やっていたら傷つく。そのピリつく感じがおもしろい
「ここだったら本気を出してもいいんだ」って

水野:短歌に惹かれた最初のポイントは何だったのですか?
青松:もともと何かを作ることはしたくて。お笑いとかファッションとか音楽とか、なんでも好きで。大学に入ってから、お笑いサークルとかバンドサークルとか行ってみたんですけど、なんか馴染まなくて。みんな“いつか就職するまでの思い出作り”感があったんですよ。でも、僕は本当に好きだったので、ちょっと合わなくて。
水野:なるほど、なるほど。
青松:で、友だちは短歌サークルに行っていたんですよね。歌会というものがあって、短歌をひとつずつ持ち寄って、批判し合うのだと。それに「来てみたら?」と言われて。最初は正直、ちょっとなめていたというか、「文学部って暗いやつがいるんでしょ?」みたいな感じでした。でも行ってみたら、思ったより本気でやっていて。今でこそ短歌が流行り始めていますけど、当時はもっとマイナーで、ゴリゴリのひとがたくさんいたんです。
水野:はい。
青松:規模が小さいからこそ、みんな本気でやることができている。しかも短歌は別に売れても、短歌1本で食べていくとかないんですよ。だから逆に全員、「一生、俺は短歌をやるぞ」みたいな感じ。それがよかったんですよね。「ここだったら本気を出してもいいんだ」って。それでスムーズに頑張ることができたんだと思います。
水野:最初、歌会で目の前で行われたコミュニケーションのどこに刺激を感じたのですか?
青松:今でも覚えているんですけど、そのとき川野芽生さんという方の、桜の短歌が出ていたんです。5、6個上の先輩で、当時からもう賞を取っていてスターみたいな感じで、今は小説家になられている女性で。で、僕はそのとき初回だったので名前が書いてなくて、その短歌に対して、「失礼だったら申し訳ないですけど、この桜はちょっと見覚えがありすぎますね」みたいなことを言いまして。
水野:おお。
青松:そうしたら、そのあとのご飯のとき、「ああいうの言っていいよ」って先輩が言ってくれて。それで「ああ、よかった。あれがOKなんや」と思ったんですよね。
水野:短歌に対しては、フラットな関係が維持される。
青松:そこはもう絶対ルールで、刺してもいいし、褒めてもいい。そのガチバトル感がよかったんだと思います。しかも短歌って、五・七・五・七・七でルールが決まっているし、歌会という場もあるので、ちょっとスポーツ感あるというか。芸術感が薄い感じで参入できたのがあります。

水野:参入してみて、のめり込んでいくじゃないですか。それで創作がよりおもしろくなって、自信もついてきたときに、「短歌だけじゃなくてもいいかも」と思いそうな気がするんですよ。たとえば小説を書いてみようか、お笑いの脚本を書いてみようとか。そうじゃなくて、短歌だけをやり続けていたのはなぜ?
青松:そもそも、下手だったからだと思います。というか、おもしろいことやろうとしすぎて、変なことになっていた。最初の2年ぐらい、「何がしたいかわからない」とか言われていて。「でも君、歌会でのコメントは的を射ているね」みたいな恥ずかしい状態で。
水野:評論家から入ったみたいな。
青松:そうそう。それで、「歌集を出すところまでは行きたいな」と思って。最近ようやく本を出してから、短歌以外の文章の仕事とかもらえるようになったので、徐々にいろいろやりたいなと思ってきている感じです。
『4』/青松輝

