対談Q 立川吉笑(落語家)第1回

「なぜシンプルが、僕らを豊かにするのか」

無駄を詰め込み、逆に情報量を減らす

水野:吉笑さんにはラジオ『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』にも来ていただきました。今日はあのお話の続きをしたいなと思いまして。またお時間をいただき、ありがとうございます。

吉笑:いえ、とんでもない。こちらこそありがとうございます。

立川吉笑(たてかわきっしょう)
落語家。1984年生まれ。京都市出身。立川談笑門下一番弟子。2010年11月、立川談笑に入門。1年5ヵ月のスピードで二ツ目に昇進。2022年11月、落語立川流としては17年ぶりとなるNHK新人落語大賞を50点満点で受賞。古典落語的世界観のなか、現代的なコントやギャグ漫画に近い笑いの感覚を表現する“擬古典<ギコテン>”という手法を得意とする。2024年11月6日に初CD集『立川吉笑 落語傑作選』を発売。2025年、真打昇進が決定。
『Samsung SSD CREATOR’S NOTE』立川吉笑さん【前編】【後編】

水野:僕はHIROBAというものをやっていまして。この対談Qはいろんな分野の方にゲストで来ていただき、一緒にひとつの問いについて考えていただくという企画です。一応、テーマはあるのですが、ざっくばらんにお話しいただければと思います。

吉笑:わかりました。

水野:今回のテーマは、「なぜシンプルが、僕らを豊かにするのか」です。落語は構造としてとてもシンプルで。基本的には、セットや映像を使うわけでもなく、座って、ほぼ上半身だけを使ってやられる話芸。だけど、シンプルがゆえに、音声や身振りだけで、登場人物の年齢や衣装までを聴き手が想像する。今回出されたCD『立川吉笑 落語傑作選』もそうですね。

『立川吉笑 落語傑作選』2024年11月6日発売

https://www.sonymusic.co.jp/artist/KIssyouTatekawa/discography/MHCL-3100

水野:制限がありシンプルなほうが、実は豊かなのかもしれないなと。自分は歌を書くとき、「なるべくシンプルに」と考えているんです。情報を与えすぎると、想像の余白が狭まってしまうから。吉笑さんも古典だけでなく”擬古典”というもので、ご自身でネタを作られている。どれぐらいまで想像し、どれぐらいまでを噺のなかに具現化していくのでしょう。

吉笑:落語はもともと省略してやるもので。俳句とか枯山水のような日本的な技法で、情報を省略して脳内補完を促すところが強みなんですね。だけど僕は落語家のなかでは、むしろ情報を詰め込みたくなる性質で。「どう省略するか」ってことは、かなり自分の課題でもあります。

水野:なるほど。

吉笑:斬新な切り口やアイデアは好きなので、それを入れたくてネタ作りをするんです。落語家になる前の芸人時代、コントなんかはもう4分間とかの勝負ですから、どれだけ詰め込んで密度を高くできるかが大事で。でも、落語で同じことをやると伝わりづらいというのは、年々感じているんですね。師匠方は、本当にボソボソ喋って、それだけで表現できる。落語家の究極の形です。自分の場合、そんなに口数を少なくしたら、単純にすっからかんというか、まだできない。今やっているのは、無駄を詰め込むことで、逆に情報量を減らすという作業。

水野:無駄が、むしろ物語の空気感を伝えるみたいなお話が、ラジオでお話ししたときにもありました。

吉笑:あと、たとえば脚本家の方が落語を書くと、無駄がないんです。ちゃんと物語に直結したやり取りだけ。それは読んだらすごく綺麗なんですけど、すべてが情報だから、そのかたちを落語でやると、通過しちゃって届いていかない。

水野:はい、はい。

吉笑:だから今、無駄なノイズをめちゃくちゃ言うことで、大事な情報を少なくすることを意識しているんです。たとえば、「えー」っていうドッグワードとか。「いや、まあまあ…」みたいな、意味のない相づちとか。「こんにちは。えー、こんにちは。あぁこんにちは」という、同じやり取りとか。そういうものをわざと入れて、調整している感覚ですね。

水野:その無駄の塩梅は、どこで培っていくものなんですか?

