対談Q 関取花(シンガーソングライター)第1回

無条件に何かを与えたくなるフェーズに入っていくんだと思います。

CDだけが博多までどんぶらこっこ…

関取花(せきとりはな)
1990年生まれ、神奈川県出身のシンガーソングライター。幼少期はドイツで過ごす。小さな体から発するすべてを包み込むような歌声と平易な言葉ながら優しさだけではない歌詞は、デビュー15周年となる現在も唯一無二の存在感を放ち続けている。2025年、所属していたレーベルと事務所を離れ、独立して活動していくことを発表。5月7日、自身のレーベルNOKOTTA RECORDSからNEW ALBUM『わるくない』をリリース。エッセイの執筆やラジオ、テレビ出演など活動は多岐に渡る。

水野:関取さんには、まだHIROBAが始まったばかりの頃、本のイベントで話していただいたり、連載していただいたり、48時間企画に来ていただいたり。さらに最近のトピックスでいうと、独立されて新たなスタートを切られましたね。そこで今回は「“自立”って何?」というテーマでお話をお伺いできたらなと思います。今、まさにおひとりで弾き語りツアーをされています。独立されてみていかがですか?

関取:率直に「楽しい」がいちばん大きいですね。何が起こっているのか、自分の手のひらの上で見ることができるので風通しがいい。たくさんのひとがあいだに入っていると正直、誰かのせいにしてしまったり、せざるを得なかったりするじゃないですか。そういう自分がストレスだったので、今はかなりストレスフリーです。

水野:もう表情がすっきりしている。

関取:会うひと会うひとに言われます(笑)。今のほうがやることは増えたので、ゆっくりできる時間は減っているのですが、表情は柔和になっている気がしますね。

水野:もともと自分のプロジェクトを1から10までちゃんと見たいタイプでしたか?

関取:細かいところまですべて見たいというよりは、自分で選ぶことが大事で。「1はこのひとに預ける。2と3はここにお願いする」とか、ひとつひとつの選択を自分でする。すると、そこで何かミスが起こっても、それは誰かのせいではなくて、自分のお願いしたタイミングや人選のミスかもしれない。かといって自分を責めるのではなく、「まあ仕方ない」と思えるタイプなので。任せるところに責任を負いたかったんです。

水野:すごく意思が強くなった感じに見受けられます。

関取:大きい会社に所属するなら、私は自我を出そうとはあまり思わなくて。そこに入ることを自分で選んだわけだから、その場のルールに対して「違う」と思っても、いちいち口を出すのはおかしいなと。だから「いったんやってみる」という意識はずっとあって。その「いったんやってみる」が、“言われたことをやる”というところから“自分で何をやるか考える”に変わったんですよね。そういう面で意思が出てきたのかもしれません。

水野:ラジオのようなメディアの場にも、誰も通さずに会うわけですよね。

関取:CDのディストリビューターさんが、プロモーションも手伝ってくださっているので、すべての現場がひとりではないんです。ただ、私は本当にド素人だな、社会人1年目だなと感じるところは多々ありますね。たとえば、今までは名刺を配ることって必要がなかったじゃないですか。

水野:はい、はい。

関取:それがこれからはCDが名刺代わりになっていく。名刺をちゃんと作るかどうかも迷ったんですけど、そこまでビジネスっぽくしてしまうのもブレてしまうなと。だからCDは絶対に持っていくと決めていて。それなのに先月は、関西でキャンペーンをやったとき、新幹線の上の棚にCDを置き忘れてしまいました。CDだけが博多までどんぶらこっこ…。

水野:エピソードとしてはおもしろいですけど(笑)。

関取:関西中のCDショップをまわって、自分のCDを自腹で10枚買いました。ダメなところはダメですねぇ。いろんなひとに、「ちょっと花ちゃん~」と言われながら、「すみません!」ってやっています。

水野:SNSを覗いていても感じますが、ひとに愛されていますよね。独立されてみて、他者との関係性は変わりましたか?

関取:あいだにひとが入らないほうが、フランクにお声かけできますね。戻ってきた関係性もありました。たとえば7~8年前ぐらいにお世話になったプロデューサーさんとか。いい意味で、人間関係ありきで、日常の延長線上に自分の音楽があるようになってきていることを感じます。逆にいえば、自分が何かしてしまったら、一気に崩れ落ちるものでもある。だから気を引き締めて、しっかり生活しなければ、とも思っています。

「ああ、自分の人生にとって必要なカードが揃った」

水野:作品に変化はありますか?

