劇場を出たら、記憶には残るけれど、形は何も残らない
セリーヌ・ディオンが大好きで…
水野:注目を受ける方って、ひとが喜ぶことを無意識にやっちゃうタイプだと思うんですよね。今、何を求められているかを感じ取って、表現するパワーがある。多分、井上さんもうちの吉岡もそういう性質を持っていて。
井上:デヴィッド・ルヴォーさんという素晴らしい演出家がいるんですけど、「スターというのは、もう一度会いたいなと思わせるひとだ」と言っていて。それが僕も腑に落ちたんです。水野さんがおっしゃるように、やってほしいことを汲んでくれて、さらなるものを見せてくれて、絶対に嫌な感じがしないから、会ったら気持ちよくなる。また会いたくなる。それがスターなのかもしれないなって。
水野:舞台上の井上さんがまさにそうだと思います。だからみなさん、時間を作ってチケットを取って、舞台を観に行かれる。
井上:それでいうと僕、セリーヌ・ディオンが大好きで。以前、ラスベガスでコンサートをやっているとき、4回ぐらい観に行きまして。最終的にはひとりで、そのためだけに行って帰ってきました。お金もかかるし、別に知り合いじゃないから直接会えるわけでもない。だけどすごく幸せなんですよ。彼女のことをいいひとだと信じているし、少なくとも舞台上の彼女に、「また来たよ。芳雄が日本から」って心の中で言っているし(笑)。
水野:すごい(笑)。
井上:そして、セリーヌはそんな僕の気持ちをわかっているかのように歌って、感動させてくれて。「あー、来てよかったです」と思いながら僕は帰るわけです。そうさせてくれるのが、華やかさを持つスターなんじゃないかな。やっぱり最終的には、人間性であるように思います。
水野:芸は人間なり、とかいろんな物事が最後、「やっぱり人間だよね」っていうパターン、簡単にまとめすぎていると思いながらも、たしかにそのとおりなんですよね。
井上:挙げればいろんな要素があるけれど、結局は人間性がすべてを凌駕するというか。それは生まれ持ったものでもあり、そのひとが培ってきたものでもあり。若くて華やかなのと、歳を重ねて華やかなのと、また意味が違う気もしますし。
水野:違いますね。
井上:若い頃は華やかだったけれど、そうじゃなくなっていく方もいるでしょうし。その逆の方もいる。そういう日々の積み重ねは、滲み出るということなのかもしれません。あと、こちらが勝手に重ねて観てしまうところもありますよね。セリーヌ・ディオンもご主人が亡くなってしまったり、いろいろ大変だったけど…。
水野:それを経て、ステージに立っている。
井上:勝手にそれを思って観ているんですよね。
本当は“どっちも”だと思う
水野:曲を作っていても思うんですけど、結局は“人間”に勝てないんですよね。ステージ上で吉岡とみんなで演奏して、拍手をいただくじゃないですか。で、僕も一応、手を振ってもらえるんですね。「よっちゃんカッコいい!」とか、「大好き!」とか、言ってもらえる。それはすごく嬉しい。でも、歌のほうが、僕が死んだあともずっと残る。だから作品のことをより考えるんですけれど、吉岡という“人間”に勝てない。
井上:ああー。
水野:吉岡がパッとステージに立ったら、みんな注目して、楽しそうにしている。しかも彼女は歌うから、自分を魅せる。だからこそ、人間を売るか、作品を売るかでいつも悩みますし、自分を魅せて戦っている方のお話に興味が湧くんです。
井上:僕、舞台の好きなところは、消えてなくなっちゃうところで。劇場を出たら、記憶には残るけれど、形は何も残らない。たしかなものは何もないところに惹かれるんです。ひとの一生みたいじゃないですか。役者や歌手って、その瞬間は輝けるけれど、それを丸ごと残すことはできないという潔さがあって。…いや、残したいような気もします。残せるものなら。本当は“どっちも”だと思う。
水野:はい、はい。
井上:ミュージカルが大好きだから、ミュージカルにとって何かできないか、とかも思いますし。たとえば、「あのひとが出てきて、日本のミュージカルがちょっと変わったよね」と言われるような企画だったり、作品づくりだったり、場づくりだったり。もう年齢も折り返し地点に来たので、ただ自分が表現するだけではなく、そういう意味で「残したい」という気持ちはありますね。
自分たちの手で作ってみたい
水野:それは先輩方の姿を見て、「残したい」と思うようになっていったのでしょうか。
井上:新しい試みをしている方もいらっしゃるけれど、日本のミュージカルはあまり歴史も長くないし、先輩がそんなに多くないんです。だからこそ、自分が舞台に立って気づいたことや活かせることを、後進に伝えたり、それをもって何かを作ったりしたほうがいいかもしれないなと考えるようになりました。
水野:もちろんすごく大変でしょうけれど、おもしろそうですね。自分が開拓していける。
井上:日本のミュージカルで今、人気があるのはほとんど、翻訳もの、海外でやったものなんですね。素晴らしさは保証されているけれど、オリジナリティという意味ではだいぶ下がってしまう。やっぱり自分たちの手で作ってみたいんです。日本のミュージカルは、まだ海外で認められたような作品がないので、悲願ではあるんですよ。できるかわからないけれど、トライし続けたい。水野さんもミュージカルの曲を書かれていましたよね。
水野:はい。「ミュージカル『衛生』~リズム&バキューム~」の音楽を。事務所の先輩だった古田新太さんに「書け」って言われて(笑)。
井上:書かれてみていかがでした?
水野:詞先で作ったんですね。
井上:歌詞も水野さんが?
水野:いや、脚本家の方が書かれていて。で、「ここまではセリフで喋っています。ここから歌です」みたいな。セリフから歌までが地続きじゃないですか。それがすごくおもしろかったですね。お芝居がどんな感じになるか、僕には予想がつかないんですけど、できないなりにそこを喋りながら作ってみたり。あと、結構ダークな物語で、わりと荒っぽいシーンの曲があったんです。
井上:はい。
水野:「金よこせ、金よこせ」「金払え、金払え」って何度も叫ぶような。それは、役者さんが見栄を切る場所をたくさん作ったほうがいいんじゃないかなと、すごく大げさに作ったりしました。普段と違う作り方でおもしろかったですし、実際に劇を拝見したとき、「こうなるのか!」って喜びがありました。
井上:多分、ミュージカルの曲作りは、ミュージシャンとしてやられている方にとって、すごく負担というか。単純に曲数も多いじゃないですか。何十曲って作らなきゃいけない。しかもうまくいくかもわからない。それはかなりリスキーなんじゃないかなと、傍目に見ていて思いますね。
水野:しかもすべてが目立ってはいけないじゃないですか。シングル曲だけじゃダメ。
井上:そうですね、お腹いっぱいになってしまう。
水野:あと、岩谷時子さんがやられている『レ・ミゼラブル』の翻訳とかもそうですけど、ミュージカルの曲ってJ-POPの源流みたいなものなんですよね。西洋のメロディーに、どう日本語を乗せるか、本当に何もないところからやってこられた偉大な先輩たちがいるところ。だから実は、原点である気がしていて。もっと繋がればいいのなと。
井上:そうですね。ミュージカルは基本ポップスで、作る国によってその国柄が出るんですよね。だから、日本のポップスを用いたミュージカルがどんどんできていけばいいなと思います。
文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:谷本将典
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:hotel it. 大阪新町
https://hotelit.jp
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