吉笑:古典のすごいところですけど、代々いろんな方々がやっているから、すでに“ベストな無駄”になっているはずなんです。

水野:すでにちょうどいい塩梅に。

吉笑:はい。それ以上でも以下でもない無駄が入っている。そして自分が作ったやつは、無駄を足していくわけですが、聞いてみるとやはり無駄。ただの無駄。だからまた削って…と繰り返していきます。その塩梅は、実際にやってみて、お客さんの反応を確かめながらじゃないとわからないですね。机の上で描いていても、無駄の塩梅はわからない。

水野:ただ、素人目だと、お客さんの反応を見ても、何が「ただの無駄」で何が「意味のある無駄」か、わからないと思うんですよ。その尺度は、お師匠さん方を見て、得ていかれるのでしょうか。それとも場数を踏むことによって、判断できるようになるのでしょうか。

吉笑:落語はいろんな種類がありますけど、基本的には笑ってもらうことが目的なので、笑い量で如実にわかりますね。笑ってもらったら成功、ウケなかったら失敗。だからお客さんの反応がいちばんの基準ですね。そしてネタを繰り返していくなかで、「このボケはここで言ったほうがウケやすいんだな」とかがわかってくる。筋肉が鍛えられていくところもあります。

「300人キャパで変わるぞ」

水野:小さな会場で10~20人のお客さんを前にやる場合と、数百人規模の場合とでは、まったく間は変わってくるものですか?

吉笑:ミュージシャンの方はどうです?

水野:明らかに変わりますね。 

吉笑:ですよね。路上での弾き語りと、ライブハウスと、それこそ武道館と。それって何が変わるんですか?

水野:たとえば、1万人規模の会場だと、お客さんも僕らだけを見ているわけではなくて。1万人がいるという“状況”に興奮する。ペンライトが一斉に光り、「うわー、綺麗」みたいな感動もある。それを頭に入れてパフォーマンスをしますし、お客さんとの間合いを考えます。少し話が逸れますが、自分が落語に興味を持つ理由って、路上ライブ出身というところがあって。目の前にお客さんがいて。

吉笑:はいはいはい。落語と近いですね。

水野:当時のリアルな話で、右側と左側のどちらにお客さんがいるか、立ち止まってくれたのが女子高生か会社員か、そういうことによって場の空気が変わるんです。その空気に合わせる。だから当時、すごく勘が鋭くなっていて。3人でやっていても、曲順とかを決めませんでした。

吉笑:へぇー!

水野:曲順のことを言わなくても、「あ、この空気だったら、次はこの曲だな」って目を合わせればわかるくらいに空気を読んでいたんですよ。多分、そういうお客さんとの間合いの取り方は、大きな会場になっても同じで。「今、遠くなっているから近くにいこう」とMCの話し方を変えて、お客さんとの心理的な距離感を調整したりしています。落語もまた生のものじゃないですか。

吉笑:はい。

水野:ひとりの方が、お話を喋っているだけじゃなく、空間自体をコントロールしている気がして。

吉笑:今お話を伺っていて、自分もまったく同じことをやっているなと思いました。落語は、前座、二ツ目、真打ちってあるなかで、最初の前座は20~30人、多くても80人ぐらいのところでやるんですよ。そこで自分のパフォーマンスができるようになってきて、二ツ目に昇進し、ちょっと仕事がもらえるようになってくると、次は300人キャパ。

水野:はい。

吉笑:いわゆる小ホールみたいな舞台ですね。そこで最初にやったとき、まったく届かなくて。同じネタをやってもウケない。結構それが続いたんです。それで真打ちの先輩に相談したら、「いや、やり方、300人キャパで変わるぞ」って言われて。

