AFTER TALK with YUJI OHNO
こちらは旧HIROBA公式サイトで過去に公開された記事です。
かなわない。
そりゃ、かなわないのは当たり前なのだけど。
経験とか知識とか。音楽にかけてきた時間とか。量の話については、あの大先輩を前に、さすがに「かなう」のか「かなわないのか」みたいな次元で考えることなんてない。そんなのはハナから結論が出ている。小さなリュックサックをやっといっぱいにできたくらいの若輩が、4トントラックを何台もいっぱいにしてきた先輩を前にしたら、無邪気に「すげぇな」と仰ぎ見て、自分の至らなさに恥ずかしさを覚える。ただ、それだけだ。
いや、かなわないと思ったのは、もっと、今、この瞬間の話。音楽という、素晴らしくも扱いづらく、つかみどころのない、このやっかいな相棒についての向き合い方のこと。
大野先生は、ソファに身を預けながら、時折、両手を組んで顔をしかめて、考え込む。
ほんとうに、あいつは気分屋でよくわからない。面倒なやつなんだ。でも、それほど悪いやつでもない。辛抱強く付き合ってやると、たまに笑ってくれる。憎めないやつだ。最近、あいつの機嫌がよくなる方法をまたひとつみつけたんだ。
とても楽しそうで、とてもしんどそうだ。もう何十年も。音楽に向き合っている。わかった!という瞬間と、わからない!という瞬間を。もう数え切れないくらい通りすぎている。世界中のレコードを聴いて、たくさん学んで、ぶちあたる難題にいつだって頭を抱えて。いくつもの楽曲を書いてきて、その瞬間だけの、一期一会のセッションを幾千幾万と重ねてきて。
追いかけて、追いかけて。
それでも音楽という相棒は、ちょっとだけ離れたところから、にやりと笑ってこちらを見ている。その尾っぽをつかみきれない。ルパンを追いかける、銭形警部みたいだ。あんなに長く、追いかける存在がいて。そりゃあ、とっても大変だろうけれど、銭形警部は幸せなんじゃないかって、僕は思う。
いやぁ、まだわからない。
つかめない。しょうがねぇやつだな。
音楽を前にして悔しそうにしながら、えらい目にあったんだよと笑いながら、でも、大野先生はとっても楽しそうだ。楽しいひとには、かなわない。楽しいひとの背中ほど、魅力的なものもない。
いやいや、何を言うんだ。楽しいなんていう余裕はないさ。夢中であいつを追いかけないと、また引き離される。おっと、いけない。もう行くよ。そう言って、すぐさま駆け出そうとしている。
音楽を追いかけて。
また夢中で走りだしていく、大先輩の後ろ姿。
かなわない。そう呟いて、でも僕も、いま駆け出す。
Text by YOSHIKI MIZUNO(2019.12) Photo/Kayoko Yamamoto Hair & Make/Yumiko Sano