対談Q 橋本直(お笑い芸人)第1回

ツッコミにおいて”やさしさ”とはなにか

変な空気になる直前ぐらいでツッコむ

水野:僕はいきものがかりと別に、HIROBAという活動をやっていまして、いろんな分野の方にお話を伺っています。この対談Qは、ひとつの問いを立てて、お相手の方と一緒にそれについて考えていただこうという企画でして。今回はツッコミのプロであるお笑い芸人の銀シャリ・橋本直さんと、「ツッコミにおいて”やさしさ”とはなにか」というテーマでざっくばらんにお話をさせていただければと思います。

橋本:はい、よろしくお願いします。

橋本直(はしもと なお)
1980年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学経済学部を卒業後、2002年に吉本総合芸能学院(NSC)大阪校に25期生として入学。鰻和弘と2005年「銀シャリ」を結成。2008年のABCお笑い新人グランプリで優秀新人賞を受賞。2010年にNHK上方漫才コンテストで優勝。2016年のM-1グランプリで優勝。現在は、テレビやラジオ、劇場を中心に活躍し、幅広い世代から人気を得ている。また、2024年10月30日に『細かいところが気になりすぎて』初の著作を発売。

水野:ツッコミをされる上で、いちばん気を遣っているところというと?

橋本:たとえば、誰かが緊張しているとき、うまく喋れていないとき、変な空気になる直前ぐらいでツッコミを入れることですね。すると、少し場がフワッとなるので、その間に立て直していただくというか。

水野:ツッコミで攻撃をするというより、いったん相手に時間を与えるんですね。

橋本:そうですね。その方にガーッって集まっているみんなの注目を、1回ツッコミでそらして。

水野:ツッコミって、ともすれば傷つけてしまう可能性もありますよね。その塩梅はどうされているのですか?

橋本:基本、言語は気をつけます。たとえば、「殺すぞ!」みたいな破壊的なツッコミはあまりしないように。強烈なワード自体が放つものを使うんじゃなしに、いかに強い感情を出せるかを考えていますね。

水野:橋本さんのエッセイ『細かいところが気になりすぎて』も読ませていただきました。どうしてこんな細かいところすべてに気づけるのですか? 普段から常にいろいろ見ていらっしゃる?

『細かいところが気になりすぎて』/橋本直

https://www.shinchosha.co.jp/book/355851

橋本:はい、芸人になる前は、気になることが多すぎてしんどかったです。いつも自分が頭のなかでブツブツ言っているから。芸人という職業があってよかったなと思います。でも最初はボケをやっていたんですよ。今でこそツッコミにも注目してもらっていますけれど、僕が大阪に出てきた頃なんかは、漫才じゃボケの話しか聞いてなくて、ツッコミは基本、合いの手みたいな印象で。だから僕も、花形のボケに憧れてお笑いの世界に入って。

水野:そうだったんですね。

橋本:ただ、だんだんボケるのが恥ずかしくなってきて。そこで当時、今とは別の相方と組んでいたんですけど、「1回、ボケとツッコミ替わってみる?」ってやってみたら、自分はツッコミのほうが向いているなと。たくさん気づきを吐露できるし、こうしてぐちゃぐちゃ考えていることを仕事にできる。それはありがたいなと思って、なんとか今まで生きてきた感じです。

「あ、音がズレた」という感覚

水野:実際、舞台に立ってみても、お客さんのウケの量を含め、ご自身にはツッコミのほうが合っているという体感があったのでしょうか。

橋本:一応、「お客さんの代弁者」と言われているのがツッコミなんですね。その適温よりちょっと上を行くようなツッコミをしたとき、ひとつウケたあとに、もうひとつザワッというトーンがあったことが気持ちよくて。

水野:ああー。

橋本:あと先日、初ロケの女優さんがいらっしゃって、グルメコメントも初めてだったんですね。

水野:普通はうまくコメントできないですよね。

橋本:そう、緊張と恥ずかしさみたいなものがあったんですよ。で、食べたあと、コメントが出るまでに変な間ができた。そのときに、「いや恥ずかしがらんといてくださいよ!」ってツッコミを入れまして。すると、空気が和んだ。だから、みなさんが思っていることをツッコミで言って、場を和ませたいという気持ちもありますね。

水野:空気が固まりかけて、みんなが「うっ…」ってなっていることに気づく、その感覚はどのように養われたのでしょうか。

橋本:子どもの頃から、ひとの顔色を伺っていたからかもしれません。まず父親がめっちゃ怖かったんですよ。たとえば、喫茶店に行って、コーヒー出てくるのに5分以上かかったら、「遅いやないか!」と言うひとで。それを俯瞰で見て、「キレてるやん。いや、早!まだそんな遅ないやろ…」とか、心でツッコんでいました。

水野:なるほど。

橋本:だから空気を読むクセがついていて。教室でも「あ、今、先生の機嫌が悪いな」とか、「友だち、ちょっと調子が悪そう」とか思うんです。しかも平和主義なので、誰かがピリピリしているのがイヤで。5人で飯を食っているとき、「この子、今イラっとした」と気づけば、それをツッコミで中和したり。

水野:もう子どもの頃から人をもてなすホストじゃないですか。「この場にいるひとの感情を読み取る」とか、「その場の空気を和ませたい」とか、もともとの適性があって、そこに芸人さんとしての技術も積み重なっているんですね。

