、謎解きもお好きなんですよね。音楽から離れているものに思えますが、どういったところに惹かれるのでしょう。
亀井:まず、テレビで松丸亮吾さんの謎解き番組を観たことがきっかけで、問題を解くことにハマったんです。そして、いろいろ解いていくうちに、自分でも作りたくなってきて。当時、僕は高校生だったんですけど、友だちに問題を出したら、すごく楽しんでくれたのが嬉しくて。そこから制作もするようになりました。動機としてはピアノに近いんですよね。
水野:謎解きとピアノがリンクしているところありますか?
亀井:最近は、ストーリーがある謎解き作品も多いんですよ。設定があって、登場人物たちがいて、選択によって結末が変わる。僕はそういう作品を作り出すことが好きで。そういう意味では、音楽も謎解きも“何かを体験させてくれるエンタメ”という面で共通しているように思いますね。いずれ謎解きとクラシック音楽を絡めたコンサートをやってみたい、という夢もあったりします。

水野:では最後に、これからクリエイターを目指すひとたちにメッセージをひと言お願いします。
亀井:自分が心惹かれるもの、やりたいと思うものに、とにかくまっすぐ、「そのときできる最良のものを」という気持ちで全力で向き合い続けてほしいです。振り返ってみると、きっとそれがそのひとの道になっているものだと、僕は思っています。


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文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:Shimpei Nakagawa
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週土曜夜21時放送
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