長編物語で行けるといい場所。
HIROBAの公式YouTubeチャンネルで公開されているトークラジオ『小説家Z』。こちらはアーカイブ記事です。
<光る野原を 君にあげたい>の最後一行。
彩瀬:よく他の作家のひとと、「ひとつのお話をずーっと嘘のない形で書いていくと、最後のほうでやっと普遍性に触れられる」みたいな感覚について話し合うことがあります。たとえば、オリエンタルランドのアトラクションとかって、安全な設計がされていて、ここで上がって落ちて、キャーッ!ってなって、最後は出口まで連れてってくれて、「ばいばーい」ってなるじゃないですか。それはひとを安心して楽しませるエンターテイメントで。
水野:はい。
彩瀬:でも多分、小説だともうちょっと先にも行こうと思えば行ける。たとえば最後、そのアトラクションのカートが予定された出口を通り抜けて、異次元に入ることもできちゃう。その異次元は、ホラーとか変な世界ではなくて。まだ自分が体験していない、でもいつか体験できるかもしれない、今よりも少し生きやすい世界。ちょっと違ったところに降りることもできる。そこが長編物語で行けるといい場所だよね、みたいな。
水野:これ、他のミュージシャンにも聞いてほしい。
彩瀬:でも私、「光る野原」を聴いたとき、沙莉さんが<光る野原を 君にあげたい>って歌ってくださったいちばん最後を聴いたとき、その感覚がありました。短編や長編だったら、受け手の方にしっかり質量のあるものとして伝えるには結構な枚数が必要なのに。歌だと、こんなふうにダイレクトに伝えられるんだって。すごく斬新な気持ちだったし、お得!って思いました。なんて素晴らしいんだ!って。
水野:いろんな要素が絡み合っているのもあると思います。彩瀬さんに書いていただいた歌詞、自分が作ったメロディー、アレンジャーの横山さんが世界観を想像しながら構築してくださった音。その上でやっぱり、伊藤沙莉さんが女優なんだと思うんですよね。
彩瀬:うん。
水野:素人が言っちゃあれだけど、ひとつの言葉に物語があるというか。パッと言ったセリフに背景があるように見える。小説だったら何十枚の原稿が必要なことをふっと浮かばせる。それがうまく絡み合って、作品になったってことなのかなぁ。それはおもしろいですね。すごく楽しいことだと思う。
彩瀬:たとえば小説で、ひとりの登場人物に共感したり、登場人物が抱えているテーマに共感したりすると、その人物の声が頭のなかによく響くようになったり、忘れられないワンフレーズやセリフが出てくると思うんです。でも、そういう一文って、やっぱり300枚ぐらい書かないと、なかなかひとの心にしっかり染み入るような形にはならない。いやぁ、歌の最後の一行、本当にすごい質量だなって思いました。
あの話はしないんですか?
水野:そんなわけでございまして。結構いろんな話題を話させていただきましたけれども。
彩瀬:あの話はしないんですか?
水野:これですか? いやぁ…これ恥ずかしくて。
彩瀬:えー! 3月10日発売です(笑)
水野:あの…『幸せのままで、死んでくれ』という小説をですね、私、清志まれという名前で書かせていただきまして(笑)
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彩瀬:はい。
水野:5年ぐらい前から書いていたんですけど。書いているということを、話すのも恥ずかしい。
彩瀬:そんなに恥ずかしかったんですか(笑)。
水野:それこそ、『OTOGIBANASHI』の企画がスタートして。実際に第一線で書かれているみなさんと向き合うことができるってなったとき、まさかそのひとたちに、「書いている」とは言えず(笑)。
彩瀬:いや、こんなしっかりした本を書かれているのに、おくびにも出さなかったんだ、水野さんと思って。ビックリしました(笑)
水野:ただやっぱり、物語を書くことを初めて体験していくなかで、こういうおもしろさがあるんだ、こういう深みがあるんだって。で、作家のみなさんはもっと自分より深いところでそれを見ているのだろうって思ったときに、ソングライターとしての自分の視野が広がっていきましたね。
彩瀬:ソングライターとしての自分が広がっていったんですか。
水野:あとやっぱり…、書いていることで救われることはありますね。
彩瀬:あぁー。
水野:すみません、急に今恥ずかしいモードが全開に出ちゃって。
彩瀬:肩幅が小さくなって、もじもじしている(笑)。
水野:「曲を書いた人間です」って言うほうが、まだ胸を張れるんですけど…。
彩瀬:小説ってそのひとがどんなふうに世の中を眺めているかであって。その世の中を明るいもの、暗いもの、救いがあるもの、救いがないもの、どんな質感で捉えているかが出てくる。だから、清志まれさんであり、水野良樹さんが、どんなふうに世界を捉えているか、また新しい形で世に出されるんだなって。楽しみにしています。
水野:もう、もったいないお言葉。
彩瀬:このペンネームが違うことについては?
