~まだ落語に出会ってないひとにこそ、落語のよさを伝えたい~
落語家の我々は落語の神様を信仰している
水野:落語を分析されたり、客観的に考えられたりするのは吉笑さん独特のものですか? 他の落語家の方もそうなのでしょうか。
吉笑:自分だけ考えている気になっていたのですが、どうやらみなさん考えていらっしゃるようです。でもそれを微塵も出さない。たとえば、名人と言われている古今亭志ん朝師匠や、柳家小三治師匠。そういう方々の台本にも、視点のやり場についてなどが手書きで記録されていることを知る機会が最近あって。当たり前にみなさんやっているけれど、ベラベラ喋っていないだけだなって。
水野:今、吉笑さんはご自身で落語をどういうふうにしたいと思っていらっしゃいますか?
吉笑:2つあります。まずは技術を上げることを含め、表現として落語をおもしろく磨いていく。そして同時に、落語を届ける作業もやっていきたいです。かつての自分もそうだったんですけど、落語は伝統芸能という面もあるから「古くさい」とか「難しそう」というイメージが強くて、漫才やコントと並列には位置づけられていない気がして。でも、自分は好きな映画とかマンガとか演劇といったカルチャーの地続き感覚で、落語を好きになったんです。だから、まだ落語に出会ってないひとにこそ、落語のよさを伝えたいなと。
水野:落語を届けることって、歴史に接続しているじゃないですか。師弟制度があって、伝承するものがあって。落語という歴史に接続することで得るもの、もしくは失うもの、変わっていくものって何だと思いますか?
吉笑:落語の技術だけだったら、弟子にならなくても習得はできる気がします。やっぱり修行って無駄が多いですから。無駄という言い方は正しくないかもしれませんが…。でも落語家を選んだ以上、もうそれは論理じゃなくて、否定できない。
水野:はい。
吉笑:で、自分はもっと落語を大衆向けに展開していきたいんですけど、その一方で、気がついたら完全に落語側の人間にもなっていて。たとえば今、お笑い芸人がどんどん落語をやろうとしていることに対して、「いやいや、落語は伝統がありますから」みたいな防御のスタンスになってしまうぐらい。それで失うものもあるんでしょうけど、自分はもう頭がずっぽり落語側に入っちゃっていると思います。
水野:師匠に弟子入りした以上、落語の世界に足を踏み入れた以上、もう“そう考えるしかない”ことがあるという事実が、素人でも感じる“重み”になりますね。
吉笑:どれだけAIが発達しようが、時間という尺度は再現できないから。歌舞伎もそうだし、落語もそうだけど、昔から伝統が脈々と続いてきたという事実は、めちゃくちゃ強いですよね。ものすごく価値が高いもの。だからこそ、伝統という要素を利用することもできてしまうと思うんですよ。でも、それをするとダメなんですよね。バチが当たるというか。
水野:簡単に使っちゃいけない。
吉笑:そう、畏怖の念や敬意がないといけない。今、多様性の時代で変わってきていて、「法は犯してないけれど、ひととしてどうなの?」みたいなこと、結構あるじゃないですか。昔だったら、「お天道様が見ているよ!」とか、法や論理を超えた枷によって制限できていたと思うんですけど。落語も同じで。ルール的には逸脱できるけれど、落語家の我々は落語の神様のようなものを信仰していて、手放しで下についているみたいな感覚があるんですね。だから、先人たちが守り続けている世界を何とか守りたい。
吉笑:ところで、水野さんは落語がお好き?
水野:にわか中のにわかですけど、好きで聞きます。
吉笑:どういうところがいいですか?
水野:もちろん、おもしろいのもあるんですけど、聴いていて音として心地がいいんです。しかも、「いいな」と思ったネタって、展開がわかっているのに何度も楽しめるじゃないですか。それって曲と同じで、すごく音楽的だなと。
吉笑:あー。
水野:あと、僕はライブのMCとかで、人前で喋る機会が多いんですね。だから、落語の間とか抑揚みたいなものを少しでも学びたいという気持ちもあります。「なんで同じ話をこのひとがやるとおもしろいのに、このひとがやるとそうでもないのかな?」っていうのが、素人ながらに勉強になるというか。おこがましいのですが、語り口の間や抑揚は、歌を作るときのヒントになることがあるんじゃないかという目線でも聞いてしまいます。
吉笑:いや、ありがたい。落語って本当になかなか身近にないものだから。水野さんにそうやって聞いてもらって、それを発信してもらうと、落語界としてはとてもありがたい。
水野:吉笑さんは落語を広く届けたいとか、伝統と言われているものを今の時代にも活き活きさせたいという気持ちが……。
吉笑:めちゃくちゃありますね。それは自分が立川流という、落語界のなかでも少し特殊な団体に属しているから。要は保守本流というか、伝統を守るところとはちょっと違う、革新側の系譜にいることもあって。どんどん積極的に落語を広めていきたいなと思っています。
水野:物理学者や哲学者の方と話したことを落語にするとか、いろんな取り組みをされているとも伺いました。他の分野の方と関わることにも積極的ですか?
