『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』世武裕子さん【後編】

自分が成長するかもしれない可能性が人生でいちばん楽しい。

「え、もう私、パリかも」

水野:世武さんは「これから」というところで何か意識することはありますか?

世武:…ないです。

水野:ずっと「ないです」がスタート(笑)。じゃあ「パリに戻ろう」というのも、ふと思ったの?

世武:やっぱり「行けばいいやん。考えるなら」って感じ。行って違ったら「現実から逃げたかっただけなんだな」とか「何かを変えたかったけど、パリじゃなかったな」とかわかるから。さっさと行こう、と。

水野:パリに行って、精神面とか、創作は変化していくものですか? 

世武:環境から受ける影響はすごくあると思う。まず、行って1ヶ月ぐらいは「なんで私、パリに来ちゃったんだろう! こんなに広島カープが好きなのに、広島にいないんだろう! こんなに苦労して、何なの?」って本当に思っていたの。

水野:ねぇ。ビザを取るのも大変だったり。

世武:そう。でもしばらくしたら、「え、もう私、パリかも」みたいな瞬間が来て。そこからは「最高やん!」ってなった。

水野:環境に順応するのが早いのかな。

世武:めっちゃ早いと思う。だから、パリに住んで日本でどんな生活していたかもわからなくなっちゃった。そして今は日本に帰ってきて4日目なんだけど、2日目ぐらいには「っていうか私、パリで何をしていたんだっけ?」って感じだった。だから、ぶっちゃけどこでもいいんだと思う(笑)。

水野:(笑)。

世武:だけど、パリのいいところは、みんな「いかに怠けられるか」を考えていること。なぜなら、バケーションを楽しむために働いているから。

水野:なるほど。

世武:日本にいると、どうしても頑張りすぎちゃう。「みんなも頑張っているんだから、自分も」という姿勢がすごい。真面目なひとが多いから。だから私も例外なく頑張って稼ぐというか。でもパリでは「次はバカンスか。じゃあ、それまでに仕事やって、バカンスで何する? コンサート行く? ピクニック行く?」みたいな感じだから。それに巻き込まれて、今までの私に比べると自堕落な生活を送っていると思う。

こんなに丁寧な人間になりました

水野:作るものは変わらない? 

世武:いや、作る姿勢としては、みんな時間かかってとろとろしているの。時間があるから。私は「なんで1曲にこんな時間がかかるの?」って思うけど。「シンセの音をもうちょっとこうしよう」とか、ひとつのドラマと1曲について5時間ぐらい話し合って、とか、すごく時間がかかっている。だけど、できたミックスを聴くとめっちゃ音がいいのよ。

水野:なるほどね。

世武:だから、時間をかけた意味がある。私、フランスに行ってからも日本の映画音楽を作っているんですけど、今までバーッて出てきたものを、バーッて書きとめて。

水野:そういうタイプだったよね。

世武:でしょう? でもそれを1回、寝かせて。

水野:マジで?

世武:はい。まず一度、私が他の作家にオファーする身だったら、「この人に、こういう音楽を書いて」って指示するなってところからやって。次に、それを自分が書いた場合はどうなるかというところをやって。

水野:ひとが変わってるじゃん!

世武:こんなに丁寧な人間になりました(笑)でも、やっぱりそれをする時間があるのよ。時間があるって、すごいんだと思った。

水野:そうやって吟味してみて、また推敲して、よくなっている実感はあるんですか?

世武:なんかね、その工程が楽しい。

水野:楽しいんだ。

世武:結局、作っているのは自分だから、クオリティーはもしかしたら一緒なのかもしれない。だけど丁寧に作ると作品に対する愛着もより湧くし、これが工程を楽しむってことかって。今まではバーッて出しているから、工程なんかなかったのよ。多くのひとにとっては当たり前のことなのかもしれないけれど、自分にとっては新しい感覚だからすごくおもしろい。

水野:今、実は1曲、世武さんと一緒にやってもらっている楽曲があって。その楽曲を作っている時期、たしかにインスタで「寝かせてみる」みたいな投稿をされていたんですよ。

世武:でしょう?

水野:「いったん違うことしてみようかな」って。それで「また違うのが浮かんできた」と喜んでいて。「あ、これ絶対に俺らの曲だ」と思いながらも、その投稿がすごく意外で。今まではファーストインプレッションでバーッと出てきたものをどう再現するか、というタイプだと思っていたから。「あ、変わったんだな」って。あと、今日練習していても思ったけど、「ここはこう」っていうのをより詳細に言語化してくれるようになった。

世武:多分、40年生きてきて、もう自分に飽きちゃったんだと思う。ファーストインプレッションって結局、自分自身にいちばん近いものなんだけど。その自分と自分の分身みたいなものと、ただ向き合っているだけということに飽きちゃった。だけど、何回もやり取りして眺めたりしていると、そこに絆みたいなものが生まれてくる感じがするというか。人間同士として、自分の音楽と向き合っているように感じたの。