関取:ここから変わっていく気がしています。私が音楽を始めたきっかけは「これを続けていたら、自分を好きになれるかもしれない」というところで。今年5月に出したアルバム『わるくない』には、「好きになれた」という結果と、そこまでの過程を歌っている楽曲が入っているんです。ひとつ目標を達成したから、きっと書く曲が変わっていく。一人称が変わっていく予感がしますね。

水野:どうして自分を「好き」だと肯定できるようになったのでしょう。

関取:30歳を過ぎて1~2年が経ったぐらいのときにふと「ああ、自分の人生にとって必要なカードが揃った」という感覚があったんです。それは他人から見ての話ではなくて。「こういう悩みがあるときは、このひとに相談できる」とか、「こういうことがしたければ、このひととやればいい」とか、「このひとたちさえいれば、私は幸せだな」とか、そう思えるタイミングが一気に来た。

水野:なるほど。

関取:疎遠になっていた同級生と急に会うようになって埋まったピースもあったし。歳を重ねたことで、より家族と話せるようになって埋まったピースもあったし。私が信頼してカッコいいと思っているひとたちが、私のことを愛してくれているのは、間違いなく嘘ではない。そんな自分自身を「好き」と言わずに何を好きと言う、と思って。それですごく楽になった感覚がありました。

水野:「自立」って、“自分で立つ”と書きながらも“他者”が必要な気がするんです。自立には、誰かに認められることも重要なんですかね。しかも信頼している相手に。

関取:以前は、わかりやすい評価が大事だと思っていたんです。だから「ひとと違うことがやりたい」と、テレビに出させていただいたり、いろんなことをやってきた。でも埋まらない部分は埋まらなくて。もちろんひとによっては、それで埋まることもあると思います。ただ私は、“自分の好きなひとたちに「好き」だと言ってもらえる自分”がいちばん重要だったんだなと、今は思いますね。

水野:次に作るものはどう変わっていくんですかね。満ち足りないからこそ、書いているひとも多いじゃないですか。欲求を作品にすることで、救われるというか。関取さんの場合、「ああ、もう私は大丈夫だ」と思った先にどんな創作があるのか。

関取:与えたくなる気がしていますね。経験を学びに変えられるひとが好きで、自分もそう在りたいと思って、なるべくポジティブに考え、次に活かしてきたんですね。それは自分が豊かな人間になるために。そうやって長い時間をかけて、「私、悪くないじゃん」と思えたから、そのあとは無条件に何かを与えたくなるフェーズに入っていくんだと思います。最近、曲を書いていても、いい意味で“手放していく作業”という感じがするんです。

水野:それはすごい。独立のような、自分にとっての転機が訪れたアーティストは「自分を語ろう」という方向に行きがちじゃないですか。逆境やストーリーを乗り越えていくんだ、みたいな。でも関取さんは、今回の作品も含めて、そこはいったん済んでいて。次は与える側になるというのが、先へ進んでいる感じがします。

関取:私は花という名前で、水をもらって光をもらって土を整えてもらって、ようやく野花ながらに咲いたものがあって。そこからまた自分を語っても、新しいものは咲かないと思うんです。それより、そこから胞子を飛ばしたり、虫さんに運んでもらったりして、違う場所で新しい花が咲く。そのほうが興味ありますね。それがどんな形になるのか自分でもまだ見えてはいませんが、もう来年のことは何も考えないようにしています。

ライブで無理に喋ることをやめた

水野:ひとり弾き語りツアーは、今までと違った感覚があったりしますか?

関取:まったく違いますね。とにかく楽しいです。

水野:そのポジティブさの源は何ですかね。

関取:感謝の気持ち。紛れもなく、嘘ひとつもなく、半端じゃないです。今まではツアーがあっても、自分なりに準備はするものの、気づいたら会場にいて、バーッと歌ってバーッと帰るような感覚が実はあって。それが独立してからは、たとえばタイムテーブルとか公演概要とか、いろんな小さなことに対して「この日のためにやってきたんだよな」と思うから、より楽しい。ちょっとご褒美みたいな感覚というか。

水野:すべての準備をするわけですから。その作業を経て、自分で成立させたライブをやって、そこにお客さんがいて。その楽しさはやっぱり違いますよね。

関取:「ひとつのライブを作るのはこんなに大変なんだ」とか、「ああ、このひとたちに届けるためにやってきたんだ」とか、ものすごく感じます。実体のない準備をしてきたものが、実体を伴うものとして目に映るので、こんなに素晴らしいことはないですね。いいライブをすれば、お客さんの顔もパッと明るく見えて。そういう光景が嬉しいですし、刺激になるんです。

水野:お客さんの反応には何か変化はありますか?

関取:歌いたい欲もあり、より自分がやりたいようにやっているので、無理に喋ることをやめたんですよ。もう大丈夫だなと思って。今までは「こういうパートがあったらいいよね」とか、「最近こういう露出があったから、この感じのほうが取っつきやすいよね」とか、誰かと相談していろいろ考えながらライブをやっていたんですけど。別にそれを突っぱねるわけではなく、勝手に素の自分が出てくるタイミングは絶対にあると気づいて。

水野:へえー!

関取:おもしろい話をしようと思わなくても、どこかでみんな笑うんです。それは直前に起きた、滑った転んだ話だったり、ちょっとしたMCで。それでとにかく曲をいっぱいやっているので、お客さんとしては最初、「関取花はもうポップさは捨てました」的な覚悟を感じたり、ストイックに見えていたりしたのかな、という印象も場所によっては受けました。でも、ライブが進んで終わってみれば、「ああ、いつもの花ちゃんだったな」って。

水野:すごくいい流れですよね。

関取:これをルーティンとして繰り返すのか、何か新しいことをするのか。そもそも音楽活動をどういうベースにしていくのか。本当にまだあまり考えていません。思いついたときに、思いついたことをやるのが答えなのかな、と今は思っていますね。

文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:軍司拓実
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:シモキタ園藝部
https://shimokita-engei.jp/people.html

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