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水野:こちらに今、2023年に出版された青松輝さんの歌集『4』がありまして。それこそYouTubeで青松さんのことを知った方とかも買われて、いろんな反応が返ってきたと思います。それに対してはどう感じます?
青松:それで言うと、「本を出してよかったな」って思いました。短歌の内々でやっていたときのほうが、全員プレイヤーなので、ルールが共有されていて、難しいことをしづらい空気を感じていて。
水野:あー、なるほど。
青松:「これをやっちゃうと伝わらないよね」とか、「これはやりすぎだよね」みたいな。実際、先輩や友だちからも言われていましたし。内輪のコミュニティしかなかったときのほうが、拒絶されている感じがありました。意外と、普段は短歌を読まないひとのほうがニュアンスで感じ取ってくれるし、意味がわからなくても、「意味わからないけどなんかよかったな」とか思ってくれるんだなって。
水野:おもしろいですね。プレイヤーのなかだと、みんながルールを熟知していて、言わなくてもわかるマナーがあって、説明しないで済むから自由になれそうな気がするけど。
青松:意外とそこに縛られる。そして、いろいろやっていいんだと思うようになったのは、やっぱりYouTubeを始めたのが大きくて。「こいつらに届けなきゃいけないな」って思うようになったというか。それまでは短歌の世界の、数千人規模の話だったけれど、それが変わった。YouTubeを始めて、3年ぐらいして本が出たので、その3年間でいろいろ考えられたのはよかったなと思いますね。
今、自分の薄まり待ちなんです

水野:ここからご自身の短歌は変わっていくと思いますか?
青松:僕のイメージでは、徐々にわかりやすくなって、内輪のひとからしょうもないと思われるようになって、わかりやすさと今ある魅力のギリギリのラインでピークが来て、そのあと魅力が0になると思っている。すり減って、丸くなっていくわけじゃないですか。
水野:インディーズバンドがメジャーにいくみたいなことに近いんですかね。尖った濃いものをやっていたひとが、世間という何も忖度してくれないところに現れたとき、うまくバランスを取ろうと葛藤しているところがいちばん大きくて。
青松:そうそう。それが本人のなかで整理できてきて、器用にできるようになったら、つまらなくなっていく。そうなったらいいなって。
水野:では、葛藤のいちばんおいしいところにはまだ行ってない実感があるんですか?
青松:まだそこまでやりきった感じはないですね。いつか短歌がつまらなくなったタイミングが来たら、短歌より少し薄い小説を書いて、大当てしたいなと。短歌だったらしょうもないぐらいのやつが、小説を書いたらちょうどいいんじゃないかなって。言い方が難しいけれど、短歌は濃すぎる。だから今、自分の薄まり待ちなんです。
水野:いや、それ珍しいですよ。大体、創作者は濃いほうに行こうとするから。自分をもっと出したいってなりがちじゃないですか。そこでいろんなパターンがあって。売れたいとか、認知されたいとかが強すぎて薄れちゃうタイプ。単純に疲弊して薄れちゃうタイプ。でも、それさえもなく青松さんは薄れるのを待っている(笑)。
青松:それはやっぱり、もともと勉強が異様にできる変なやつとして生まれてきたからだと思います。多分、僕にとってはすべてが受験勉強のようであるというか。本当は別にやりたくないけれど、自分がただのおかしいやつではないことを証明するために、一応ルールに寄せて勉強していい成績を取る、みたいな。
水野:なるほど。青松さんは勉強することも、短歌の創作をすることも、自分という存在をうまく社会化させる手段というか。
青松:ああ、まさにそうだと思います。
水野:そうなってくると、創作って何がいちばん自分のなかで楽しい瞬間になります?
青松:なんですかね。薄めるというか、言語化をしていくと、それこそ葛藤するじゃないですか。「本当はここまで言いたくないんだけど」とか、「ここまで自分を譲りたくないんだけど」とか。その感じが楽しいのかもしれません。緊張感があるというか。やっていたら傷つく。そのピリつく感じがおもしろいんですよね。
水野:ただ、多くのひとに受け入れられるほど、同時に、その大好きなヒリヒリする緊張感がなくなっていく機会も多いと思うんです。今後はどのように緊張感を保ち続けていきますか?
青松:難しいですよね。水野さんはどうされてきました? 油断した曲を書いてもいい瞬間ってあったと思うんですよ。でも、油断しないようにし続けているキャリアじゃないですか。それは自然にできているんですか?
水野:いや、体力と精神力の問題だと思います。やっぱり年齢を重ねるとどちらも落ちてくるんですよ。僕は今42歳なんですけど、20代のときにはもうちょっと粘れたけれど、粘れないという瞬間が出てくる。そういうとき、むしろ油断できなくなる。
青松:ああ、そうなんだろうなぁ…。
水野:それはすごく寂しいけれど、「粘れなくなったな。じゃあ、そこではないところで緊張感を保たなければいけないな」と、自分を違うところに投げる。今回みたいに、まったく別分野の方にお話を聞いたりして。そうやって保っていますかね。
青松:じゃあ、僕もそうします。今、ベースで持っている緊張感みたいなのは絶対に衰えますもんね。そういう意味で、結果は絶対に出し続けなきゃいけないなとも思います。これで、規模も小さくなるわ、油断しているわだと、もう終わりなので。それはイヤですね。
いったんお金が欲しい

