『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』長谷川白紙【後編】

着いたら音楽が鳴っていて、帰るまで止まない状態が、私のデフォルト

いちばん考えているのは、ババ抜き

水野:2024年7月には、4年8か月ぶりのフルアルバム『魔法学校』もリリースされました。改めて、このアルバムはご自身のなかで、どういった位置づけになる作品なのでしょうか。

長谷川:今聴くと、変ですね。すごく。かなり悩んでいる渦中、結論の手綱すら持ってないような状態で作って、できたものなので。あそこまでカオティックなアルバムはもう作れないんじゃないかなって思います。

水野:振り返ってみて「変だな」って思えるということは、今もうその先にいるんですか?

長谷川:そうですね。最近考えていることはまったく違います。

水野:早いなぁ。どういうことを考えているのでしょう。

長谷川:いちばん考えているのは、ババ抜き。

水野:ババ抜き。またおもしろい話が始まりましたね。その心は?

長谷川:マイルス・デイヴィスの「オン・ザ・コーナー」ってあるじゃないですか。それを聴いて、「ババ抜きじゃん」って思ったんですよね。何か継続している時間があって、それがいつ終わるんだか、終わらないんだか、誰によって終わるんだかわからない。そういう状態がずっと流れていること自体に興味があって。

水野:へぇー!

長谷川:クラシックのコンサートとか行っても、曲が長いじゃないですか。で、「大人数でずっと演奏しているけれど、いつ終わるんだろう…」って見ていたら、ジャンッ!って急に終わる。それって、音楽の根源的なおもしろさのひとつかもなと思うんです。『魔法学校』のときはまだ、1曲という単位だけで考えていたので、時間が継続している状態への興味が強くなったことは変化ですね。それで最近、ファンクをよく聴いています。

水野:すごくおもしろい課題設定ですね。ただ、僕はお茶の間最前線みたいなところにいるから…(笑)。

長谷川:(笑)。

水野:お茶の間最前線の残酷なところというか、いちばん強いところって、リスナーに対する、流れている音楽の時間についての説明がすごく多いことだと思うんですよ。

長谷川:はい、はい。

水野:まず「ここから曲が始まります」と。そして「5分間の曲のなかで、ここがメインで、おいしいところです」みたいな階層があり、差別化が行われている。で、「終わります」ということがはっきり演出される。すべてを説明していき、その時間を特別なものにするのがポップスな気がするんです。

長谷川:ええ。

水野:だけど、たとえばジャズとかの場合、音楽が流れている空間も合わせての表現だったりして。音楽がある状態と、ない状態の境目がどこか希薄というか。それを長谷川さんは「ババ抜き」という言い方をされていたのかなと。要は「え、境目を書いちゃうの? 書く? 書かない?」みたいな瞬間を楽しむ。そこに興味を持つってめちゃくちゃおもしろいけど、大変だろうなと。それを音源で表現するって難しくないですか? 

長谷川:他と比べて大変ってことはないと思います。もちろんお茶の間最前線もひとつのスタイルですし。あと、私はライブのDJ MIXスタイルから影響を受けていて。レペゼンというか、帰属意識がある場所はクラブなんですよ。だから、着いたら音楽が鳴っていて、帰るまで止まない状態が、私のデフォルトとしてある。そういう“繋がっている”ということが影響源として大きい気がしています。

水野:いきものがかりはこの間、武道館でライブをやったんですね。

長谷川:インスタでピンク色の大きな桜がキラキラしているやつ、見ました。

水野:で、久しぶりに武道館に行って、すごいなと思ったのは、「今からライブが始まる」という空気が客席に充満していること。「ここでいろんなライブが行われてきた」という文脈を武道館という場所では、みんなが頭のなかで描いてくるから。それはよく言えば期待感なんだけど、悪く言えば、期待感を利用して演出を作っているなって思う瞬間があって。特殊な会場だなと。一方で、ずっと音が鳴り続けているクラブというものは、まったく違うものだな、と今気づいてしまいました。

長谷川:私からすると、観客のみなさんの期待を演出に取り込む、という技のほうが想像もつかないですね。

水野:果たしてそれは音楽なんだろうか、って思うときがあって。

長谷川:いえ、音楽でしょう!

