対談Q 野間口徹(俳優) 第4回

普通じゃないひとのストックが普通につながっていく

下手な芝居の芝居

水野:僕は曲を作るとき、自分を捨てるのが難しくて。たとえばラブソングなら、聴いてくれたひとが好きなひとのことを思い浮かべられないと意味がないから、とにかく僕自身の存在を削いでいくんですけど、どうしても出てしまう。「ひとを好きになるってこういうことだよね」みたいな、無意識レベルの価値観とか。

野間口:ミュージシャンの方は難しいですよね。年齢も性別も違う曲を作ったりしますし。そういうとき、特定の誰かを浮かべることはあるんですか? たまたま道で見かけたあの子、とか。

水野:ありますね。あと、かなりデフォルメすることもあります。ちょっとぶりっ子なひとっていっぱいいるじゃないですか。でも歌では「そこまでの子はいないよ!」ってくらいに書いたほうが伝わりやすいこともあって。これがaikoさんなら、本当に女心をわかっていて、めちゃくちゃリアルに書けると思うんですけど。僕にリアルな女心はわからないから、いっそ<白馬の王子様よ>とか書いて、逆にリアルを削ぐというか。

野間口:なるほど。

水野:細かいことを書かない、外しちゃう。だからこそ、役者さんとか小説家の方にお話を伺いたくなるんです。やっぱり細かいところを大事にされるじゃないですか。先ほどの「小指で眉尻を触る」という仕草のお話もそうですし。そういう引き出しをたくさん集めて実践するって、僕は経験したことがないから、すごく興味があって。

野間口:むしろ役者はそれしかないですね。

水野:『サラリーマンNEO』で、会社に偉いひとがやってきて、そのひとの前で社員たちがちゃんと働いているように即興で見せる、みたいなコントがあったんですよ。で、上司役の生瀬勝久さんが、「俺らはすごく働いているんだ!」ってうまく見せるために、社員みんなに演技指導していく。

野間口:はい、はい。

水野:つまり、芝居のなかで芝居が行われるという二重芝居が行われていて。“普通のひとが芝居をする芝居”だから、下手じゃないといけない。しかもちょっと大げさじゃないといけない。あれを観て、どうしてこんなことができるんだろうと思いました。

野間口:それもやっぱり、「素人さんの芝居を観た」という経験があるからだと思うんですよね。たとえば、学芸会とか、そういう材料。そっちのほうがやっている側が楽しかったりします。下手な芝居の芝居。自分は絶対にやらない芝居。

平泉成さんに言われたこと

水野:羨ましいなぁ…。対談の最後、羨ましいで終わっちゃう(笑)。「目指すものはない」というのも、幸せな状況ですよね。インタビューとかで「役者としての理想像」とか訊かれませんか?

野間口:常に「現状維持」って答えています。

水野:いちばん難しい。では、「深み」って出てくると思いますか? 

野間口:20年前ぐらいに、平泉成さんに言われたことがあって。「深みとか、渋さとか、味とか、そういうものは観る側がそのうち勝手に受け取ってくれるようになるから、長いことやっていりゃいいだけだよ」って。

水野:かっこいい。

野間口:一度、成さんがまったくセリフが出てこなくて、「あー…」って言ったら、「あの間、素晴らしいですね」って言われたんですって。「そんなもんだからさ」って。

水野:最高ですね(笑)。

野間口:多分、平泉成という役者をみなさんがずっと観てきた上でそうなるんだと思うんです。だから僕も「じゃあ長く続けます」って。

水野:観る側も熟成されるのか。逆に混乱したお話があって。僕は小田和正さんにすごくお世話になっていて、尊敬していて、いつも参考にしているんですけど、一緒に曲を作る機会があったんです。そのとき“そして”という歌詞があったんですね。で、「この“そして”という歌詞を、どうニュアンスをつけて歌うか、お前は考えたことあるか?」って言われて。いや、わからないです、と。

野間口:はい。

水野:そうしたら、その場で歌ってくれて。「こう歌うだろ」って最初、さらっと歌ってくれて、まぁ普通に聴こえる。そのあと「じゃあ変えてみるから」ってもう一度歌ったら、まったく“そして”の聴こえ方が違ったんですよ。

野間口:うわぁ、すごい。

水野:いろんな出来事があって“そして”にたどり着いたように聴こえたんです。物語を感じるような。え!?と思って。そうしたら小田さん、「歌について考えるようになったのは、ここ5年ぐらいのことなんだけど」って。

野間口:えぇー。

水野:僕はそれこそ平泉成さんみたいに、「長くやっていたら自然と身につくから、素朴にやるのがいちばんだよ」って言ってくれたほうが救われるんだけど。「65歳になって、考えたことが役に立った」と言われて、怖いなと。小田さんほどやられていても、工夫して、考えてみたことがまたプラスになる瞬間が来るんだ、と。自然だからこそたどりつくものと、考えたからこそたどりつくもの、どっちもあるのでしょうね。だから難しい。

野間口:そのお話、すごいですね。 

普通じゃないひとたちをいっぱい見る

水野:でも小田さんも同じように、「俺上手いだろ、みたいなことはしちゃダメだ」ってことはおっしゃるから、お芝居の世界と通じるものがあるんだろうなって。もしかしたら、役者さんが見たものを自然とインプットしていくことに近いというか。小田さんもいろいろ声を出してみて、「これかな?」「これだな」と繰り返した結果、そこにたどり着いているのかもしれない。禅問答のようだけど、普通であるために、普通じゃない瞬間というか。

野間口:そうですね。普通じゃないひとたちをいっぱい見ることが大事だろうなと思います。街を歩いていても、「普通じゃないな」って思うひといっぱいいるじゃないですか。でも、そのひとにとっては普通で。それを自分に取り入れたとき、いかに普通に見せるか。

水野:おもしろい。たしかに、電車のなかにも普通じゃないひと、いっぱいいますもんね。

野間口:この満員の状況でどうしてその立ち方するんだろう、とか。

水野:ずっと舌打ちしてくる、とか。

野間口:いますよね。気になってしょうがない。

水野:そういえば、喫茶店で毎朝、常に頭を掻いているおじさんがいて。携帯を見たり、電話したりしているんですけど、どの瞬間でもずーっと。メニューを選ぶときも(笑)。今、ふとそのひとが思い浮かびました。

野間口:おもしろいですね。もしかしたら、そのひとにとっては、頭を掻くことが脳を活性化させるスイッチなのかもしれない(笑)。

水野:普通じゃないひとのストックが普通に繋がっていく。

野間口:そして、そのストックがいかに自然に見えるか。いや、他業種の方とお話するの楽しかったです。

水野:今日はいろんなお話をありがとうございました。

野間口:ありがとうございました!

文・編集: 井出美緒、水野良樹
撮影:軍司拓実
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:喫茶銀座
https://www.instagram.com/ebisu.ginza/

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