水野:いや、おもしろいね。

世武:だから今、すごく楽しい。そういうところからしか成長できないものもあるかなぁと思って。自分が成長するかもしれない可能性が人生でいちばん楽しい。

今に全力。それ以外、無理なだけ。

水野:やっぱりすごいわ。うーん、成長できるかな、俺。

世武:できるっしょ。逆に、自分が成長できなかったら私、どうやって生きていけばいいのかわからない。

水野:でも老化は楽しんでいる気がします。執着も少しずつなくなっていく。

世武:まあ、だから歳を取ることっていいよね。

水野:だと思う。そう思いたい。世武さんはずっとこの感じで作っていくのかね。

世武:どうなのか。あんまり考えたくないよね。死にたくないし、ずっと生きていたい。

水野:世武さんは基本的に、ひとより「今!今!今!」って感じがするんですよ。そういう方に、「60歳のとき、何をしていると思いますか?」とか訊いても、意味ない気がする。

世武:そうなのよ。想像したくない。過去のことはすぐ忘れちゃうし、将来の約束も無理。誰かに約束してもらうことって、自分の安心のための行為な気がして。

水野:うん。

世武:逆に言うと、今そのキャパがないのかもしれない。過去や未来のことを考えながら、今を全力できないから。今に全力。それ以外、無理なだけ。

水野:それは本当にすごいスタンスだと思う。なかなかそうなれないもん。

世武:今に集中できなかったら、今どうするの?

水野:時間の概念の話になっちゃうけど、みんなが「今」というとき、そこに過去も未来も含んでいると思うの。だけど本当の意味で、「今」だけに集中できているひとは、過去や未来は含んでいないんだよね。

世武:あー、そうだね。

水野:たとえとして出すのは恐縮なんだけどさ、たとえば動物とかって…。うちの「てけ」とかね。未来は予測できないじゃない。多少の「こうしたら餌がもらえる」みたいな覚えはあっても、今しかないのよ。で、今しかないからこその瑞々しさと悲しさが動物にはあると思うわけ。人間は、過去も未来も見えちゃうから、そこに囚われて行動をしてしまう。

世武:うん。

水野:でも、その意識を外したときに、実はすごくいい音楽ができるのかもしれない。たとえば演奏中とかも、今だけに集中していれば、「こうやって弾きたいんだ」みたいなエゴが関係なくなるというか。うーん、俺うまく喋れてる?

世武:なんとなく言っていることわかりますよ。

水野:音楽そのものに集中すればいいのに、そうじゃない。まあエンタメってそういう面もあるからしょうがないけど。

世武:「変な顔をしていて、それ抜かれたらイヤだな」とかあるよね。

水野:そうそう。流れるようにできたほうが本当はいいのよ。その瞬間、その瞬間。でもそれが難しいと思うんだけど…。世武さん、この話もうだんだんつまらなくなっている(笑)。

世武:つまらなくないよ(笑)。いいことを言っているなと思って、考えてた。やっぱり過去や未来から完全に自由になることは、不可能で。ただ濃度として、私は一般的なひとよりも強くそこから解放されたいと思っている。そういう願望が強いのかもね。だから実は別に自由じゃない。

水野:ああ、おもしろいね。そういうものが自分にはないかもな。

世武:でもたしかに、演奏しているとき、すごく真剣に演奏していたら、口って下がる。で、写真を選ぶときに大変やん。だから、演奏に集中したいのに、「口角だけ上げなきゃ…」とか思っていたことを思い出した。だからやっぱり今を100%は生きられないのよ。

水野:いやー、世武さんとの話は止まらないですね。もっと考える時間が欲しくなる。

世武:え、もう終わるの?

水野:終わるんですよ。今、終わりに向かっているんですよ。

世武:嘘だー、いやだー!

水野:あなたはこのあとパリに帰っちゃうから。ぜひ、また、リモートでパリとつないで。

世武:あ、いいよ! じゃあ本当にゲストが誰もいないときには言って。私、いつでも出るから。

水野:パーソナリティがひとり増えました(笑)。最後に、これからクリエイターを目指すひとたちに、世武さんからメッセージをお願いします。

世武:私、クリエイターとして何か言うの本当に苦手なんですよ。

水野:答えづらい質問ばかりすみません(笑)。

世武:まぁ一応そういう前提はさておき。私がものを作る人間として、いちばん考えなくてよかったなと思うことがあって。それは「自分に才能があるかないか」ですね。それを自分に問うのは、本当に時間の無駄だからやめたほうがいいです。

水野:うわー、厳しいけど、突いているねぇ。世武さんも「自分に才能ある?」とか自問自答する時間があったの?

世武:基本的に「私は絶対にいいんだよな」と思っていて、わりと自己肯定感はあるんだけどさ。でも、ふとしたときに、「え、全部罠とかでまったく才能ないただの凡人じゃない?」って思うときがあるの。ただ、それを考えたとき「いや、この話まったく意味ないよな」って。

水野:おお。

世武:疑問に思ったってどうしようもないっていうか、それなら練習しろよって話だなって。

水野:才能の“ある・なし”で最初みんな躓くというか、戸惑うよね。「ない」って逃げちゃったり。

世武:他人から言われたりね。「あなた才能ない」とか、逆に「ある」とか。すると、誰かにすがっちゃうじゃん。「そう言われたから」とか「そう言ったくせに」とか。どちらにしても、あまりいいことはないなと思います。

水野:耳が痛いです(笑)。でも、すごく素敵な言葉だと思いますね。

J-WAVE Podcast  放送後 25時からポッドキャストにて配信。


Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集: 井出美緒、水野良樹
写真:谷本将典
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送
https://www.j-wave.co.jp/original/creatorsnote/

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