水野:嬉しい(笑)。

私の音楽を進んで聴くようなひとって…

水野:長谷川さんは昨年、Brainfeederと契約されたということで。これから長谷川さんの楽曲が、国内だけではなく海外でも、より聴かれていくという状況が生まれていきますね。

長谷川:こんなこと自分で言うのもどうかと思うんですけど、私の音楽を進んで聴くようなひとって大体、変なひとじゃないですか。で、どこの国にもやっぱり変なひとっているんだなって(笑)。

水野:これでさらにリスナーの多様性も増えていく気がしますが、そういう面がご自身の作品に影響を与えることもあると思いますか?

長谷川:直感的には「ない」と言いたい気持ちがあるんですけど、無意識に影響は受けるのだろうと思っています。

水野:作品や自分自身が変化していくことに対してはどういうふうに思っていらっしゃいますか?

長谷川:不安はほとんどありません。変わっていくもののほうが私は好きなので、自分もそうで在れたら嬉しいという感覚です。すべてをポジティブに見られるような性分でもないんですけど、嬉しさとか楽しさのほうが勝ちますね。

水野:どんどん作品という過去が増えていくじゃないですか。それに対しての気持ちはいかがですか? 「やっぱりこうしておけばよかった」と思ったりします?

長谷川:私、それ、自分のすべてに対して思います。

水野:作品だけじゃなくて。

長谷川:ええ、人生すべてに。そういう性格なんですよね。「これはこうしておけばよかった」って、いつまでも考えています。

水野:変化していくひとが作ったものたちが残り、みんなに聴かれていく。そのことはどういうふうに思いますか? 単純な興味なんですけど。

長谷川:水野さんはどう思っていますか?

水野:もう僕は作ったものが、自分のものじゃなくなっていく瞬間のほうが多くて。そもそも「ひとのものになってほしい」と思って作っていますし。

長谷川:なるほど。

水野:だから僕が作ったものに、僕が想像もできなかった情報量や人生を重ねるひとを見て、「俺、いていいのかな?」って思う。僕が書いたことが情報として残っちゃうじゃないですか。それが邪魔だなって。

長谷川:えー!すごく独特な感覚かもしれないです。 記名性に対する欲求が全然ないってことですよね。

水野:一個人としてはあると思うんですよ。「これあなたが書いたんですね」って言われたらもちろん嬉しいし。それでお金をもらって、生活していることも確かだし。そこに欲がないわけがない。でもそれはいったん置いて。このひとがこの曲と出会えて、何かしらの物語が生まれているのに、「水野良樹が書いた」ということは、すごく邪魔だなって。

長谷川:はー、なるほど。

水野:僕がどんな不祥事を起こすかもわからないじゃないですか(笑)。そういうことも邪魔だなって思うし。でも、創作としてこれが良かったかどうかということに対しては、考えが甘くて。自分を責めるような責任感が、長谷川さんより希薄だと思います。

長谷川:いや、今そんな話じゃなかったと思いますよ!

水野:変な追い込みをしているみたいな(笑)。

長谷川:すごい話ですね。これは興味深い。

「それを捨てている」という意識って大事

水野:でも今日、お互いの違いとか、リンクするところとかをお話できておもしろかったです。では最後に。これからクリエイターを目指すひとたち、ものづくりをしたいひとたちへ、何かメッセージをお願いします。

長谷川:混沌の者として言えることは、「想定より多くの選択肢が必ずある」ということですかね。自分が意思を持って選んだものを正解にしていく作業ばかりが、強くて眩しくて素晴らしいのだと語られがちだけど。どんなに考えて、広い視野を持ったつもりでも、他が消えることはない。いろんな可能性があって、「それを捨てている」という意識って大事だと最近、私は思います。何が言いたいかというと、選択が絶対の正解になることはない。逆に言うと、だから安心していい。ということです。

水野:とっても実践的だし、優しい。逆に言うと、とってもしっかり残酷。それがすごく素敵だと僕は思います。

長谷川:本当ですか。しょうもないことを言っちゃったかもって…。

水野:いやいや、素晴らしいです。さあ、2週間にわたって音楽家の長谷川白紙さんをゲストにお迎えしてお届けしてまいりました。長谷川さん、ありがとうございました。

長谷川:ありがとうございました。


Samsung SSD CREATOR’S NOTE 公式インスタグラムはこちらから。

文・編集: 井出美緒、水野良樹
写真:軍司拓実
メイク:内藤歩
番組:J-WAVE『Samsung SSD CREATOR'S NOTE』
毎週金曜夜24時30分放送

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