水野:今後、「こういう自分で在りたい」みたいな理想像はあります?
青松:つまらなくなりたくない、っていうだけですかね。でも多分、昔の自分が今の自分を見たら「つまらない」と思うでしょうし、その道を進んでいく。どんどんつまらなくなって、お金をとにかく稼ぐ。
水野:お金を稼いでどうするんですか。
青松:お金がなくて鋭いのは当たり前じゃないですか。だから、まずお金をバカみたいに稼いで、ブランドものとかをいっぱい着て、それでもまだ鋭かったら本当に鋭いんだなって。逆に、そのときしょうもなかったら、それはもう自分がしょうもない人間だったと認めて余生を過ごす。そのために、いったんお金が欲しいです。
水野:おもしろいですねぇ。いったんお金を持って、ブランドものとか記号をたくさん買うと、結果、本質が試される。ここからはどんな作品を書いていくんですか?
青松:とりあえず短歌の本を1冊出したので、この短歌みたいな小説と、この短歌みたいなエッセイを1冊ずつ出して、第1章を完結させたいと思っています。
水野:それが終わったときに何が見えるんですかね。
青松:それが見たいんですよ。いったんお金を稼ぐのと同じ理論で。一度、これまでの25年で見てきた景色を形にしたい。
水野:そうしないと次が見えないかもしれないですよね。
青松:多分そうだと思うので、徹底的に1回できることやりたいなという感じですね。
水野:僕、最近出会うひと出会うひとに言ってしまうんですけど、歌詞を書きませんか? いつか一緒にできたら嬉しいです。
青松:ぜひお願いします。ひと通り、僕が売れたら。芥川賞とか取ったら。
水野:本当に取りそうじゃないですか。
青松:女優さんとかに言いたい。「俺、芥川賞なんだよね。これ、受賞してもらった時計なんだよね」って。
水野:「テレビとかに出ている綺麗な女性と付き合いたい」みたいなことを、正直に言うミュージシャンに何人かあったことがあるんですけど、意外とみんな成功していますね。
青松:よっしゃ!
水野:なぜだろう。いわゆる不純な動機のほうが、意外とひとを駆動させるのかもしれないな。
青松:母とかもう今、僕を心配しているので。安心させたい。
水野:芥川賞を取ったら、それこそ変なひとでもOKになりますよね。
青松:そうなんですよ。YouTubeぐらいじゃまだ認めてもらえない。
水野:権威をハックしていく感じがいいなと思います。さあ、ということで最後に、これからクリエイターを目指すひとたちへ何かメッセージをお願いできますか。
青松:この1年ぐらいでも200回ぐらい言っているんですけど、「願えば叶うから」。
水野:いいですねぇ。その心は?
青松:みんなね、東大理三とか聞いたら、「すごい。ありえない。自分には無理だ」って言うでしょう? でも、願ったことないだろう、って話で。
水野:なるほど。
青松:いきものがかりみたいになって、Mステに出たいと思っても、「じゃあお前は何かやったのか?」っていうやつがほとんどなわけですよ。願えば叶うから。これを言い続ける。
水野:まずこの意思を持って、スタートラインに立てと。
青松:そうです。ガチで。
水野:でも本当にそれは大事です。みんな憧れだけ語って終わってしまうからね。というわけでございまして、今回はYouTuberで歌人の青松輝さんをお迎えしてお届けしました。ありがとうございました。
青松:ありがとうございました。楽しかったです。
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文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
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