吉笑:自分は好きですね。学者の方の研究って、世の中になかった新しいことを思いつくとか、常識を変えるとか、そういう作業だから落語のネタにも通じている気がして。ものすごく直接的な刺激になります。
映像を使った落語をやりたい
水野:これからどういうネタを作りたいですか?
吉笑:自分が入門した2010年頃は、まだ伝統がかなり強くて、なかなか自由に動きづらいところもあったんです。でもコロナ禍を挟んだこともあり、時代がちょっと変わってきて、2020年ぐらいから後輩たちの発信量が一気に増えて。
水野:SNSで発信される方も多くなって。
吉笑:そう。そして極端に言うと、自分も歳を取ってきて、なんかついていけない。じゃあ逆にカウンターとして、いわゆる技術的な部分を掘っていきたい気持ちが重たくなってきています。
一方で、実験は好きなので、映像を使った落語をやりたいなとも思っていて。とくにYouTubeとかで落語をやるとき、なかなか生で見るおもしろみや臨場感を伝えられないんですよ。絵変わりしないし、ただ喋っているだけだし、退屈に見える。そこに映像の素材を足すことができたら、その刺激で配信にも耐え得るかなと。ただ、落語はもともとお客さんの脳内で想像してもらうことがよさだから…。それを落語家が映像補完したら本末転倒。
水野:はい、はい。
吉笑:で、いろんなことを考えるなかで、ようやくひとつ手がかりを見つけたんですね。たとえば、擬古典の江戸時代の設定で、職人が昇り竜みたいな入れ墨に憧れていると。で、「俺も彫ってきてもらう」と行って、いざ完成した入れ墨を見せたら、まったく違う龍だった話、とか。それは言葉だけだと伝えづらくて、実際に背中の入れ墨をバーン!って出したら、落語に映像を使う意味があるのかなと。…まぁ、難しいな。YouTubeとかTikTokとか楽しんでいる今の若者に落語のおもしろさを伝えるのは。でも、やってみたいなとはずっと思っています。
水野:現代的なメディアに対しても、何かアクションしていくというか。落語という形が崩れないところで挑戦されているんですね。
吉笑:どうしても「古くさい」と思われるのが悔しくて。いや、もちろん古くさいのもあるけど、「めちゃくちゃポップなやつもあるよ!」っていうのは、伝えていきたいなと。
楽器としてめちゃくちゃ長けた弟子が来てくれたら…
水野:これから吉笑さんは「二ツ目」から「真打」へと、移っていかれるじゃないですか。「真打ち」になられると、やがてお弟子さんをとるとか、下の世代に伝えていくことも出てきますよね。それはご自身にどういう影響を与えると思いますか?
吉笑:多分、自分はこうして言葉で説明していくタイプですし、もともとは教育大学に行ったんですよ。1年で辞めたけど、教師になりたかった時期もあるし、教えるのも好き。だから、めちゃくちゃ弟子を輩出しようかなと楽しみにしている自分もいます(笑)。
水野:そうなんですね!
吉笑:「そうか、俺は自分でやってきた落語の技術を、言語化してきた師匠方の技術を、伝えていくんだ」と。
水野:メッセンジャーというか。
吉笑:みたいな感じかもしれない。ただひとつ懸念しているのは、今喋っていてもわかると思うんですけど、細かく言葉にしていくから結構厳しい師匠だと思います(笑)。多分、弟子は大変です。
水野:でもすごい。そこにはまた新しい地平が広がる可能性が。
吉笑:そう、ワクワクしますね。この楽器(声)としての自分だとなかなか表現できないことも、楽器としてめちゃくちゃ長けた弟子が来てくれて、自分の考えた理屈を搭載してくれたら、新しい落語が聞けるのかなと。楽しみにしています。
水野:では最後に。この番組はクリエイターを目指す方もたくさん聞いてらっしゃるんですけど、ものづくりとか、表現をするとか、そういうことをやろうと思っているひとに何かメッセージをお願いします。
吉笑:クリエイターを目指している時点で、何か作りたいのは間違いないですよね。ただ、作ったものを届けるとか、作り続けられる環境を維持するとか、そっちの戦略も考えたほうがいい気がしていて。お金儲けって不純な感じがするけど、実際そうしないと、作り続ける状況に自分を置けないから。ものを作ると同時に、意識したほうがいいかなっていうのは、生意気ながら思っていますね。
水野:作ることだけに集中しちゃいますからね。
吉笑:それも憧れるんですけどね。
水野:すごくかっこいいように見えるけど。
吉笑:作る環境を維持することは大事だと思います。ミュージシャンの方も絶対そうですよね。
水野:まさにその通りですね。今回は2週間にわたって、落語家の立川吉笑さんをゲストにお迎えしてお届けしてまいりました。吉笑さん、ありがとうございました。
吉笑:ありがとうございました。
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文・編集:井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
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