ひとの意見は
“伝え方を変える”ためには必要だけど、
考え方までは変えない。
変ではないものはないのかもしれない
水野:水野良樹がナビゲートしています『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』。本日のゲストは、お笑い芸人でありギャグ漫画家で絵本作家の田中光さんです。よろしくお願いします
田中:よろしくお願いします。
田中光 (たなかひかる)
お笑い芸人、ギャグ漫画家、絵本作家。京都府出身。グレープカンパニー所属。漫画家としての代表作に『サラリーマン山崎シゲル』、『私たち結婚しました』(小学館)、『つまねこ』(講談社)などがある。絵本に『ぱんつさん』(第25回日本絵本賞受賞)、『ねこいる!』(以上ポプラ社、第6回未来屋絵本大賞3位、MOE絵本屋さん大賞2022総合第5位、第3回TSUTAYAえほん大賞7位)、『おばけのかわをむいたら』(文響社、第13回リブロ絵本大賞入賞、MOE絵本屋さん大賞新人賞第3位/静岡書店大賞第2位)がある。漫画連載の他、広告、テレビ番組とのタイアップなど活動は多岐に渡る。
水野:お会いできて光栄です。僕は息子がおりまして。息子が小さい頃から、田中さんの作品とは知らずに絵本の『ねこいる!』とかを読んでいました。「いつかこのひとに会ってみたい」と思っていて。今回、番組スタッフさんにお願いしまして、田中さんに来ていただきました。
田中:めちゃくちゃ嬉しいです。
『ねこいる!』
水野:まず、田中さんが芸人を目指されたきっかけとはどういうところからですか?
田中:僕は生まれも育ちも関西で。中学生ぐらいの頃、2丁目劇場という吉本の劇場でネタをやる番組が、夜中にやっていたのを観ていたんですよ。それで「うわ、俺もやりたいな」という気持ちになって始めましたね。
水野:もとからひとを笑わせるのが好きだったんですか?
田中:そうですね。変なものをずっと描いたり作ったりしていたので。幼少期から絵を描いていたから、将来的にも「ものづくりの仕事をするんだろうなぁ」という感じがあって。でも、お笑いに出会って。どっちにしようか迷いながら高校生活を送っていましたね。
水野:田中さんのなかで、お笑いと絵ってどれぐらい被っているのでしょうか。
田中:大きな違いは出力方法ぐらいですね。結局、考えていることは「変なものを作ろう」でしかないので。その「変なもの」を言葉に置き換えて漫才にするのか、絵で描くのかの違い。
水野:その「変なもの」という感覚って、どういうところから生まれているんですかね。「これは変だな」っていう気づきというか。
田中:たとえば、漫才ってボケが変なことを言って、ツッコミが「お前おかしいこと言うてるで!」って言って、初めて観ている側も「このひとはおかしい」と思うじゃないですか。だから「変だ」と言えば、「変だ」という目線があれば、何でも変になるというか。僕、少年野球をずーっとやっていたんですけど、高校の途中で急にやめたんですよ。当時、エラーをしたか何かで、監督にむっちゃ怒られて。
水野:はい。
田中:そのとき、なんか知らんけど、すとんと冷めちゃった。すごく俯瞰で見ちゃって。野球って、投げてこられた丸いものを、棒状のもので叩いて、何か四角いものを踏んでまわるって…何してんのやろって。
水野:もうめっちゃおもしろいです(笑)。
田中:ね。そう考えたら野球も相当、変なことをしているじゃないですか。それで、「俺は一体、何で怒られてんねん。何に一喜一憂してんのやろ、このひとらは」みたいな目線になってしまって。変ではないものはないのかもしれない、と思っているところがある。だから、ツッコミのように「これ変やで」という目線を、もし僕が誘導できたなら、それは「変なもの」になると思うんですよ。
水野:俯瞰で見て冷静になっちゃう、という今のお話を伺って、田中さんの作品にも通じるなと思いました。たとえば『ねこいる!』って、絵がどんどんクローズアウトしていくっていうか。それでまた新たな発見があって、そのたびに子どもはおもしろいんですよ。『そそそそ』もそうですけど、メタ視点になっていくような作品が多い気がして。
田中:多分、僕は宇宙感みたいなものが好きなんですよ。どこかのブランドの映像だった気がするんですけど、めちゃくちゃ引いていって…。
水野:あー、ありますよね。地球上を離れていく。
田中:そうです。最終的に銀河になって。でも逆に、めちゃくちゃミクロの世界に入っていっても、見えてくる風景って宇宙っぽくなっていくじゃないですか。その不思議で気持ち悪い感じが大好きで。
水野:作っていて「苦しい」とかはあるんですか?
田中:あんまりない。お笑いをやめた瞬間もあったんです。コンビの相方さんがやめたとき、俺もやめようと思って。で、やめた瞬間は「もうおもしろいことを考えなくてええんや」という、ちょっと体に異変が起こっちゃうぐらいの解放感があったんですよ。だけど1週間ぐらいしたら「何か作らないと」という苦痛に変わってきちゃって。それで「やっぱり、お笑いやめんとこう」と思って、続けてきた感じですね。
水野:お笑いにしても、絵にしても、常に何かやっていないと……。
田中:そうなんですよ。「何か作っている」というのが大事みたいです。野球をやめたときには、解放感はありましたけど、その後「野球がやりたくてしょうがない!」みたいな状態にはまったくならなかったので。
言ってもらったことはすごく汲みます
水野:お笑いにしても、絵本にしても、受け手から反応が返ってくるじゃないですか。そういうものは田中さんのなかでどのように処理されていくものですか?
