舞台においての“華やかさ”って何?
「常に全員が自分を観ている」という気持ち
水野:井上さんとは、日比谷音楽祭などいろんな場ですれ違ってはいるのですが、こうしてゆっくりお話しさせていただくのは初めてですね。僕はいきものがかりとは別に、HIROBAという活動をやっていまして。そのなかのこの対談Qというコーナーは、ひとつのテーマを決めて、それについて一緒に考えていくという内容になっております。そして今回、井上さんにお伺いしたいのは、「舞台においての“華やかさ”って何?」という問いです。
井上芳雄(いのうえよしお)
1979年7月6日年生まれ。福岡県福岡市出身。2000年ミュージカル『エリザベート』皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、高い歌唱力と存在感で数々のミュージカルや舞台を中心に活躍。音楽番組への出演やコンサートの開催などの歌手活動、また司会業も意欲的に行っている。2021年4月からはNHK総合『はやウタ』で、初の歌番組のレギュラー司会を務めている。“ミュージカル界のプリンス”と呼ばれ、出待ちをするファンがつくる道は“プリンスロード”と言われている。
水野:華やかさとは、どこから湧き出てくるものなのか、努力で培えるものなのか。今日は井上さんのご出演されている舞台『桜の園』も拝見したんですけど、様々なキャラクターが出てくるなか、それぞれの場面でどの方が中心になっても、必ずみんな絵になる。それってどうやったら成立するんだろうと、素人目から観て考えていました。ご自身では、自分に対する“華やか”というイメージ、いかがですか?
井上:観ていただいた『桜の園』の僕の役は、いわゆる“華やか”ではないというか。たとえば、見た目が美しいような役ではなくて、むしろ逆。そういうタイミングで“華やかさ”について考えるのもおもしろいものだなと思います。今ご一緒している天海祐希さんなんかは、まさに抜群に華やかですよね。出てきた瞬間、もう有無を言わせない華やかさがある。
水野:わかります。
井上:自分も「華やかだ」と言ってもらうことはあるんですけど、「華やかにしよう」とか「華やかにしたい/したくない」とか、あまり考えたことはないかもしれません。
水野:基本的には、華やかという尺度ではなく、与えられた役に対してまっすぐ向き合う。
井上:そうですね。ただ、もともとミュージカルがやりたくてこの世界に入ったので、舞台に立つこと、歌うことの喜びは常にあると思うんです。その幸福感がなんとなく出ちゃっている。それが華やかさに繋がるかはわかりませんが、お客さんに「なんかあのひと楽しそう。幸せそう」と思ってもらえる要因なのかなとは思います。
水野:舞台にいるときには、どういった意識でみなさんの視線に向き合っていらっしゃるのですか?
井上:舞台上では「常に全員が自分を観ている」という気持ちでやっています。実際は、たくさんのひとがいるし、自分がメインじゃないシーンのところでは、あまり観られてないと思うんですけれど。野球の守備で「ライトを守っていようが、すべての球がこちらに打たれてくると思って守る。むしろ来い」みたいな話を聞いたことがあって、それと同じですね。だからといって、「俺を観ろ」とか「目立ちたい」ともまた少し違うのですが。
水野:自己顕示欲との差は何だと思いますか?
井上:いや、ギリギリの線だと思います。自己顕示欲がまったくないなら、こういう仕事にもついてないでしょうし。でもありすぎても、逆に人目を引かない気がするんですよ。「我が!我が!」としすぎるとお客さんも、「もうわかったよ…」となってしまう。そこの絶妙なバランスが必要なのかなと思って自分はやっていますね。
喋っていないときのほうが難しい
水野:『桜の園』で、ついに桜の園が売られる、というXデーが来る場面がありましたよね。それが伝えられる瞬間、みんな窓から顔を出していて、ひとりの方だけが独壇場のようにセリフを喋っていらっしゃる。そのとき僕が素人ながら「すごい」と思ったのは、全員の表情がそれぞれに物語を抱えているように見えたんです。
井上:ああー。
水野:あそこまで全員で空気を作るって、なかなかない感覚なのかなと思いました。役者さん、すごいなと。
井上:あのシーンは役としての指定はまったくなくて、どう居てもいいんだけど、だからこそ難しいというか。すごくエネルギーが要りますね。喋ってないから気を抜いていいわけではないし。僕はお芝居のことをよくわからないまま、歌から始めてしまったので、いまだに「どう居たらいいかわからない」ということが多々あります。
水野:ただ居るだけが難しい。
井上:そうそう。セリフを喋るのも難しいけれど、喋っていないときのほうが難しい。舞台上では、ずっとその役として聞いたり動いたりしていないといけないから。
水野:華やかさの面でいうと、何もしていなくても観客が惹かれてしまうひとっていますよね。それもある種、スターの秘訣であり、役者さんとしての凄みだろうなと。
井上:天海祐希さんなんかは、単純に等身のバランスもひとと違うと思うんですよ。まず身長が高いけれど、ただ高ければいいだけじゃなく、顔の小ささや足の長さが気持ちいいバランス。だからパッって出てきたとき、自然と観客の目が行っちゃう。さらに、ご本人の醸し出す雰囲気、魅力もありますよね。天海さんは裏表のない、謙虚で素敵な方で。そういうものも滲み出る。スターはいろんな要素で成り立っているなと思います。
水野:すごいですよね。たとえば、中心ではなく、端のほうにあるベンチに天海さんが座られる。舞台の広さに対して、小さすぎる画角。でもそれで絵が成立してしまう。
井上:等身のバランスのよさ含めて、仕草の優雅さも表情の美しさも、普段あまり見ないものなんだと思います。しかも舞台では、照明や衣装があって、それがより強調されるじゃないですか。だから、本で読んだりテレビで観たりしていた世界が目の前に、という感動があるんじゃないかなと。
夢を崩さないように
水野:井上さんは、ご自身の身体がどういうふうに見えているのか、どれぐらい意識されますか? 役柄によっても変わると思うのですが。
井上:ミュージカルはやっぱり見た目が綺麗で、美こそ正義というような作品も多いですし、二枚目の役も多いので、そういうときはできるだけ夢を崩さないように気をつけます。観ているひとの集中力を削がないように。『エリザベート』というミュージカルでは、死神の役をやったのですが、人間ではないじゃないですか。だから、歩き方ひとつでも、ちょっと神秘的に、普通のひとよりゆっくりと。絶対に躓いたりしてはいけない。
水野:人間みたいにしないようにしないといけない。
井上:死神が躓いたら、「そっか、あのひとは人間だった」ってお客さんがちょっと冷めてしまうから。そういう観る人の集中力を削ぐ要素ができるだけないように意識します。そのために必要なものが美しいビジュアルだったら、できるだけ振る舞いを決めるようにするし、役に必要なものをその時々で頑張って手に入れる感じです。
水野:お客さんがイメージしている虚構をちゃんと成立させるんですね。
井上:はい。もちろんひとりの力では無理で、照明や衣装を含め、みんなで作っているけれど、僕も役者としてひとつの要素だから。僕はミュージカルを観て、「いいな、やりたいな」と思った人間で、華やかな世界を観たときのワクワクや感動をよく知っていて。もし自分を通して、お客さんにも同じように感じてもらえるのなら、そんなに幸せなことはないです。そういう気持ちが最初にお話した“幸福感”に繋がっているのかなと思いますね。
文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:谷本将典
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:hotel it. 大阪新町
https://hotelit.jp
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