水野:なるほど。

吉笑:当たり前だけど、距離も見え方も違うから。「100人なら一方通行で制圧できるけど、300人となると声で包み込むような感じで、後ろからゴソッと持っていけ」みたいなことを言われて。

水野:ああー。

吉笑:感覚的なものなんですけど、やっているうちに身体が合ってきたのか、だんだん300人キャパがいけるようになって。今はわりと気持ちよくできる。そして今度は700~1000人キャパというのがたまにあって、これは俺、いまだに無理。2階席があるようなところになると、途端にできなくなる。

水野:何が違う感覚ですか? 

吉笑:まずウケ量が違う。出ていったときの食いつき方も散漫な感じ。それは自分の知名度とか説得力が上がったら、また変わるんですけど。700~1000人キャパは落語界でいうと、笑点とかに出ている規模の方の領域なので。あと、自分の場合、間が早くなりがちだから、狭いと伝わるけれど、広いホールなら所作を大きくして、間を余分に取って…とか。

水野:難しい。

柳家さん喬師匠の空気の読み

吉笑:でも落語家の仕事の大半は、実はネタ選びで左右されます。

水野:ネタ選び。

吉笑:多分、さきほど水野さんがおっしゃっていた曲順のお話と同じですね。基本的には、やるネタは決めず、お客さんの空気と、前の演者の流れを見て、その場でやるのが落語で。

水野:そうなんですね。

吉笑:選び方を間違えて、まったく違う結果になってしまうというのは、みんな経験していると思います。でも、師匠方はやはりネタ選びの精度も高い。ネタのバリエーションも多くて、ひとつひとつが強いから、少しズレても無理やり持っていけるのもあるけれど。印象的だったのは、落語協会の会長になられた柳家さん喬師匠。数年前にご一緒させていただいたときのこと。さん喬師匠がトリで、自分は休憩明け、後半最初の出番でした。その日は前半の空気がなかなか硬かったんで「あれ…?」と休憩中に不安で仕方なくて。そうしたらさん喬師匠が、「今日のお客さん、多分、休憩後は大丈夫だ」っておっしゃって。

水野:すごいですね。

吉笑:実際に、やってみたら本当に前半とは空気がガラッと変わっていました。どうしてそれがわかるのか、わからないです。統計なのか、経験値なのか。

水野:多くの経験を踏まれた方だと、感覚的にわかるんですね。

吉笑:とにかく落語家の場合は、ネタ選びを重視しています。路上での弾き語りもまさにそうですよね。お客さんに何を聴いてもらうか、読む。

水野:お客さんの空気がすべてでしたね。当時、吉岡は立って歌い、山下と水野の男性2人は椅子に座ってアコギを弾く、というスタイルにしていたんです。なぜかというと、3人とも立ちあがると圧が強すぎてよくないから。実際にそのほうがひとは集まっていました。

なぜシンプルが、僕らを豊かにするのか

吉笑:へぇ! でもなかなかその教材って少ないですよね。自分のイメージだと、ゆずさんとかは浮かびますけれど。路上の弾き語りから出てきて、次にライブハウス。そしてアリーナとかになってくると、もちろん事前に曲順を決めないといけませんよね。

水野:はい、決めます。演出も。

吉笑:そのときはどうするんですか? お客さんを想像するんですか?

水野:想像しながら組み立てますね。だけど、隙間を作っておいて、「ここでこういう硬さであれば、こういうことを喋ろう」とか。「あえてMCを短くしてすぐ曲に行こう」とか。そういう出し引きはできるようにしています。

吉笑:そういうノウハウは先輩の方々を見て?

水野:いや、自分たちの経験で掴んでいくしかないと思いますね。

文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:軍司拓実
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:かんたんなゆめ
https://www.instagram.com/kantan.na.yume/

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