水野:作品自体がすごく著名性を持ってしまった人間が主人公で。しかも、健全で綺麗なものとして、たまたま生きなきゃいけなくなった人間が、そこから降りることができずに死んでいくっていう話なんですけど。
彩瀬:めちゃくちゃおもしろそうですね。
水野:別に僕はそんなに自分を作っているつもりはないんですけど。いきものがかりってグループだったり、水野良樹として生きてきて。たまたま顔を知られたり、知られなかったり、いろんなパターンがあって。自分に虚構性が帯びてくる瞬間を何度か体験していて。
彩瀬:うんうん。
水野:そことちょっと向き合ってみたいと思ったとき、虚構の名前のほうがいいだろうなって。しっかり区切って。いきものがかりの水野が書いたとなると、いきものがかりの物語をそのまま背負っている文脈なので。そもそも虚構すぎるんですよね。
彩瀬:二重の虚構性になってしまう。
水野:で、水野良樹は本名だから。別に嘘はないし。
彩瀬:ご本名なんですね! ご本名でやっている活動が虚構性を帯びてしまったんですね。
水野:虚構性を帯びているけど、僕はスターではないから。街中も歩ける。いわゆる芸能人の方が失うものを、あんまり失わないで生活しているんですよ。
彩瀬:さらに、「スター〇〇」になっちゃうと、失うものがどんどん出てくるんですね。現実の生活のなかに。
水野:本当に有名な方は電車に乗れないとか。みなさんが普通にやられていることができなくなっちゃう。さっき宅急便が来ましたけど、ご家族の名前で宅急便が届くようにされている方もいるし。
彩瀬:うんうんうん。
水野:僕はそういうことをしなきゃいけないほうではないんですよ。普通に生活できちゃう。だけど一方で、グループの名前は知っていただいている。テレビカメラの前に立つときもある。不思議なところにいるなと思っていて。そこが多分、自分は他のひとには見えてそうで見えてないものを見ているかもしれないなって。この清志まれって作家名は、せっかく親につけてもらった本名があるから、実はちょっと両親の名前がもじってあるんです。
彩瀬:そうなんですか!
水野:だからちゃんと自分の血も入れているつもりではあって。すみません、なんか最後に話があれですけど…。
彩瀬:読ませていただきます。楽しみに拝読します。
水野:今日は本当に長い間、話していただいて、いろんなところに話題が飛びました。だけどやっぱり共通点もたくさんあったし。違うところもあるからこそ、見えるものもあって。またいつか一緒に何かものづくりをさせていただけたら。
彩瀬:ぜひ、よろしくお願いします。楽しみにしております。
水野:音楽業界のひとは、彩瀬さんに、「絶対に詞を書いたほうがいいです」って言うと思う。
彩瀬:依頼をください(笑)。
水野:そんなわけでございまして。今日のゲストは彩瀬まるさんでした。ありがとうございました。
彩瀬:ありがとうございました。
小説家とアーティストが出会い、新たな「物語」が生まれるーー 小説家の「歌詞」から生まれた5つの小説と楽曲。 収録作品 <小説> 「みちくさ」彩瀬まる 「南極に咲く花へ」宮内悠介 「透明稼業」最果タヒ 「星野先生の宿題」重松清 「Lunar rainbow」皆川博子 <楽曲> 「光る野原」彩瀬まる×伊藤沙莉×横山裕章 「南極に咲く花へ」宮内悠介×坂本真綾×江口亮 「透明稼業」最果タヒ×崎山蒼志×長谷川白紙 「ステラ2021」重松清×柄本祐×トオミヨウ 「哀歌」皆川博子×吉澤嘉代子×世武裕子 作曲・Project Produce 水野良樹
文・編集: 井出美緒、水野良樹