田中:それによって調整していきますね。漫才をやっていた当時だったら、お客さんの反応によって、「あの部分はやっぱりわかりにくかったよな。外そう」って、M-1に向けてのネタを調整したり。
水野:なるほど。
田中:絵本だと、線画だけのラフ段階で一度、編集部でお子さんがいらっしゃる方にそのコピーを持って帰ってもらって。そして、お子さんに読んでもらった反応を聞くんです。「ここはちょっとポカンとしていました」とか。で、「じゃあ出し方を変えてみようか」と調整したり。
水野:それは田中さん的にはポジティブに捉えられるんですか? 「いや、俺は違うと思うけどな」とかは?
田中:自分が「おもしろいな」って思いついたものは絶対に出したいんですよ。だけど、出し方に関しては、どう共通の言語に置き換えていくかという作業に力を入れていくような感じで。たとえば『ねこいる!』に縦笛から猫がいっぱい出るシーンがあるんですけど。
水野:衝撃的でしたよ。
田中:あれ、ラフの段階ではオカリナだったんですよ。
水野:そうなんですか!
田中:でも、オカリナはそんなにメジャーな楽器ではなく、その存在を知らない子もいた。だったら、THE 笛というリコーダーみたいな形にしておけば、“音を出すもの”ということは少なくともわかるから、そっちに変えたんです。だから、ひとの意見は“伝え方を変える”ためには必要だけど、考え方までは変えないですね。
水野:作品の核は不変で。その肉付けというか、伝え方のルートを変えるんですね。ご自身が譲るところと譲らないところがはっきりしている。だから逆に、他のひとも意見が言いやすいのかもしれないです。
田中:言ってもらったことはすごく汲みます。なので、いろんなひとに見てもらっていますね。SNSに上げているだけのギャグマンガなんかは、編集さんもついてないので、ラフの段階でマネージャーさんに「これおもしろいっすか?」って送って。
水野:あ、そうなんですね! めちゃくちゃ近所のひとに。
田中:おもしろくなかったら、「おもしろくない」って言ってくれるひとなので。思い返してみると、コンビ時代にネタを作っているときも相方さんに、「何もせんでいいから、前に居てくれ」と。
水野:壁当ての相手がほしいんですね。
田中:「どう?おもろいやろ!」ってすぐに聞いて。「いやー、わからんわ」って言われたら、「ほんまに?じゃあこれは?」という調整ができたほうが作りやすいですね。
水野:1から100まですべて自分で決めて、「この世界を受け取れよ」という感じではまったくなくて。最初の1は絶対に譲らないけれど、あとの99は…。
田中:伝わる方法を探すという感じ。その感覚はお笑いをやっていたとき、強く抱いたもので。当時、大阪の劇場は女子中高生のお客さんがほとんどだったんですね。で、彼女たちに刺さるようなネタを作らなきゃという期間もあったんですけど、楽しくなかった。それを経て、「僕らがおもしろいと思うものは変えんとこう。ただ、伝え方を変える作業をしよう」となっていって。それが僕のものづくりのいいバランスなんだと思います。
どこがおもしろいか言わないようにしている
水野:うちの息子を見ていても思うんですけど、つまらないものに対して容赦がないんですよ。驚きがないものや、ちょっと考えないとわからないものは、「先いこ!先いこ!」ってなっちゃう。で、文脈が関係ないところに刺さるおもしろさがある。そういう容赦ない目線に晒されている絵本って、やっぱり強いんだなって思います。
田中:そうですね。とくに僕はあまり言葉を使わないようにしているので、わからない子は本当にわからないらしいです。
水野:あー、そうなんですかね。
田中:意図的にそうしているところもあります。どこがおもしろいか言わないようにしているというか、説明がないんですよ。だから、僕の絵本を読んでくれている子、好きでいてくれている子は、おもしろがるポイントをちゃんと自分で見つけられる子なんだと思います。
水野:僕、ひとつ気づいたことがあって。息子に読み聞かせをするんですけど、他の絵本だと喋らずにお話を聞いているんですよ。でも『ねこいる!』のときは、「ここにねこ出てきた!」とか自分で喋り出す。すごくうるさいんですよ(笑)。だから田中さんの絵本には、そこから会話が始まるような力があるなと。
田中:その目線はすごく嬉しいです。実はそういう意図もあって。お父さんとお子さんで読んでいたら、「これなんやと思う?」「どういうことやと思う?」みたいなやり取りが発生するコミュニケーションツールとしても在ってくれたらいいなという気持ちがあります。だから、あまり説明もしないし、ツッコミも入れないですし、楽しみ方を限定しないようにしようかなと。現象だけを描きたいんです。
水野:音楽でもやっぱりシーンだけを描いている歌がいちばん強いんですよ。<私は悲しい>と言うよりも、<長崎は今日も雨だった>とか<ああ津軽海峡・冬景色>とか言っている歌のほうが、実は聴き手が勝手にそのときの感情を思い浮かべるから。“景色いちばん強い論”っていうのが、歌を作っているときにもあります。
田中:たしかに。自分で情景を映画にしたり、ストーリーを組み立てたりしますね。今、すごく腑に落ちました。
文・編集: 井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/
J-WAVE Podcast 放送後 25時からポッドキャストにて配信。
Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。
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