橋本:もう何か間違ったとき、音がズレている感覚があるんですよ。「今、トークのトーンの音がズレているから、入り方を間違えたな」とか。相方に対しても「せっかくおもしろい話なのに、その言い方してもうたら…」とか。ツッコミもボケも、「あ、音がズレた」と思ったら、あんまりウケなくなるというのがありますね。

水野:流れにメロディーやリズムがあるというか。ちょっと間がズレると、途端にダメになったり。

橋本:生まれ持った声質も関係してきます。たとえば、ブラックマヨネーズの小杉さんは、声がパンッ!って通るんですよ。誰かが同時にツッコんでも、小杉さんの声のほうが届く。だから、そんな小杉さんを見て、フットボールアワーの後藤さんは(小杉さんとは違う)あのツッコミスタイルになったそうです。小杉さんが「なんでやねん!」って言ったあとに足す、みたいな。あと又吉さんは、声が低いからボソボソ言うのがおもしろかったり。小藪さんは、ひととリズムが違う。

水野:崩れることがおもしろい。

橋本:はい。裏打ちの仕方をしたり、わざと長引かせて相手を不安にさせて、「は?」って自分でツッコミを入れてあげたり。そういう声質と身なりを考えたウケ方を、自分で掴まないとダメなんでしょうね。僕なんかは緊張しとるから、早口で詰め込みたくなりすぎてしまう。それで足し算をしすぎていたので、もうちょっと引かないとなと思っているところです。

「俺、ピラフが世界でいちばん好きやねん」だけで

水野:橋本さんは、頭のなかで延々と喋っているんですか? 

橋本:喋っていますねぇ。あと、M-1の1回戦、2回戦とかの荒いネタを見ながら、まったく違うネタを思いついたりもします。仕上がっているものより、まだ原材料レベルのもののほうが、新しい思考回路が生まれるんですよね。

水野:銀シャリさんは長くやられているから、正直、お互いの間もわかっているじゃないですか。ふたりでできあがっている。それが崩れたほうがおもしろいですか? それともさらに洗練されていったほうがいい?

橋本:僕は崩れていったほうがおもしろいかもしれません。最初の型はちゃんと作ったほうがいいと思うんですよ。1年目、2年目からアドリブ満載でやると、簡単にできやすくなるんですけど、一時の感じがするから危ない。お互いの呼吸がわかった上で、ちょけるのが楽しくなってきました。でも、相方のほうが戻していますから。

水野:そうなんだ。

橋本:鰻のほうが真面目っていうか、もうひとつ俯瞰で見ていると思う。僕がいっぱい足してしまうので。

水野:こんなこと聞いていいのかわからないけれど、「たとえツッコミ」って、もともと用意しているものですか?

橋本:用意しているひと、してないひと、いると思うんですけど、僕は基本していません。したら楽しくないから。その場で出て、ワーッ!っとなるほうがおもしろい。

水野:ガチガチに用意していくと、逆にそれをパッと喋るとき、自然にならないというか。

橋本:そうです。あと、起きている事象に対して、用意したツッコミがブルじゃなかったりするじゃないですか。近いことは言っているけど、70点みたいな。「よう聞いたら刺さってないよね。うまく言い回しでごまかされたけど…」って。だから、言語の精度が下がっても、その場でパッと出したほうが100点でウケやすい気がします。

水野:ジャズみたいな感じですね。芸人さんによっても、一言一句を決めていて、もうネタの筋ができているタイプと、ポイントだけ決めて出ていかれるタイプがいるそうですね。

橋本:この前、もう実験として、テーマのみ決めて舞台に出ました。喫茶店でピラフを頼む設定で、「俺、ピラフが世界でいちばん好きやねん」だけを相方は言ってくれ、と。僕はピラフに対して言いたい文句がたくさんあったので、これで10分イケるんじゃないかと思いまして。

水野:マジですか。

橋本:もちろんお客さんに失礼がないように、僕のなかではちゃんと笑いを取れる勝算はあって。出てくる言葉が生ものだからおもしろいんですよ。「お前損してる」「いや得してるわ」みたいなやり取りが即興でできる。そうやって鉄板焼きやさんが、お客さんの目の前で仕上げるみたいにしたほうが楽しいんじゃないかなと。まぁ毎回そんなことはできないんですけど。

水野:それ、鰻さんはどうなんですか? 「俺、ピラフが世界でいちばん好きやねん」というボールを1回投げたら、そのあとは自由演技って…。

橋本:鰻のほうが怖いと思います。僕はある程度の用意ができますから。「何ピラフが好きやねん」とか。「ピラフってどこの料理か知ってる?」とか。でも、ぎゃん攻めで追い詰められたひとって、何か言うじゃないですか。「いや…イタリアちゃうか!?」とか。そうやってその場で出てウケたところを、また台本にしていくみたいな。

水野:すごい世界ですね。

橋本:こねくり回しすぎると、結局「なんでやねん」がいちばん強いときもあります。難しいなと思いますね。

文・編集:井出美緒、水野良樹
撮影:谷本将典
メイク:内藤歩
監修:HIROBA
撮影場所:文喫
https://bunkitsu.jp

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